-番外編1- プリエール女子学園の1日。
本編はリーネの一人称でしたが、番外編は三人称となります。
プリエール女子学園。
そこは女性の、女性による、女性の為の学園。
校風は案外自由。なので制服は常識の範囲内であれば加工が許されている。
化粧も同じ。ナチュラルメイクならば別に構わないとされているのがこの学園の特色。
最も、この国にはスライムの溶液という素晴らしい物があるが為に化粧はあまり必要とされてなかったりするのだけど。
それはそれ。置いておいて、この学園は自由な校風と、他に別の理由で人々から高評価を受けている。
だが過去はそうでもなかった。高評価を受けるようになったのは、【リリエル】と呼ばれるハンター。過去はこの学園の生徒、今は講師となった彼女達がこの学園に在籍・赴任するようになってからのこと。それが上記の別の理由だ。
この学園は一般常識を教えるだけではなく、騎士や衛兵やハンターを養成する場でもあることが1つの要因。
【リリエル】の実力は高い。恐らくこの学園がある地方・ロマーナ地方。
いや、それどころか、もしかしたらこのルージェン王国で個人個人では無理でも、【リリエル】としてなら10本の指に入るのではないかというくらいに。
なので彼女達が講師として赴任してからは、わざわざ他所の地方からこの学園に子供を入学させる親。
または自分でここを選ぶ生徒達も増えているのだ。
彼女達から技術を教えて貰えば、将来確実にそれが活きるだろうだから。
しかし、それよりも何よりもこの学園を選ぶ者には別の理由があったりする。
それは【リリエル】の恋愛模様を見るという目的の為。
この国は女性同士で恋愛関係に発展することが当たり前の国と言っても過言ではない。
男性と女性とで恋愛に発展する者達は極僅かで、そうなったとしてもほんの短い期間だけで別れてしまうケースが異常に多い。
そんな国なので、プリエール女子学園にもそういう関係にある者達が多い。
何度も言うが、スライムの溶液の恩恵によって心身共にいつ迄も若い女性達。
彼女達は自分達以外の恋人関係がどのような感じなのか。
極めて気になるお年頃なのだ。
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今日は【リリエル】が講師としてプリエール女子学園にやって来る日。
教師陣も生徒達もそれを知っている為に何所となく"そわそわ"とした様子。
プリエールという意味の言葉が学園名に付いているだけに1限目の授業前。
朝のホームルーム時にティロットを創造されたとされる女神……。
ではなく恋愛とその安寧を願う女神・セレナディアに祈りを捧げた後、彼女達は今か今かと【リリエル】が学園にやって来るのを待つ。
1限目の授業が終わり、2時限目の授業が始まる頃、【リリエル】はその姿を学園に見せた。
歓喜する学園関係者達。【リリエル】はそんな学園の様子など特に気にも留めずにそれぞれ自分達が受け持っている授業をそれぞれのクラスで開始する。
リーネは魔法学、アリシアは言語学、ミーアは武闘学、ケーレは社会学、カミラは芸術学。
熱心に生徒達に授業を行う【リリエル】のメンバー。
生徒達も教えを少しでも自分の中に吸収する為にきちんと【リリエル】から授業を学ぶ。
時間にして50分。内容の濃かった授業が終わる。
3時限目の授業開始迄の間に10分の休憩時間。
授業で疲れた身体を解す為、椅子に座ったまま両手を天井に向けて"ぐぐ~っ"と伸ばしてくつろぐ生徒達。
くつろぎ中の生徒の1人が別の生徒に目配せを行う。
お楽しみの時間だよ―――。
目配せを合図に次々と立ち上がる生徒達。
抜き足、差し足、忍び足。
これは決して【リリエル】に気付かれてはいけない遂行な任務。
その為に彼女達は足音に気を付けながら廊下を行く。
普段から邪族との戦闘やなんかでちょっとした物音にも敏感な【リリエル】には生徒達、一部教師も混ざっている足音に気付かれているのだけれど、【リリエル】としては別に自分達に危害が加えられるわけでもないしと特に気にされてないことを彼女達は知らない。
そんなこんなで辿り着くは学園の屋上。屋上という場所は危険を伴う場合もあるので、開放されていない所も多い。
が、ここは魔王ラピスという存在がいるが故に一般開放されている。
