-番外編2- 悠遠の魔女 その02。
リーネは杖を振るう。彼女が彼らのことを赦すことは絶対に無い。
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リーネはそれからバーシア帝国の人間達を1人も残すことなく駆逐した。
1つの戦場が終わると、次の戦場へと転移。
それ迄のリーネには使えなかった魔法。
それが、最初の戦場で酷い有様を見たせいだろう。
リーネの奥底に眠っていた[聖女]の力が覚醒し、彼女は[能力]を完全制御・爆発させることができるようになったのだ。
あれだけ魔法を使ったにも関わらず、まるで平気な自分にリーネは笑う。
いよいよ自分は[人]ではなくなったのかもしれない。なんて思いながら。
リーネは自分が[聖女]だなんて知らないのだから、そう思ってしまっても不自然ではない。
それでも彼女は止まらない。最後に転移して来た場は現在最も集中的にバーシア帝国から攻撃を受けている場所。ルージェン王国・王都フィエリア。
そこは確かに美しい場所だった。
オレンジの屋根と白い壁。そんな建物が多く並ぶ場所。
何所となく切なくも趣を感じられる古都や宮殿と宮殿を結ぶ為の橋、純白の斜塔などがあり、人々の楽し気な声が絶えることなく木霊して、活気を見せている。
そんな所だった。
それが今はどうだ。
建物は見るも無残な姿。6~7割が破壊されて失われている。
人々の声は悲鳴と哀しみばかり。いや、楽しげな声もある。
その声はこの王都の人々の声ではなく、壮麗だった王都を破壊して回るバーシア帝国の人間達の声。
リーネは[城]が在る方向を見る。
そこもかつての面影はないが、かろうじて持ち堪えている。
[黒]のドラゴンと人間達が戦う声と音。バーシア帝国はルージェン王国を滅亡。もしくは植民地にでもしようと企んでいるのだろうか。全兵力をこの戦争に注いでいるように見える。
多勢に無勢。[黒]のドラゴンが押されている。
ただ、こちらに向けて集おうとしている力も感じる。
魔王ラピス、聖女アレッタ。
件のスライムはバーシア帝国がルージェン王国に攻撃を仕掛けたことをこれ幸いと便乗してきた国の者達や邪族を駆逐して回っている最中らしい。
少し遠くに強大な気配がある。
なら自分がやることは―――。
「城の周り以外にいる連中を屠ることですかね」
心中でルージェン王国に戦争を仕掛けてきたことを後悔させると決めたらリーネは歩き出す。
途中で何人かバーシア帝国の人間が奇襲を仕掛けてきたが、リーネは平然とした顔でその愚者の首を飛ばした。
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バーシア帝国の人間達は調子に乗っていた。
ルージェン王国はもっと手強い相手だと思っていた。
それが、いざ戦争を仕掛けてみると、意外と簡単にこちらの思うがまま。
ルージェン王国人は狩られ、尊厳を喪失していく。
楽勝過ぎる。この戦はバーシア帝国の圧勝で終わるだろう。
戦後はルージェン王国人を奴隷にして、バーシア帝国で好きなように扱ってやるのだ。
その時が楽しみだ。ああ、早く、早く、この戦に勝ちたい。
もうそろそろ城も落ちるだろう。ルージェン王国もそれで終わり。
汚らわしい妄想をして、思わず舌なめずり。
……している時に彼らの前に[死神]が現れた。
エルフの少女。恰好を見るに魔女?
少し童顔で背が低い少女。
「なんだ嬢ちゃん。自ら奴隷になりに来たのか?」
1人のバーシア帝国人がエルフの少女に話し掛ける。
話し掛けた人物がエルフの少女を捕まえようと彼女の身体に手を伸ばした刹那、その者の身体は爆散した。
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そこからはバーシア帝国の人間はこれ以上ない恐怖をエルフの少女により徹底的に与えられることになった。
次から次へと繰り出される魔法。顔色を少しも変えることなく、エルフの少女はバーシア帝国の人間を狩っていく。
逃亡は許されない。彼女の目の前に立ったが最後。確実に屠られる。
命乞いをしても無駄。寧ろそれをしたら、エルフの少女はその者に他の者よりも無残な[死]を与える。冷酷で非情。残酷なる死神。
しかしそれらは自分達が蒔いた種。
エルフの少女は種が芽吹く前に種を潰しているだけ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
エルフの少女が[死]を振り撒いている中、彼女への奇襲に成功した者が現れた。
彼女の背後から襲い掛かるその者。だが彼女に奇襲の刃が通ることは無かった。
「ダメじゃないですか。奇襲をするなら声と殺意を潜めるのが常識ですよ。貴方のように両方を感じさせたら誰だって気が付きます。それでは意味がありませんよ。最も気配で気付いていましたけどね」
彼女の杖に彼女の魔力が集う。
魔王ラピスにも勝るとも劣らない、この世の多くの魔素を凝縮した魔力の塊。
「さようならです」
杖から発射される魔力。
それは奇襲した者の額を貫通。彼は息絶えることになった。
「さてと」
エルフの少女は様子を伺っていたバーシア帝国の人間達の方へと振り返る。
奇襲の失敗。それはすなわち………………。
彼女は"にこり"と笑ってから、再びバーシア帝国人に[死]を振り撒く。
結局、バーシア帝国人は彼女1人の手によって、大多数が冥界へと送られることになった。
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バーシア帝国の大隊長らしき人物を風の魔法で討ち取った後、リーネは「ふぅ」とひと息吐いてから城がある方向へと視線を向けた。
