-閑話1- ミーアの初歩 その02。
それを見たミーアは今度こそ、ここのハンターギルドを後にした。
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こうしてハンターギルドを後にしたミーア。
少し歩いて冷静になった彼女は、道端に屈み込んで「あぁ、やっちゃったー」と頭を抱えることになった。これからどうするんだーとか、大人気なさ過ぎたーとか色んな思いがミーアの心の中を交差する。
それはそれとして……。
「ミーアじゃん。完全にミーアじゃんー」
地球にいた頃の自分はそんなではなかった。
リーネよりも弱虫で情けないと自分で自分を蔑んでいた。
それなのに、だ。なんださっきの自分のあの態度は。
よくもあんな恐ろしいことを赤の他人に言えたものだ。
確かにこの世界に召喚された時に頭の中に自分の持つ能力とか、この世界の言語とか、なんかそういうモノが流れ込んできたけれど、本気でそうなっていることに驚いた。
これを地球で言えていたら。
と思って、瞬時にミーアは浅はかな考えを振り払う。
地球でもミーア並みの[力]があれば言っても平気だっただろう。
あればだ。残念ながら、そんな[力]なんて自分には無かった。
寧ろ女性の中でもか弱い存在だった。
だからせめてゲームの中だけでも強くなりたくて、ミーアを作成した。
「はぁ……っ。参ったなぁ。これからどうしようかなー」
ミーアは屈み込んだまま脳内で考えを巡らせる。
それにしても煩い。獣人となったせいだろうか?
[人]の声がよく聴こえるようになって、考えに没頭することができない。
ここが何処かは知らないけど、もうちょっと静かな土地に行きたいなー。
急にそう思うようになったミーアは、思い立ったが吉日。
立ち上がって、本当にそうすることを決めた。
この町の出入口らしき所へ向かって歩く。
そこには衛兵が立っていて、何者かと話している姿がミーアの目に留まる。
エルフ? 何処かで見たような……。
その何者かの姿を遠くから見て、既視感を覚えるミーア。
まぁいいかとそのまま歩き、衛兵に話し掛けて町の外へ。
そこにはさっき衛兵と話していたエルフがいた。
「えっ? リーネ!?」
「貴女は、もしかしてミーアですか!?」
予期せぬ再会。ミーアとリーネは互いに少しの間呆け、それが現実だと分かると手に手を取って喜び合った。
「リーネ。本当にリーネだよねー?」
「はい。貴女も本当にミーアですよね?」
「うん、うん!!」
それからは、リーネにこれから何処へ行くのかを聞いて、自分も付いて行ってもいいかと尋ねると、リーネは1も2もなく「勿論ですよ」とミーアに答えた。
リーネのそれを聞き、面白くなさそうな顔をしている人物がいることにミーアは気が付いていたが、無視させて貰うことにした。
その人物が何者か知りもしないが、少なくとも伝説のクソゲーの中では見たことがない。
ならば自分の方がリーネとの付き合いは長いのだ。そんな人物には出しゃばって来られる筋合いはない。
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馬車での旅。
初日はリーネと一緒にいた人物と"ギクシャク"していた。
ところが、2日目に急にその人物がミーアに話し掛けてきた。
「突然話し掛けてごめんなさいね。少しだけ貴女に聞きたいことがあるのだけど、構わないかしら?」
それを聞いたミーアは当たり前だが身構えた。
この人物が自分のことをよく思っていないのは出会いの時からして確実。
物腰は柔らかそうだが、何を言われるか分かったものじゃない。
「隣いい?」
本音を言えば断りたかった。
「鬱陶しいから何処か行ってー」とか言いたかった。
でもミーアは「どうぞ」と言って話し掛けてきた人物を隣に座らせた。
先にハンターギルドで大人気ない態度を取ってしまった前科がミーアにはある。
やってしまったことを思い出すと、どうにも断り辛かったのだ。
「ぶしつけな質問で申し訳ないのだけど」
ミーアの許可を得て自分の隣に座った人物・アリシアと名乗った女性は、ミーアとリーネのことについて色々と聞いて来た。
リーネのことはある程度本人から聞いていたのだろう。
