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-番外編 完結話- 旅立ち。

 ロマーナ地方・ラナの村。リーネの自室。

 ハンターとしての活動を終えてから夜。

 リーネは珍しく1人で自室のベッドに身体を沈め、目を閉じて考え事に没頭していた。

 考え事。ここ数日、ずっとリーネを悩ませていること。

 いや、ここ数日どころではない。

 もう結構前からのことだ。では、正確にはいつ頃からだっただろう?

 

 悠遠の魔女―――。


 自分だけが名乗れる特別な称号を女王フレデリークから授かった頃?

 否、それよりは少しだけ後くらいからだろうか。

 聖女アレッタと共にルージェン王国を北と南に二分(にぶ)して思わぬ戦争で負傷した人々を癒す旅に出た頃からだ。

 その頃からリーネの心には、現在自分を悩ませている気持ちが芽生え始めた。


 世界全部とは言わない。

 ルージェン王国内全土とこの国の同盟国を見て回りたい。


 そんな想いが。


 そもそももって、未だに世界地図というものをリーネは見たことが無い。

 それどころかルージェン王国全土の地図も見たことが無い。

 ロマーナ地方の地図についてはシエンナから見せて貰ったことがあるのだが。


「そう言えば……」


 リーネはその時にシエンナが言っていたことを思い出す。

 確かシエンナは【リリエル】の皆さんにだけ特別ですよ。

 と唇に人差し指を当てて、小さく笑いながら見せてくれた。


 この世界は異世界人がいる為に西暦2020年代の地球の文化がある。

 あるが、どちらかというとリーネ達から見たら中世ファンタジーな面が強い。

 中世。だとしたら地図は金貨何千枚にも及ぶ貴重品なのかもしれない。

 それなら、例え世界地図とか、ルージェン王国全土の地図とかが存在していたとしても、おいそれと見せるわけにはいかないだろう。

 【リリエル】は活躍に目ぼしいものがあるといっても、平民だ。

 王族や貴族では無い。平民が貴重な品に触れるのは難しい。

 過去に、かの貴族から「養子にならないか?」と誘いを受けたこともあったが、堅苦しい生活はごめんで、自由でいたい【リリエル】は丁重に誘いを断った。


「はぁ……っ」


 横向き寝転がり、ため息を吐くリーネ。

 それから目を開くと、彼女の目に映るのは日本の北海道に生息するシマエナガに似た特異種のスライム。

 この世界のスライムとはまるっきり容姿が違う。

 そのせいで彼女は他のスライムから容姿について揶揄われていた。

 揶揄われている現場に通りかかったのが【リリエル】。

 リーネは昔の自分を思い出し、特異種のスライムを助け出した。

 

 そしたら、懐かれた。

 自分から寄ってきて脚に"すりすり"と身体を寄せ付けきたから、リーネは彼女の可愛さに中てられて何の気なく名前を授けてしまった。魔物に名前を授けるという行為が主従の契約の締結に繋がるとは知りもせずに。

 名前を授かった魔物が授けた者の使い魔になることを知らずに。

 特異種のスライムと意識的なモノが繋がったと感じた時はリーネは大慌てした。

 彼女の自由を奪ってしまったも同然だと思ったから。

 リーネは契約の解除の方法なんて知らない。

 【リリエル】の他のメンバーに聞いても誰も知らなかった。

 成す(すべ)が無いことに途方に暮れたリーネ。


 頭を抱え「何をしているのですか。阿呆ですか。私は」と彼女が自分を蔑んだ時に使い魔となったスライムがリーネに話し掛けて来た。

 なんとこのスライム。[人]の言葉が喋れる子だったのだ。


「ぼくは。えっと、リーネお姉ちゃんでいいんだよね? ぼくはリーネお姉ちゃんの使い魔になれて嬉しいよ。だからね、もしリーネお姉ちゃんが嫌じゃなかったら、ぼくをこのまま連れて行って欲しいな」

