-二章 最終話- 依頼終了の日。
そんな日常を過ごしている間についに花の便りが届く月がやってきた。
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1年なんてあっという間だ。
正式には私達は1年丸々は学園では過ごしていないのだけれど、それはともかく依頼終了の日がやって来た。
正直楽しかった。地球でできなかったことをこの世界でやらせて貰えたって感じがした。
卒業式を終え、校舎の外に出た私はお世話になった学園を感慨深く眺める。
この学園での日々を振り返ると、私達【リリエル】は半分は生徒で半分は教師な存在だった。
私達に教えを乞うてきた生徒達や教師陣には惜しみなく自分達の持てる技術の様々を教えてきた。
その甲斐あってか、「今年の生徒は皆優秀になったわ」って教師陣がしみじみと言っていた。
「楽しかったなぁ……」
"ぽつり"と呟く。
そうして、ほぼ1年通ってきた校舎に背を向けて、歩き出そうとしたら何者かに背後から肩を軽く叩かれた。
ううん、何者か。じゃない。誰が私の肩を叩いたのかは分かってた。
特有の気配と魔力で。振り向くとやっぱりラピス様。
「お主。リーネと言ったか?」
今日もやっぱり美人さんだ。
でもそれも見納め。
中身は残念な女性だけど、たまに見掛けると目の保養にはなった。
ずっと黙ってたらいいのに。
な~んて思ってるのは私だけじゃない。
【リリエル】皆が思っていることの筈だ。多分。
「はい。そうです。どうかされましたか?」
内心のことは置いておいて私の肩を叩いてきた理由を聞いてみる。
"ニヤリ"と笑むラピス様。
なんだろう? そこはかとなく嫌な予感がしないでもない。
と感じて少し後ずさったら、良い意味で私の気持ちは裏切られた。
「お主。ここの施設のことは気に入ったか?」
「え? はい。いいですよね。特にプールが合併してる温泉のあの施設」
「そうかそうか。じゃがお主達はこの学園の関係者ではなくなる。ということは、そこも使えなくなるのぉ」
「……すみません。話が見えてこないのですが」
「ふむ。単刀直入に言う。リーネ。いや、【リリエル】」
ラピス様に突然【リリエル】と呼ばれて私達の様子を見ていた他の4人が慌てて返事をする。
「「「「はい」」」」
笑ってしまうくらいに返事の瞬間が一致。
それが面白かったのか。笑うラピス様。
「くくくっ。まるで一心同体のようじゃな。お主ら」
「そうですね。私も自分達のことながらそう思います」
「ふふっ。そんな【リリエル】に頼みたいことがある」
「なんでしょう?」
「週に1度でいい。この学園の講師として働いてくれんか」
「講師……」
私達【リリエル】は全員で顔を見合わせて2つ返事でラピス様からのその依頼を受諾することにした。
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ラナの村。
今日からケーレとカミラもここを拠点とすることになった。
勿論、私達と同じ家。
本当は卒業後は里へと帰るつもりだったらしいけど、ケーレは私達と接しているうちに『里には二度と帰りたくない』という気持ちになったのだそうだ。
カミラに関しては、私達と一緒にいると楽しいから部屋が余っているなら一緒に住まわせて欲しいとのこと。勿論、家事もするってことで。
「お世話になるね。よろしくね」
「今日から世話になる。よろしく頼む」
ケーレとカミラが自分の荷物を手に私達に頭を下げる。
広めに造っておいて良かった。ログハウス風味の家。
部屋は余ってる。運よく2部屋。丁度私達が持て余して、どうしようかと悩んでいた部屋が。
ケーレとカミラをそこに案内して彼女達にその部屋を使って貰うことにする。
どうせ、私とアリシアとミーアと同じように、カミラとケーレの2人も夜は日によって、どちらかの部屋で一緒に寝ることになるのだろうけど。
何故ならこの2人はミーアのスパルタ指導の最中に、とある邪族を狩るようにとミーアから命じられたのだけれど、それには成功したものの帰り道で見事に迷子になってしまった。
途方に暮れていた時にたまたま見つけた洞窟。
その中で2人は互いのことなどを話し合い、それでカミラがケーレに惚れて彼女を落とす迄何度も口説いた。その甲斐あって、2人はそういう関係に至ったのだ。
カミラ曰く「ダークエルフは情熱的な種族だからな」とのこと。
心の中でそんなことを思いつつ、口からは別の言葉を私は紡ぐ。
「あんまり広くありませんが、ここでもいいですか?」
