-閑話1- [白]のドラゴンと魔王様のお戯れ。
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とある日の昼下がり。
ラピスはロマーナ地方特産品の1つ[チーズ]とルージェン王国が王都フィエリアで購入してきた[ワイン]を手に王都とロマーナ地方の丁度中間地点に当たる地方。
ハクラーバの神聖なる森へと訪れていた。
その森は決して[人々]が近寄れない場所。
それどころか見つけることさえも叶わない。
[人々]からはこの森は森には見えない。
一面の砂漠に見えるのだ。
しかも5分程砂漠を歩けば、何故か足を踏み入れた最初の一歩の所へと戻っているという曰くつきの砂漠。
そこは聖域。その場所を見つけ、堂々と足を踏み入れられるのはドラゴンと魔王ラピスだけ。
いや、今よりも少しだけ遠い過去には[人]の中でこの場を見つけた者がいた。
勇者マインと戦士ハマトと聖女アレッタの3人。
それとラピスがこれから会いに行く存在が異世界から召喚した1匹のスライム。
このうち現在生存しているのは聖女アレッタとスライムことナツミだけ。
マインに関してはナツミが殺してしまったし、ハマトの方はナツミの傍にいた[黒]のドラゴンことフレデリークによる[龍神の息吹]により消滅してしまった。
聖女が生きていられたのは、元より聖女自身が魔物を悪と見なしているマインとハマトのことを嫌っていた為。それでも彼らに同行していたのは、マインによって無理矢理に[隷属の首輪]を填められていたから。
マインが死んだ時に首輪が外れた聖女はあっさりと魔物達の側へ寝返った。
それから聖女は女王となった[黒]ことフレデリークの側近となって、その後は縁がありラピスの秘書となって、更にラピスがロマーナへと行くと言い出した時には聖女も「共に参ります」と言ってラピスについてきた。
そしてラピスがプリエール女子学園の理事長になった暁には聖女は学園医として就任した。
ラピスはその時のことを思い出しながら森を行く。
儂も儂じゃが、あ奴もあ奴なんじゃよなぁ……。
そう。2人は似た者同士。
聖女も[聖女]という称号を持ちながら残念な女性だったりするのだ。
学園医に就いた理由がラピスと同じ目的と言えば分かるだろう。
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そんなことを考えながら歩いている間にラピスは目的の場所に到着した。
「久しぶりじゃの」
「ラピスか。確かに久しぶりだな」
「今日はドラゴンの姿ではないんじゃな」
「お前の魔力が感じられたからな。土産を持ってきてくれたのだろう? それならば人型の方がいいだろうと思ってな。ドラゴンの状態では一口で食し終えてしまう。それは勿体なかろう?」
「違いないの」
ラピスは旧友との再会に高笑いする。
彼女に釣られるようにラピスの旧友もまた同じように笑う。
「さて、[白]ことホワイトドラゴンよ。いや、今はハクと呼んだ方がいいかの?」
「好きにしろ。お前と我との関係だ。どちらでも構わん」
「そうか。ではハクよ。お主の目論見はどうやら成功だったようじゃな」
ラピスの言葉を聞いてハクは"ニヤリ"と笑う。
この世界ティロットと地球。それぞれの世界に住まう人物を入れ替えてそれぞれの世界に転移させていることはハク本人とラピスだけが知っている。
ハクの他の仲間達さえ知らない事実。
何故ラピスが知っているかというと、ハク本人から聞かされていたからだ。
ハクにとってラピスは他の仲間達よりも気の許せる[友]。
それ故に事前に計画についてラピスに打ち明け、相談していたのだ。
「地球の神々を説得するのが面倒ではあったが……」
美味い[酒]を持って行って地球側の神々と交流。
酒の力を利用し、限定100名迄ならという条件付きでハクは地球の神々から契約を捥ぎ取った。
ラピスはワインを取り出し、魔法でちょっとした机と椅子を創り出してワインとチーズを机の上へ。
ハクに椅子に座ることを勧めてラピスに言われる通りにハクが椅子に腰を下ろしたら、ラピスはワインのコルクの栓を開け、これもまた魔法にて創り出したワイングラスへワインを注いでいく。
自分の分も注いで2人で乾杯。
一口飲むとラピスは話の続きをハクに促す。
「じゃが、儂がお主から話を聞いた時は異世界人をこの世界に喚ぶのは世界を発展させる為だった筈なんじゃがなぁ」
実際、その為だった。
しかし現在、この世界の文明は言う程には発展していない。
