-特別編1- 迷い・吹っ切れ その01。
トロールとの戦闘から数日後。
【リリエル】はクオーレの背に乗せて貰って飛行。
久しぶりにルーディア王国の王都ベルティアに訪れていた。
ゴンドラに乗り、漕ぎ手の女性の話に耳を傾ける。
柔らかな声がとても心地良い。彼女の話とゆったりと移り行く景色。
両方の刺激で王都がいかに良い場所なのかがよく分かる。
舟謳を歌う漕ぎ手の女性。ゴンドラに乗った観光客へのサービスの1つ。
上手く歌えないと、一人前の漕ぎ手とは認められず、いつ迄も見習いのまま。
リーネは目を閉じて舟謳を聴く。荒んだ心が安らぐ。凪いでいく。安穏。
「ご清聴ありがとうございました」
歌い終わり、【リリエル】に微笑みながら告げる漕ぎ手の女性。
リーネは、ふと物事を尋ねる。
「少し、お聴きしたいことがあるのですがいいですか?」
リーネの質問に漕ぎ手の女性は快く応じてくれた。
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夜。
リーネは宿のバルコニーに出て、呆けたように王都を眺めていた。
ルージェン王国の王都も美しい都だと思うが、リーネ的にはこの国の王都の方が美しく見える。
各所にある水路の恩恵か、将又、町並みが美観を駆り立てるのか。
どちらかは分からない。ただ、『この国に別荘が欲しいですね』とリーネは思うようになっていた。
自分達には転移の魔法がある。クオーレもいる。
暇があれば、いつでもラナの村とこの国の王都を好きなように行き来できる。
『悪くない発想ではないのではないでしょうか』と思う。
漕ぎ手の女性に質問したこと。
国を統治する者が変わってから、国はどう変わったのかという内容。
漕ぎ手の女性は薄く笑い、ルージェン王国と似た国になったと答えた。
税率なども下がったし、どうもこの国の女王がルージェン王国から積極的に文化やら、伝統やら、食事事情やら、なんなら異世界人も派遣して貰ったりして、本気で姉妹国と呼ぶに相応しい国に変わっているそうだ。昔は男尊女卑の国だったが、「今は女性が尊重される国になっています」と彼女は言っていた。
スライムもよく見掛けるようになったらしい。
彼女の話の通りなら、この国はルージェン王国の歴史を辿っているも同然ということだ。
そういう国になら、住むのも有りだと思う。
但し、本当の本気で別荘を構えるならば、王都じゃなくて少し外れた所の土地を買うか土地の持ち主と交渉して居住権利書を譲って貰うかしてラナの村っぽい感じに開拓して、そこで住むようにすると思うけど。
「転移門って創れるでしょうか。創れるならば、ラナの村の人々もあちらとこちらを自由に行き来できて便利になるのですが。完成したら皆さんはどのような反応をするでしょうか。驚くでしょうか。褒めてくれるでしょうか。"ワクワク"します。素敵です。……って、すっかりその気になっていますね。私」
妄想に浸りきっていたことを苦笑いするリーネ。
彼女が顔を王都の街から空へと向けると、彼女が愛してやまない女性達が彼女を中心に左右それぞれの隣に立ち、肩に頭を乗せる。
「リーネ、何を考えていたの?」
「大したことではありませんよ」
「当ててあげよっか。この国に別荘建てるのも悪くないって思ってたんじゃない? 違うー?」
「ミーアは私の心が読めるんですか!!」
ミーアが妄想を当てたことにリーネは驚愕。
彼女の唖然とした表情に爆笑するミーア。
「真剣に王都のこと見てたしー。分かりやすいよ、リーネ」
「うっ……」
「別荘? 王都に建てるのかしら?」
「いえ、建てるなら王都から少し離れた所に土地を買って、そこにですね」
「第二のラナの村みたいな感じね」
「はい。でも、ただの妄想ですよ。何かと現実的ではありませんからね」
都合の良い土地があるとは限らないし、あっても買えるかは分からない。
買えて別荘を無事に建てられたとしても家は人が住まないと痛みが早い。
痛ませない為に頻繁に来れるかというと、難しい。諸々の事情で。
一番の問題は転移門。実現は無理だ。あまりに非現実的すぎる。
リーネは妄想は妄想で済ませることにした。
……のだが。
「リーネお姉ちゃん、ぼく良い所知ってるよ?」
「良い所……ですか?」
「うん! 明日の朝行ってみない?」
「ですが」
「まぁいいんじゃないかしら。幸い今日と明日は休みなんだし。ね」
「さんせーいー」
「アリシアとミーアの2人がそう言うなら……」
クオーレの一言で状況が変化した。
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翌日。
【リリエル】はクオーレに連れられて来た場所に立っていた。
青々と茂った木が多数。森。ただの森じゃない。結界が張られている。
ここは間違いなくエルフ達が住んでいる森。
