-特別編1- 姉妹国の契り その02。
それから15分後。馬車は王城へと到着した。
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到着してからの【リリエル】一行を待ち構えていたのは城に務めるメイド軍団。
湯浴みをするようにと勧めて来たり、ドレスに着替えるようにと言ってきたり、なんなら強引に【リリエル】の服を脱がして湯浴みなどに連れ出そうしてきたり、第一王子達と同様に教養がなってないことをしてきたが、彼女達が【リリエル】に敵う筈もない。
【リリエル】は今から邪族と戦闘を行うかのように[殺気]を身に纏い、鬱陶しいメイド軍団を自分達に近付けなくさせた。
「私達は【リリエル】としてここに来ています。従って、貴女達の言うことを聞くつもりはありません。諦めてお引き取りください」
「ですが……」
「はぁ……っ。言っても分かりませんか。面倒は避けたいですし……」
リーネが先に取り出しておいた杖を右手に握る。
あの後、ローブのポケットの中に入れておいたのだ。
右手に握った杖を、自分と【リリエル】全員に向けて魔法を放つ。
「洗浄魔法」
彼女達は今日は邪族やらと戦闘などしてない。身綺麗ということ。
なので、洗浄の魔法を使っても使う前と大した違いは見られない。
それでもリーネは「これで何も問題はありませんよね?」とメイド軍団に朗らかに笑う。
但し、彼女の目は少しも笑ってなどいないが。
「は、はい!!」
これで尚も【リリエル】に手を出せる者がいたならば、アダマンタイトの心臓の持ち主だ。残念ながらこの城にかような者は存在せず、メイド軍団はそそくさと【リリエル】が通された部屋から出て行った。
それを見送ってから毒を吐くリーネ。
「この城の者達は誰もかれも私達を舐めてやがりますね」
彼女が辛辣な言葉遣いになる時は、自分達に危害が発生する時。例えば自分の心の[領域]内に我が物顔で平然と踏み込んで来ようとしたりする、[理不尽]なことをさせようとするなどの行為をしてくる者がいたり、【リリエル】の誰かが邪族やらに怪我などを負わされたりした場合の時だ。
今回の場合は明らかに前者。部屋のソファにわざと"ドカッ"と座り、不貞腐れた態度を見せるリーネに【リリエル】一行は苦笑いを見せる。
彼女はやはりまだ子供だ。人間であれば大人で、彼女ももう少しくらいは精神的に成長していて、柔軟な姿勢を見せたかもしれない。が、彼女はエルフ。成人迄は遠い年齢。
いつもと同じくアリシアが右側、ミーアが左側に座って、リーネと戯れ始める。
「リーネ。大好きよ。だからほら、機嫌直して、ね」
「あれだけしたら大丈夫だよー。ねっ? リーネ」
「……2人共、私にキスしてください。そしたら一先ずは落ち着いてあげます」
リーネはまだ不貞腐れているように見えるが、彼女のことを他の誰よりも一番傍で見ているアリシアとミーアには分かる。
リーネがキス欲しさに演技しているということが―――。
『『可愛い……』』
分かっていても、アリシアとミーアはリーネの芝居に乗っかることにした。
「仕方ないわね」
「このままはちょっとねー」
2人がリーネに優しく触れる。
彼女の服の布越しに肩を、腹部を、先程第一王子に触れられていた太腿をまるで2人の愛で浄化するように何度も触る。最愛の人。リーネの口から時折漏れる熱い吐息が2人の耳に届く。彼女のそれは2人の鼓膜を擽り、呼応するように2人の呼吸は荒くなっていった。
「「「ハァ」」」
ただの呼吸。空気の塊。空気に色など無い。筈が色付きに見える。
リーネを中心に左右から彼女を強く強く抱き締める。
全身の神経を全集中して愛しい人の身体の情報を感受する2人。
咲き乱れる百合の園。
2人は[赤]なリーネの左右の頬にそれぞれキス。
続いてアリシアが先で後にミーアが彼女の額と唇にキスをする。
リーネは2人に抱擁とキスで弛緩し、自らを捧げるかのように2人の瞳を真っすぐ見る。乞い求める。
妻にもっと自分を従属させて欲しい。
「リーネ、愛してるわ」
「自分もリーネを愛してるー」
「私もです。2人共愛していますよ」
愛しているの言葉に導かれるようにリーネの2人の妻は彼女の胸元へと。
これ迄比較的冷静だったカミラとケーレ。
冷静さは吹っ飛び、2人の心に炎が点り、燃え上がった。
場所が場所なだけにそこ迄のことはしないがカミラはケーレを押し倒す。
本能に従って、身体と身体を擦り付けあった。
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・
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「幸せです」
左右から自分が愛してやまない妻に抱き締められているリーネ。
彼女の不貞腐れた態度はもう何所にもない。すっかり機嫌も直って笑顔。
痛さを感じる程の抱擁が堪らない。圧迫感が心身を安らがせる。
自分は自分達のモノだと言われている気がして―――。
カミラとケーレも笑顔で互いを抱き締め合っている。
もう、いつもの【リリエル】。
