-番外編2- 悠遠の魔女 その01。
ロマーナ地方・ラナの村。
その日のリーネはいつものようにアリシアとミーアの2人を左右に伴い、ニアが営む仕立て屋に訪れていた。
その理由は数日前に頼んでいた物ができあがったとニアから連絡があった為。
「こんにちは」
リーネが相変わらず店内を駆け回っているニアに『邪魔して申し訳ないな~』と思いつつも声を掛ける。
とその声を聴いてリーネへと顔を向けるニア。
「あ! リーネさん、お待ちしてました」
彼女の顔は天真爛漫。明るい笑顔。
リーネにビスケットを差し出しつつ、店の奥に在る関係者以外立ち入り禁止な所に引っ込んでいくニア。
ビスケットを受け取ったリーネは微妙な顔で受け取った品を見つめる。
アリシアとミーアは頑張って笑いを堪えている感じ。
「前にニアが私のことを可愛らしい生物と言っていましたが、私の立場は変わってはいないみたいですね……」
リーネが呟くと、ついに笑いが堪え切れなくなったらしい。
アリシアとミーアは"くすくすっ"と笑い出した。
「ニアの気持ちは少し分かるわ」
「同じくー」
「それは要するに、2人からも私は小動物か何か的なモノに見えているということでしょうか?」
「そうね」
「え? 今更ー」
「即答されました……」
自分が愛する2人からの返事で頭を抱えるリーネ。
項垂れている頃にニアが戻って来て、手に持った物をリーネの眼前に差し出し、披露する。
「どうですか!! リーネさんの注文通りだと私は自信があるんですけど」
ニアが持って来た物を見て即座にリーネは立ち直る。
彼女は結構現金なところがあるのだ。
「事細かに見せて貰っていいですか?」
「勿論です。見てやってください」
ニアから自分が依頼して完成した物を受け取り、あらゆる角度から見るリーネ。
確かに注文通りに作られている。言うことなんて何もない。
「ありがとうございます。ニアさん完璧です!」
「ふっふっふー。もっと褒めてくれてもいいんですよ」
「…………そういうところは昔と変わったんですけどね」
リーネは苦笑いし、ニアに礼を告げた後、"ほくほく"とした顔でニアの店を後にした。
今回もお金は前払いしてあるので礼だけでいいのだ。
通りに出て、ニアの店から少し歩いたその先で改めて物を見る。
それは三角の帽子。鍔が広く、一部がわざと欠けている感じとなっている。
外側は黒色。中側は濃いグレー。ローブと同じ色。
三角帽子に金色の帯が鍔部分に縫い付けられている。帯にはひし形の模様が横に並んだ感じの刺繡があしらわれていている。
そして三角帽子の頂点に金色のメダルのようなものが垂れ下がっている。
「流石ニアですね」
今はここにいない彼女のことを褒めながら三角帽子を被ってみるリーネ。
アリシアとミーアから感嘆の声。
「完璧な魔女ね」
「よく似合ってるー」
自分が心から愛している者達からそんな風に褒められて嬉しくならない者なんていない。
リーネも当然例外ではなく、顔を綻ばせて2人にお礼を告げる。
「ありがとうございます」
天気は晴れ。穏やかに流れる時間。
リーネとしてはこれ以上ないくらいにまったりとした日。
……である筈だった。
その時迄は―――。
突如としてロマーナ地方に鳴り響く鐘の音。
鳴る鐘の音は忘れたくても忘れられないあの時と同じ音。
「「…………っ」」
リーネとアリシアの顔が同時に強張る。
ミーアだけは道行く人々と変わらない。
何事か? というか、不安気というか、そんな感じの顔色。
「一体何事ですか!!」
リーネがそう叫んだ時に、今度はハンターギルドからハンターを招集する鐘の音が聞こえてきた。
**********
「戦争?」
「そうです。現在ルージェン王国はこの国から北にある国・バーシア帝国から攻撃を受けています。そして、すでに負傷者も多数出ていることが報告されています。王都の被害が大きいようですけど、ここロマーナもそれ相応の被害が出ています。そこで、ハンターの皆さんにはバーシア帝国人。敵国人の排除。もしくはロマーナ地方に居住中の人々の救護を行って貰います。これには拒否権はありません。成功報酬はハンター1人につき金貨2枚。本当はもう少し出したいのですが、この地方にそんな余裕はありません。そこは申し訳ありませんが、ご理解ください」
あの後、急いでハンターギルドへと駆け付けたリーネ達にロマーナ地方のギルドマスターであるヒカリが話した内容は寝耳に水のできごとだった。