目には見えないが、フェンスの他に施されている封印魔法。
人の目で上を見るとこの世界の空だが、実はその封印魔法が屋上を包んでいる。
この封印魔法の凄いところは、日差しや雨などは通すが、人を通すことは無いというところ。よって安心安全。なので開放しても問題ないのだ。
屋上の隅で【リリエル】は楽し気に雑談などしている。
彼女達の笑顔。皆、揃いも揃って愛らしい。屋上へと続く扉を少しだけ開けて、【リリエル】を見守る生徒と一部の教師。ここからは彼女達のことを覗き魔集団と呼ぶことにする。
生徒の1人が呟く。
「見える。私にはしっかりと見えるわ。【リリエル】の皆さんの背後に咲く美しい百合の花々が」
彼女に続いて「うんうん」と頷く覗き魔集団。
声は届かないが、【リリエル】の間で何かがあったのだろう。
リーネが他のメンバー全員から愛でられているのが覗き魔集団に見て取れる。
授業時とは違う、リーネの本物の楽し気な表情。
恥ずかし気にしつつも、リーネが自分のことを他のメンバーの好きにさせている様子は堪らないものがある。
そのうちに、また様子が変わった。
カミラが何か言ったらしい。
アリシアとミーアが頷いて、最初にアリシア、次にミーアの順番でリーネの唇に自分達の唇を重ねたのだ。
あまりにも尊いものを見てしまった覗き魔集団の一部はこの時点で何人かが脱落してしまった。
それでも、メンタルをなんとか強靭に保って残った者の中にも……。
「は、鼻血出そう。誰かティッシュ持ってない?」
「と、尊いってこういうことを言うんですよね。はぁ……はぁ……」
「あんた、目が怖いわ。別の意味で」
熱中症にでも浮かされたかのような存在が出てくる始末。
3時限目の授業開始迄残り5分。その時にまたも【リリエル】に動きがあった。
今度はリーネがアリシアとミーアに自分の唇を彼女達の唇に重ねたのだ。
それはもう、遠くから見てもリーネが彼女達のことを愛しく想っている。
というのが有り有りと分かる、優しくて眩しい微笑みと共に。
「あ……。無理」
「こんなの耐えられないわ」
覗き魔集団はそれによって殆どの者達が尊死してしまった。
【リリエル】はそんなことは関係なく戯れ続ける。
やがて鳴るチャイム。3時限目の授業開始を知らせる為のもの。
【リリエル】も先程とは別のクラスでそれぞれ授業を行う為に屋上から校内へと移動を開始する。
それを見て慌てて尊死した者を引っ張っていく覗き魔集団。
なんとか【リリエル】に見つかって声を掛けられるという事態は避けられた。
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3時限目が終わり、4時限目も無事に終わる。
【リリエル】は臨時講師という雇われ方なので、学園にずっとはいない。
何か用事が入ったり、そもそも用事が無くても、自分達がこなすべき授業が終了すると学園から下校することが常である。
しかし、この日は珍しく【リリエル】は放課後迄学園に残ることになっていた。
ので、4時限目終了後に屋上で食事を始める彼女達5人。
当然、覗き魔集団は凝りもせずに【リリエル】の様子を見に来ている。
中には3時限目の授業開始時からずっと鼻の穴の中にティッシュを詰めている者もいる。
出血多量になるんじゃない? とか 脱水症状になるかもよ? とか気にしてくれる者もいるが、それでもその者は胸を張って語る。
「例えこれで死しても我が人生に一片の悔いもありません。そんなことよりもここで【リリエル】の皆さんの戯れ合いを見逃す方が死んでも死にきれなくなります。後悔します」
そこ迄言われたらもう誰も何も言えなくなる。
以降は黙って【リリエル】一行の様子を見守ることに決める覗き魔達。
相変わらず声は届かないが、彼女達の動きだけで何が起きているか分かる。
アリシアがリーネに「あ~んして」を始めたかと思うと、それをキッカケにし、【リリエル】内で「あ~んして」ごっこが始まったのだ。
特にリーネは他のメンバー4人からそれぞれオカズの乗ったスプーンを差し出され、困った顔をしつつも1つずつ食べていくという小動物的な愛らしさを覗き魔達に見せつける。
「か、可愛い……」
図らずも思わず口にしてしまう言葉。
その件はリーネ以外の【リリエル】メンバーも覗き魔達も一緒の気持ち。
その後も暫く続く食べさせあい。