部屋はケーレが暮らしていた寮の部屋よりも少しだけ狭い。
それでも彼女達は気に入ってくれたみたいで、私にお礼を言ってきた。
「充分。うちを受け入れてくれてありがとう」
「私からも礼を言う。ありがとう」
「何を言っているんですか。今更ですよ」
「んっ。それもそうか」
この1年足らず、学園でもハンター活動でも私達は一緒に過ごしてきた。
ヒカリお姉ちゃんとシエンナ様と私達で行われる女子会にケーレとカミラも疾うに加わっている。
オマケにラピス様に[一心同体]と言わしめる程の仲だ。
そんな仲になっているのに、受け入れるも何も今更だ。
「それにしても」
「はい?」
「制服。何か勿体無い気がするね」
「ああ、それはそう思うな」
ケーレとカミラが自分の姿を見下ろしながら言う。
私達は1年足らずしか通わなかったけど、本当はプリエール女子学園は2年制度となっている。
ケーレもカミラも2年間キッチリ通ったものだから、制服に愛着が沸いているのだろう。
なんて思っている私も実はそう。このままもう着なくなるのは勿体無いって感じていた。
だから……。
「それなのですが」
私はケーレとカミラに学園を出た後から、私が1人でこっそりと考えていたことを打ち明けた。
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数日後。
私達【リリエル】は全員お揃いの恰好でハンターギルドに赴いていた。
ラナの村の仕立て屋さんで働く、とある知り合いに頼み込み、加工・仕立て直しをして貰った元プリエール女子学園の制服。
かなり原型を失っちゃったけど、一応元制服。
プリエール女子学園で使用していたままの形状を変わることなく保っているのは、スクールブラウスと靴下だけ。
リボンとベストは形状などはそのままだけど、色が黒へと変わっている。
ブレザーとスカートとコートについては大きく変わった。
まずブレザー。これは最早ブレザーという名称ではなくて、ローブと呼んだ方がいい物となった。
形状はボタンは全部取られ、アラクネーの糸を使って生地が足されたのかな?
それ迄は無かったフードが付き、長さが腰部辺り止まりだったものが膝丈よりも少し長めとなっている。そして外側はネイビーだったものが黒に染め直されていて、内側は外側と同じくネイビーだったものが濃いグレーの生地に変更。外側には左右に1つずつポケットがある。袖口は大きく広げられて、そこは金色のあしらいとなり、半円が重なり合うような美しい刺繍が施されている。
それでローブの下部分は"ふんわり"とした感じな仕上がり。
その知り合いが言うには、最初は学園指定のコートをローブに加工して使おうとしたようだけど、手触りや布の厚み、他諸々な事情からコートではなく、ブレザーを加工することにしたらしい。
私は仕立てのことには詳しくない。ので、彼女がそうしようと思ったのならば、きっとそれが正しいことだったのだろうと思う。
その結果、コートについては腰巻きのような形状になった。
と言っても、邪族のゴブリンやトロールが穿いているようなものではない。
上部分が完全に切り取られて、残されたのは下部分だけ。それをローブとなったブレザーの内側にあるボタンにこの腰巻きに設けられたボタンの穴へそれを填めて使う仕組みになっている。
スカートは黒に染められている。長さについては、【リリエル】個々人で調節が可能なようにしてくれていた。
靴も靴屋さんにお願いして形状を変えて貰った。
革を足してブーツ風味になった。つま先は少し斜めに上を向き、足首の上の方、外に向かって左右に革が広がっている。
全部ができあがり、【リリエル】全員で家で着替え。
スカートについては、プリエール女子学園に通っていた、その頃と同じ長さ。
膝上10cm。アリシアとミーアも私に倣って同様の長さ。ミーアは以前からそうだったけどね。
ケーレも以前と変更は無い。だけど私達と同じで膝上10cm、カミラも変わらず膝上20cm。いつも思うけど、カミラはちょっと短すぎじゃないかなぁって。でも本人が変える気がないのだから、私があまり出しゃばりすぎるのもダメだよね。
着替え終わった時にアリシアがこんなことを言った。
「なんて言うか、あれね。まるで【リリエル】全員が魔女みたいね。実際はリーネだけなのだけど。これで三角帽子があれば完全にそれだったと思うわ」
実は仕立て屋さんの知り合いと靴屋さんに加工を頼んだ時に私もそう思っていたのは内緒だ。
とにかく全員お揃いの服装。