「……クオーレ。本気で言っていますか? 貴女は自由を失うのですよ?」

「リーネお姉ちゃん。優しいんだね。優しいリーネお姉ちゃんの情に訴えるような真似をしちゃうことごめんなさい。もしも……、リーネお姉ちゃんがぼくを使い魔にしてくれなかったら、多分ぼくは長生きできないと思う。仲間の筈のスライムに狩られるか、人に狩られると思う。だから、お願いします」


 特異種のスライム。彼女の言葉には説得力がある。可能性は高いだろう。

 リーネは彼女・クオーレの言葉を聞いて使い魔として傍に置くことを決断した。


 クオーレはリーネの使い魔となってから色んなことができるようになった。

 これはリーネがクオーレ本人から聞いたことだが、それ迄のクオーレは何の能力も無く、鳥型なのに飛ぶことさえできなかったらしい。

 それが縮小化・巨大化ができるようになり、口から魔力の塊を龍神の息吹(ブレス)の如く吐き出して敵を撃つことができるようになり、翼の羽を投げナイフのように扱えるようになり、翼で【リリエル】の皆を抱き締めることができるようになった。


 これには当のクオーレも自分に驚愕したらしい。

 頭の中にイメージが流れてきたから、試してみたら本当にそれらができるようになっていたのだから、びっくりするのも無理はないだろう。

 これは[リーネ]という特別な主人を得たことによる副現象と思われる。

 クオーレは一通りのことを試してから、【リリエル】全員に自分ができるようになったことを実演を交えて伝え、皆に唖然とされた後で【リリエル】の後衛として仲間入りすることになった。


「クオーレ」


 今は縮小化してクオーレ専用の座布団の上でゆったりと寛いでいる彼女にリーネは話し掛ける。


「なぁに? リーネお姉ちゃん」


 元気に返事をするクオーレ。リーネの傍にやってきて、彼女は主人の少しばかり控えめな膨らみ。双丘の上にちょこんと乗っかる。

 それを見て半身を起こし、「少しだけ巨大化してください」と伝えるリーネ。

 クオーレが自分(リーネ)の身長の半分。大きなぬいぐるみ程度になったら、リーネは彼女のことを抱き締める。

 スライム独特の"ぷにぷに"とした感触と羽毛の"ふわふわ"の感触の両方を一度に楽しめる身体。

 これは[人]をダメにしてしまう感触。


 リーネは人をダメにする感触を楽しみながらクオーレに問う。


「貴女は【リリエル】全員を乗せて空を飛ぶことなんて余裕ですよね。……あの、それでなんですが、私が旅に出たいと言ったら貴女は私達を乗せて旅に付き合ってくれますか?」


 クオーレの答えは「勿論だよ! 任せて」だった。

 リーネはクオーレに「ありがとうございます」と感謝し、彼女の頭を撫でつつ、また考えに没頭する。


 方法は確保できてしまった。

 クオーレに出会わなかったら、諦めていたかもしれなかった。

 空を飛べるのはクオーレを除くと現時点で自分だけ。アリシアも飛行魔法を練習すればできるようになると思われるが、長時間となるとキツいものがあるだろう。それならば馬車での移動となるが、「ルージェン王国全土を馬車で」と言われると気が遠くなる。正直に言って、断じて嫌だ。


