-特別編1- 特許 その02。
いつかのように、このお話も賛否両論かなって思います。
後、今回のお話は重いです。
ご了承の程よろしくお願いします。
彼女はそれから、【リリエル】の他のメンバーが思ってもいなかったことを口にした。
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ロマーナ地方領主・シエンナの領主館。
彼女は現在、次から次へと届く嘆願書を見て胃薬を口にしていた。
「はぁ……っ。どうしてこんなことに……」
いつものお茶会の席。和やかに流れていた時の中で唐突に訪れた領主シエンナとハンターギルド・ロマーナ地方支部のギルドマスター・ヒカリにとって衝撃過ぎるできごと。
「あ、ヒカリお姉ちゃん」
「はい? なぁに? リーネちゃん」
「私達【リリエル】は無期限休暇を取らせて貰うことにしました。ハンターギルドでその旨の書類にも記載済みです。ですので、邪族大行進など緊急時は別ですが、それ以外の時は他のハンターに依頼を任せるようにしてくださいね」
何とも軽く言われたものだから、ヒカリは当初、リーネが自分に伝えた言の葉の内容を上手く理解できず、「そうなんだ。分かったよ」などとこちらも軽い口調で返事をした。
が、2~3秒が経過して頭がたった今、リーネに言われたことを認識し、爆弾発言だと気付いた時にヒカリは彼女にしては珍しく、紅茶の入ったカップをそのまま机に落とすことになった。
「ごめん、リーネちゃん。今、なんて言ったのかな?」
机に出来ている水溜まり。気に掛けずヒカリはリーネに問い掛ける。
「ですから【リリエル】は無期限休暇を取ることにしました。ですので、後のことは他のハンターに依頼してくださいね。と、言ったのですよ。ヒカリお姉ちゃん」
自分の頭が理解したことは間違いではなかった。
"ギギギっ"と首部分が錆びたロボットになったかのようにシエンナを見るヒカリ。
シエンナも【リリエル】が言ったことを理解したのだろう。
カップを手に持ったまま、固まってしまっているのがヒカリの目に映る。
【リリエル】の面々は静かに慌てている2人を見ても顧みず。
紅茶を啜り、お菓子を食べて呑気にお喋り。
「講師の仕事だけに集中できるなら、私達も少しは楽ができますね」
「そうね。講師の活動も前は副業だったから週に1日だったけど、本業にしたから週に4日に増えたし、その上でハンター活動。私達、疲れ気味だったものね。休暇は有難いわね」
「天気が良かったらさー、ピクニックでもしない」
「それはいいな。丁度森林浴がしたいと思っていた頃だったんだよな」
「エルフの習性ね」
「獣人もそうだよー」
「ミーアもそうなの?」
「森の守り人はエルフだけじゃないよ。だって動物も森にいるじゃん。つまり獣人も森の守り人なんだよー」
「なるほど。言われてみたらそうね」
楽しそうな【リリエル】を前にヒカリが机を叩いて立ち上がり、唸る。
「ちょっと待って! 無期限休暇ってどういうこと?」
「えっと、言葉のままですよ?」
「そうじゃなくて。どうしてそういう話になるのかって聞いてるの」
「それはですね……」
リーナは懇切丁寧に無期限休暇に至った理由を話した。
【リリエル】の真似事をする者が増えたせいで自分達が迷惑をしていること。
何時間も拘束されることがどれだけ精神的負担になるのかということ。
そのせいで制服を着なくなったが、それが【リリエル】に何を及ぼしているのかということ。
泥沼化して解散なんてことになるくらいなら、いっそ活動休止にしてしまった方が良いと皆で話し合ったこと。
最後に少しだけヒカリとシエンナに対する嫌味もリーネは混ぜた。
これは【リリエル】が傘下のハンター【クレナイ】に依頼して、彼女達が集めた情報に基づくものでもある。
【リリエル】はその際に【クレナイ】の仕事を増やしてしまったことを心苦しく思ったが、【クレナイ】側は【リリエル】に頼られたことを嬉しく感じたようで、【リリエル】が思っていた以上の働きをしてくれた。
【クレナイ】によると制服の品質は勿論、そもそも【リリエル】のメンバーとは容姿が似ても似つかない者ばかりだったそうだ。
なんならオークかな? と思うの者もいたとか。
そして件の貴族は人を雇って【リリエル】を貶めるよう依頼していたらしい。
それらが明らかになり、【リリエル】は今回の案に踏み切ったのだ。