中世と地球の西暦2020年代の文化が微妙に混じった感じだろうか。
俗に言うところの大きな[産業革命]は起きていないと言えるだろう。
「それは我が敢えて今の世界が好きな人間を地球側から選んだからだな。ついでに女性だけにしたせいもあるかもしれん」
「ほう。それは何故じゃ?」
「ラピスも気付いていると思うが、この世界に転生・転移した者は地球側での縁者から好かれていなかった者が殆どだ」
「確かにな」
「そのせいか、そういう者達は得てして、こういう世界を愛してくれる。それに、確かにあの時はお前にそう言ったが、急激に文明を壊されるのだと思うと我の心中で抵抗が生まれてな」
「なるほどの。それで少しは発展に貢献してくれるが、そこ迄のことはしない者を選んだと」
「そういうことだ。能力も左程良いものではないモノを授けた。そのお陰で実際、上手くいっているだろう」
「じゃが、そのせいで多少ちぐはぐな感じはあるがの」
そんなことを言いながら、ラピスは自分の勤める学園のことを思い出す。
あれは異世界人の知恵を借りて産まれたものだ。
ラピスだけなら、あそこ迄の物は造れなかっただろう。
「そう言えば女性だけを選んだ理由はなんじゃ?」
ラピスはチーズを手に取り、それを口に放り込みつつワインを飲む。
ワインにチーズはやはり合う。ワインの友に選んで良かったと自画自賛する。
ハクはラピスの幸せそうな横顔を眺めながら彼女の質問に答えを返した。
「男性は男性で他の世界に救われているんじゃないか? 酒の席で地球側の神々から聞いた話だが、昨今そういうことが流行しているらしいしな。ならばこちらが女性だけを選んでも特に問題はないだろう。それにお前、女性好きだろう?」
「ほぉ。儂の為にそうしたと?」
ハクはワインをやや気まずそうに飲み干す。
新たにワインが注がれたところでハクは白状した。
「…………。お前に嘘を言うのは罪悪感があるな。白状する。我が女性好きなのもある」
ドラゴンも魔物だ。後、ハクはラピスの[友]だ。
だからやっぱり女性が好きなのだ。
「後、もう1つ聞きたいのじゃが」
「なんだ? いや、折角だから当ててやろうか。何故この国に我が留まり続けているのか、か?」
「……。外れじゃ。と言いたいところじゃが正解じゃ。で、何故じゃ?」
ラピスに理由を聞かれたハクは悪い笑みを浮かべる。
ラピスはそれでなんとなく悟ってしまった。
「フレデリークの奴を少しでも長く女王の座に居させてやろうと思ってな」
「お主……」
ラピスはそれを聞いて少なからず呆れを覚える。
ハクとフレデリークは決して[本気]のではないが喧嘩仲間だった。
喧嘩仲間の片割れがナツミに女王に推薦されてその座に就任。
この時ハクは面白いことになったとほくそ笑んだものだった。
「普通ドラゴンというものは世界各地を飛び回っているものなんじゃが、そういうことか」
「我の能力はスライムが持つものと同じ。人々の老化の低下。……というよりも、その能力をスライムに僅かばかり授けたのは我な訳だ」
そう。だからだ。だからこの国でだけでしか女性の老化を抑える機能が機能していないのだ。
ハクがこの国に留まっているが為に。もっと言えば、ハクがこの国全体を自身の魔力で結界のように包み、自身の能力を使っている為に機能しているのだ。
あまり大っぴらに使うとフレデリークにバレるので、なるべく力を抑えてだが。
「フレデリークもある意味災難じゃな」
老化が抑えられるということは、それだけ人々は長生きするということ。
しかもフレデリークには女性同士での求めあいの中で本人達が本気で願えば子供を授かれるという能力がある。フレデリークが女王の座から降りるのは数千年間は無理だろう。
ドラゴンの寿命は他の魔物と違って無いに等しいし。
実質不老不死なドラゴンを殺すことのできるドラゴンスレイヤーもナツミにより失われてしまったし。
ハクは内心でフレデリークに対して「愉快だ」と笑う。
ラピスの真似をしてチーズを手に取り、ワインを口に入れると至福のひと時。
ハクはそれから、ふと思いついたことをラピスに話す。
それを聞いてラピスは当然のようにハクからの申し出を承諾した。
「お前に折り入って頼みがある。ここにただただ居続けるのも飽きてな。そこで、何か良い仕事があれば紹介してくれんか」
「ふむ。なるほどの。では領主の秘書などどうじゃ?」
「領主か。しかしな、そのような人物が得体の知れない者をそう簡単に受け入れてくれるものか?」
