-閑話2 最終話- フィーナの日記 その04。
私とマリーは抱き締めあって類のない喜びを交わし合った。
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久遠の魔女と白透の魔女。
私とマリーが互いの師匠から称号を得た日から1ヶ月弱。
私達はリーネ師匠から杖を箒に変えて空を飛ぶ魔法と転移の魔法を教えて貰い、それらを活かす為に[旅空の魔女配便]という新しい組織を【リリエル】の皆さんの力を借りて設立。
手紙と軽荷物の配達を行うようになった。私達の本業は配達で副業はハンター。
上手くいくか不安だったけれど、私達の仕事は早々と軌道に乗った。
物珍しさも手伝ったのは当然あったと思うけど、1番の原因は私達が悠遠の魔女と雪華の魔女の嬢子であることが人々に広まった為だと思う。私達の制服は本業時も副業時も同じ。【リリエル】の皆さんと袖部などが色違いな物。私達の組織設立より少し前に施行された法律、特許権法によって私達は罰金が課されそうになったことがあったのだけど、【リリエル】の皆さんが自分達と同様に私達の制服も特許の申請をしていたことが判明。更に私はリーネ師匠と、マリーはアリシアさんと師妹の関係を締結しているということも書類に綴られており、私達に罰金を課そうとしていた人物は仰天。事後、お酒のつまみとしてあちらこちらでお話してくれたようで、自分達が知らない間に私達は一躍有名人になっていた。
私達。自分達が時の人となったことを知らない理由は、特許の侵害をしていないことが証明されてからすぐにお仕事に戻ったから。
後日に知ったけどね。だからって私達は私達。何も変わらない。
それにしても、【リリエル】の皆さんの人気って本当に驚愕するものがある。
商業ギルドに人々が依頼した手紙や軽荷物をギルドが受け取って、受諾した品々を私達がギルドに訪れて改めて受け取るっていうシステムになっているのだけど、【リリエル】の皆さんへのファンレターやら無償で送られるプレゼントやらが異様に多いのだ。活動されている国も地方も全くもって異なっているのに。
私達[旅空の魔女配便]が活動をしているのは、ルーディア王国で手紙と軽荷物の配達をする箇所は現在は王都と王都周辺の地方だけ。従業員は私とマリーの2人。
2人で国の全地方を周るのは無理があるってことで限定させて貰っている。
転移の魔法を使えばなんとかならないこともないのだけど、こちらの負担が大きすぎる。体力的にも魔力的にも。いつか従業員が増えたら解禁しても良いかなって思っているけど、今はまだその時じゃない。
今日も商業ギルドから受け取った手紙の多くは【リリエル】の皆さんに向けてのファンレターだった。
私達【ガザニア】と【クレナイ】の皆さん充てのものも意外とあった。
宛て先をチェックしているとマリーが話し掛けてくる。
「この中でこの国に属してるのって【ガザニア】だけで【リリエル】。師匠様達と【クレナイ】の方々の活動拠点はルージェン王国・ロマーナ地方なのにね」
「多分、【リリエル】の皆さんも【クレナイ】の皆さんも王都で割と見掛けることが多いからじゃないかな。王都の景観と水路を行くゴンドラとスイーツが目当てでよく出歩かれてるから。……女神様でもあるしね」
「なるほどね。それとわたし達が師匠様達の嬢子って広まっちゃってるからかな。だからわたし達に依頼したら確実に届く筈って思われてる?」
「実際、届くんだけどね。マロン様から転移門の使用許可貰ってるから」
「マロン様と言えば、お取り寄せ頼まれたよ」
「また? で、品物はモンブラン?」
「それ以外あると思う?」
「だよね」
あの女性。モンブランだけで生きてる気がする。
何処かの異世界人が広めたケーキ。食べたことあるから美味しいのは知ってる。知ってるけど、マロン様みたいに殆ど毎日ってくらい食べたいとは思わない。
どうでも良いけど、この世界にはスライムの溶液って代物があるからマロン様は抜群なスタイルを維持出来ているけど、溶液が無い世界だったら食っちゃ寝メタボさんになってることは請け合い。私は図らずしてリーネ師匠から溶液が無い世界の知識を受け取ったから末路が分かるんだよ。
ううん、メタボにまる前に何かの病気になってるかな。
リーネ師匠の出身の世界だけじゃない。この世界でも病気はある。
あるのにマロン様はどうして病気を患うことがないんだろう?