食事終了後は【リリエル】全員が暫くのんびりした後、不意にアリシアがリーネと手を繋ぐ。
恋人繋ぎ。嬉しそうにするリーネ。ミーアからもリーネに手が繋がれる。
カミラとケーレは3人をほのぼのと見守っている。
その後、恐らくはリーネが「平和ですね。こういう時間が私は好きです」とでも言ったのだろうか。
アリシア達がそれに同意するように頷き、皆で顔を見合わせて笑いあう。
【リリエル】全員の無邪気な笑み。尊死する覗き魔再び。
ティッシュを詰めていた子はあまりの尊さに精神が持ち堪えられず、ロケットのようにティッシュを吹き飛ばしてしまって、まるで鼻血が水道の蛇口を捻って出てきた水の如く"ドバドバ"と溢れ出てしまっている。それが他の子の制服や制服から露出した肌などに浴びることになり、覗き魔達がいる場は【リリエル】に見つからないように静かにだが、阿鼻叫喚となり、流石にその子は保健室送りとなった。
尊死していない者は残り数名。
鼻息荒く【リリエル】を見守り続ける。
と、アリシアとミーアがこちら側に壁となるように自らの背中でリーネのことを隠した。
これでは、そこで何が行われているのか、見たくても見ることができない。
「うっ……。あそこで一体何が……」
唯一、3人を傍で見ているケーレとカミラの様子から只事ではないことが起きていることは分かる。
「み、見たい。何が起こっているの……」
どれくらい、アリシアとミーアはリーネを隠していただろうか。
一定時間が経過し、漸く見れるようになったリーネの顔はエルフの証。
長く尖った耳の先迄赤く染まっていた。
無意識だろう。リーネが"そっ"と自分の胸を押さえる。
自らの行為でますます赤く染まるリーネの顔。
彼女の行いで覗き魔な彼女達には何が行われたのか分かってしまった気がした。
「そういう……こと」
「うぅ。頑張れ! 私の理性」
だが覗き魔の彼女の願いは天へは届かなかった。儚く散った。
リーネの可愛さにやられてしまったのか、アリシアとミーアが彼女の両腕に左右それぞれくっつき、いつかのあの時の再現。彼女の頬に2人同時にキス。
キスされて甘えた化するリーネ。
上目遣いで2人を見つめ、無言のお強請り。
空気が桃色に染まる。空気中の熱が上昇していく。
リーネのせいで【リリエル】はお花畑化。パートナー同士で連続キス。
[色]が見え隠れ。覗き魔達は【リリエル】を崇め、倒れていった。
「あ、あぁ……。ありがとうございます、ありがとうございます」
「ハァ、ハァ、ハァ……。捗る。捗るわ」
「ごめん。……私はもう無理そう。貴女に後のことは託すわ」
「貴女迄、先に逝っちゃうのね。残された私の気持ちも考えてよ」
お馬鹿な茶番。そんな時に予鈴のチャイムが鳴る。
午後の授業開始迄後僅かな時間しかない。
その間に尊死した者達を脱落から免れた者達は運ばなければならない。
「くっ……。数が多すぎるわ」
「でもやらないと。将来の為よ。頑張りましょう!」
「ええ、そうね。これからも【リリエル】の皆さんの尊い姿を見続けるには私達が尊死した者達の屍をなんとかするしかないものね」
「そうよ! そういうことよ」
はっきり言って重労働。
それでも彼女達は尊死した者達をなんとか保健室 又は 教室迄無事に送り届けることができた。
間に合って良かったわ―――。
と"ほっ"とする彼女達。
この後彼女達は放課後になり、本日の授業を全部終えて学園から帰宅の途に着く【リリエル】の背中を見送りながら、恋愛とその安寧を願う女神・セレナディアに感謝の祈りを捧げた。
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余談だが、【リリエル】は覗き魔達に自分達が見られていることには気が付いていたものの、尊死している者達や鼻血を噴き出していた者達迄いたことは知らず、最初に血の跡を見つけたリーネがそのことを【リリエル】全員に伝え、一時学園が騒然としたのだが、そこは学園医こと聖女アレッタが事情を適当に【リリエル】に誤魔化して伝えて騒動は収束した。
その時「虐めとかじゃなかったんですね。良かったです」と心の底から安心した様子を見せたリーネを見て、アレッタは『この子達の笑顔を絶対に守る』と自らの心に深く誓った。
こうして今日のプリエール女子学園のちょっと騒がしい1日は終わりを告げた。




