-序章- 咲くは百合の花。
私はそれを聞き流しながらアンリに拳を突き上げて見せた。
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いや、どうしてこうなった?
アロガンに勝利してからそのすぐ後。
自分が座っていた席から立ち上がり、コロッセオの階段を急いで駆け下りて来て、私がいる決闘場へと一目散にやって来たアンリはそのことに"きょとん"とする私に自分の唇を重ねてきた。
「……………なっ! なななななななななななななっ!!!?」
すぐには何が起きたのか分からなかった。
脳が今しがたアンリにされたことを理解すると同時に頬が熱くなり、私はその場で卒倒しそうになった。
「キッ、キキキキ、キス。キスしましたよね? 今」
なんとか持ち堪えた私は我ながら強い子だと思う。
それでも"あたふた"しながらアンリに問うと、彼女は私の首にその両手を絡めてきた。
「したわ。だって今日からは貴女がわたしの婚約者なんだから。それくらい良いでしょう?」
「へっ……!?」
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アンリの家。
あれから私はアンリからの説明を聞いた後で愕然とし、そのショックから抜け出せないまま彼女の家に連れて来られた。
アンリがいつも使っているベッドの上。
特に何をするでもなく2人でそこに腰を下ろしている。
まだ呆然としている私の真横で私の手の上に自分の手を重ねて置きながら、私にその身体を寄せてくるアンリ。
「リーネ?」
「……あの。さっき私に言ったこと、もう一度だけ言って貰って良いですか?」
「ん。仕方ないわね。じゃあもう一度だけね」
アンリが説明を始める。
私が本来はアンリの婚約者であったアロガンを倒した。
そのことでアンリを婚約者にする権利はアロガンから私へと移り、里中の誰もが認めるパートナーとなったのだそうだ。
元々アンリはアロガンのことが大嫌いだった。
だから今迄パートナーらしい[事]をすることをアロガンからどれだけ要求されても、のらりくらりと躱して来たらしい。
それが私へと移った。
これでアロガンから解放される―――。
だけじゃない。
その時にアンリの胸に走ったのは電撃のようなもの。
気が付けば公衆の面前で私にキスをしていた。
「と、いうわけよ」
アンリの説明を聞いて頭を抱える。
「決闘って自分がして欲しいことの為にするものなんじゃなかったでしたっけ? 私、アロガン……さん」
「あんな奴に「さん」はいらないわ」
「……。アロガンに「アンリを寄越せ」なんて言いましたっけ?」
「言ってたわよ?」
「んん?」
アンリに言われて自分が言ったことを思い出してみる。
私は確かこうアロガンに言った筈だ。
私が貴方を倒せば貴方はアンリに手を出せなくなるってことですよね?
それどころか私が叶えたいこと次第によっては貴方は私の言いなりにならないといけない、と。
うん。何所にもアロガンにアンリを寄越せって言った記憶はない。
悩む私にアンリは更に身体を密着させてくる。
「貴女、アロガンに「わたしに手を出せなくなる」って言ってたじゃない」
「確かにそれは言いましたけど……」
アンリの柔らかな部分が腕に当たってる。
女性もね、女性のそこが好きな人も結構いるんだよ。
どうやら私もそうらしい。これ迄の人生、そういうのは経験して来なかったから知らなかった。
頬が熱い。照れ顔をアンリに見られたくなくて彼女から顔を背ける私。
アンリはそれを特に気にもせずに言葉を続けてくる。
「アロガンがわたしに手を出せなくなるってことは、つまり婚約者の座を寄越せって言ってることに等しいでしょう。ついでに言えば、リーネの言いなりにならないといけないってことは、アロガンはリーネにわたしの婚約者の座を取られても文句を言うなってことになるわ。そうでしょう?」
…………。
そう、なのかな?
ううん、誤解。違う。曲解されてる気がする。
「何か違う気がします」
呟くとアンリは自分の体重をかけるようにして私に更に寄りかかり、私をベッドへと押し倒した。
私の両手がアンリの両手でベッドの上に張り付けられる。
身体が火照る。特に顔が熱くて仕方ない。
「わたしを助けてくれてありがとう。リーネ」
動けない私の唇にコロッセオの時と同じようにアンリの唇が重ねられる。
1度じゃない。2度、3度。私の唇を啄むようにアンリは私にキスをしてくる。
「アロガンにするのも、されるのも、絶対に嫌だった。けど、リーネとならわたしはしたいわ。不思議ね。会ったばかりなのに。でも、わたしはそう思うの」
アンリの瞳が蕩けてる。頬が紅い。
実は彼女も私と同じように照れているのかもしれない。
実際、彼女の身体から熱を感じるし。
それでも私にキスできるんだから、メンタル強いなって思ってしまう。
「ねぇ、リーネはわたしと婚約者になるのは不満かしら?」
「不満……。と言いますか突然過ぎて」
「嫌だったら嫌って言って」
私が口を開こうとすると、また降ってくるキス。
今度は長い。しかも大人の? キス。
「嫌って言って」と言いつつも私にそれを言わせるつもりはないらしい。
キスの時間が長い。そろそろ息が苦しくなってきた。
抵抗しようと思えばできる。
アンリより私の方が圧倒的に強いのは自分が知ってる。
それなのに。それなのに抵抗しようという気が起きないのはどうしてだろう?
押し除けようと思わないのはどうしてだろう?
「はぁ……っ」
「ぷはっっっ」
どれくらいキスしあっていたんだろう? アンリの唇が漸く離される。
身体に足りなくなっていた酸素を吸収していると、私の指に自分の指を1本ずつアンリが絡めて来る。私も、それに応える。
見つめあう私とアンリ。
「わたしのすることに応じてくれるってことは、わたしと婚約者になることは嫌という訳じゃないって解釈して良いのかしら?」
私はその質問には応えず、敢えてはぐらかして別の質問をアンリへと投げかけてみる。
「アンリって、もしかしてキス魔なんですか?」
「質問を質問で返すのは卑怯よ。リーネ」
「すみません。でも、さっきの凄く長かったですから」
「……。抵抗しなかったのはどうして? リーネならわたしを押し除けるなんて簡単なことだったんじゃない?」
「それは……」
痛い所を突かれた。
"ぐぅ"の根も出なくなる。
「宣言するわ」
「何をです?」
「わたしは今からリーネにまたキスをする。それは婚約の誓いのキスよ。嫌だったらわたしのことを押し除けて頂戴」
「……。アンリ」
「分かった? 変な同情はいらないわ。嫌ならわたしを容赦なく押し除けて。そしたらわたしも諦める。……かもしれないわ」
アンリが私に重なってくる。
彼女の柔らかさを感じる。
良い匂いがするのも感じる。
いずれも女性特有のもの。
「するわね?」
「はい」
私は、アンリのことを受け入れた。