「私達が以前のように直接女王フレデリーク様に嘆願書を提出してもいいのですが、シエンナ様の仕事を奪うことになるじゃないですか。ハンター達のこともそうです。ギルドマスターが許しているんですから、部下である私達が【リリエル】の真似をやめてくれ。なんて言えません。後、私達が他のハンターの仕事を図らずも奪っていたようですし、私達がいなくなれば他のハンターに仕事が回りますから、悪くない案だと思うのですが」
「ちょっ、ちょっと待って!! 【リリエル】にしか頼めない案件もあって……」
「そんなの引き留めの理由にはなりませんよ。本当に本気で何かを成し遂げる時。いえ、上に立つ者はあらゆることを想定していなくてはダメなんです。私が言えた義理ではありませんが。そうですね。【リリエル】への案件は複数人のハンターに依頼すればなんとかなるのではないですか」
「シエンナ様!!」
ここでヒカリはシエンナに助けを求めた。
再起動したシエンナ。なんとか【リリエル】に休暇を取ることを辞めて欲しいと彼女は願ったが、【リリエル】側が彼女の願いを受け入れることはなかった。
シエンナとヒカリも[影]がいる。ヒカリに関しては[赤]のドラゴンがいる。
であれば、【リリエル】に非常事態が起きていることを知っていた筈。
【リリエル】の制服を唯一縫い、仕立て直しできるニアにゴーレムを付けることを領主権限で成した時と同様に、他の地方の領主などと取り引き・駆け引きなどをしていれば、【リリエル】がここ迄強引な手段を取ることは無かっただろう。
シエンナもヒカリも初手を誤った。
で、今に至っている訳である。
「なんとかしてください。と言われても……」
シエンナは途方に暮れる。
まさか制服がここ迄のことを及ぼすことになるなんて思ってもいなかった。
今頃ヒカリも苦慮していることだろう。
漸く【リリエル】が戻って来たと思えばこれだ。
彼女達が旅に出た後に逆戻り。
シエンナが執務机に沈むように伏せた時、彼女の秘書 兼 女性執事のハクが口を開いた。
「ではこういうのはどうでしょう?」
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数日後。
ハクの提案により王都の城と各地方のハンターギルド・商業ギルドに特許権課が設けられることになった。
そこは文字通りの活動を行う場所。
【リリエル】の制服も特許物として特許権課が在る場所全てに登録された。
真似をした場合は彼女達に白金貨1枚の損害賠償の支払いが命じられる。
自宅など個人で楽しむ分には問題はない。
イベントなどで使用するには事前に【リリエル】に許可を取っていれば許されるが、それ以外の場合で使用したら即座に特許侵害で[罪]となる。
この世界に自己破産なんて制度は無い。
あっても、【リリエル】の制服は対象外で白金貨1枚の支払いは絶対。
誰かに【リリエル】を貶める行為を頼まれたとしても、割に合わない仕事となることは確実。
【リリエル】の鬱々とした期間は漸く終わりを告げた。
一部の馬鹿共が余計なことをしたせいで、大多数の常識ある者が迷惑を被ることになるのは何処の世界でも同じということだ。
【リリエル】は自分達の通称名を示す制服に袖を通し、無期限の休暇を終了。
再びハンター活動を行うようになった。
「少し……。いえ、かなり荒っぽい手口でしたが、制服がまた着れるようになったのは素直に嬉しいですね」
「私と【クレナイ】に感謝しろよ。リーダー」
「偉い人を利用してこうなるよう仕向けるとは、策士ですね。カミラ。流石です。でも、こういうのはこれっきりです。無関係な人を巻き込んだのは心苦しいです。次回からは自分達でなんとかするようにしましょう」
「そうね。ところで【クレナイ】が学園に【リリエル】ファンクラブとかいう頭のおかしな物を作ったらしいわ。どうしたものかしら ?リーネ」
「マジですか」
「別に放置でいいいんじゃねぇか。[私達を見守る会]みたいなもんらしいしよ」
「見守る会ですか。なんだか私達、絶滅危惧種みたいですね」
「ファンクラブのことは置いといて、人に迷惑を掛けた分は働いて返そうよー」
「でもそれじゃ、またうちら、ハンターの仕事を奪うことになるんじゃない」
「この地方のハンターからはシエンナ様に【リリエル】を復帰させて欲しいという嘆願書が届いていたみたいですよ」
「ん? 自分達の仕事を奪うなって騒いでたのは余所の地方ハンターってこと?」
「そうなりますね。私達はそこにはいないのですが……」
「住民から【リリエル】に頼みたいとか言われているのかしら?」
「だろうな」
何とも言えない複雑な気持ちになる【リリエル】。
確かに自分達にも問題は大いにあるが、自分達の生活圏のハンターに依頼しない住民達も、それはそれでどうなんだろう? と思うのはおかしいことだろうか?