村人にお披露目をしてる時に、細工屋を営んでいる人が元制服のボタンで作ったらしいバッジを持ってきて、私達【リリエル】1人1人にそれを手渡してくれた。
それは金色の百合の花のバッジ。
5輪の黄金の百合の花が重なって咲いている。
「凄い! 素敵です。ありがとうございます」
「あははっ。貴女達を見ていると頭の中にこれが浮かんでね。気が付いたら作ってたんだよ。どうだい? 気に入ってくれたかい?」
「それはもう、勿論です」
「5輪の百合の花。【リリエル】にぴったりですわね」
「こういうの好きだなー」
「何故か"じーん"とするな」
「……うん」
「全員気に入ってくれたみたいだね。良かったよ」
細工屋さんから受け取ったバッジを【リリエル】揃って、左胸にワンポイントの飾りとしてつける。
こうして私達は誰が見ても【リリエル】と分かるようになり、ロマーナ地方では益々有名人になった。
ハンターギルドが騒めく。
ギルド内の喧噪なんて無視して受付嬢さんの所へ悠々と歩いていく私達。
到着したら戦果を報告。今日も無事に報酬を受け取った。
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深夜。
永遠の銀ランクでこの地方の人々曰く凄腕のハンター【リリエル】。
そんな私達も夜になるとハンターとして野営などしていない日は極普通の女性となる。
それぞれ思い思いのことをして過ごす時間。
私が自室でベッドに転がり、魔導書を読んでいると"こんこんっ"と軽く叩かれる自室の扉。
「入ってきていいですよ」
それに応えると扉が開いて入ってきたのはアリシア。
「どうしました?」
栞を挟んで本を閉じ、身体をベッドに半身起き上がらせつつ聞くと、アリシアは「そっちに行っても平気?」なんて聞いてくる。
私はベッドに腰を掛けて、返事の代わりに私の隣を"ポンポン"とアリシアの顔を見ながら軽く叩いた。
アリシアが私の態度を見てこちらに歩いてくる。
私の隣に座ると、私の頬を左右それぞれの手で軽く挟んで自分の方へと私の顔を向かせてのキス。
終えるとベッドに押し倒された。恋人繋ぎで私の両手をベッドに縫い付けながらアリシアは悪戯っぽく笑う。
「ミーアとケーレはもう寝ちゃったみたいなの」
「もう深夜ですからね。アリシアはまだ寝ないんですか?」
「寝ようとは思ったのよ? でもどうしてもリーネの顔が見たくなったの。起きててくれて良かったわ」
「そうですか。私ももう少ししたら寝ようと思っていました。間に合って良かったですね」
小さく笑う。アリシアも笑い、私達は示し合わせたように唇を重ねあう。
何度も、何度も、お互いを求めあう。
唇を通して「愛してる」が送り込まれ、送り返す。
血流が加速。それによって? 脳が湯立ち始める私達。
「ミーアには申し訳なく思うけれど、今日だけ。今日の夜だけはリーネを独り占めしてもいいわよね?」
「私に聞かれても、分かりませんよ」
「ふふっ。それもそうね」
アリシアの手が私から離れる。
そしてその手は私の服を丁寧に、[色]を感じさせるように脱がしていく。
彼女の長くて細い指を見つめる私。ダメな妄想をしてしまう。
私がダメになっている間にアリシアは自分が身に着けている物を自身で脱いだ。
「リーネ」
「はい」
「この世界に来てくれてありがとう。わたしと出会ってくれてありがとう」
「幸せです。本当に」
見つめあう私達。
これ迄ランプを灯していたけれど、もうこれは無粋なモノとなるだろう。
ランプの揺らめく炎を消そうとしたら、先にアリシアが炎を消した。
炎の光が消えたことによって訪れる暗がり。
暗いのに桃色の雰囲気。"そっ"とアリシアに手を伸ばすと、彼女に伸ばした手を掴まえられた。
「大好きよ。リーネ」
「私もですよ。アリシア」
アリシアがさっき掴まえた私の手。
その掌にキス。それから大事に、愛おしそうに撫でた後、撫でた手を私の頬へと伸ばして来る。
無言で私の頬を撫でてから、アリシアは今度は私の頭を撫で始める。
「本当に庇護欲がそそられる子よね。貴女って」
「そうですか? 自分ではよく分かりませんが」
「そういうところが危ういのよね。貴女は」
「………。アリシア。そろそろ」
「そうね」
お互いの身体を寄せ合う私とアリシア。
逸らされない視線。温もりの求めあい。
お互いにお互いの香りを楽しみ、なんとなく気恥ずかしくなって照れ笑い。
「アリシア」
「リーネ」
「アリシア」
「リーネ」
それからは名前の呼び合い。バカップルさながら。
「もっと貴女に抱き着いてもいいかしら?」
これ以上ないくらいに重なりあってるのにもっととは?
