-特別編1- 出発前のできごとと憧れ病。
始めに。
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ここ迄ご拝読頂いた読者様ありがとうございます。
この章ではここ迄のお話と違い、本編と番外編の裏で起きていたことなどが書かれています。
世の中は綺麗事だけじゃないんだよ。という感じのお話です。
ですので、シリアスなお話が多いです。
苦手な方は番外編迄で止めておいたほうが良いかなと……。
その旨、先よりご了承の程よろしくお願いします。
とある日の夜。
特に何かあったわけではないが、不意に深夜に目が覚めたリーネは自分の横。
右側にアリシア。左側にミーア。愛らしい寝顔をして深く眠っている2人の妻。
月に照らされる妻達は神秘的であり、妖艶でもある。息を呑むリーネ。
情欲が首を擡げ、頭から足の先迄、[色]の電撃により痺れる。
妻の頬に"そっ"と触れると手に掛かる吐息。起こしてしまいそうになる。
起こして求めそうになる。いっそ実行してしまおうかと思ったリーネだったが、余程いい夢を見ているのだろうか? 妻は笑んでいる。夢を中断させるのは憚れた。
静かにベッドから抜け出し、【リリエル】全員の私室の在る2階から皆が集って食事や雑談などで楽しむ場。茶の間の在る1階へ下りて縁側へと出て腰を下ろす。
今日は月が美しい。白というか、黄色というか、白金? な色の月が何処も欠けることなく夜の空に輝いている。
「綺麗ですね」
"ほぉっ"と感嘆の吐息を漏らしながらの独り言。
そうしてリーネはしばし目を閉じ、火照った頭を冷やす。
落ち着いたらあの時のことを思い出す。
それは【リリエル】が旅に出ると決めた時のこと。
この地方の領主・シエンナの説得が本当に大変だった。
シエンナ個人の【リリエル】に対する想いもあったのだろうが、【リリエル】がいない時にこの地方をどうやって守るかという思いもあったのだと思う。
とはいえ、本当はハンターは自由だ。何モノにも縛られることは無い。
でも【リリエル】は長らくこの地だけを守り続けてきた。
自分達も井の中の蛙のままで良いと思ってきたから。
だけど―――。
「酷く我が儘ですね。私」
リーネは自分で自分のことを少し蔑みながら苦笑いする。
勝手なものだ。本当に。だけど欲求にはどうしても勝てなかった。
それから始まったシエンナの説得。
だったが、彼女は首を縦に振ることはなく、止む無く【リリエル】は国の元首。
女王フレデリークに嘆願書を出した。
【リリエル】として出していたら、間違いなく読まれることは無かっただろう。
だから【リリエル】の皆の称号を利用した。
本来なら、領主を飛び越して上の立場の者に嘆願書を届けるなど失礼な行為だ。
領主に対しても、女王に対しても。それが為に【リリエル】に返ってきた手紙には少々叱責の文章が綴られていた。仕方がない。
だが、手紙の効果は絶大だった。シエンナは旅立ちを許さざるを得なかった。
領主の顔に泥を塗ってしまった。これだけ世話になっておきながら。
その癖に自分達は旅に出た。そして、平然とこの地へと帰って来た。
自分達のことながら面の皮が厚いと思う。よくも恥ずかしげもなく帰って来れたものだとも思う。
「ですが……」
旅は楽しかった。キツいこともありはしたけれど、[人]として一回りも二回りも成長できたような気がしている。
リーネは目を開けて縁側に寝転ぶ。
時期はオータム。ほんの少し肌寒いが、今日は何故か時期の寒さが心地良い。
これからロマーナはもっと寒くなる。いつだったか、大雪になった年があった。
果たして今年はどうだろうか。もしも大雪になるようならまた大変な思いをすることになる。
屋根の雪下ろしとか、道に積もった雪の掻き分けとかしなくてはいけなくなる。
何より仕事に支障が出てしまうのが困る。
「程々でお願いしますね」
誰に頼んだのだろうか。
リーネは小さく笑いながら、頭の片隅で『次のお茶会ではシエンナ様に少し良いお茶菓子でも進呈しましょう』なんてことを考えたりした。
その後リーネはそのまま縁側で眠ってしまい、翌朝には見事に大風邪を引いた。
アリシアとミーア。2人の妻に風邪を引いた訳を問い詰められて白状。
呆れさせた上に叱られながら看病をされることになるのだが、今はまだリーネは少しばかり寒々とした未来が待っていることを知らない。
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リーネが縁側で"うとうと"とし始めていた頃。
ケーレは珍しく自分より先に寝たカミラの寝顔をやや恨みがましい顔をしながら見つめていた。
毎日だ。毎日毎日カミラはケーレに夜更かしをさせる。