最も、一番おかしいのは【リリエル】の評判を貶めようと犯罪を犯す連中だが。
「休みは数日で終わちゃいましたね。思っていたよりも早かったです」
「わたしは身体が鈍っちゃいそうだから良かったと思うわ」
「森林浴また行こうねー」
リーネとアリシアとミーア。婦々3人が[女3人寄れば姦しい]を体現しているのを聞きつけてか、彼女達をモノにしようと現れる邪族の集団。
今回の相手はこの世界において女性の敵であるトロール。
【リリエル】は彼らのことを見て、[殺気]を漲らせた。
【リリエル】に彼らの行いなど通用しない。
前をカバーしているなら、後ろから攻撃すればいい。
前も後ろもカバーしているなら、横から攻撃すればいい。
大体にして、頭はどうしても無防備になる。
何処にしても無防備な所を狙えば済む話だ。
【リリエル】全員の前衛が跳ねる。
それぞれの得物でトロールの首を刎ねていく彼女達。
カミラはハルバードで、アリシアはダガーで、ケーレは槍で。
後衛は前衛の彼女達を援護すると共にトロールに攻撃。
リーネが使うのは風の中級魔法。クオーレは口に集結させた魔力の塊を発射。
1人と1匹。トロールの頭に魔法・魔力の塊を命中させて消失させる。
トロールは40~50程度いたが、左程の時間も掛からずに全滅することになった。
リーネがトロールの犠牲となっていた女性達に近付いていく。
彼女達の目に光はない。精神を殺されてしまっている。
性犯罪者は殺人者と同じだ。
被害に遭って、こうやって精神を殺される女性もいるのだから。
「昔の私なら心を治すことはできませんでしたが……」
今の自分は。
リーネは今回は稀に言われている称号を口に出す。
そうすることで、自分を鼓舞し、魔法を正しく発動させる為に。
「私は悠遠の魔女で悠遠の聖女です」
魔法の構築。杖の先に集う白き光。
魔法は完成し、リーネは完成した魔法を女性達に使用する。
「慈悲之回復」
女性達の傷が癒えていく。
トロールにモノにされていた事実は残ってしまうが、他は全て元へと戻る。
目に光が宿り、泣き出す者。中には「このまま死なせて欲しかった」とリーネを詰る者もいる。
何が正しいのか。リーネにも分からない。
正直、彼女達の精神を回復させたのは自己満足だとも思ってしまう。
聖女アレッタは、果たしてどういう[心]を持って癒しの力を使っているのだろうかということも気になる。
アリシア達がリーネのバッグの中に仕舞っていた数多の衣服を女性達に手渡している時に、1人の女性がリーネの元へとやって来た。
「私達を治してくれたのは貴女よね? ねぇ、どうして? どうして記憶は残したの? どうして消してくれなかったの?」
"パァン"軽い音がその場に響く。
女性がリーネの頬を打った音。
カミラやケーレは女性の行動を見て怒りを覚えているのが見て取れたが、リーネが手を出さないようにと目で合図をした。
「……私に記憶を改竄させる力なんて無いからです。あったとしても記憶の改竄は一種の洗脳です。それが正しいのでしょうか。私には」
「こんな記憶を中途半端に残されるくらいなら、洗脳された方がマシよ」
女性がリーネの胸ぐらを掴む。
彼女はそのまま、リーネを突き飛ばした。
地面に尻餅をつき、リーネは立ち上がられなくなる。
彼女の言いたいことも尤もだ。間違えてはいない。
溢れてくる涙。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、私は……」
女性はリーネのことをゴミを見るような目で見た後、自分と同じようにトロールの犠牲になっていた女性達の中へと消えていった。
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その後、女性達の多くはロマーナ地方の町で過ごして貰うことが決まった。
リーネがシエンナに掛け合って、そうなった。
帰ると、邪族に汚された者―――。
と差別を受けるだろうと答えた女性が多かったから。
だからリーネはシエンナに話してそういう措置を取ることにした。
帰れる所がある女性は彼女達の郷迄転移して見送った。
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夜。
リーネはどうしても眠りに就くことができないでいた。
何度考え直しても、何が正しかったのか分からず、歩いてはスタート地点へ戻るという、ゴールのない道を脳内で彷徨い続けていた。メビウスの輪の道を。
涙が頬を伝う。この涙は悔しさか、それとも情けなさか、或いは自分は傲慢だという想いか。
無言で泣くリーネ。アリシアとミーアが隣にいる。声を押し殺して泣いていたのはその為だったのだが……。
「「リーネ」」
2人の声にリーネは目が泳いだ。
慌てて寝着の袖口で涙を拭い、無理に笑顔を作る。
「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
「1人で悩まなくてもいいのよ。今回の件はあれで正しかったし、正しくないわ。きっと誰が考えても答えは出ないと思うわよ」
「アリシア……」
「リーネの想いも罪も一緒に背負うよー。婦々ってそういうものでしょ」
「ミーア……」
「「だから1人で泣かないで」」
アリシアとミーアはリーネを2人で抱き締める。
リーネは2人の妻の想いの中、今度は声を上げて涙が枯れる迄泣き喚いた。
何が正しくて、何が間違いだったのか。
これは作者にも分かりません。
読者の皆様はどう思われますか?




