-特別編1- 異物。
ルージェン王国同盟国の1つ。ノンデリー公国。
ここは貴族・公爵が元首である国家。
貴族と聞くと、あまり良い印象を持たない者が多いが、この国を統治する貴族は例えばロマーナ地方を治めるシエンナと似たような心情を抱いており、[民]あればこその国という気概で日々[政]を行っている為、この国の貴族は[民]からの覚えも良く、治安も良い国。
そんな国で色んな品物を物珍し気に見て回るリーネ。楽しい時間。
空は青く、ところどころに白い雲。気温も丁度良くて、まさしく観光日和。
リーネは空と道行く人々を見ながら『ここはいい国ですね』などと思う。
また新たに面白そうな物を見つけ、そこに行こうとした時、リーネは状況が一変するできごとに遭遇してしまった。
かつて見たことのある連中が邪族に襲われていたのだ。
襲われている連中は数にして8人。
そのうち4人はリーネがリーネとなる前。
彼女がまだ地球にいた頃に散々な目に遭わせた。虐めてきた連中。
2人はリーネの両親。残りは知らないが、クソゲーの中でミーアから聞いていた彼女の親の特徴に当て嵌っているような気がする。
………………。
リーネの心の中、色々な思いが行き来する。
どうしてアイツらがここにいるのでしょうか。とか、アイツらのことを見ても、もう何も思わないんですね私は。とか、このまま見て見ぬフリをしてもいいのではないでしょうか。とかとか。
「ですが……」
【クレナイ】の時と同じだ。見捨てると自分の目覚めが悪くなる。
いや、それよりも放置するとこの国の[民]が危ない。
邪族が町中付近迄来ているなんて異常な事態だ。
絶対に狩らないといけない。
そこ迄考えて、リーネはふと『もしかして、連れて来たのはアイツらではないのですか?』という考えに行き当たった。
あんな連中がこの世界に喚ばれる筈がない。
だとしたら、時空の狭間に飲み込まれたか何かして、この世界に現れた異物。
そんな連中が邪族に襲われて、逃げている途中に……。
「迷惑な話ですね」
リーネがそう呟いて駆け出そうとした時、不意に肩を掴まれた。
掴まれた肩の手の感触。間違いなく自分が愛する人の1人。ミーア。
振り向くと正解。意図せず顔が綻ぶ。アリシアとカミラ、ケーレもいる。
【リリエル】全員集合。今日は珍しく個人個人で観光をしていたのだ。
リーネはアリシアとミーアから1km以上は離れられない為にその範囲内でだが。
「リーネ、集合時間になっても来ないから迎えに来たよー。何かあった?」
「邪族に人が襲われてる、わね」
「こんな町中付近に迄現れるっておかしくねぇか。……っていやいや、もしかしてあの連中が連れて来たのか?」
「そうでしょうね。襲われて逃げている間に連れて来たのでしょう」
「で、リーネは襲われている人達を助けようとしてたというわけね」
「……ちょっと違いますけどね」
リーネの言葉に違和感を覚え、ミーアが邪族に襲われている人間の顔を見る。
襲われている者達が何者なのかを理解した瞬間、ミーアの顔が強張った。
「あれは、ミーアの親ですか?」
リーネの問いに頷くミーア。
「なんでアイツらが」
「これは私の予想ですが……。いえ、話は後です。今は邪族を狩りますよ!!」
「分かったー」
駆け出す【リリエル】。
カミラがハルバードを振るって邪族の首を飛ばし、ケーレが槍で邪族の心の臓を一突きにして[生命]の鼓動を止める。アリシアはダガーに氷の魔力を纏わせ、邪族を斬りながら凍らせるなんていう何気に恐ろしいことをやっている。ミーアは拳に風を纏わせ、邪族の顔面を強打。威力で首を飛ばす。更に飛び蹴りやガントレットを使った多種多様な攻撃によって邪族の[生命]を的確に奪い去る。リーネは勿論、魔法攻撃。但し、下級の魔法しか使っていない。
今回の敵は【リリエル】にとっては雑魚。狩りはあっという間に終了した。
助けられた連中が【リリエル】の所へと集まってくる。
【リリエル】にとっては雑魚でも、何の力もない極普通の人間には地球の日本・北の大地に生きているヒグマよりも余程恐ろしい連中だ。皆、身体の何処かしらに怪我を負っている。中には五体満足じゃない者もいる。
それでも[生命]だけは助かったのだ。【リリエル】に礼を告げてくる連中。
