-特別編1- リーネの不調 その01。
少々汚い表現があります。
お食事中の方はご注意ください。
ルージェン王国同盟国の1つ。クシミール共和国。
国民1人、1人に選挙権があり、投票によって国家元首が決められる国。
つい最近迄はルージェン王国との付き合いは無かったが、選挙で決まった新しい国家元首となった際にルージェン王国を頂点とする同盟国へと加わった。
理由は貿易もあるが、他国から侵略を受けた時に力を貸して貰う為だろう。
魂胆は見え見えだが、女王フレデリークは同盟国入りを受け入れた。
こちらも女王としての[器量]の大きさを知らしめる為に行ったこと。
偉い人は何かと大変なのだ。
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その日の朝。リーネは自身に異変を感じていた。
身体に鉛を乗せられているように重く、立つことさえままならない。
激しい眩暈もしていて気持ちが悪いし、意識も朦朧としているのだ。
「これは、風邪でしょうか。それとも、魔力の制御が上手くできていないという証の魔力循環不全症でしょうか。後者が当たっている気がしますが。……うぇっ」
喋ることも辛い。リーネは自分の症状が自分が考えている症例と合致しているか否かを検証する為に空中から愛用の杖を出現させた。とりあえず簡単な魔法を構築しようとした最中に身体中に激しい痛みが走って、強い吐き気が襲われた。
それに耐えられず、彼女はその場で嘔吐してしてしまった。
魔力循環不全症で決定。それもかなりの重症。
原因は疲労の蓄積によるものだろう。日々環境が変わるのも多分大きい。
[旅]というものはそういうものだが、やはり旅慣れていないが故に、どうしてもそういうことが起こり得る。
リーネは自分の今の症状や原因について自分でそのように結論付けた。
日頃は息をするのと同じくらいに楽に魔力の制御ができているのだ。
それがこんなにも早急にできなくなるなんて、それくらいしか原因が思い浮かばなかった。
が、彼女が[重症]になっている原因は他にある。
聖女の魔力が目覚めたせいで、膨大な魔力が身体を巡るようになった為だ。
目覚める前にこの症状が起きていたならば、彼女がここ迄苦しむことはなかっただろう。
リーネ自身は未だ自分が聖女であることを知らない。ので、魔力が突如増えたのは思わぬ戦争の中で原因不明の何かが自分に起きたことは確かだが、それが何かは分かっていない。
「参りましたね……」
こういう時に限ってアリシアもミーアも傍にいない。
3人は昨日も仲良く一緒に就寝したのだが、リーネが寝坊をしたのでアリシアとミーアは気を利かせて彼女を起こさないように部屋から出て行ったのだろう。
そして今は食料調達の最中。部屋に残されているのは彼女だけ。
この宿は宿泊と希望すれば朝食のみセットにして貰えるのだが、今回は敢えて【リリエル】は希望しなかった。理由はこの国の料理が美味しいから。
なので、なるべく外食にしようと皆で決めたのだ。
こんなことなら朝食セットにしておけば良かったとリーネは後悔する。
そうすれば、アリシアもミーアも寝坊した自分を残して部屋から出て行くことはなく、朝食の為に起こしてくれていただろう。そこで自分の不調に気が付いて看病をしてくれていた筈だ。
1人残されているリーネはいよいよ症状が耐え難いものになっていく。
何度も嘔吐し、呼吸が辛くなり、ベッドをのたうち回って、ついには部屋の床に転げ落ちてしまった。
意識を保っていられるのもそろそろ限界。目が暗闇に包まれる中でリーネが助けを求めたのは、勿論アリシアとミーア。
閉じられている部屋の扉に向けて彼女は泣きながら右手を伸ばす。
「アリシア、ミーア……。助け……」
リーネの意識は完全にそこで途絶えた。
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リーネが意識を消失させたそんな頃、アリシアとミーアは2人揃って嫌な胸騒ぎを覚えていた。
こういうを虫の知らせというのだろうか?