「ふふっ」
アリシアが可愛い。 私は彼女の背中に両手を回す。
彼女の望み。叶えられたかな?
見るとアリシアはご満悦だった。
脳がますます麻痺していく。
――深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている――
落ちてるなぁ。私。
「アリシア」
「リーネ」
私達は幸福なんて言葉では足りない夜を過ごした。
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翌日の深夜。
私もアリシアも先日のことは何も話していないのだけど、私達の雰囲気から何かを察したらしいミーアが今夜は私の部屋にやって来た。
「アリシアだけずるいー。今夜は自分がリーネを独り占めさせて貰うからー」
「……。そうですね。分かりました」
アリシアとミーア。2人共に私の妻だ。
どちらかだけというのは良くないだろう。
ううん、この言い方は語弊が生まれるかな。
私はアリシアもミーアも。2人共愛しているのだ。
だからミーアとも愛し合うのは常識だ。世の理なのだ。
「ミーア」
私からミーアに甘えに行く。
迎え入れてくれる彼女。見つめあって唇を重ねあう。
「はぁ……っ。リーネー」
「はい」
「好きすぎる。後、すっごくいい匂いがする。部屋にリーネの香りが満ちてる」
"すー、はーっ"
部屋に漂う私の香り。ミーアは余すことなく自分の体内に取り込もうと深く深く呼吸を始める。
照れ臭い。恥ずかしい。だけれど、私も大概だ。
私は私でミーアの香りを嗅いでいるのだから。
「リーネー……」
「ミーア」
お互いの名前を呼び、自然と絡まる私達。
私の首に填められている隷属の首輪をミーアが指でなぞる。
「これっていいよねー。リーネを決して逃がさない。呪縛の道具」
若干思考が危うい。なのにミーアの言葉を嬉しく感じる私はもうダメだ。
重度の病。生涯付き合っていく大きな癒しと少しの憂鬱。矛盾の病。
「リーネ、いいよねー?」
「はい」
ミーアは獣人。特性丸出し。私は翌日、先日よりも萎びた。
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更に数日後。
「こ、これで野営は何回目くらいだっけ? うち、どうしても慣れないなー」
今夜はハンター【リリエル】として活動中。
今回の討伐対象は[夜]にしか現れない。
なので私達は夕方からその場所へと出掛け、テントを張って、そこで討伐対象が現れるのを待つことになった。
私とアリシアとミーアとカミラ。
4人はあんまりいつもの夜と変わらないといった雰囲気なのに対して、ケーレは野営が苦手らしく、落ち着きなく視線を彷徨わせている。
それが、ちょっと可愛い。
「それならケーレが落ち着くようにするわ」
アリシアの合図で4人がケーレを取り囲む。
抱き着き、撫でまわし、テントの底部にケーレを寝転がして服を捲って、彼女のお腹を撫でる。
「ちょっ、擽ったい。擽ったいからー」
手足を"バタバタ"させながらも満更でもなさそうなケーレ。
アリシアがケーレに問い掛ける。
「少しは落ち着いたかしら?」
「お、落ち着いたっていうか。少し恥ずかしかった」
皆に好き勝手に揉みくちゃにされ、そのせいで乱れた服や髪を整えるケーレ。
彼女が整え終わるのを待っていたわけではないだろうけど、そんな折に都合良く現れる今回の討伐対象。
「出てきたみたいね」
「くっさ。だから嫌いなんだよねー。アンデットー」
「うちは匂いより見た目が嫌」
「私はどっちも嫌ですね。ですが、放置しておくわけにもいきませんからね」
「そうだな」
狩っても狩っても邪族の数は減らない。
その詳しい理由は分かっていない。
一説には[世界]がわざと[敵]を作ることで、この世界の4の種族を纏めようとしているとか。
他にも魔素がなんらかの影響で濁り、瘴気に変化して、そこから邪族が現れるのだとか色々な説が人々から唱えられているけれど、どの説も今はまだ、ただの仮説に過ぎない。
「では行きましょうか。【リリエル】出ますよ!」
「「「「おーっ」」」」
私の鼓舞で【リリエル】はテントから外へ。
お揃いの黒の衣装がそれぞれの形で夜の闇に舞う。
そんな私達を見守るはこの世界の美しい月―――。
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二章 Fin.
元プリエール女子学園の制服。
アレです。[アニメ版]魔女〇旅々の主人公をイメージしてください(笑)
ローブ等の色とか、ブラウスの形状とか、腰巻きっぽいものなどの形状とか、細かいところは多少違いますが。
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2023/06/14 UP
2023/06/15 お話の一部を訂正しました。