「助けてくれてありがとうございました」
「なんか廃墟の神社で肝試ししてたらいつの間にかここにいて、それで……」
廃墟の神社で肝試し? 馬鹿じゃないの。
そりゃ、そんなことしてたら祟られもするよ。
呆れ返るリーネとミーア。表情に自分達の心境を露わにしているリーネとミーアの服の袖を軽く引く人物が1人。2人の妻のアリシア。
「ねぇ、この人達はなんて言ってるのかしら? リーネとミーアにはこの人達の言葉が分かるのよね? つまりこの人達も異世界人なの?」
「ああ、そうでしたね。私達って異世界人でしたね」
「やっぱりリーネもそう思ってたかー」
「はい。世界による強制力なのでしょうか。時々思い出しては忘れるのですよね。頭が混乱する時があると言いますか、表現が難しいです」
「分かる。ところで久しぶりに聞いたねー。日本語」
「2人だけで盛り上がってないで、わたしにも教えて欲しいのだけど」
「そうですね。ごめんなさい。アリシア」
リーネがアリシア達。【リリエル】に連中がここにいる理由を説明する。
神社についてはメディの住んでいるそれがあるが、あれはまだ新しい。
ので、アリシア達が分かりやすいように神社を廃墟の神殿に置き換えてリーネは【リリエル】に説明をした。
「はぁ? つまり何か? コイツら異物ってことか?」
「間違いなくそうでしょう。先程私が言いたかったのはカミラが言ったことです」
「そもそもさ、廃墟の神殿って言ったって、神様がまだいる所じゃん。そんな所でそんなことしてたらバチも当たるって」
「さっき迄は無事に助けられて良かったと思っていたのだけど、詳しい理由を聞くとなんだか助けたことが馬鹿らしくなって来たわね」
「ですが、放置していればこの町に被害が出ていましたよ。町の人達を助けられたと思えば無駄では無かったと思えるのではないですか?」
「なるほど。それもそうね」
「あの~~~」
【リリエル】が話している間、次に話し掛けて来たのは異物な連中。
異物の言葉が分かるのはリーネとミーアだけ。
面倒臭いし、正直どうでもいいが一応相手をしてやることにする。
「ここって何処なんでしょう?」
「ここはあなた方が住んでいた世界とは別の世界。つまり異世界ですね」
「貴女は日本語が分かるのですね。良かった。先程は我々には全く分からない言葉で話しておられたので」
「……こちらの世界の言葉で話していましたからね」
「もしかして貴女も我々と同じ」
異物が言葉を吐いた時、リーネの眉が上がった。
一緒にされたくない。心の中に湧き上がる気持ち。
悍ましい。黙り込むリーネ。
「あの、こういう世界って魔法かなんかがあって、失った手足を元に戻すこととかできたりするんですよね? 助けてくれませんか?」
異物のうちの1人がリーネに話し掛ける。
ソイツはリーネを虐めていた主犯格。邪族による被害で右腕を失っている。
今のリーネなら治せる。治せるが、リーネはそれを断った。
「残念ですが、生やすのは無理です。塞ぐことならできますけどね」
「そんな……」
絶望に打ちひしがれる虐めの主犯格。
泣き出す姿を見ても、リーネの心はほんの少しも揺らがなかった。
『私は……、こんなにも人の心が無かったのですね……』
主犯格の涙よりも、自分の[人]としての情の無さに心を痛めるリーネ。
「でも……」
日本語ではなく、この世界の言葉でリーネは言葉を紡ぐ。
「私は今迄悪意ある[人]を何人も屠ってきました。牙を剥いてきました。幾つもの後戻りのできない選択を何度もして私は、今ここにいるのです。そんな私が今更、心を痛める必要ってあるのでしょうか。私が、私が心を痛めてしまったら、それは私の今迄の選択を否定することになります。それに、私の目の前にいる[人]は私を虐めた主犯格です。酷い八つ当たりだとは思います。でも、助けません」
【リリエル】に向けたわけじゃない。誰にも向けてない。独り言。
囁き声でリーネは言っていたが、エルフ族も獣人族も共に耳がいい。
つまり、【リリエル】全員にそのリーネの独り言は聞こえていたらしい。
1秒も掛からずに、その場が【リリエル】の[殺気]で満ちた。
「今の、どういうこと?」
アリシアが異物にダガーを構えながらリーネに問う。