顔を見合わせる【リリエル】のメンバー。
良い場所と言われるとエルフ的には良い場所かもしれないが、自分達は飽く迄で余所者。
受け入れて貰えるとはちょっと思えない。
森に踏み込む前にリーネはクオーレに問い掛ける。
「クオーレ、ここをどうやって見つけたんですか?」
リーネに聞かれて胸を張るクオーレ。
彼女によると、散歩中に見つけたらしい。
見つけて堂々と森に侵入。侵入した先でこの森で暮らすエルフ達の長と邂逅。
打ち解けて仲良くなっているとのこと。
なので【リリエル】を歓迎してくれる筈だと彼女は言う。
「夕方に"ふらっ"と飛んで行ったのは知っていましたが、ここにいたんですね」
「そうそう。ぼくはここにいたの」
「歓迎、ね。矢の歓迎じゃなければいいのだけど」
「うちらハイエルフ族じゃないんだから平気じゃない?」
「エルフだってハイエルフに勝るとも劣らない者もいるのよ」
「んで? どうすんだ? ここでぶつくさ言ってても何も変わらねぇだろ」
「それは、そうなんですが……」
「リーネお姉ちゃん、ぼくのこと信用してない?」
「いえ、そんなことはないですよ。ただ、手ぶらで来ましたからね。私達」
「お土産なら、リーネのバッグの中に入っている物を何かあげたらいいんじゃないかしら?」
「何かいいものありましたっけ?」
リーネがバッグを漁ろうと手を入れたと同時に結界の一部が円状に開いた。
円状に開いた箇所から顔を見せる1人の女性。
アリシアとシエンナを足して2で割った顔をした女性。
美人さん。栗色の丸い双眸に同じく栗色の腰まで届こうかという髪。
彼女の瞳が【リリエル】を捉える。
そしてクオーレを見つけ、彼女はクオーレに尋ねる。
「この子達が例の?」
「そうそう。ぼくのご主人様と仲間の人達」
「ほほー。確かに可愛い子達が勢揃いしてる。何もない所だけど、入って入って」
なんというか、人懐っこそうな感じの女性だ。
「入って」と言われたので、【リリエル】は恐縮しつつも有難く里の中に入らせて貰うことにした。
「お邪魔します」
「急にこんな大人数で押し掛けてごめんなさい」
「ごめんなさいー」
「すまないな。……んっ。空気が澄んでるな。ここ」
「お邪魔します。本当だね」
「恐縮しなくてもいいよ。あ! 私の名前はマロンだよ。一応この里の長だよだよ。よろしくねぇい」
明るい。明るすぎて鬱陶しいくらいに明るい性格だ。
この女性が長だったら、この里のエルフ達はハイエルフ染みているなんてことはないだろう。
「よろしくお願いします。マロンさん。私達も自己紹介しますね。私は……」
リーネが自分の名前を名乗ろうとすると、マロンが彼女を止めた。
「大丈夫大丈夫。もうクオーレちゃんから聞いているから。貴女がリーネちゃんで隣の白銀の髪の子がアリシアちゃんで獣人の子がミーアちゃんでダークエルフな子がカミラちゃんでハイエルフな子がケーレちゃんだよねだよね。当たってる?」
「はい。当たっています」
「やったやった。ででー、リーネちゃんとアリシアちゃんとミーアちゃんは婦々で3人で一緒に寝るんでしょ。普通の意味でも、別の意味でも。別の意味の方は週4。ででー、カミラちゃんとケーレちゃんは毎晩で煩いんだってね煩いんだってね」
「……私の使い魔が随分"ペラペラ"と【リリエル】の内情を話したみたいですね」
「詳しく聞いたよ聞いたよ。リーネちゃんのことは特に聞いたよ。リーネちゃんは可愛い"ニャンニャン"だって言ってたよ」
「……クオーレ。貴女はスライムですからある程度は許容しますが、流石に少し度が過ぎていますよ」
リーネが微笑みつつクオーレを見る。
顔は笑っているが、背後にドス黒い雰囲気が漂っている。
「リーネお姉ちゃん、大好き」
「後でじっくりとお話しましょう」
躾決定。青褪めるクオーレ。
リーネに救いを懇願するが、躾されることは覆りそうにない。
主人がダメならアリシア達。助けを求めるが、彼女達はそれとなくクオーレから視線を逸らした。
これはクオーレが悪い。余計なことを言うから身を滅ぼすのだ。
「ででー、今日はこの里に遊びに来たの来たの? 何か用事があって来たの来たの? 話し聞くよー。沢山聞くよ。任せて任せて」
テンションが高い。ちょっとしんどい。
この世界の美人さんはこういう女性だらけなのだろうか。
リーネはクオーレの件や彼女の底抜けの明るさに精神が相当摩耗。
疲弊を堪えて昨日の自分の妄想をマロンに話してみる。
話してみるだけなら無料だと思って。
「別荘? この里に住んだらいいよいいよ。お家、余ってるよ余ってるよ。転移門もあるよあるよ。だから自由に行き来できるよ。でも、門の使用は【リリエル】の皆とクオーレちゃん限定にさせて貰うけどねけどね」
言うだけ言ってみたら凄い返事がされた。
リーネは暫く呆けて、その後「えっ?」なんて間抜けな声を出してしまった。