どうも向こうは随分前から戦争の用意をして来ていたようだが、こちら側は敵国の動向に皆目気が付いていなかったのだ。
その為に攻められたその時には何もかもが後手に回り、被害は甚大となっているとのことだった。
それでも、それでも王都が陥落をせずに持ち堪えているのは女王フレデリークがいるお陰だろう。
それに普段は滅多に自分達が住む森の外に出て来ない件のスライムもこうなっては動かざるを得なくなり、今頃は動いている筈だ。
数多くのスライム達を引き連れて。
"ざわざわ"と騒めくハンターギルド。
不穏が満ちる中でリーネは1人、"くすくすっ"と笑い出す。
彼女の様子に気でも触れたのか? そう思ってしまった者が数名。
しかし彼女は至って正常。笑ったのは、ただ単純に彼女の中の怒りのメーターが振り切れてしまったが故だ。
「また……。また私達の安息の地を奪うつもりですか。そんなこと絶対に!」
リーネの身体から膨大な魔力が溢れ出る。
彼女の魔力に中てられて、失神する者やハンターギルドの床に力なく座り込んでしまう者が多数現れるが、リーネはそんなことは委細構わずにヒカリ達に背を向けて、さっさとハンターギルドを出ていこうとする。
今のリーネには触れるべきじゃない―――。
そう思いながらも、リーネには[隷属の首輪]が填められている。ので、彼女から離れるわけにはいかない。離れたら彼女の身に強い電撃が走るという危険が及んでしまうから。
アリシアとミーアは隷属の首輪の罰則を回避する為にリーネに続く。
「リーネ」
アリシアが声を掛けると、リーネはその場に立ち止まって、アリシアとミーアの2人にその言葉を紡いだ。
「今だけでいいので、この首輪を外して貰ってもいいですか?」
とてもじゃないが、逆らえない雰囲気。
アリシアとミーアはリーネの指示に従うことにした。
**********
ハンターギルドを後にし、カミラとケーレとも合流して戦場へと到着したリーネが見た現場は酷い有り様だった。
バーシア帝国の者達は[人]を[人]とも思っていないのだろう。
そこは[赤]の海。と、いうだけじゃない。この地方の女性に対して口にしたくもない[事]に及んでいる者もいる。胸糞が悪いどころじゃない。リーネから見たら、とてもじゃないが人間とは思えない所業。だが彼らはこの地方に暮らしている人々のことを嘲笑いながら蹂躙している。
バーシア帝国は[人間]至上主義の帝国。
その為だろうか。犠牲者はエルフや獣人や魔物といった、彼らから見れば[亜人]が多い。
リーネの心から[怒り]という感情すら消える。
残ったのは[殺意]それだけ。
「お! まだ亜人がいるじゃねぇか」
「ひゅう。しかもいい女だぜ」
それが彼らの最後の言葉だった。
「は?」
自分達が作り上げた[赤]の海。
そこに自分達も加わることになったのだ。
リーネは悠然と[赤]の道を行く。
右手に出現させた杖を時折振るいながら。
バーシア帝国の人間達に先程迄の余裕はもう無い。
リーネ1人に狩られていく仲間達。
その様はリーネの仲間である【リリエル】の全員でさえも、そこから動くことは愚か、言葉さえ出せなくなってしまっている程だ。
「こ、殺せ! あいつを殺せ」
叫ぶ将校。その将校とリーネの目が合った瞬間に、その将校は突然苦しみだし、馬に乗っていたのだが落馬。地面で暫くのたうち回った末に逝去した。
「ひっ!!」
一体何が起こっているのか。
目の前にいるのはたった1人のか弱そうなエルフの少女。
なのに自分達の[生命]は、そのたった1人のエルフの少女によっていとも簡単に奪われていく。
混乱して隊列などが乱れ始めるバーシア帝国の人間達。
少女から逃れようとする者も現れるが、少女ことリーネがそれを許すわけがない。
「悪夢之誘い」
リーネが自分の前から逃亡しようとした者達に放った魔法。
これは夢を見せる魔法。これ迄自分達がしてきた悪行の数々を自分達がされる。もしくは自分達が殺してきた人々が冥界へと自分達を引き摺り込もうと彼らの身体に纏わりつくという悪夢を見せる魔法。
「や、やめてくれーーー!!」
「悪かった。俺達が悪かったから、許してくれ」
悪夢に対して必死に赦しを乞うているが、無駄なこと。
彼らはそのうち、もう二度と元の自分に戻ることができなくなるだろう。
リーネは杖を振るう。彼女が彼らのことを赦すことは絶対に無い。