「儂は領主の知り合いじゃぞ。で、あれば儂の紹介ならば大丈夫じゃろう」
「なるほど。ではよろしく頼む」
かくして後日、ロマーナ地方が領主・シエンナの傍に女性執事が自身の正体を隠したままで就任することになった。
ラピスもシエンナにハクの正体を明かしてはいない。
ラピスの紹介であることから無事に秘書として承認されたハク。
就任初日からそれはもう良い意味でやらかしにやらかした。これによりシエンナは勿論のこと、この領主館に勤めている他の者達にも驚愕されて、ハクは初日からシエンナにとってなくてはならない存在となった。
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後日。
ハンターギルド・ロマーナ地方支部のお茶会に当然のように顔を出した時、正体を見抜いたハンターギルドがギルドマスター・ヒカリと彼女が管轄する地方を拠点として活動するハンターメンバー【リリエル】をハクは大いに慌てさせることになるのだが、それはまた別の話……。
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帰り際。
ラピスは先程迄共にいた旧友との会話の内容を改めて思い出していた。
ハクは確かに地球側の縁者からあまり好かれていない者を選んだと言っていた。
そのような者をどうやってハクが探し出したのか。
それは当然、ハク自身がラピスと話した時と同じように人型を取り、たまに地球に赴いていたのだ。そこでは人選終了の間迄ハクはゲームデザイナーとして働いていたとラピスはハクの口からそう聞いた。
ゲームデザイナーというモノが何なのか知らないラピスは当然、そのこともハクに質問した。
そしてその内容と他諸々を知って、何故その仕事を選んだのかと問うと、ハクの答えはこうだった。
なんでもハクが選んだ異世界人は[本音]と[建て前]を使い分けることが上手い国に住んでいる者が多いらしい。
だが、それが一度顔が見えない場所となると、異世界人は急に本音を語りだす者が多くなるのだそうだ。ハクはそれを利用した。
ゲーム内だけじゃなく、インターネット上のあらゆる所から情報を収集したとも言っていた。
ハクによる人選はそういう形で行われた。
「まぁ、どちらの世界の者も異世界に行けて幸せであろうよ」
地球からこちらの世界ティロットへ来た異世界人。
逆にこちらの世界ティロットから地球へ行ったラピスにとっては現地人。
容姿は似ているが、その性格は何故か全くの真逆。
地球からティロットに来た者は割と穏やかな者が多いが、ティロットから地球へ行った者は粗暴な者が多かった。それで普通ならば縁者達や周りの者達に気が付かれる筈だが、ティロットから地球へ行った者は元からそういう容姿で性格だったと地球が修正を行うのでその者達にバレることは無い。地球に行った本人も元々地球生まれで、自分はそうだったとなるのだから性質が悪い。
ならば何故、例えばミーアなどはその修正が効かなかったのか。
それは後々ティロットに召喚されることが決まっていたから。
なので地球は修正を放棄していた。
逆に地球からティロットに行った者については、縁者やその周りにいた彼女ら・彼らの中から完全に消えている。そして転生・転移として来た者は元々地球生まれ または 地球育ちであったという記憶が残っているが、元々地球側の縁者や周りの者に恵まれていなかった者達だ。ティロットに来られたことで安心し、割とすんなりとこの世界に来た自分のことを受けて入れている。実はこちらもティロットによる修正力が少し働いたことによる結果によるものでもあるが。
尚、ラピスやハクなどはそれを行った張本人なので異世界渡りした者達のことを覚えていることは余談だ。
ハクの仲間達も覚えている。召喚のことは詳しくは知らないが。
地球とティロット。
形は違うが、どちらも世界の力によって行われた修正。
それを思うと、地球の神々にとっては堪ったものではないだろう。
しかし約束は約束。それを神々側の勝手で反故にすることはできない。
果たして現在、地球の神々は何を思っていることか……。
「まぁ、なんにせよ、こちらにとっては有難い限りじゃな」
ラピスはそう呟いた後に魔法を発動する。
転移の魔法を。
転移先はロマーナ地方の自身が勤める学園付近。
ラピスは学園に着いたら思う存分に女子校生の可愛い姿を堪能しよう―――。
脳内に描く自分の勤める学園の生徒達。
ラピスは涎を垂らしながら先に思った場所へと転移するのであった。




