-二章- プリエール女子学園 その13。
恐る恐る目を開けると、そこに転がっていたのはアリシアではなく、元キマイラのソイツだった。
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一体何が起こったんだろう? 意外な光景を見て呆けてしまう私。
そんな私と、ミーアの目が交差する。
どうやら、やったのはミーアらしい。
彼女からは恐ろしい程の殺気が滲み出ている。
「お前、1つのことに捉われると周りが全然見えなくなるっていう欠点があるね。お陰で殴りやすかったよー。ありがとう」
ミーアの言葉を要約すると、つまりはアリシアを殺ろうという事だけに捉われていたソイツの所へ駆けて行って、間抜けな元キマイラのことを全力で殴ったということかな。
元キマイラの地面への転がり方から見て、多分ミーアはソイツを真横から殴ったものと思われる。
立ち上がろうとする元キマイラ。その前にミーアが再び駆け出して、今度は前方からソイツの腹を殴りつける。
だけでは終わらせない。元キマイラの上半身全体にミーアの拳の嵐。
最後にミーアは元キマイラの顔面を全力で殴りつけ、ソイツはまたしても地面を転がることになった。
「カミラ」
「ああ」
元キマイラが転がって行った先には、カミラが自身の得物のハルバードを両手で持って待ち構えていた。
「動けない奴に悪いな。けどよ! 私は善人じゃないんでね!!」
カミラのハルバードが舞う。
元キマイラの身体を持ち上げ、元キマイラは宙へと放り出される。
どうしてトドメを刺さなかったのか。その理由はすぐに分かった。
アリシアが元キマイラに向けてダガーを構えていたから。
「絶対に許さないわ!!」
アリシアの身体から溢れる魔力。
それは研ぎ澄まされた刃であり、とてつもなく寒く、冷たい氷の魔力。
「絶対零度」
水の最上級魔法。
元キマイラの身体が凍り付く。
全身に透明の膜が張り付いているのがよく分かる。
あれではもう、生きてはいないだろう。
肉体は勿論だけど、多分内臓も凍り付いてしまってるんじゃないかな。
もう、終わっている。
それでもアリシアは攻撃の手を緩めることはしなかった。
彼女の周りに浮かぶは先が鋭く尖った氷の柱。
「いきなさい。千の氷柱」
文字通りの千の氷柱が凍り付いた元キマイラの身体を粉々に砕けさせる。
やはり内臓迄凍り付いていたらしい。
[赤]もまるで流れる様子は無い。
アリシアはその様子を見届けると、急に元キマイラのソイツに興味を失ったようで、私の所に走って来た。
「リーネ」
アリシアに抱き締められる私。
と思ったら、いつの間にそこにいたのだろう? ミーアにも抱き締められる。
「リーネ、平気ー?」
「ごめんなさい。助けるの間に合わなくて」
私のことを心から心配してくれるアリシアとミーアが可愛い。
自分の身体はもう治癒させた。なので「大丈夫ですよ」と答える私。
2人のことを抱き締め返すと、2人はさっきよりも少しだけ強く抱き着いてきた。
「良かったわ……。貴女を失ったかと思ったんだから」
「ごめんなさい。アリシアに油断をするなと言われていたのに、心配をさせてしまいましたね」
「ううん、いいのよ。リーネが無事だったなら、それでいいわ。ね? ミーア」
「うん。でもあの瞬間は自分の心臓が止まるかと思ったよー」
「その割にはアイツのこと冷静に殴りつけてましたよね」
少しだけ"くすっ"と笑いながらミーアのことを揶揄ってみる。
ミーアは「えっとねー」って苦笑いしながら[事]の真相を話してくれた。
結論から言うと、詳しくは自分でも覚えていないのだそうだ。
気が付くと身体が動いていて、元キマイラのソイツの真横へと移動。
……からの右ストレートを繰り出していたらしい。
ただ、それからのことは覚えてるって言っていた。
怒りに任せるがままに全力で元キマイラのことを殴り続けたことを。
「で、カミラが目で合図したのが見えたからー」
「なるほど。それで、最終的にアリシアのトドメの魔法に繋がるということですか。そう言えば魔力は平気なんですか? アリシア」
上級魔法の後に最上級魔法で更に上級魔法。
魔力欠乏症寸前となってもにおかしくはない所業だ。
しかしアリシアは"けろっ"とした顔をしている。
「ああ、平気よ。だって体内の魔力は殆ど使ってないもの」
「はい? それはどういう……」
「リーネなら分かるでしょう」
「……もしかして」
「そういうことよ」
アリシアの言葉で私は空を仰ぐ。
いつそんな[業]を身に着けたのか。
要するにアリシアは自然界の力を借りたということだ。
空気中の水分。自然の風。それらを。
時期が時期だけに、その力を借りることは容易なことであったのだろう。
故にアリシアは平然とした顔をしていられるのだと思う。
これがサマーな時期であれば、もう少しだけはしんどい顔になっていただろう。
それならそれで、アリシアは別の魔法を選択していた可能性が高いけれど。
「末恐ろしいですね。私の愛する女性達は……」
「リーネの真似をしただけよ」
「アリシア、こっわー」
「ミーア、貴女だって人のこと言えないでしょう」
「えー、自分はアリシアみたいなことできないもん。魔力無いしー」
「魔力はなくても貴女は風圧。風の力を普通に利用してるじゃない」
「まぁねー」
"くすくす"と私に抱き着いたままで笑いあう私の愛する2人。
私は改めて【リリエル】って怖いな~。
とか思ってしまうのだった。
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∴
時は少し戻る。
