-二章- プリエール女子学園 その02。
だから、その時迄は私達には縁の無い話だと思っていたんだ。
シエンナ様から直々に「【リリエル】の皆さんにお願いがあります。これからの1年間。正確には今の時期だとそれに少し足りないくらいですけど。でいいので、プリエール女子学園に通ってください」なんていう依頼を受ける迄は―――。
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ハンターギルド・ギルドマスター室。
例の如く秘密の女子会を開催していた時にシエンナ様から言われた依頼。
私達は全員固まり、今のは聞き間違いだろうか?
そう思って私が代表でシエンナ様に先のことを問うてみた。
「あの。今、プリエール女子学園に通ってください。……とシエンナ様から聞いたような気がするのですが、気のせいでしょうか?」
恐る恐るシエンナ様の顔色を伺いながら問う私にシエンナ様はそれはもう爽やかな笑みをその美しい顔に満遍なく浮かべた。
ある意味怖い笑顔を―――。
「いいえ、気のせいではありませんよ。確かにそう言いました」
「失礼を承知でお聞きしてもよろしいでしょうか?」
シエンナ様の言葉を聞き、完全に部屋の置物となった私の後を引き継いでくれたのはアリシアだった。
アリシアは小さく息を吸い込んでから、それを吐き出すようにシエンナ様に理由を尋ねる。
「自分達で言うのもなんなのですけれど、わたし達【リリエル】はその学園に通学する意味のないくらいには充分な戦果を挙げていると思いますわ。それでも学園に行って欲しいというのはどういう意味があってのことなのですか?」
アリシアの顔は真顔。明らかに納得がいっていないのが分かる。
ミーアはどうなんだろう? って"こそりっ"と彼女の顔を見ると、何とも言えない複雑な表情をその顔に浮かべていた。
「それはですね……」
シエンナ様が自分が言い出した[事]の説明を始める。
それは要するに体験入学 兼 【リリエル】の実力を学園内で示して欲しいというものだった。
学園を造りはしたものの、どうにも真面目に勉学や鍛錬に取り組もうとする生徒が少ないのだそうだ。
この世界の性質上、どうしても学園に通うのは本業・副業の合間となる。
農業をしながら、ハンターをしながら。
私達【リリエル】だってそうだ。普段は村の為に万事屋を営んでいたりする。
農家さんに手伝いを頼まれたらそちらに行くし、漁師さんに手伝いを頼まれたらそちらに行く。
但し、手伝いを請け負うのは【リリエル】全員が一緒であることが条件なので、1日に1~2件が限界なんだけど。
本業はそれ。副業がハンター。
な訳で、私達にも生徒達が学園というものにあまり乗り気にはなれない気持ちが分からなくもない。
どうしたものか……。
学園に行って実力を示すのはいい。簡単なことだ。
さりとてそれで学園がこれ迄と変わっていくかどうかというと多分変わらないと思う。
本気で[改革]するなら学園単位じゃなく地方単位で変えないといけない。
けれどそれは、今のロマーナ地方では相当難しいことだろう。
この地方が[政令指定都市]になるならなんとかなるかもしれないけれど……。
「でもそうなると[エルフ]はこの地方を離れていく可能性があるのですよね」
もしかしたら私達も……。
折角造り上げたラナの村。村を放棄するのは勿体無いけど、都会の喧騒は肌には合わない。
合わないならば、人が増えたら、出て行くことを選択するかもしれないだろう。
「それは困ります。……いえ、寂しくなるので嫌です」
シエンナ様の悲痛な顔。
【リリエル】としてでなく、[人]として領主様から慕って貰えてるのは嬉しい。
その顔を見てしまうと、シエンナ様の学園運営のことをなんとかしてあげたい。
って思ってしまうのが人情というもの。
私達は3人で顔を見合わせながら知恵を絞りあう。
あーでもない。こーでもない。
結局手詰まり。やっぱり今のままじゃどうしようもないというのが結論。
そんな時に手を差し伸べてくれたのは、他でもないヒカリお姉ちゃんだった。
「では人が多い所から。例えば、そうですねぇ。……王都から1年間だけ人を派遣して貰ってはどうですか?」
シエンナ様と私達が同時にヒカリお姉ちゃんを見る。
悪くない案だと思う。そうすればこの地方は少なくとも1年間は余裕ができる。
派遣されてきた人達にはこの地方の宿を家業を手伝う代わりに無償で提供するとか、ホームステイして貰えばいい。
問題は、その肝心の人々がロマーナ地方に来てくれるかどうかだ。
「何か手はあるのでしょうか? ヒカリお姉ちゃん」
気になった私はヒカリお姉ちゃんに聞いてみる。
その私を見て滅多に見ない悪い顔をヒカリお姉ちゃんがする。
「……こういうこともあるかと思って、王都を含めて各地方に間諜を放っておいたのよ。勿論、バレないようにハンター達を使ってだけどね」
「ヒカリお姉ちゃん……」
「ハンターギルドって基本的に酒場も兼ねているでしょう? お酒が入れば人の口は軽くなる。情報を集めるのは簡単だったわ。つ・ま・り、その弱みを各地方の領主にちらつかせたら後はもう、ね」
こっわ。ヒカリお姉ちゃんこっわ。
そんなことしてるなんて知らなかった。
なんだこの地方。ヤバい人多くない?