リーネは彼女の質問に答えなかったが、アリシアはそれが[解答]と受け取ったのだろう。
異物を物理的に排除しようとしたが、リーネに腕を掴まれて止められた。
「アリシア。やめましょう」
「なんで? なんで止めるのよ? アイツらのせいで貴女は苦しんできたのでしょう? 生かしておく価値なんて……」
「殺す価値も同じだけありませんよ。それに」
「それに、何よ?」
「先程私達が相手にした邪族ですが、種族名をアリシアは覚えていますか?」
「馬鹿にしてるのかしら? オークでしょう」
「そうです。オークの中には[毒]を塗った武器を使う者もいます。それは人から人へ感染するようなことはありませんし、[生命]には関わりません。ですが……」
リーネはそこで言葉を止めたが、アリシアは彼女が言いたいことが分かったようで、その後の言葉を彼女から引き継いだ。
「魔法じゃないと決して治癒できない毒で、あの連中は[毒]を受けているって貴女は言いたいのね?」
「はい、そうです。アリシアも知っているとは思いますが、毒の効果は神経回路を痛めつけるもので1時間で効果が出ます。出れば、魔法で治癒がされる迄、ナイフの先端で身体を繊細に突いた痛みが生涯続きます」
「知ってるわ。でもそんなのわたし達が放置したところで、この世界のお人好しな誰かが治すかもしれないじゃない」
「いえ、それは無いですよ」
「どうしてそう言えるのよ!?」
「それは、この世界が[異物]を嫌っているからです」
リーネはアリシアに言いながら自分の胸に手を当てる。
彼女自身もよく分からないが、そこに誰かがいて、誰かが異物に対する嫌悪感を自分に示しているような気がするのだ。
『もしかしたら私は、本当に悠遠の聖女でもあるのかもしれませんね』
「お、俺達はどうなるんだ!!!」
異物のうちの1人・リーネの父親が喋る。
冷めた声で応えるリーネ。
「地球に帰されるんじゃないですか?」
ここ迄が日本語。ここからはこの世界の言葉。
「ここにいる異物も私達と同じ世界、同じ国から来た人達ですが、あちらの世界に[魔法]というモノはありませんので、痛みから逃れることはできません」
これは【リリエル】に向けて言った言葉。
「話している間に2つ共始まったみたいですね」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ。痛い痛い痛い痛い。何よこれ。痛い痛い……」
痛みの発症。そして異物の連中の周りを取り囲む紅の魔法陣。
「なんと言いますか、血の色みたいですね。見ているだけで怖気がします」
リーネが魔法陣の色を見て背筋に寒気を覚える。
それは彼女の仲間。【リリエル】も同じようだったが、1人だけ異物が今まさに消えようとする、その前に連中の所へ歩いていく者がいた。
「ミーア?」
「心配しなくてもいいよ。リーネ。殺しはしないから。ただ……」
ミーアは自分達の親を1発ずつ軽く殴りつけた。
極めて手加減されている。じゃないと今のミーアが本気で殴れば、極普通の人間は[数t]クラスのプレス機に押し潰されたようになってしまうのは確実だから。
それでも、地面を何度もリバウンドしながら転がっていくミーアの両親。
『魔法陣から出てしまうのではないですか?』とリーネは少し焦ったが、どうやらその心配はないらしい。
魔法陣は石の壁のように2人のことを受け止めた。
やりたかったことが終わったら、後はミーアはどうでもよくなった。
異物に背を向けて、ミーアは"ぐぐ~っ"と伸びをする。
「なんかすっごくお風呂入りたい気分だなー」
ミーアの呑気な台詞に【リリエル】全員が笑ってしまった。
「そうですね。宿に帰ったらゆっくり湯船に浸かりましょう。……ですが、その前に私も1つだけ。治癒魔法」
虐めの主犯格。ソイツの右腕がこんもりとした形で塞がる。
リーネがそれを成したと同時に異物は、この世界から消え去った。
後に残ったのは、【リリエル】がオークと戦ったという跡だけ。
その後、異物が地球に帰ってからどうなったのかリーネ達は知らない。
地球に帰れたのか、それとも別の世界に行ったのか。それも知らない。
「知りたくもありません」
【リリエル】は宿に向けて歩き出す。
今日のそれぞれの観光の話をしながら。
 




