-序章- 百合の花は満開に。
私は、アンリのことを受け入れた。
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それからひと月が経過した。
エルフの里にもすっかり馴染み、ついでにルージェン王国が王都フィエリアにも顔馴染みな人ができた。
特に王都の商店街の一角にある食堂のおばちゃん。
その手で作られる料理の全部が美味しくて、通っているうちに常連さんになって、今では食堂が暇な時には私のことを構ってくれる迄の仲になった。
おばちゃんが暇な時に料理も教えて貰ったりしている。
その習った料理をアンリに振舞うのが楽しい。
「美味しい」
って顔を綻ばせながら食べてくれる時の可愛さって言ったらもう……。
今日は新しいお肉料理を習った。
実は以前に別のお肉料理を習った時に心配してたことがあった。
私のヲタク知識。エルフはヴィーガンな場合とそうじゃない場合とがある。
アンリがヴィーガンだったらどうしよう。
そう思っていたけど、幸いにもアンリはお肉料理にも魚料理にも抵抗がないようだった。
[命]をいただくことに感謝する。そんな日本人的な感覚の持ち主達だった。
なので、たまにアンリが狩ってきた鹿の肉など使ってジビエ料理をいただくこともある。
鹿のお肉。実は地球にいる間は食べたことなかった。
美味しいものなんだね。この世界に来て初めて知った。
「ただいま帰りました」
アンリの家。今ではもうすっかり私の家でもある。
扉を片方の手でなんとか開く。
もう片方の手は籠に乗った野菜がこんもり。
家への帰宅迄の道中に農家を営んでいるエルフの方々にお裾分けと称して貰ったのだ。
「おかえりなさい。って、うっわ……。また随分と貰ったのね」
私の片手に乗っている籠の中の野菜を見てアンリが言う。
多少呆れた顔をしている気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。
私はアロガンとの決闘の一件以来、随分とこの里で持て囃されるようになった。
実はアロガン。アンリ1人どころかあらゆる場所でこの里のエルフ達に嫌われていたらしい。
全ては彼の粗暴な行いが原因。誰彼構わず決闘を申し込んでは、そのエルフ達が大切にしていた物や伝統を奪ってきたのだそうだ。
とあるエルフ曰く、それを私が完膚なき迄に叩きのめしたことで溜飲が下がったからとのこと。
「で、それどうするの?」
「ん~、勿論使いますよ。でも一度には使いきれないので」
キッチンに設置した大きな箱を開ける。
それは冷蔵庫。電気は使っていなくて、使っているのはミスリル。
3段になっていて、1番上は冷蔵庫、2番目が冷凍庫、3番目にちょっとした岩程度のミスリルが置いてある。
その3番目においてあるミスリルに私の氷の魔力を充電させておいて、中の物を冷やすっていう仕組み。
これを作った時にはエルフの里の色んな所から「自分達にもお願いします!」って注文が殺到した。
エルフは魔法を使うことにも長けてるし、魔力も他種族と比べると高めだけど、皆揃って私程ではない。
というよりも私は異常だって他ならぬアンリが言っていた。
他のエルフの数十倍の魔力量。もしかしたらドラゴンにも匹敵するんじゃないかって。
私に勝てるのはドラゴンか一部のスライムだけ。
なので実際はドラゴンよりは劣ると思われるけど、アンリの言うことはあながち間違いという訳ではない。
ということで、冷蔵庫を作ったその日は各家庭を回ってはミスリルに魔力を充電して回った。
あちこちのエルフから感謝されたのは、悪い気分じゃなかったなぁって。
それも今の歓迎に少なからず繋がってるのかもしれない。
「リーネの作る物は何でも美味しいから楽しみだわ」
冷蔵庫に野菜を詰める私を手伝ってくれながらアンリが言う。
耳の傍で言ったのは絶対にわざとだ。
現に耳に息を吹きかけられて悶える私を見て、"くすくすっ"と可笑し気に笑っているのがその証拠。
「アンリ!」
「ごめんなさい。リーネの反応がいちいち可愛くて」
それはずるい。
そんなこと言われると何も言えなくなるじゃないか。
でも……。
「もう!」
一言だけ言う。
と、私に自分の身体を寄せてくるアンリ。
「怒ってる?」
「いえ。ちょっと擽ったかったですし、照れると言いますか……。それだけです」
「そっか。ねぇねぇ、リーネ」
「はい?」
「キスしていいかしら?」
「野菜詰め終わってからならどうぞ」
「言質取ったからね」
「はいはい」
アンリの手が素早く動く。
なんとなく私も負けじと張り合う。
その甲斐あって、あっという間に冷蔵庫に野菜達を詰め終わった。
「リーネ」
アンリに押し倒される。
鼻を擽るは私の身体の上に乗っているアンリの匂いと床の木の香り。
「ここでするんですか?」
「ええ。リーネのことが好きすぎて我慢できないのよ」
「……寝室迄そんなに遠くないですよ?」
「ごめんなさい。無理だわ」
床に張り付けられての両手恋人繋ぎ。
「目、瞑って」
アンリに言われて瞑るとすぐに私の唇にアンリの唇の感触。
また私の唇を啄むように何度もキスしてくる。
「目、開けていいわよ」
「はい」
言われて開けると、アンリは今度は私の首筋にキスをしてきた。
「リーネはわたしのだってしっかり印をつけておかなくちゃね」
痕をくっきり残し、満足気なアンリに私は笑う。
「何笑ってるの? リーネは自分が思ってるより人気者なのよ! だから……」
「それなら私も……」
アンリの首筋にキス。
まさか私がそういうことをしてくるとは思わなかったのだろう。
呆けるアンリが堪らなく可愛い。
「リ、リーネ?」
「ふふっ。アンリは自分がすることには慣れてても、されることには慣れてないんですね」
「だっ、だってびっくりしたわ!」
「え~っと、確かこの世界のエルフの寿命は何もなければ500年は生きれるんでしたっけ?」
「え、ええ。そうよ」
「やっぱりエルフって長寿ですね。500年、私はアンリに嫌われたくないですし、一緒にいたいんですよ。こう見えてどうも独占欲強かったみたいです。私」
「みたいですって。今迄知らなかったかのようね」
「ええ、知りませんでしたから」
そう。知らなかった。
自分のことなのに全然。
この世界に来て初めて知ったことが沢山ある。
愛情に飢えてた所もあるんだろう。知らない自分を発見できるのが楽しい。
「この世界に来れて、アンリに会えて嬉しく思いますよ」
「~~。ねぇ、リーネ。貴女はその言葉がわたしを惑わせてることに気付いているかしら?」
「いえ、全然。何を惑っているんですか?」
「そうよね。うん、リーネはそうよね」
「ええと……。私、アンリに嫌われるようなこと何かしましたか?」
「逆よ。逆!」
アンリの手が私から離れて私の服の中へと入れられる。
「リーネが悪いのよ!?」
「……大好きですよ。アンリ」
「……っ。だ・か・ら、そういうところ!!」
キッチンでキスしあったり、なんだったらなんだったりなスキンシップをしたりして戯れ合う私達。そんなことを楽しんでいる時だった。
エルフの里に突然の危機を知らせる警報の鐘の音が響き渡ったのは―――。