人々が患いやすい風邪もマロン様は引いているのを今迄見たことがない。
スライムの溶液とて病気を患わないなんて効果は無い筈なんだけどなぁ。
「1番の上客だから文句は言えないけど、ちょっと他の食べ物もちゃんと摂らないとダメですよ! って言いたい気持ちがある」
「わたしはいっそ魔道具でモンブラン製造機造ればいいのにって思う」
「それ、絶対マロン様に言ったらダメだからね?」
「なんで?」
「私達の収入が減る!!」
「わ~、フィーナって意外とお金の亡者」
お金は大事! 貧困経験はもう二度としたくない。飢えは辛い。
普通にご飯が食べれるようになってから、私は贅沢になってしまった。
「毎日、お肉とかお魚とか新鮮な野菜が食べられるのが嬉しくて」
「何て言うのかな? フィーナって結局言ってることは庶民なんだよね」
「庶民でいいよ、私は。王族とか貴族とか堅苦しそうで嫌だ」
「そんなイメージだよね。で、宛て先の確認は終わった?」
「うん。仕分けも終わった」
「じゃあわたしの担当分渡して」
「んっ」
マリーに言われた通りに私は彼女の担当分を渡す。
今日も2人で四方八方飛び回ることになりそうだ。
忙しくなる。
「じゃあ行こうか」
「うん!」
私とマリーは杖を箒に変えて空へ。
雨の日も風の日も雪の日も[旅空の魔女配便]は活動します。
今日は天気が良さそうで安心。じゃあ頑張ろう!!
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仕事を終えて夜。
シングルベッドからダブルベッドに変わったこの部屋のベッドは2人で仰向けで寝たら私かマリーかが床に落下なんてことは無くなった。
無くなったのに今でもマリーは私を抱き枕にしてくる。
実は私もマリーのことを言えないけれど。
「これってシングルだった時と変わらなくない?」
「そんなことないよ。シングルだった時よりも安心安全でフィーナを抱き枕にすることができるようになったよ」
「抱き枕ね。なんでこうなったんだろう?」
「今だから言うけど、あの頃のフィーナってあまりに儚くて、か弱く見えたんだ。物凄く寂しそうで、世界で独りぼっちというか、放っておいたらこの里。延いてはこの家に確かにいた痕跡と気配すらも無くしていなくなりそうな感じ。んで、少しでも慰めになればって考えて、思い切って話し掛けて、結果、友達になって、後々にお泊りした。その時にフィーナのことを抱き枕にして寝るのが癖になった。安眠できるから。フィーナの[生命]の鼓動と、女性の身体の感触と香りの恩恵で」
「正直、マリーには感謝してる。私を見つけてくれてありがとう」
「……。じゃあキスしてもいい?」
「うん」って頷き掛けて、直後、マリーの言葉に強烈な違和感を覚えた私。自分の言葉を飲み込んだ。
『今って何て言われたんだろう? 「キスしていい?」』なんてマリーに聞かれたような気がするけど、私の頭のネジが飛んだかな? 聞き返してみた方がいいかな?
うん、そうしよう。
「ごめん、マリー。今って何て言った?」
「キスしていい? って言った」
そっかぁ。キスかぁ。キスね。
……………………キス!!!??
「キキキキキ、キス? キスって何か知ってて言ってる?」
「知ってるよ。子供じゃあるまいし」
「いや、あのっ、ん!!」
私が何らかの言葉を返すより先にマリーは自分の唇を私の唇に重ねてきた。
しつこいくらいに繰り返される洗礼。抱き締められているので身動き不可能。
唇が離される度に濃厚に焦がれた双眸で目を見つめられるから恥ずかしい。
頬に熱を感じる。マリーの身体がなんだかいつもより熱い。
「マ」
私が何か言おうとする前に必ず唇が唇で塞がれる。
それで離れてまた見つめられるの繰り返し。
嫌なら視線を逸らせば良いのに、何故だか逸らす気になれない。
『もっとマリーの顔を見てたい』って思う。
彼女の顔、瞳が潤んでるし、耳まで真っ赤になっててとても可愛いから。
「フィーナ、好きです」
キスが先で告白が後なんだ? 普通逆じゃない?
「マリー」
「フィーナはちょっと黙ってて」
黙っててって酷くない?
って思ってたら、マリーが私の額にキス。続いて頬、唇ときて最後に首筋。
首筋へのキスは吸われてるというか、嚙まれてるというか、そんな感じ。
痕、残そうとしてるよね?