少し前にアリシアはリーネとミーアから彼女達の国の伝統の言葉、[言霊]と[諺]というモノを習った。
言霊については魔法を使用する際の呪文なのでアリシアは即座に理解することができた。
諺は色々と言葉があり、中にはこちらの世界にはそんな[物]は無いので理解することが難しいモノもあったが、それでもリーネとミーアがこちらの世界に在る似たような[物]に置き換えてくれたお陰で何なのか。分らないということは無かった。
「ねぇ、ミーア」
「あのさ、アリシア」
互いの名を呼んだのは2人同時。
いつもならば笑顔になっているところなのだが、今日は以心伝心が余計に2人の胸騒ぎに拍車をかけることとなる。
「「リーネ!!」」
食料の調達もそこそこに、リーネを残して来た宿へ急ぐ2人。
3分もせずに到着。慌てている2人に宿の女将さんから声が掛けられたが今は時間が惜しい。一刻も早く愛する人の元に行きたい。
「後で話しますので」
アリシアは多少ぶっきらぼうに女将さんに返事をし、ミーアと共にリーネのいる部屋の扉の前に立った。
どうかただの思い過ごしでありますように―――。
2人は互いの心に願いながら部屋の中へ足を踏み入れる為に取っ手を持つ。
回す役目はミーア。アリシアは彼女の横で祈りながら動向を眺める。
「大丈夫だよね?」
なんて2人共言えない。
無言でミーアが扉を開く。
と、彼女達の目に飛び込んできたのは部屋の床に転がっているリーネの姿。
「リーネ!!」
ベッドの上は酷い惨状。
リーネの身に起きていることが只事ではない[事]を物語っている。
まずは彼女が生きているかどうかを確かめるアリシア。
脈はある。心臓も動いている。無いのは意識だけ。
生きていてくれたことに少しだけ"ほっ"とする。
心配気に見ていたミーアに「大丈夫。生きてるわ」と伝えるとミーアもアリシアと同じようにほんの少しだけ"ほっ"とした表情を見せる。
「でもこれって、リーネに何が起こってるのー?」
ミーアは病気のことなんて詳しくない。
アリシアも詳しくないが、自分の予想だけなら述べることができる。
当たりをつけてミーアに返答するアリシア。
「わたしの予想では魔力循環不全症だと思うわ。魔力の制御が上手くできていないのだと思う」
「え? でもリーネは……」
アリシアの返答を聞いて懐疑的なことを言おうとするミーア。
リーネは[悠遠の魔女]と言われる程の存在だ。
人々から畏怖され、称えられる彼女が魔力の制御ができないなんておかしい。
普段のリーネは魔法を手足のように扱っている。
それなのに……。
「ミーアが言いたいことは分かるわ。多分、旅の疲れがここに来て一気に噴出してしまったんだと思う。だからリーネは魔力の制御が上手くできなくなってしまってこんなことになっているのよ。いえ、それだけじゃない。魔力が身体に何か悪さをしてる可能性があるわ。内臓を傷付けてなければいいのだけど……」
「そんな!! どうしたらいいのー?」
「魔力循環不全症の治癒は神官の仕事なのだけど、リーネの魔力は膨大。神官じゃ治癒は無理ね。精々少々の緩和が精一杯ってところかしら」
「じゃあ……」
まさかこのままリーネを失うのか? 目の前が真っ暗になるミーア。
しかしアリシアは優しくミーアに微笑み、「手はあるわ」と答えた。
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1時間後。
現在、リーネはアリシアが宿の女将さんに事情を話し、謝罪の上でシーツなどを交換して貰ったベッドで静かに眠りについている。傍らには聖女アレッタがいる。
[転移]の魔法でアリシアがルージェン王国から連れて来た。
「いつ、できるようになったの?」
とミーアが聞くと、「最近よ」とアリシアは快活な顔でミーアの質問に答えた。
どんどんアリシアがリーネみたいな化け物染みた存在になっている。
ミーアはアリシアから返答を受けた時に思ったが、「貴女だって他人のこと言えないでしょう」とアリシアから手渡されたのは、以前自分達の手足の自由を奪ったアダマンタイト製の枷。
ミーアがアリシアから手渡された枷を見ていると、彼女が「それ、引き千切ってみて」なんてことを言って来た。
何を言っているのかちょっとよく分からない。思考が迷子になりつつも枷を左右の手で握り、全力で引っ張ってみたら枷は硬度を超えてきた力により裂断された。これにはミーアは自分でやっておきながら、自分に驚いた。
「へっ!?」
って自分で自分がしたことに驚愕の声を上げた。
「どうもリーネの近くにいるとそうなるみたいなのよね」
「リーネって何者なのー?」
「さぁ? 案外セレナディア様の愛しき子だったりとか……」
「だとしたら自分達。【リリエル】は愛しき子の眷属になるからー」
「そのように考えた場合、辻褄が合うのだけど、私達の目の前に他ならぬ聖女様がいるから分からないのよね」
アリシアはリーネを診てくれている聖女アレッタの傍に行く。
「リーネはどうですか?」
と聞くと聖女アレッタはアリシアが思っていた通りの[解答]をした。
「なので2~3日、休養すれば元気になると思います。ただ……」
「ただ。……なんですか?」
「身体が疲労する度に毎回こんなことが起きては、この子は心身の摩耗により寿命を縮める。[生命]を消耗して長く生きられないかもしれません。なので、念の為の処置を施しておこうと思うのですが、いいですか?」
「それはどういう?」
アリシアが聞くと聖女アレッタはリーネの首に填められている[隷属の首輪]を指さした。
「これをこの子の魔力制御の為の道具として使うようにします。そうすれば、次に魔力循環不全症が起きても軽症で済むようになるでしょう。首輪がこの子の魔力の循環の助力をしてくれることになるので。身体への負担も激減します。ただ、1つだけ問題があります」
「問題?」
「問題って何ー?」
聖女アレッタの苦笑いの顔にアリシアとミーアが不安な声を出す。
彼女達の顔を交互に見て、聖女アレッタが言ったことは、2人には何ら問題ないと思うようなことだった。




