-外伝- 遠い未来 その02。
その称号名を私が2人に告げた瞬間、それ迄椅子に座っていたお二人が勢いよく、その椅子を蹴飛ばすかのように机に手を強く起きながら立ち上がった。
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それを見て何事? と思った私だったけど、口にも顔にも出さないように努めていたら、なんでかその場で私の採用が決定した。
魔法が得意ということで、魔王様の護衛 兼 専属侍女という好待遇。
私は面食らったけど、魔王様に苦情を言う訳にはいかないし、大体苦情どころか本当に良いの? という待遇。
私はその条件を即座に受け入れた。
そして魔王様の傍にいらした方は私と同じで魔王様の護衛も兼ねた家令様で正解だった。
私はその家令様の護衛もすることになった。
お二人を同時に護衛は難しいって思ったけど、お二人は一緒に行動することが多いから大丈夫だとのこと。
そして別々の時は魔王様を優先するようにと家令様から言われたので、それなら平気かなって私はその条件も受け入れた。
「分かりました。これからよろしくお願いします」
私が魔王様と家令様に頭を下げた時に魔王様が思い出したように言う。
「そう言えばわたし達の名前を名乗っていなかったわね。わたしはアーデルリシア・フォン・フェリングと言うの。リーネ……さん。呼び捨てでも構わないかしら?」
「あ! はい。勿論です」
「じゃあリーネ。わたしのことはアリシアと呼んで欲しいわ。わたしの愛称なのよ。これからよろしくね」
「分かりました。アリシア様」
「じゃあ次はわたしの隣にいる家令の紹介ね。自分で言いなさいね」
「はい。私はミーア・フォン・レミングと言う。フレデリーク女王様から伯爵の位を授けられている者だ。私のことは、そうだな。ミアでいい。そう呼んでくれ」
「分かりました。ミア様。これからよろしくお願いします」
「うん。ところでリーネは侍女の経験は?」
「申し訳ありません。全く……ありません」
「そうか。ではその作法を覚えて貰うところからだな。それでよろしいですよね? アリシア様」
「そうね。ただ、リーネに就いて貰うのはコレットがいいわね。イザベラなんかに任せたらリーネがどうなることか。それはダメよ」
「ああ、確かに。アレはアレで優秀ではあるんですけどねぇ。性格に難がありますからね」
2人が揃って遠い目をする。
なんだろう? そのイザベラって人ってそんなに癖が強い人なのかな?
それなら私も魔王様が推薦するコレットさんに就いて貰いたいな。
私は、自分で言うのもなんだけど、あんまり気が強い方じゃない。
だから虐めの標的になりやすい。ハイエルフの里でもそうだった。
最も、私が[悠遠の魔女]の称号を魔導士連盟から授けられてからは虐めはかなり減ったけれど。
私がやられたらやり返すようになったから。
それから私はコレットさんに就いて貰って仕事を教わった。
なかなかに大変だけど、やり甲斐のある仕事。
コレットさんに仕事を教わりながら、やっぱりハイエルフの里を抜け出して良かったって思った。
里にいたら私は間違いなく腐っていただろう。
あの里の人達は「外は害悪なことばかりよ」なんて言ってたけど、私は正直逆だと思う。
里の中の方がよっぽど害悪だ。
「リーネちゃんは覚えが早いね」
「そうでしょうか? お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
「お世辞じゃないよ。本当に教える方も楽だもの」
「あんまり褒めないでください。調子に乗ってしまいそうなので」
「あははっ。可愛い。なるほど。アリシア様とミア様が気に入る訳だ」
「あの、コレットさん。それで……お茶の淹れ方なんですけど」
「うん。えっとね……」
コレットさんの教え方は上手い。
お陰で自分が侍女として上達していっていることが感じられる。
それに仕事の合間にコレットさんは侍女としての嗜み? も教えてくれて、10日も経てば魔王様にお茶を出せるくらいには正しく侍女として活動ができるようになった。
私が淹れたお茶。そのお茶を飲みながら魔王様が頬を綻ばせる。
「リーネ。このお茶をミアにも出してあげて欲しいのだけどお願いできるかしら?」
「はい。私が淹れた物でよろしければ」
「是非頼む」
魔王様と家令様に言われて私はお二人にお茶をお出しする。
魔王様はお代わりを、家令様は初めての物を。
お二人は同時にそのお茶を口にして、それから家令様が私のことを手招きした。
なんだろう。美味しくなかったのかな? 叱られる?
