-番外編2 最終話- 悠遠の魔女 その05。
そして彼女達が眠りついたのは、そろそろ黎明を迎えようとする頃だった。
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バーシア帝国との戦争から数日後。
ルージェン王国は国を挙げて復興中。半ばにすら届いていない。特に王都は酷い有様で元通りになるには長期間が掛かる見通し。
リーネ達の暮らす地方。ロマーナは不幸中の幸いで王都と比べると比較的被害が少なったが故に人々は元の生活に戻りつつある。
被害の少なさの要因には領主シエンナの手腕があった。
彼女は【リリエル】を前にすると残念な女性になったりするが、それ以外の時。やる時はやる人物。
ロマーナ地方からリーネによって[敵]が排除された後、今、人々に必要なものは何か? 統治者に何を求めているのか。人々の願いに応えるには何をどうすればいいのかを考え、それをすぐさまハクを始めとした自らの側近に命じて実行させることで、この地の復興を早めさせることに成功した。それはハンターギルド・ロマーナ地方支部のギルドマスター、ヒカリに関しても同じこと。
この機に乗じてこの地を我が物顔で蹂躙しようとする邪族の進行を彼女は決して許さなかった。
自らが先頭に立ち、[赤]のドラゴンを中心にハンター達の立ち回りを指揮。
ギルドマスターでありながら、[軍師]としての活躍も見せ、邪族達の進行を見事に食い止めて見せた。
【リリエル】傘下【クレナイ】のメンバーにプリエール女子学園の関係者達。
他にラナの村の人々達もヒカリの指示に従って戦った。
彼女・彼ら達は【リリエル】から指導を受けている。
なのでそんじょそこらのハンターよりは強い。
特に【クレナイ】とあの卒業試験を【リリエル】と一緒に潜り抜けたプリエール女子学園の関係者達は。
【クレナイ】に関しては、かつてのケーレと似たような理由。
【リリエル】の傘下となった後に自分達のそれ迄の愚かさと行いを悔いて。
プリエール女子学園の生徒達は、あの時に自分達が全然役に立てなかったことを悔いて。
彼女達はあれから【リリエル】に頼み込んで、放課後に彼女達からスパルタ的な教育を受けて来ていたのだ。自らそうして欲しいと志願して。それが役に立った。
ヒカリにとっては嬉しい誤算。[生命]は大事にするようにと指示したが、彼女達にそんなことを言う必要なんてなかった。
次々と邪族を狩って見せる彼女達。
1人ではなく、あの時の皆で固まるようにしての戦い。
彼女達は[赤]のドラゴンとヒカリを大いに感心させた。
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そんなこんなで、日常が戻ってきたロマーナ地方。
【リリエル】はハンターとしての活動を終え、報酬を受け取る為にハンターギルドへと戻って来ていた。
受付嬢の所へ行こうとする彼女達に周りにいたハンター達の声が聞こえる。
「悠遠の魔女に雪華の魔女、繚乱の魔女、奮迅の拳聖、威風の戦姫か。全員今日も麗しいな」
「また凄い活躍してきたのでしょうね。この地方は彼女達がいるお陰で本当に助かってるよね」
「ハンターなのに皆が綺麗で格好いいところ素敵なんだよね」
「それに」
「「「「「尊い」」」」」
それを聞いて思わず顔を赤くする【リリエル】達。
悠遠の魔女という特別な称号は女王フレデリークから授けられたモノだが、他の称号はこの地方の領主シエンナによって授けられた。
ある日のお茶会で突然、「そうだわ。他の皆さんにも称号をつけましょう」とか輝く笑顔で言い出したかと思えば、彼女は次々とその称号を【リリエル】につけていった。
悠遠の魔女はもうすでに言う必要もないがリーネの称号。
雪華の魔女はアリシアの称号。
シエンナ曰く、自らが心を開いた人物以外には氷点下な顔なところや、氷の魔法を多く使うところからそれを選んだのだそうだ。
奮迅の拳聖はミーアの称号。
シエンナ曰く、格闘家としての強さ、その戦いぶりはまさに勢い激しく、例えるならば獅子の如し。ミーアにはこれしかないと思ったそうだ。
威風の戦姫はカミラの称号。
シエンナ曰く、これはもうその堂々たる戦いぶりと、彼女の見目の格好良さから決めたとのこと。
繚乱の魔女はケーレの称号。
シエンナ曰く、時には魔法。時には槍。時に弓。ケーレは様々な武器を使い分けて戦闘を行う。武器を変える様が百花繚乱。そこから名付けたらしい。
元々称号を賜っていたリーネ以外は称号の受理を拒否しようとした。
理由は上手く言葉に言い表せられないが何かの恥ずかしさがあったから。
が、シエンナは受理の拒否を受け入れることは無かった。
それどころか、何をどうして、どうやったのか、【リリエル】には分からないが、翌日にはロマーナ地方中に彼女達全員の称号が広まっていた。
早くも吟遊詩人が彼女達の称号を使って唄とするくらいには。早々と。
「な、なんか恥ずかしいわ。リーネ」
「お、同じくー」
「私もだ」
「相乗りするようだけど、うちもそう」
「私は別に平気ですが……」
「なんで平気でいられるのよ。貴女は」
「リーネ、こういうところはメンタル強いよねー」
「いえ、単純に気に入ってるだけです。メンタルは関係ありません」
「悠遠の魔女か。確かにどれだけ頑張ったところで、リーダーの魔法の[質]に追い付くのは無理だろうな。特に戦時中からか? ラピス様に勝るとも劣らない。いや、下手したら超えているんじゃないかって程にリーダーの魔法の[質]と魔力の[量]が急上昇したのは」
「でもうちらは不思議と怖いと感じないんだよね。ラピス様の魔力はなんていうか、ちょっと恐怖を感じるのに」
「そこら辺は私にもよく分かりません」