「ですが、クオーレならば……」


 ずっと乗っていられる気がする。


「では残る気掛かりは【リリエル】の皆さんが私の話を聞いてどう思うのかということと、仕事と、この地方の人々のことですね」


 【リリエル】のメンバーはロマーナ地方のハンターでありたいという節がある。

 かつてはリーネもそうだった。それなのに旅に出てみたいと思うようになったのは、色んな地方で色んな物・モノを見てしまったからだ。


「それ迄は井の中の蛙でいいと思っていたのですが」


 リーネは各地方で見てきた物・モノを思い出す。

 良い物・モノも悪い物・モノもあった。自分の目で見てきた、それらの物・モノのことがどうしても忘れられない。


「付いて来てくれるでしょうか。後は仕事ですけど……」


 本業の[万事屋]については【クレナイ】とヒカリに物理的に根性を叩き直された【オダマキ】に頼めばなんとかなるだろう。

 ハンターの仕事に関しては不安な面もある。が、ここロマーナ地方には大勢の剛の者達がいる。

 剛の者達が一斉に別の地方に移住だとかが無い限りは、自分達の安息の地が邪族を筆頭に悪党によるなんらかの仕業によって壊滅なんてことは恐らくない。

 では最後にプリエール女子学園の講師の仕事。


 1週間程度ならともかく、最低でも1年は休ませて欲しいなんて伝えたら……。


「クビですかね……」


 それは惜しい気がする。クビになるということは、あの学園の施設の諸々が今後は使えないということになるし、生徒達とも触れ合えなくなる。

 なんだかんだでリーネ的には一番気に入っていた仕事。

 それを失うのは辛い。


「それでも。私は、もう……」


 リーネは決心し、翌日に【リリエル】に自分の気持ちを伝えることにした。


**********


 翌日。

 リーネは朝食の前に【リリエル】に自分の気持ちを早速伝えた。


「我が儘なのは分かっています。ですが、皆さんに私について来て欲しいんです。お願いします」


 と頭を下げながら。


 そうしたら何故か? 【リリエル】の全員に笑われた。

 リーネの頭の中は疑問符だらけ。


「えっと?」


 困惑していたら、アリシアが皆が笑い出した理由を教えてくれた。


「今回は1人で突っ走らずにわたし達に相談してくれたのね」


 というのが皆が笑い出した解答だった。


「あ、あの時のことは。反省しています」

「成長したじゃないか。リーダー。私達の躾のお陰か」

「思い出させないでください……」


 カミラの言葉でリーネの顔が赤く染まる。

 あれは心身共に痛くて、恥ずかしいことだった。

 できれば忘れていたかった。


「痛かったのもありますが、それ以上に恥ずかしかったです」


 リーネが言うと【リリエル】の皆に再び笑いの渦が巻く。

 なんだか居た堪れなくリーネ。

 この話は無かったことにしようかな。と彼女が考え始めた頃、ミーアがリーネの顔を見ながら彼女の話に賛成の意を示した。


「いいと思うよ。でもただ見て回るだけじゃなくてさ、自分達が降り立った地方に蔓延する邪族を退治するとかもしてみない? その方が【リリエル】は今よりもっと強くなれると思うー。それにさ」


 そこでわざと言葉を区切ったミーアの言の葉を受け継いだのはケーレ。


「いつかはこの地方に帰ってくるんだよね? じゃあ、恥ずかしくないままでいないとね。観光だけしてて邪族との戦闘の仕方忘れましたなんて失笑ものだよ」

「確かにな。邪族を見たら逃げ出すハンターになっていた。なんていい笑い者だ。万が一にも【リリエル】がそんな臆病者なハンターになってたら、ギルドマスターもさぞ嘆くだろうな」

「嘆くだけで済めばいいわね。【オダマキ】みたいに根性叩き直されるんじゃないかしらね。わたしはそう思うのだけど」

「あり得るー」

「それはクレイジーですね。ハンターギルドマスター室でヒカリお姉ちゃんに何をされたのかは知りませんけど、あの時の【オダマキ】の恐怖そのものの悲鳴が私はまだ耳にこびり付いていますよ」