ちょっと"びくびく"しながら家令様の所へと歩いていく。
家令様の手が私に届く距離になったところで私の頭に伸びてくるその手。
やっぱり怒られる―――。
と思っていたけど、そうじゃなかった。
家令様は私の頭をゆるゆる撫で、次に魔王様も撫でてくれて、お二人からお褒めの言葉をいただいた。
「このお茶本当に美味しいわ。これからはわたし達のお茶淹れ係はリーネにお願いするわ」
「うん。私もそうして欲しい。頼むぞ。リーネ」
「それは私は勿論お受けしますが、コレットさんはよろしいのですか?」
これ迄は魔王様と家令様のお茶淹れ係はコレットさんだった。
それをコレットさんから奪ってしまうようで申し訳なく感じた私。
だけど2人は小さく笑い、「コレットにはお客様がいらした時に変わらずお願いするわ。リーネはその辺はもう少し勉強が必要だとわたしは思うから」「私もアリシア様と同じだ」私のことを褒めているんだか、貶しているんだか、よく分からない言葉をその口から紡いだ。
「まぁとにかく、私達の休憩時間。なんでもない時はリーネに担当して貰う。異存は無いな?」
「は、はい。ありません」
「では決まりね。それと……」
魔王様が家令様に続いて笑顔で私に[命]を出す。
その[命]は私にとっては意味不明なモノで……。
頭の中は疑問符で一杯になったけれど、拒否する訳にもいかずに私はそれをイマイチよく分からないままに受諾した。
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リーネが魔王の執務室から去った後。
2代目魔王ことアリシアと家令ミアは彼女が出て行った扉を見つめながら2人で言葉を交わしていた。
「あの子、どう考えてもリーネの生まれ変わり、よね」
「どう考えても何も。そうでしょ」
家令のミアは他人の前では威厳ある言葉使いをしているが、アリシアと2人きりになると、こういう砕けた言葉遣いになる。
かつて栄華を誇った【リリエル】とて寄る年波には勝てない。
1人。また1人と亡くなっていき、最後に残ったのがアリシア。
本来ならケーレの筈だが、彼女はカミラを追うように逝ってしまった。
アリシアは死の間際に「生まれ変わってもまた3人で暮らさせてください」。
とセレナディアに願いながら息を引き取った。
それから約300年近く。
魔人として生まれたアリシアは15歳の頃にその魔力の[質]と[量]を初代魔王ラピスから認められて彼女から2代目魔王の銘を受け継ぎ、その座に君臨した。
その頃は言い方がおかしいが、アリシアはアリシアではなく、魔王だった。
それが今からは約3年程前、拳聖と呼ばれる程の実力者がいると部下から聞き、その者・ミアを領主館に引き入れた際に何の因果か。過去の記憶が蘇った。それはミアも同じだった。
2人は同時に「アリシア?」「ミーア?」と互いの名を呼んで驚愕。
その後2人してリーネのことを想った。自分達が今の世にいるなら、彼女も何処かにいるかもしれないと。
その後アリシアは魔王の仕事・ミーアことミアは家令の仕事をこなしつつ、陰でこそこそとリーネのことを探すという日々を過ごしていった。
魔導士連盟からそれらしい子が現れたらしいことは噂では聞いていた。
出会う迄は確信が持てなかったが、あの子は確実にリーネだ。
自分達と違って過去の記憶は持っていないようだけど、それならばそれでいい。
新しい[愛]を築けばいいだけのことだから。
「エルフの次はハイエルフか。あの子はエルフ族に生まれる運命にでもあるのかしらね」
「それも言うなら自分もまた獣人だけどね」
「獣人? 単純に獣人の姿をした魔人でしょう。貴女は」
「バレてた?」
「前は無かった魔力が今はある。それが証拠よ」
「流石アリシア。隠してたつもりだったんだけどなぁ」
ミーアの言葉を聞いて"じっ"と彼女の目を見るアリシア。
その目には少なからず[呆れ]が含まれている。
「貴女、自分で気が付いてないみたいだけど、執務机まで行くのが面倒に感じる時とか普通に魔力を使ってペンとか紙とかを自分の手元に持って来て、それをその場で使ってるわよね。それで隠してるつもりだったの?」
「は!」
ミアはそんなことをしている自分に気が付いていなかったらしい。
持たなかった者が持った途端にやってしまうのはこういうことだ。
「無意識だった」
「前世のリーネの1つ抜けたところが貴女に移ったみたいね」
「返す言葉もないよ……」
「やれやれ」
アリシアはミアの行いにため息を吐き出し、とりあえず残った仕事を片すことに集中することにした。