「気が付いたら好きになってた。最初は家事とか不得意な子の面倒を見るお姉さんってつもりだったんだよ? それがさ、一緒にいるうちに可愛くて可愛くて仕方なくなって来ちゃって。わたしが抱き枕にしてもフィーナは抵抗せずにされるがままだし。それどころかわたしのこと同じように抱き締めてくるから。……可愛さ余って好きになっちゃったんだよ」
そんな泣きそうな顔しないでよ。
私、マリーに告白の返事してないよね?
フラれる前提みたいに聞こえるんだけど。
「もう喋っていい?」
「ダメ。告白の返事するつもりなんでしょ? 聞きたくない!」
じゃあ仕方がない。私は返事を諦めて、代わりにマリーのことをほんの少しだけ強く抱き締めながら今度は私から彼女の唇に自分の唇を重ねた。
「え? 今ってフィーナからキス……された?」
私は無言。だって喋ったらダメなんだもんね?
マリーが混乱している最中。彼女が固まっているのを良いことに身体を動かし、私は彼女をベッドに張り付けにする。可愛いから放したくない。
「フィーナ?」
黙ってキス。さっき私がされたみたいにマリーの首筋に吸い付く。
いい匂いがする。同じ石鹸を使っているのに、別物の香りがする。
なんというか、"くらくら"する。
無言でい続けるのも限界だ―――。
「マリー、温かい。ずっとこのままでいたい。離したくない」
「フィーナ、いいの?」
「マリー。私のことも、もう少し強く抱き締めて欲しい」
「う、うん」
マリーが私を抱き締める力を強くする。
癒される。安心するし、幸せだって思う。
「ごめんね。私、自分で思っていたよりも鈍かったみたい。多分、同棲を始めた頃からマリーを好きになっていたんだと思う。自分の気持ちに全然気が付かなくて、マリーにばかり言わせちゃってごめんなさい」
「それって……」
「好きです。私と付き合ってください」
「フィーナ」
泣き出すマリー。泣き顔も可愛い。
恋は麻薬って言うけど、そうは思わないな。良薬としか思えない。
心の中に広がるの、幸福感ばかりだから。
「これからも傍にいて欲しいな。お願い、マリー」
「うん、うん!」
可愛い。抱き締めるというよりもしがみ付いてる感じになってるの可愛すぎる。
私、マリーのこともう離せそうにない。
「もう1回言うね。大好きだよ、マリー」
「わたしも好き。大好き。フィーナ」
私達は泣きながら微笑み、どちらともなく唇を重ねた。
貴女が好きだと心中で言いながら。何度も。
私とマリーはこの日のうちに気が早く婚約の誓い迄交し合った。
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3日後。
今日は久しぶりに【ガザニア】として活動の日。
ロマーナ地方に出向き、【リリエル】の皆さんと共闘。
マリーのしたいこと、することがなんだかよく分かる。
心で通じ合ってるかのよう。動きやすい。
「神聖の雷光」
私の背後から放たれるマリーの魔法。
見えてなくても分かる。
躱すとマリーの光魔法は邪族に直撃。私にばかり気を取られていたのがコイツにとって仇になった。
「マリー、次」
「分かった」
私達は次々に邪族を討伐。普段の数倍早く狩りは終わった。
【リリエル】の皆さんが"ニマニマ"しながらこちらに近寄ってくる。
何だか恐怖を感じて、逃亡しようとしたらリーネ師匠に腕を掴まれた。
「フィーナ、洗いざらい話してくださいね」
「な、何のことですか? リーネ師匠」
「目が泳いでいますよ? この後のお茶会が楽しみですね」
私達は結局、ロマーナ地方のハンターギルド・ギルドマスター室で【リリエル】の皆さんに全てを話すことになり、2人して羞恥に悶えた。いっそ殺せ!!
それより未来―――。
私生活では私とマリーは結婚して婦々となり、生涯を共にする。
そしてお仕事では[旅空の魔女配便]は2人から4人となった。
プリエール女子学園を優秀な成績を収めて卒業した子が魔女となり、こちらへと来てくれたのだ。
これによって手紙の配達箇所を少しだけ増加させた。
お陰で私達の仕事の景気は鰻登り。毎日が慌ただしい。
最後にもう一度。
「人生というものは小説より奇なり」
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閑話2 Fin.