アリシアが元キマイラにトドメを刺そうと魔法を放つ準備をしていた頃。
ケーレはゴブリン共に関しては教師陣の協力もあり、お陰で簡単に討伐し終え、最後に残ったゴブリンキングと対峙していた。
コブリンの王というだけあって、ゴブリンなんか比べ物にならない。
巧みに剣を振るってくるゴブリンキングにケーレは少しだけ苦戦していた。
とはいえ……。
本当に少しだけだ。リーネとアリシアとミーアに鍛えられたケーレ。
【リリエル】3人に比べたら、コブリンキングなんて雑魚中の雑魚でしかない。
特にミーアには身体で覚えるようにと戦闘時の立ち回り方などをスパルタ方式で叩き込まれた為にケーレはそれを思い出すと自然と身体が動いて、次第にゴブリンキングの動きに慣れ、いつしかゴブリンキングを圧倒するようになっていた。
反対にゴブリンキングの身体はケーレが繰り出してくる槍の刃で傷だらけ。
後少しでケリがつくとなったところで、ケーレにとって予想外のことが起きた。
「くけけけけっ」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「なっ!!」
ゴブリンキングがケーレではなく、彼女のクラスメイトに狙いを変えたのだ。
それはリーネと対立していた、あの時にケーレが怒りに任せ机を蹴ってしまったクラスメイト。
彼女はすぐそこに[死]が迫ったせいだろう。
身体が硬直したようでその場から動けなくなっていた。
「絶対させない!」
剣を振り上げるゴブリンキング。
ケーレはそのクラスメイトの前に回り込んで、彼女のことを抱き締めた。
そんなことをしてしまえば……。
「うあっ……」
ケーレの背中が深く斬られ、そこからは[赤]が白の世界に染みていく。
それを見て「ケーレさん、血が……」悲鳴にも似た声を上げるクラスメイト。
実際とてつもなく痛みも激しかったし、ケーレこそ悲鳴を上げたかったのだが、彼女は痛みを堪えてクラスメイトに話し掛けた。
「大丈夫だった?」
「だ、大丈夫です。でもケーレさんが」
「うちは平気。それより早く逃げて」
クラスメイトの身体を解放するケーレ。
彼女はケーレの方を何度も振り返りながらも安全な場所へと行ってくれた。
これでもう大丈夫―――。
そう思ったケーレに湧いてきたのは怒りの感情だった。
それと、後悔の感情もあった。自分が今迄してきたことはこういうことか。と。
「ふふふっ。うちって本当に馬鹿だったんだなぁ」
180度。身体を回転させたケーレはその感情を爆発させた。
ゴブリンキングの身体をあちこち槍で突き刺した後、槍へと変化させていた杖を元のそれへ。
全身が[緑]からケーレの攻撃によって[赤]に変わったゴブリンキングにケーレは無慈悲に魔法を解き放った。
「螺旋の焔」
ゴブリンキングは焼死。こうして彼女の戦いは幕を下ろした。
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◇
思わぬできごともあったけど、私達は無事に授業を終え、翌朝には学園に戻って来た。
生徒全員疲れた顔。中でも私達【リリエル】は疲労が濃い。
野営時に一睡もできなかったからだ。
ううん、できなかったんじゃない。しなかった。
またキマイラだとか、ゴブリンキングだとか出てきたらと、【リリエル】全員が考えてしまって、別に誰に言われた訳でもないのに私達は寝ずの番をした。
自分達だけならいい。野営には慣れているから、一晩程度寝なくても平気だ。
ただ、それが誰かを守りながら・守る為となると心身共に疲れ具合が全然違ってくるものなのだ
教師の話が終わって解散。
"ふらふら"とした足取りでラナの村への帰宅の途に就く私達。
カミラとケーレは寮生活なので、ここで私達とは一旦お別れとなった。
「疲れましたね……」
「そうね。早く寝たいわ」
「その前にお風呂入らないとねー」
なんとか到着。皆でお風呂。1日ぶりのお風呂は、本気で心地が良すぎて死んでいた身体が生き返ったような気がした。
この後、温かいご飯を食べて皆、それぞれの部屋へ。
……は行かずに私とミーアはアリシアの部屋にお邪魔した。
誘ったのは私。どうしても3人で一緒に寝たかった。
「リーネったら、可愛すぎよ。貴女」
「でも実は自分達もそう思ってたけどね。アリシアー」
「バラしたらダメでしょ。ミーア」
「あははははははっ」
「あの、それで……、一緒に寝てくれますか?」
「勿論よ」
「寧ろ大歓迎だよー」
「ありがとうございます」
アリシアが手招きしてきたのでミーアと一緒にアリシアのベッドへ。
私が真ん中。アリシアが右側でミーアが左側。
アリシアには前から。ミーアには背後から"ぎゅっ"と抱き締めて貰う。
接触により心臓の奥底迄、浮足立って、締め付けられて堪らずにイチャイチャの開始。疲労感なんて忘却。徐々に度を越したものになっていった。
「リーネ」
「はい」
「「貴女のことを細胞の一片迄愛してる」」
「私もです。愛しています」
甘い。甘い感情。私達は溶け合った。
翌日は休み。私達は1度はいつもの習慣で朝には目覚めたものの、少しだけ3人で戯れた後で2度寝。
次に起きたのは夕方。その頃には身体もすっかり元気になっていた。
再び学園に通う生活が始まった。
クラスメイトや他のクラスの生徒達。なんなら後輩や教師陣も交じって休憩時間は賑やかで楽しい時間。放課後にもちょっと色々とあった。
そんな日常を過ごしている間についに花の便りが届く月がやってきた。
2023/06/13 UP。
2023/06/15 物語的におかしなところがあった個所を訂正しました。




