-番外編2- 悠遠の魔女 その03。
箒から杖へと戻したリーネはその階層を、皇帝に会う為にその階を悠々と歩きだした―――。
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リーネを待っていたのは、手荒い歓迎だった。
剣や槍が容赦なく突き出され、時には魔法を撃たれることもあった。
「手荒な歓迎ですね。これがバーシア帝国流のお客様のもてなし方ですか?」
自分を歓迎してくれた者達にリーネは笑いながら歓迎に応える。
白亜だった階層はリーネの歓迎の応えで[赤]に染まることとなった。
だが、リーネがそうしたのは魔法も含めて[武器]を持った者に対してだけだ。
無抵抗な者には何もしていない。それをしてしまったら、自分がこの国の連中と同じになってしまうから。
ただ、「後でこの城を塵にする予定です。ですから、[生命]が惜しければ早めに城から逃げてくださいね」と伝えるだけで終わらせている。
これで逃げないのならば、その者の責任だろう。
リーネは自分が言ったことに対して従う気のない者に迄責任を持つつもりは毛頭無い。
「さてと、ここでしょうか」
歩きながら城の破壊の仕方を考えていたリーネの目の前に荘厳と呼ぶに相応しい扉が見えてきた。
荘厳な扉の前に立ったリーネはふと考える。
皇族という者は必ず隠し通路とか隠し部屋を持っている。
だったらそれを使って、すでに逃げられてしまっているかもしれない。と。
「そうなると少し面倒ですね。ですが、その時はその時です。どうするかは実際に中を見てから考えましょう。……と、その前に」
紛いなりにも、これから謁見するのは皇族。
[赤]に染まったままでは失礼にあたるだろう。
「洗浄魔法。これでいいですかね。……では」
身綺麗になったところでリーネは扉に手を掛ける。
「重くて開きません……」
それはそうだろう。この部屋の扉は男性兵士が2人掛かりで開けるモノなのだ。
[力]の無いリーネにそれができるわけがない。
が、その男性兵士は先程リーネ自身が別の意味で眠らせてしまった。
それを見て、『ミーアを連れてくればよかったですね』なんて後悔するリーネ。
一旦戻ろうかと思ったが、そうしている間に逃亡されるなり、体制を整えられるなりされたら今迄してきたことに意味が無くなってしまう。
……となると。
「仕方ありませんよね。非常事態です。乱暴になるのは許してくださいね」
リーネは魔法によって扉を破壊する。
皇帝はいるだろうか? リーネが多少緊張の面持ちで室内を覗くと、皇帝は何にも臆することなく、玉座に普通に座っていた。
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数分後。
少々皇帝と会話を交えたリーネは心の底から呆れていた。
リーネが「貴方方はどうしてルージェン王国に攻めてきたのですか?」と質問をした時のこと。
皇帝は薄ら笑いを浮かべてと「女が欲しかったのでな」と恥ずかしげもなく答えたのだ。
皇帝が統治している国。この国、バーシア帝国にも女性はいる。男性しかいないというわけではない。リーネも町を歩いている時に女性の姿を見ているし、城内でメイドさんに出くわしたりもした。
それなのに―――。
「この国にも女性はいますよね? ですが、貴方は先程「女性が欲しかった」と私に言いました。どういうことですか?」
皇帝に質問を投げ掛けたリーネは、自分で自分のことを馬鹿だと思った。
「この国にいるのは殆どが人間の女だ。だがルージェンにはお前のようなエルフなど亜人がいる。奴隷にするには打って付けの存在がな」
聞く迄もなかった。皇帝はそういう奴なのだ。
少々の会話で精神が疲労困憊。聞くに堪えない戯言に辟易としていたが、最後にもう1つだけ質問をすることにした。
「貴方が送ってきた兵士の中に奴隷にする前に殺したり、[事]に及んだりする者もいましたが、それに関してはどう思っているのですか?」
「ふんっ。兵士にも褒美は必要だろう。我は一向に構わんよ」
「なるほど。よく分かりました」
リーネは杖を皇帝に向けて構える。
これ以上の問答は無用だろう。
時間の無駄だし、精神が持たない。
「貴方に皇帝たる資格は無いと判断しました。なので、玉座から降りてください。雷獣之咆哮」
リーネの魔法。
言霊の通りに咆哮の如く凄まじく猛々しいモノ。
閃光のような雷が神速で皇帝に牙を剥く。
これで終わりかと思われたが、皇帝は魔法を防いで見せた。
「ふんっ。甘いな。魔力の障壁」
「なっ!!」
手加減はしなかった。
リーネは全力で皇帝へ魔力を撃ち込んだ。
なので防がれたことで彼女は驚愕する。そこに、隙が生まれてしまった。
「自らの魔法が防がれたことがそんなに悔しいか。しかし上には上がいるものよ」
「転移ですか!!?」
「もう遅い」
リーネの目の前に皇帝。転移の魔法も使えるらしい。
彼女の目の前に一瞬で移動してきた。
「くっ!」
リーネは対応しようとするが、皇帝の方が動きの方が早かった。
彼女の右腕が強く掴まれる。普通じゃない握力。
掴まれた腕に激痛が走る。
「このままこの腕、握り潰してやろうか」
「…………っ」
あまりの激痛に耐え兼ね、リーネは杖を落としてしまった。
「しまっ」