それはラピスは[魔王]でリーネは[聖女]だからだ。
それにしては[魔王]よりも[魔王]っぽくなる時がある危険な存在だが……。
まぁ、リーネを[聖女]にした女神セレナディアがそうなのだから、愛しき子たる彼女も女神の性格と性質を受け継いでいるのかもしれない。
「そんなことより、さっさと報告を済ませましょう」
リーネはアリシアとミーアにスプリングの陽気のような優しい微笑みを見せる。
特に瞳がとても優しい。愛慕を感じる。2人の"ココロ"を甘美にする。
"どろどろ"に溶かして自分を刷り込んでいく。
"ココロ"だけではなく、脳髄迄も自分一色に染め上げていく。無自覚で。
堪らず、アリシアとミーアはリーネの腕に自分の身体を絡み付けた。
2人とも頬が熟れすぎたリンゴみたいに赤い。
「アリシア? ミーア?」
「仕方ないじゃない! こんなの気持ちを抑えろっていう方が無理よ」
「ずるい。リーネはずるいー」
「何の話ですか? それよりも、これでは歩けないのですが……」
困った顔をしながらも、自分の腕に伝わる愛する2人の身体の感触と可愛さに、嬉しさも交えて2人を交互に見つめるリーネ。アリシアもミーアも今の、自分が恥ずかしがっている顔をあまり他人に見られたくないのか? リーネの腕に顔を埋めているので、リーネから見えるのは、2人が照れているらしいことが分かる顔の一部と2人の頭だけ。
「2人共可愛いですね。大好きですよ」
天然なのか、わざとなのか。どっちにしてもアリシアとミーアはますますもって顔を上げることができなくなる。
リーネに"ぎゅっ"としがみつく2人。
この時点でハンターの一部と受付嬢数名が尊死した。
カミラが"ちらっ"とケーレを見る。
その視線に気が付き、ケーレが「何?」と尋ねると、カミラは無言で彼女を抱き締める。
「ちょっ……」
「リーネ達を見てると抱きたくなった。嫌なら抵抗してくれ」
「嫌じゃないけど……」
カミラの腕の中で大人しくしているケーレ。
カミラはケーレが抵抗しないことを良いことに、ケーレに顎クイをさせてキスとかしてみたりする。
「あ……、無理よ。これ」
ハンター数名がまた数名に地面に伏した。
それにしても、【リリエル】はここがハンターギルドだということを忘れているんだろうか。
周りを巻き込みながら彼女達はすっかり自分達の世界へと旅立っている。
そこに、騒ぎを聞きつけたヒカリが止めに入ろうとして、シエンナにそれを止められた。
「ダメです。今いいところなんですから! はぁ、はぁ……っ」
「このままだとハンターギルドの地面が倒れ行くハンター達の鼻血で赤くなりますし、受付けが機能しなくなりますし、ハンターも受付嬢も別の意味で死んでしまうので困るのですが」
「それがどうしたんです! とにかく止めたらダメです。これは領主命令です」
「なんでよりによって、今日シエンナ様がここにいるんでしょう……。いえ、呼んだ自分が悪いですね」
本当は今日はこの後、お茶会の予定だった。
なので準備も整っている。が、これだと中止か、もしくはかなり時間が遅れての開催となることになるだろう。
ヒカリは【リリエル】を見て次々に倒れていくハンター達を見つめ続ける。
シエンナがいる限りはヒカリにはどうしようもない。
早く戻って来てください。【リリエル】。
ヒカリはまだまだ自分の世界にいる【リリエル】に祈りを捧げた。
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また少しだけ時が流れた。
【リリエル】の噂は王都に迄届き、それを機に女王フレデリークによりシエンナから与えられた称号がそのまま彼女達に正式に与えられることになった。
どうしてこうなった―――?
と、女王フレデリークから王都へと呼び出しを受け、称号を授けられたその時はそう思っていた【リリエル】だが、数日もすれば全員開き直った。
今となってはリーネと同じように、称号で呼ばれることを誇りにさえ感じる程になっている。
箔が上がった【リリエル】は今日もハンター活動の真っ最中。
相手は数多くの邪族達。
ロマーナ地方で邪族大行進が起こったのだ。
地球の物語で見るような所謂[ダンジョン]と呼ばれるようなモノはこの世界には存在していない。
していないが、邪族が[巣]としている場所は幾つもある。
プリエール女子学園の卒業試験として使われる山もそのうちの1つ。
今回はそことは違う場所からだが、[巣]から溢れてしまった邪族達が[人]の住処を占拠するべく押し寄せてきた。
殆どは大したことがない連中だが、【リリエル】は本能でソイツの気配を感じ取っていた。
この行進を指揮している者の存在を―――。
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[巣]から溢れ出た邪族もあらかた退治し終えた頃、ソイツが姿を現す。
巨大な1つの胴体に1つの尻尾と6つの頭。一見ドラゴンに似ているが、勿論ドラゴンではない。異質な存在。
この国では別だが、同一視する国もあるようで、ドラゴンからは自分達と同一視する国も邪族を指揮する今回の存在も忌み嫌われている。
「ヒュドラですか」
「もうすっかり見飽きた顔ね」
「何度も倒してきたもんねー」
「まぁ、コイツを倒せば終わりだろ」
「身体も解れた後だし、すぐ終わるね」
【リリエル】は"ニヤっ"と笑う。
頷き合い、示し合わせて、それぞれの得物を手にヒュドラの元へ。
お揃いの衣装、黒がはためく。
「まずは私の魔法からです!」
悠遠の魔女リーネが右手に持つ杖が煌めいて―――。
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番外編2 Fin.