体調が悪い日は別だが、そうじゃない時はカミラがケーレを先に寝させてくれることは無い。
「うちはなんでこんなのを好きになったんだか」
とか口で言いながらも、別れたいとか決して思わないのは惚れてしまった弱みというやつだろう。
先に恋人関係になりたいと言い出したのは、カミラの側なのだが、今となっては自分もどうしようもなく惚れてしまっているんだから困ったモノだ。
「こんなに好きになるとは思わなかったなぁ」
と言いつつ自分の首に"そっ"と自分の右手を這わせる。
這わせた手に伝わるのは、金属のような、革のような独特な感触。
先日カミラにその首輪を填められた。
いつかはそうなるとだろうと思っていた。
寧ろ今迄カミラがそうして来なかったのが奇跡だと思うくらいだ。
【リリエル】の中で一番独占欲が高くて、束縛欲も強くて、恋人を支配したいという気持ちも一番高い。
支配とは独裁者的な意味ではなくて、色的な意味での支配だ。
「もしカミラに会わなかったら。ううん、リーネ達に会うことがなかったら、今頃うちはハイエルフの里で暮らしてたのかな?」
自分で言って、里帰りした情景を想像したことで身震いする。
閉鎖的な空間と外は全て[悪]と考えている集団の中で生活。
外を知ってしまった今、あんな所に戻るなんて冗談じゃない。
大体里から出る時も少し揉めたのだ。
ハイエルフが一度は掛かる憧れ病だと言われて、しつこく外へと出ていくことを引き留められた。
「どうせ戻ってくることになる」とか「悪いことは言わないからやめとけ」とか、ケーレがそれでも里を出ていく迄言われ続けた。
実際、外に憧れて夢が叶わずに戻ってくるハイエルフは多い。
ケーレの叔母もそうだったと親から聞いた。
外に憧れて出て行ったものの、差別を受けて戻ってきたと。
親の言葉を素直に受け取っていた時期もあった。年頃になる迄はそうだった。
でもどうしても友人から聞いた学園という所に通ってみたくて、ケーレは里の皆が寝静まった頃に忍び足で里を抜け出して、翌朝に自分であれこれと手続きを完了させて学園への入園許可が無事に下りた。
差別は、無かった。寧ろ差別をしていたのは自分の方だった。
差別をしていることに気付かせてくれたのがリーネだ。
叔母が差別を受けたと言っていたのは、自分と同じように他のエルフ達のことを馬鹿にしていたせいだろう。
因果応報。遠巻きにされるのは当然だ。
ケーレも、因果により破滅しかけていた。
クラスメイトからの目が冷たいことに気が付いていた。
よくあの状況から巻き返しができたものだと思う。
行くところ迄行っていたのに。
「うちが惨めにリーネに敗北したから? ……じゃないな」
模擬戦のせいでリーネも畏怖の目を向けられるようになったのだから。
「【リリエル】の皆のお陰かな。やっぱり」
【リリエル】の一員になれたことは大きいと思う。
ロマーナ地方で最も強いハンター。そのハンターから加入要請を受ける程の人物であるという評価。
「でもそれよりも……」
【リリエル】全員で何かと戯れ合っているところをクラスメイト達に見られたのが効果覿面だったのだろう。
それから冷たい視線は微笑ましいモノを見る視線に変わっていったから。
「リーネなんてうちよりも……」
ケーレはリーネがクラスメイトから餌付けされていたことを思い出して笑う。
当のリーネは『何故?』という顔をしながらも、与えられたお菓子を拒否せずに受け取っていたことも面白かった。
「楽しかったなぁ」
学園での生活はいい思い出だ。
それ以外にもこれ迄の期間。【リリエル】の皆と、中でもカミラと過ごして来た時間は全部いい思い出として深く心に刻まれている。
「憧れ病克服してやったよ。逆にもう絶対に里には戻りたくない」
ケーレが里の者達の顔を思い出し、ちょっとだけ性格悪く嘲笑ったその時に就寝していたカミラが目を開けた。
「ケーレ、里に帰るつもりなのか?」
寝惚けていたのだろう。ケーレが言ったことがカミラにはどうやら逆に聞こえていたらしい。
「そんな筈ないでしょ」
否定するケーレ。カミラはそれで安心したものとケーレは思っていた。
ところが……。
「絶対に帰らせないからな!」
「いや、だから帰るつもりなんて無いって」
「首輪があること忘れるなよ?」
「ねぇ、人の話聞いてる?」
「ケーレ。すまない」
申し訳なさそうな顔をするカミラ。
意味が分からず"きょとん"とするケーレ。
「何が?」
聞くと、カミラはケーレをベッドに張り付けにするように押し倒した。
「私のちょうきょ……。愛が足りてなかったみたいだ」
「ねぇ、今って本当はなんて言おうとした?」
「ケーレ。愛しているぞ」
「まず質問に……っ。んっ!!」
ケーレの唇がカミラに塞がれる。
それからケーレは―――。