そんな折に叩かれる彼女達が通された部屋のドア。
「はい」
リーネが返事をすると、「失礼します。陛下と殿下が【リリエル】の皆様に是非お会いしたいとのことでお連れするようにと言われたので参りました」遠慮がちにそう言って彼女達の部屋に入ってきたのはメイドの1人。
多分、さっき【リリエル】が絡まれていた時に彼女はいなかったのだろう。
でなければ、[恐怖]が顔に浮かんでいる筈だ。
リーネは「分かりました。かの方々の所迄案内をお願いします」と自分達を呼びに来たメイドに告げる。
……………。
言われたのに動かないメイド。
いや、動けなくなったのだ。
彼女が部屋に訪れてから【リリエル】は戯れはやめていたが、それ迄の熱量が、残り香が、彼女を狂わせ、壊れさせ、停止させた。
「……? どうかしましたか?」
彼女・メイドが停止した理由など露知らず声を掛けるリーネ。
メイドは突如、鼻血を零し始めた。
「ああ、お母さん。迎えに来てくれたんだ……」
「ちょっ!?」
聞きようによっては物騒な言葉。
取り乱す【リリエル】。
「と、とりあえず救急処置が必要なんじゃないかしら」
「そ、そうですね。治癒魔法」
「ああ~、【リリエル】の皆さんがわたしを包んでる」
いや、ちょっと何を言っているのか分からない。
数十分後、再起動した彼女。【リリエル】を案内。
するが、彼女の心は罪悪感で満杯になっていた。
王族達の傲慢さを彼女は嫌っていたから。
後日、彼女は辞表を提出。
故郷に戻り、酪農家に転身した。
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王族が利用する食卓。
【リリエル】が先のメイドによって案内された場所はそこだった。
そして各々決められた席に座るようにとこの国の[王]から言われ、自分達で椅子を引いて[王]から言われた通りに腰を下ろす【リリエル】。
普通、こういうことはメイドなり執事なりにさせることだ。
湯浴みだのなんだのは言ってきた癖に、客側に椅子を引かせるなんて愚の骨頂が過ぎる。
【リリエル】はもう呆れてきってものを言うことさえもしんどかったが、食卓に"ずらり"と並べられた料理を見て、彼女達は心の底から最早何もかもがどうでもよくなった。
アルゴータ王国の[王]デブボタメ二世が【リリエル】に料理を勧める。
「今宵は我が国自慢の料理を用意させて貰った。聞けばお前達は余の息子。長男の側室となるそうだな。平民の血を王族の血の中に入れるのは思うところがあるが、お前達は美しい。特別に許してやろう。さぁ食すがいい。平民には到底口に入れることなど適わない物ばかりだぞ」
[王]から言われても【リリエル】は誰もフォークなどを手に取ろうとはしない。
異変を感じ、もう一度【リリエル】に告げる[王]。
「どうした? 遠慮はいらぬぞ。食してみよ」
心無しか、[王]の口調は少々[焦り]を感じているように受け取れる。
"にこっ"と笑うリーネ。自分の前に置かれたスープを手に取り、第一王子の眼前に突きつける。
「では、まず貴方がこれを飲んでみてくださいますか」
「な、何故。余が?」
「では貴方でなくてもいいです。そちらの騎士様であれば飲めますよね? 念の為に毒見をお願いできますか?」
飽く迄で[命令]ではなく、[お願い]の姿勢で言葉を紡ぐリーネ。
彼女の行動を見て、机を強く叩き、怒り出す[王]。
「貴様。どういうつもりだ! 毒見だと! 毒見など料理が出される前に済んでおるわ。それを、戯けたことを抜かしおって……」
[王]の肩は"ぶるぶる"と震えている。
どうやら憤怒して震えているようだが、リーネは[王]の怒りなんて何処吹く風。
嵐に感じている者もいるが、彼女にとってはただのそよ風にも過ぎない。
笑顔を崩さないままリーネは[王]へと言葉を紡ぐ。
「でも、入っていますよね。毒。強力な睡眠薬が。並べられた料理の全てに」
「何を根拠に!!」
「入っていないと言うのなら、毒見できますよね」
リーネは騎士にスープを渡す。
ここにいる者全てがソレが混入されていることを知っているのだろう。
[王]を見る騎士。だが[王]は騎士の視線から目線を外す。
これで困った騎士が言い出したのは適当なこと。
「す、睡眠薬なんて入っておりませんよ。安心して口にしてください」
騎士の言葉でリーネの顔色が変わる。
【リリエル】の証たる百合のバッジを胸から外し、ローブのポケットに仕舞う。
「ではここからは【リリエル】ではなく私になります。【リリエル】は故郷の看板を背負っていますが、私は私ですからね。欲に身を任せた結果、身を滅ぼすこともあるということを私が教えてあげましょう。魔女の私が!」
「なら、わたしもリーネに倣おうかしらね」
「自分もそうしようかなー」
「それなら私もそうさせて貰おう」
「当然うちもそうするわ」
【リリエル】全員がバッジを外す。
椅子から立ち上がり、まずはミーアが牽制の一発を放つ。
食卓への拳の突き。彼女の[力]は食卓を粉砕。
だけでは済まず彼女の突きは床に迄届くことになる。
できあがるのはクレーター。
「舐められたものだよねー。ねぇ、リーネ」