ミーアが話すことに、誰が見ても心に強い痛みを覚えているという表情を浮かべ、今は客席にいる自分達と違い、馭者台にて馭者さんと何やら話しているリーネの方へと顔を向けて、「幸せにしてあげたいわ。絶対に」とその口からそんな言葉を零した。
ミーアはこの時点で彼女のことを少し見直し、警戒心をやや緩めた。
「それと……」
緩めていたから、ミーアはアリシアに虚を衝かれることになった。
「貴女も幸せにならないとね」
言葉が出なかった。ミーアは"パクパク"と口を開いては、結局何も言えずに口を閉じることになった。
そのうちに頭を撫でられ、「頑張ってきたのね」。
警戒していた筈の人物。アリシアにそう言われたミーアはもう堪え切れずに彼女の胸の中に飛び込んで涙を零した。
ミーアとアリシアはその後、あたかも昔からの[友達]だったかのように言葉を交わしあった。
アリシアにも様々なことがあったことをミーアは知った。
アリシアは元はやんごとなき所のお嬢様。だったが、里の焼失により今は平民。
お嬢様から平民へ。裕福だった者。大体の者が耐えられないことだろう。
ところがアリシアは「わたしには元々性に合っていない気がしていました。なので今の方が気楽で嬉しいです。あ! でも他の方には言わないでくださいね。わたしが里が無くなって良かったと勘違いされると面倒ですから」と元お嬢様らしく口元を手で覆いながら笑ってそう言ってのけた。
アリシアの言葉にミーアが釣られて笑ってしまったのは仕方がない。
そしてミーアはアリシアからリーネとは婚約者の関係にあることを聞かされた。
女性同士で? と少しびっくりはしたが、お似合いだと思った。
アリシアならばリーネを幸せにしてくれるだろう。もう彼女は痛くて、苦しくて、辛い思いをしなくて済むのだ。リーネの将来は明るいって安心した。
同時に胸に"ちくっ"と針で刺されたかのような痛みが走った気がしたが、ミーアはそれが何なのか分からなかった。
その日は野営。アリシアはリーネを連れて来て、ミーアも半ば強制的に連行。
3人で仲良く食事やら睡眠やら取ることになった。
この夜だ。アリシアがミーアにおかしなことを言ったのは。
「ミーアさん……。いえ、ミーアと呼んでもいいかしら? まだ起きている?」
この時、リーネは寝入っていたが、ミーアはたまたま起きていたのでアリシアに返事をした。
「起きてるよー。じゃあ自分もアリシアって呼んでもいい?」
「ええ、勿論。ちょっと2人だけで話したいことがあるの。少し外に出ない?」
「話? いいけど」
野営時はテントが使われる。3人用の品物だったので、ミーア達はそれを使っていたわけだけど、そこから外へと出て行きアリシアと2人きり。ミーアは地球では都会の方に住んでいた。なので星空を仰ぐなんてことはなかった。生まれて初めて満点の星空を見て、"ほぉ"と感嘆のため息を漏らした。
アリシアが話を始める。
「ねぇ、リーネって可愛いと思わない?」
突拍子に何を―――?
困惑するミーア。
「この国はね。女性同士の恋愛・結婚が当然とされている国なの。貴女達のいた国だとそうじゃなかったんですってね。わたし達からは考えられないことだけれど。それでね、一婦多妻も普通に認められているのよ」
「……。ごめん。何が言いたいのか分からない」
アリシアがミーアの返事に笑う。
ミーアを見てアリシアが言うのは直球な言葉。
「ごめんなさいね。初日に貴女の様子を黙って見させて貰っていたのだけど、貴女ってリーネのことが好きなんじゃないのかなって、わたしは確信めいたモノを覚えたの。どうかしら? わたしはこのことに自信があるのだけど、外れているかしら?」
「リーネが……、好き?」
ミーアの心の中で何かが"すとんっ"と落ちた。
好き。リーネが好き。多分地球にいた頃から感じていた気持ち。
ああ、この気持ちはそういうことだったのか。
理解して、納得して、ある種の落ち着きを見せるミーアのすぐ傍にアリシアが詰め寄って来る。
「それでね、貴女もリーネの婚約者になるつもりはない? いいえ、もういっそ[妻]になるつもりはないかしら?」
「へっ?」
何を言い出すんだこの女性。
それって自分の婚約者を他人に渡すのと似たようなものでは?