「なっ、なるほど。そういうこと、ですか」
ついつい顔が引き攣る。
各地方でそんなことをしているくらいだ。
きっと、ヒカリお姉ちゃんは私達【リリエル】のことも、シエンナ様のことも、なんらかの弱みを握っているに違いないってことに頭の中で行き当たったから。
ヒカリお姉ちゃんがソファから立ち上がって私達に背を向ける。
自分がハンターギルドの事柄について執務をする為の机に向かい、そこに置いてある羽ペンと羊皮紙を手に持つ。
そのままの格好で……。
「勿論、シエンナ様のあんなことやこんなこと、【リリエル】のあんなことやこんなこと。女子会を通して聞く以上のことを知っていますよ」
"ふふふっ"
最後の笑いが怖すぎた。
シエンナ様含めて身震いする私達。
ヒカリお姉ちゃんは[絶対に敵に回したらダメな人]だってことがよく分かった。
震える私達を愉快そうに見ながらヒカリお姉ちゃんが戻ってくる。
ソファに座り、羊皮紙を机の上に置いて書きだすのは各地方領主宛ての要望書。
それにはちょこちょことその領主の突かれたら痛いところが書いてあり、私達は全身から血の気が引いていくのが感じられた。
シエンナ様も青い顔をしていたりする。
「あ、あの……。ヒカリ? それ本当に出すつもりですか?」
「……? 勿論ですよ?」
「……その、それを出すことによってこの地方が潰されたり、この地方の人々が他の地方の人々から暗殺の危機に陥ったりするということは?」
「無いと思いますよ」
「なんでそう言い切れるんですか! 聞くの怖いですけど教えてください。怖いですけど」
「うだうだ言い出したり、こちらに何か仕向けてくるようなことがあればドラゴンを派遣すると書くからですね」
「ド、ドラゴン……ですか。まさかフレデリーク様の弱みも?」
「いえ、個人的に仲のいいドラゴン……。そうですね[赤]のドラゴンに頼むつもりです」
「貴女何者なんですか!!」
シエンナ様が叫んでしまうのも無理からずだろう。
ドラゴンと仲が良いって絶対におかしい。
「地球から転移してきた最初の場所が[赤]のドラゴンの住処だったんです。そこで[赤]のドラゴンを地球にいた頃に飼っていたワンコの様に可愛がっていると仲良くなりまして。ん~、でもこの世界に転移して来た時にあたしに与えられた能力とも関係があるのかもしれません。[歓迎]っていう能力なんですけど、使用すると[人]や[動物]と仲良くなれるんですよ。ただ、1ヶ月につき1度だけっていう回数の制限があるので少々使いどころに困るんですけど」
「あ。……そう」
シエンナ様は頭痛がしてきたようだ。
最早ヒカリお姉ちゃんに反論する気さえ失せたらしい。
「あ!」
そこでヒカリお姉ちゃんが大きな声を上げた。
その声に"びくっ"とする私達。
「いっそ[赤]のドラゴンにこの手紙を持って行って貰えばより効果的ですかね」
「もういっそ貴女の好きなようにして」
ヒカリお姉ちゃんの思い付きにソファに屑れ落ちるシエンナ様。
その後、本当に国中を[赤]のドラゴンが飛び回ったとかなんとか。
それを見てフレデリーク様ことブラックドラゴンが呆れ切ったため息を吐き出したとかなんとか。
色んな噂がこの地方の人々。シエンナ様に【リリエル】の私達の耳にも届いたけど、シエンナ様も私達もそれらについて考えることを放棄したのだった。