「だったら、ミーアの言う通りにするべきだな」

「そうね。後はわたし達の称号に恥じないようにしないとね」


 【リリエル】の皆が"うんうん"と頷き合う。

 と、ここでやっと彼女達の言葉の意味を飲み込むリーネ。


「あれ? ということは……、付いて来てくれるということですか?」

「……。リーネ、ちょっと理解が遅いと思うわ」

「まさかこんな簡単に賛成して貰えるとは思っていなかったのですよ」

「【リリエル】として話してくれたからな。単独だったら、私達は全員リーダーを見限ってたかもしれなかったがな」

「皆さんに見限らたら……、私は泣きます」

「いやいや、だから言ってるだろ。単独の場合だって」

「そういうことー」

「じゃあ、決まりかしらね。後は……」


 アリシアが深刻な顔になる。


 何か大事なことを彼女は言おうとしている―――。


 【リリエル】全員唾を飲み込み、彼女の次の言葉を待つ。

 アリシアは皆を"ぐるり"と見回しながら、告げた。


「シエンナ様をどう説得するかね」

「「「「確かにっ!!」」」」


 それが一番面倒臭そうだ。

 【リリエル】は皆で一様にため息を吐き出した。


**********


 数日後。

 旅仕度を終えた【リリエル】はロマーナ地方の多くの人々に見送られながら大空へと旅立とうとしていた。

 やはり、シエンナの説得が一番面倒だった。

 【リリエル】が旅に出ることをなかなか許さず、いい加減にうんざりした彼女達は最後の手段として女王フレデリークを頼ることにした。

 【リリエル】に称号を授けてくれたくらいだ。

 ダメで元々。自分達の今の心境と状況を詳細に手紙に綴り、王城へと届けると、早晩【リリエル】宛てに女王フレデリークからの返事が届き、彼女達は返事の手紙を持参してシエンナの元へ向かった。

 流石に女王の[(めい)]には逆らえない。

 シエンナは泣きながら【リリエル】に旅立ちの許可を出した。


「それでは行ってきます。私達の旅物語を楽しみに待っていてくださいね」

「皆さん、少しの間離れ離れになりますが、必ず帰ってきます。約束しますわ」

「私達が何処にいても【リリエル】の名がここ迄届くと思うぞ。だから、なんだ。私達が遠くにいても身近に感じられる筈だ。悲観しなくていいぞ」

「随分強気な発言だなー。ハードル上げすぎだよー。カミラ」

「まぁ、大丈夫だよ。きっと」


 【リリエル】はそれぞれに人々に声を掛ける。

 それを聞いて悲しんでくれるロマーナ地方の人々。


「帰ってきたら旅物語聞かせてね」

「約束守ってくださいね」

「活躍期待してる。声が届くの楽しみにしてるよ」

「わたくしはーわたくしはーーーーーー」

「はいはい。永訣じゃないんですから絶望しないでください。【リリエル】は必ずここに帰ってくるんですよ。だから少しくらい我慢してください。シエンナ様」

「儂も待っておる。じゃが、なるべく早く帰って来て貰えると助かるの。お主達の授業は色んな意味で人気じゃからな」


 【リリエル】は魔王ラピスに話した結果、講師の仕事も失わずに済んだ。

 最低でも1年。場合によってはもっと長くなる可能性もある。

 そう伝えても、魔王ラピスは豪快に笑って「ならば帰って来てからはたっぷりとこき使ってやるからそう思っとれ」と【リリエル】に言って彼女達を苦笑いさせたのだ。


「そろそろいい? リーネお姉ちゃん」


 クオーレが主人のリーネに聞く。


「お願いします。クオーレ」

「んっ。飛ぶよーーー!」


 【リリエル】とクオーレは大空へと飛び立つ。

 彼女達の勇姿をロマーナ地方の人々は目に焼き付け、空の彼方へと完全に彼女達が消えゆく迄見守り続けたのだった。


**********


 【リリエル】が旅に出てから数週間。

 彼女達は順調にその旅を続けていた。

 到着した地方を観光したり、その地方に蔓延る邪族を狩ったりする旅。

 クオーレは大活躍で【リリエル】の皆から褒められてご満悦。

 なのだが、彼女はスライム。なのでクオーレも困ったところがある。

 【リリエル】の他の皆は気が付いていないが、クオーレの主人たるリーネだけは彼女のそういうところに気が付いていたりする。

 どうしたものか。なんてリーネは悩んでいたりするのだが、それはまた別の話。


-------

転移したらエルフでした。~そして咲いた百合の花~

番外編 Chapitre complet Fin.

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