それでいいのか? いやいやいや、よくないでしょう。
アリシアを見るミーア。
その目は明らかに『お前は馬鹿か』と物語っている。
ミーアのそんな白い目に自分が言ったことへの後悔を覚えるどころか、逆に面白がって"くすくす"と笑うアリシア。
「貴女と話してみて、接してみて思ったの。貴女とだったら上手くやっていけそうって。で、どうかしら?」
「どうかしらって……。自分が何言ってるか分かってるの?」
アリシアに若干引くミーア。
そんなことを言い出すような人物だとは今の今迄はとても思えなかった。
「わたしだって貴女が相手じゃなければこんなこと言わなかったわ。でも、自分でもよく分からないのだけど、貴女と一緒の方が3人共幸せになれる気がするのよ。これはわたしの勘なのだけどね」
「勘って……」
「ねぇ、ミーア。リーネにね……」
以後、ミーアはアリシアに顔と身体が熱で火照るようなことを粛々と、淡々と、延々と聞かされた。
「で、どうかしら? 今の話を聞いても貴女の気持ちは揺れ動かない?」
「……。アリシア」
「何かしら?」
「自分にもそういった願望があることを今知った」
「あらあら。心の扉が開いちゃったのね。それなら……」
ミーアはアリシアの両手を"ガッチリ"と握り締める。
「よろしくお願いしますー!!」
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翌朝。
アリシアがリーネにミーアとの密会で決まったことを話して、リーネは少しだけ渋ったものの、リーネはどうやら自分が心を開いた人からの押しには弱いらしく、彼女はそれを受け入れた。
リーネとアリシアとミーア。こうして3人は一婦多妻の関係となったのだった。
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現在。
自分の胸の中で眠るリーネにミーアは薄く笑う。
あの時アリシアが自分の気持ちに気付かせてくれたから。
あの時アリシアがそういう関係になろうと言ってくれたから。
「アリシアには頭が上がらないなー。それにしても、リーネ可愛いー。可愛いしか言えないけど、可愛い。スマホがあればなぁ……」
ミーアはそれを残念に思う。
リーネもミーアもそうだが、他の異世界人達もこの世界に持ってこれるものは、自分が転移や転生の際に身に着けていた衣装とバッグと女性の必須品なアレだけ。他の物は元の世界・地球に残されるのだ。
例えバッグの中にスマホやら化粧品。諸々が入っていたとしても、中身は全部、地球に残る仕様になっている。
なので寝顔などを写真に残すことができない。
「カメラを作り出せる異世界人ー。地球人。日本人って言った方がいいのかなー。なんかもうすっかり自分がこっちの世界の[人]な気がして、日本人のことを同郷の人達ってあまり思えないんだよねー。とにかく、カメラ欲しいなー」
ミーアはプリエール女子学園の卒業試験で夕食を作る時に使ったアルミホイルのことを思い出す。
あれはこの世界で作られた代物ではない。
同郷・日本人がこの世界に渡る際に何者かから受け取った能力だ。
ミーアには他人からの噂を又聞きした話となるが、こっちの世界の羊皮紙を手に持ちながら、「アルミホイルになれー」と言うとそうなるのだそうだ。
同様に鉄をハンマーで叩きながら「焚き火台になれー」と言うと焚き火台になるという能力を与えられた日本人もいるらしい。
ミーアはそれならカメラもいるかもだよね!! とちょっと期待しつつ、今はリーネの可愛くて、愛らしい寝顔をしっかり目に焼き付けておこうと、眠くなるその時迄愛する女性のことを見つめ続けた。
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ミーアの初歩 Fin.
アルミホイル等のことは当初から作者が考えており、別のお話で種明かしする予定でした。
ですが、とあることで丁度よい機会をいただいたのでそのお話の中身を少し変え、こちらにて種明かしさせていただくことにしました。