と同時に右腕の骨が粉砕される感触と音が彼女に伝わってきた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ここ迄よく頑張ったな。だが所詮、小娘は小娘ということだ」
皇帝がリーネを投げ捨てる。物凄い力で。
杖がないと魔法の発動ができないリーネは引力に引かれるがままに壁に強く激突することになった。
「っっっ!!」
目が暗闇に包まれそうになる。息ができない。
意識を失いそうになるリーネ。
そうなってしまえば、終わりだ。
舌を噛み、痛みで強制的に意識を覚まさせる。
皇帝を睨みつけ、リーネはあれこれと頭の中で考える。
とにかく杖を拾わないと。でも、私が拾いに行くことをあの皇帝が許すとは到底思えない。
杖がないと魔法は使えない。なら。
いつ頃からだろうか? アリシアの真似をして太腿にナイフを隠し装備として常備するようになったのは。
リーネはそれを抜いて構える。駆け出し、皇帝になんとか一矢報いようとする。
が、彼女の利き腕は右腕。左腕で構え、攻撃するナイフでは皇帝に薄皮一枚の傷さえつけることはできなかった。
「くだらんっ!!」
リーネの腹部に皇帝の蹴りが突き刺さる。
「げほっ!!」
地面を何度もリバウンドしながら転がり、また壁に激突。
当たり所が悪かったのだろうか。今度は立つことさえできない。
「ここ迄だな。エルフの小娘」
皇帝の高笑いがリーネの耳には遠くに聞こえる。
彼女が諦めかけた時、聞こえてくるその声。
「おいおい。そこで諦めたらダメだろ。リーダー」
「コイツを倒さないと面倒なことになるって思ったからここ迄来たんじゃないの。うちの推理間違ってる?」
「置いてけぼりっていうのは気に食わなかったー」
「1人で無理しすぎよ。最上級治癒魔法」
「やれやれ。ルージェン王国を救ってくれたことには感謝するがの。じゃが、仲間を置いていくことには感心せぬな」
【リリエル】。それにラピス様。
「どうやってここに来たのです?」
「儂を何者だと思っておる。お主の魔力を感知してここに来たのじゃ。とは言え、ちと時間はかかったがな。間に合ってよかったわい」
「「リーネ、立てる?」」
リーネの質問にラピスが答え、アリシアとミーアが彼女へと手を差し出す。
妻2人の手を取り、立ち上がるリーネ。
「まさか来てくれるとは思いませんでした」
リーネがそう言うとアリシアが呆れた顔。
「その前にわたし達に言うことがあるでしょう」
「そうそうー」
「そうですね……。1人で先走ってしまってごめんなさい」
皆の前で頭を下げるリーネ。
その間、ラピスが皇帝のことを牽制してくれている。
「よくできました。では」
「反撃開始の時間だねー」
「派手にいこうぜ」
「たまには、そういうのもいいかもね」
「話は終わったかの?」
「はい」
「そうか。では……」
ラピスが最初に動く。
それに続くように走り出すカミラとケーレ。
皇帝はその中で1番強いラピスに狙いを定めるが、それは[罠]。
「くくくっ。予想した通りじゃったな」
「リーネ」
カミラのハルバードがリーネの杖を宙へと舞い上げる。
それを見上げて舌打ちする皇帝。
彼としては、それを絶対に彼女に渡したくはないのだろう。
彼女の杖が彼女の手に渡ることを食い止めようとするが、ラピスとケーレが邪魔をする。
ケーレは槍で皇帝を突こうと何度も槍を繰り出し、ラピスは幾千もの魔力の塊を彼へと飛ばす。
「ふふっ」
その様を見て微笑むリーネ。
いつも自分はそうだ。必ずと言っていい程、1つは何かが抜けている。
「だからこそ……」
飛んできた杖をキャッチ。
すぐさま魔法の構築に移り、皇帝に向けて魔法を解き放つ。
「神聖之霧」
普段は[光]の魔法を使うことを好まないリーネ。
そんなリーネが[光]の魔法を使うということは余程のこと。
「ほぉ」
と声を挙げるのはラピス。
部屋が濃い神気の霧に包まれる。
それによって奪われるは皇帝の視界。
でも【リリエル】には見えている。
彼が狼狽えている姿が。
そんな絶好の機会を彼女達が逃す筈が無い。
カミラとケーレが彼の足にハルバードの先端と槍の先端を突き刺して地面に彼を縫い付ける。
動けなくなった彼に追い打ちを掛けるのはアリシアとミーア。
「よくも私達の大切な人を傷つけてくれたわね!!」
「お前は殺すー」
アリシアのダガーが皇帝の利き腕を斬り落とす。
その後、ミーアが彼の顔を全力で殴って彼は成す術なく壁へと飛んでいく。
ハルバードと槍はそこに残ったまま。……ということは。
「くそっ。小娘共が」
結構な傷を負って尚も立ち上がろうとする皇帝。
しかし、そこにはさっきと逆にリーネが立って彼のことを見下ろしていた。
「お前!!」
「これで終わりです。聖閃之光線」
彼女が狙ったのは皇帝の口の中。
言葉を紡いだのが彼の間違いだった。
幾ら魔法が使えようが、身体を鍛えようが、どうしようもない箇所がある。
とはいえ、リーネ1人では敗北していただろう戦い。
逆転できたのは、【リリエル】の皆がここに駆けつけてくれたことと、ラピスが【リリエル】を連れて来てくれたから。
リーネは[生命]の鼓動を停止させた皇帝を見つつ、最後に一言呟いた。
「流石クソゲーのラスボスだけのことはありましたよ。邪皇帝ジークヴェルド」
言い終わると彼に背を向ける。
歩き出そうとすると、彼女の目に映るはラピスと【リリエル】。
彼女は駆け出し、皆の中に飛び込んでいった。