どうやら間に合ったらしい。形勢が逆転している感じが伺える。
まぁ、[黒]のドラゴンに魔王に聖女。それだけの大物達が揃えば、幾ら兵の数を集めたところで、ただの人間如きが彼女達に敵う筈がない。
「良かったです。バーシア帝国の者達も私達にはどれだけ束になっても敵わないということが、これで充分に分かったでしょう。ですが……」
リーネは自分の周りに魔素を集め、集めた魔素を魔力に変換して魔法とする。
転移―――。
それをしたリーネが訪れた場所はバーシア帝国。
本来ならば、彼女の身はこれ迄狩ってきた者達の[赤]によって染まっている筈なのだが、[洗浄の魔法]によって身綺麗なままとなっている。
だからだろうか? ルージェン王国人たる彼女が堂々とバーシア帝国を歩いていてもあまり警戒されないのは。
ただ、ここは人間至上主義の国。その中にエルフ。
差別の視線は感じられる。
「随分殺伐としていますね。私達の国とは大違いです。さながら悪意の国と言ったところでしょうか」
リーネは独り言を言いながら歩く。
やがて辿り着くのはバーシア帝国の城。
見るからに立派。この時代の建物にしては珍しく、相当な高さがある。
なんとなくリーネが思い出すのは東京タワー。
朱色の棟と同じくらいの高さがあるように感じられる。
ひと気があまり無い場所で、リーネは顎に右手の人差し指を当てて"ぼんやり"と考え事をする。
「城を爆散させてしまいましょうか。それとも、皇帝の所迄行ってみますか」
しばし悩んでリーネが出した解答は……。
「決めました。後の案を採用することにしましょう」
だった。なんとなく皇帝の顔を拝んでみたくなったのだ。
話してみたくもなった。今現在どんな気分なのかと聞きたくなった。
「何と答えるでしょうか。どう答えようとも、ぶっ飛ばしますけどね」
城を爆散させるのはその後にしようとリーネは考えた。
ある思いから……。
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あれからリーネはバーシア帝国・皇帝と会う為に城へと向かった。
勿論、兵士達に止められたが、リーネが止まる筈もなく、城の兵士達はリーネによって哀れにも冥界送りとなった。
「それにしても、疲れますね。ここに勤めている人達は毎日こんな階段を上り下りしているのでしょうか。私には毎日できる芸当ではありません」
建物は立派でも、エレベーターなんて便利なものは無い。
在るのは階段。体力の無いリーネは「ぜえぜえ」と息を荒くしつつ階段を歩いて上っていく。
100段くらいの所でいい加減にうんざりしたリーネは、この階段を使わずに済む何か良い案はないかと知恵を振り絞り、とある事を思いついた。
「魔女と言えば箒ですよね。試してみましょう」
杖を箒に変え、リーネは箒に横向きに乗る。
使うのは風の魔法と単なる魔力。
「あわわわわわわわわわ!!!」
と、いうことでやってみたリーネだったが、何分にも初めての経験。
最初こそ何度も壁にぶつかりそうになって、その度に悲鳴を上げた。
が、次第に箒の扱いにも慣れることができたリーネは無事に最上階へと到達することに成功した。
「少し冥界の片鱗が見えましたが、やってはみるものですね。何事も経験です」
無事に最上階へと到達したリーネは"ほっ"として箒を杖へと戻す。
後は当初の思惑通りに皇帝と会って、会話して、暗殺するだけなのだが……。
「はて? 皇帝って何処にいるんでしょうか?」
ここ迄来ておいてそれ。いつも何処か抜けているのがリーネという名のエルフの少女。
皇帝の居場所など知らないリーネは片っ端から最上階の部屋の扉を開けて回る。
だが全部外れ。というよりも人がいない。どころか生活感がない。
まるで、見栄の為に用意しましたよ! という部屋ばかり。
「まさか。……とは思いますが」
リーネの脳内に嫌な予感が過ぎる。
城の部屋は殆どが見栄の為だけに作られた物でしかないのでは?
実際使われているのは、一部の部屋だけなのでは? という予感が。
もしそれが当たりならば―――。
「城の全階。全部屋を開けて回れということですか?」
それは辛い。眩暈を起こし、リーネは地面に膝を付きそうになる。
その時に運よく背後から声が掛けられた。
「そこで何をしている?」
これぞ天の助け。とばかりに歓喜して振り向くリーネ。
「いい時に声を掛けてくださいました。土鎖之束縛」
「なっ。なんだこれは!!」
城の床。地面から湧いて出た鎖。
ただの鎖ではない。大地の恩恵が全て混合された物。
オリハルコンやアダマンタイトといった鉱石も大地の恩恵の一部。
と言えば、鎖の強度はどれ程のものか。充分に分かるだろう。
鎖はリーネに声を掛けた者に巻き付いて束縛する。
僅か数秒で蓑虫のような姿とされたその者。
リーネは蓑虫となった者の前に仁王立ちして不敵に笑う。
「貴方に聞きたいことがあるのですが……」
蓑虫となった者はリーネにごうも……。
尋問されて皇帝の居場所をついに吐いた。
「まさかの……10階ですか。しかし、なかなか口を割らずにしぶとかったですね。それだけ皇帝は人徳があるのでしょうか。そうは思えませんけど」
バーシア帝国の象徴。城は45階建て。
それなのに皇帝がいる部屋は10階。
それならそれ以上の階の部屋は使われていないことになる。
本当に見栄の為だけに造られた城。
リーネは今度は上から下へ行く為に杖を箒に変える。
「上るのには慣れましけど、次は下り。果たして……」
やはり何度も壁にぶつかりそうになった。
リーネ的には上りよりも下りの方が辛く感じた。
それでもなんとか到着した10階。
箒から杖へと戻したリーネはその階層を、皇帝に会う為にその階を悠々と歩きだした―――。