「そうですね。王族とは思えません。策士、策に溺れるとはこのことでしょうか。策にもなっていませんけどね。でも、許せません!」
リーネが身体に魔力を纏う。今のリーネはドラゴンをも超えている。
魔王ラピスと同等かそれ以上の[力]がある。
………………………………。
アリシアとケーレもそれに続く。ミーアとカミラは[魔力]は纏えないが、[殺気]を纏い、[王]達に迫っていく。
彼女達の[魔力]と[殺気]。城が揺れる。
王都へも彼女達の怒りは広がり、王都の民を震え上げさせる。
「ひっひぃぃぃぃ。ば、化け物」
椅子から転げ落ちる[王]と彼の息子に側近達。
魔女リーネは1歩だけ足を踏み出す。
それだけで王達は下半身を濡らしながら泡を吹いて気を失った。
「これで[王]ですか。どうしてこんな人に権力が与えられるのでしょうか」
リーネ達が[魔力]と[殺気]を霧散させる。
個人から【リリエル】へと戻り、これからのことを考える彼女達。
こんな国とは同盟を外すのが一番だろう。でもそれはできない。
やってしまえば、この国との貿易が停止することになる。
それはルージェン王国・アルゴータ王国の双方の国にとってよくない。
第一、貿易を生業にしている[民]がいるのだ。
彼女ら・彼らの仕事を奪うのは絶対にやってはならないことだ。
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暫く考えた結果、【リリエル】は女王フレデリークに全部の事柄を余すことなく丸投げすることにした。
こういうことは偉い人が考えるべきだと考えて。
別に面倒臭くなったからでは無い。無いったら無いのだ。
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かくして女王フレデリークに手紙を送った【リリエル】一行。
それを受け取った女王フレデリークは怒りの叫び声を上げることになった。
「何やっとんじゃあああああ!! あいつらはーーー!!!」
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数日後、女王フレデリークの呼び掛けによって同盟国間の会議が行われることとなった。
議題は勿論、アルゴータ王国のことについて。
アルゴータ王国の[王]は会議の席でなりふり構わず懸命に言い訳をしていたが、他の同盟国のほぼ全部の国が彼の言い訳をまともに聞かず一蹴した。
ある程度意見が出尽くしたところで議長の女王フレデリークが今回の会議の締めに掛かる。
「では、アルゴータ王国は[王]の首を挿げ替えるということに決定でよろしいな」
「賛成します」
「賛成です」
「賛成致します」
「まっ、待ってくれ。余は……」
「これはもう決まったことだ。今更文句を言うでないわ。戯けが」
「し、しかしですな」
「我が国の[民]に手を出したこと。そして悠遠の魔女一行を怒らせたこと。たたで済むと思っておったのか。なんなら、物理的に首を差し出すか? 貴様」
「そ、それは……」
「ならば文句はないな?」
「はい……………………」
こうしてアルゴータ王国の[王]は玉座から退することとなった。
新しく元首の座に着いたのはルージェン王国の元騎士団長。
今は副団長に団長の座を譲って、隠居生活をしていたところに女王フレデリークからのお呼びの声。
彼女は話を聞いて渋ったものの、女王フレデリークから大人しくアルゴータ王国の[女王]の座に就くのと死ぬ迄ルージェン王国の門番をするのとどちらが良いかと二択を笑顔で迫られ、彼女は[女王]の座に就くことを選択した。
さて、アルゴータ王国に到着した元騎士団長ことオータム。
彼女が見たものは、とてもじゃないが[王都]とは呼べない・呼びたくない都。
彼女のパートナーでさえ絶句させた都をオータムは王都ではなく、単なる一地方とすることにした。
王都は別の場所に移し、国の名前も変更した。
ルージェン王国の王都が地球のフェレンツェに似た場所ならば、新たな王都。
こちらはヴェネツィアに似た都。新しい国名はルーディアで王都はベルティア。
オータムはルージェン王国と姉妹国の契りを交わし、以後はこの国の発展の為に力を尽くすことになる。
そしてこれは余談だが、アルゴータ王国からルーディア王国に国名が変った国でお揃いの[黒]の服装を着た女性達が度々目撃されるようになったとかなんとか。
百合災害を振り撒いて人々を発狂させたとかなんとか。
拝む者。崇めるもの。信者を生み出したとかなんとか。
それらの事柄は[黒]の衣装を着た女性達には意識されてはいない。
彼女達の目当てはアルゴータ王国だった頃よりも断然美味しくなったスイーツと王都の水路を行くゴンドラ。
ヴェネツィアではゴンドラの漕ぎ手は男性が多いが、ベルティアではゴンドラの漕ぎ手は女性しかなれないことになっている。
今日はお揃いの[黒]の衣装を着た女性達の姿はない。
【リリエル】は今はクオーレの背に乗って大空を飛行中。
次の目的地はルージェン王国と同盟を結んでいる別の国。
彼女達はクオーレの背の上で相変わらずに―――。




