-一章- vs フレンジー盗賊団 その04。
馬車の外に数百にも及ぶ人間の気配を感じ取ったのは。
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「おい。この中にあいつらはまだいるんだろうな?」
「へい、お頭。中から気配がしやすし、間違いないかと」
「ソイツらがこれ迄見たこともないような上玉っていうのも嘘じゃないな?」
「そりゃあもう、見ただけで涎が零れちまう程ですぜ!!」
私達はそれらの下卑た声を……。
馬車の中で黙って聞いていた。
呆れるべきか、ある意味で"ほっ"とするべきか。
先の盗賊団 兼 ハンターメンバー【エールラブリー】の面々がどうやら仲間を連れてここへと戻って来たらしい。
「お頭」って呼ばれてる者もいるようだし、盗賊団全員集合しているのだろうか。
その数は多分私の強力な魔法に対抗する為?
数の暴力でなんとしても私達を捕らえて、その後は自分達の慰みモノとして扱うという算段。
そんなところかな。
「数は100を超えてるみたいですね。私が想定していた人数よりも多いです。少し拙いかもしれません」
「どうしてー?」
私の弱音にミーアが反応をする。
「それはですね」
普段ならいい。普段なら。
上級魔法で連中を吹き飛ばせばカタがつく。
ただ、今は……。
「シルフを喚んだばかりですからね」
私の魔力量は残り少ない。
しかもそんな中でアリシアの傷を治す為にそれなりの魔法を使った。
そんな訳で今の私が使えるのは下級魔法だけ。
それも残り数発で底をつく。
そうなったら私は無力。
何もかもが裏目に出て苛立たしい。
今日はついてない。最悪の日だ。
「参りましたね」
頭を抱え込んでいると、今度はアリシアが呆気らかんと言ってきた。
「じゃあリーネにはリーネを汚した奴だけ譲ってあげるわ。本当はこちらで処分をしたいけど、リーネもそれだと気が収まらないでしょう?」
「え? はい。それはまぁ、有難いですけど……。残りはどうするのですか?」
「ん? たかが100人でしょう?」
「へ?」
「ん?」
100人……だよ? 多いよね?
何故にアリシアは余裕を見せているんだろう?
ううん、アリシアだけじゃない。
彼女の隣にいるミーアも随分とリラックスした様子で屈伸運動をしている。
「え~っと……」
私が戸惑っているうちに盗賊団達の手で一度見たことのある物体が馬車の中へと放り込まれてくる。
また眠り薬。それが床に落ちて割れ、効果を発揮する前にミーアが素早く動き、落下前にそれをなんなくキャッチした。
「何度もさー……」
ミーアの身体から殺気が溢れ出している。
アリシアからも同じモノが。
「同じ手が通用するかっていうのー」
キャッチしたそれを盗賊団の1人に全力で投げつけるミーア。
顔面にモロにそれを受け、まず1人が地面に伏せる。
それを合図にしたかのように馬車から飛び出ていくアリシアとミーア。
私はなんとなくゆっくりとそれに続く。
独壇場だった。
勿論、アリシアとミーアの。
今度は盗賊団達が自分で自分の首を絞めていた。
私達を眠らせる為に使った薬。作用が自分達に効力を発揮しないようにとマスクを着用していたのが悪かった。
視界が悪くなっているのだろう。アリシアとミーアは私を楽々と追い詰めることができる程には速い。
その[事]、未だに納得いってないけどね。私は。
マスクのせいで全然その速度に追いつけていない。
「……………。いい天気ですね」
ここは砂漠の中のオアシスのような所。
真っ赤に染まっていく砂を見た後、私は空を見上げて現実逃避をする。
アリシアが言ってたことがよく分かった。
2人にとってはコイツら如きはたかが100人程度でしかないのだ。
奇襲を受けなければコイツらなんて彼女達には……。
盗賊団がどんどんと数を減らしていく。
残りは半分といったところだろうか。
仲間が討ち死にしている間にマスクを外すことに成功した者達。
ソイツらがアリシアとミーアに向かっていく。
「このっ。くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「煩い」
しかし虚しくもその盗賊団の……。
お世辞にも立派とは言えない。
寧ろ手入れなどされていなくて、所々欠けている汚い剣は2人に届くことなんて無かった。
まずアリシアがその剣を持った腕を斬り落としたことでその腕は空中を舞う。
それからミーアが5つの爪付きのカイザーナックル・ガントレットを盗賊団の男の顔面を全力で殴る。
女性と言っても、獣人の女性の[力]は強い。
ましてやミーア。彼女は私と同じクソゲー出身者だ。
魔法型の私と真逆でStrength(力)、Vitality(体力)、Defense(防御力)、Dexterity(器用さ)に特化した物理攻撃型。巨匠格闘家。
そこに腰を捻ることで発生する力迄も加えているんだから、顔面を殴られた男が無事で済む筈がない。
腕と一緒に彼の首が空中に飛んでいく。
前にラナの村の住人に私の使った邪族への魔法の使い方がグロいと言われたことがある。
2人のそれも私に決して負けてない。
「蘞いですね」
私達【リリエル】は怒らせたらどんなしっぺ返しが待っているか分からない。
これは自分自身も含めるけども、それがよ~く分かった。
魔力温存の為に今回私はただ見ているだけ。
その間に少しでも多くの魔素を身体に吸収する。
盗賊団がまた少し数を減らしたところで私達がここ迄乗って……。
ううん、乗せられて来た馬車の馭者。
その人物が2人の前に立ちはだかった。
「あんた……」
アリシアの声。
その声は怒りに満ち満ちている。
「後のお楽しみの為になるべく傷つけないようにしようと思ったが、無理かもしれねぇなぁ。悪く思うなよ」
その馭者はどうやら【エールラブリー】のメンバーの中の1人だったみたいだ。
ハンターを兼任しているだけあって装備がしっかりしている。
盗賊団は皆が皆、装備が"ボロボロ"だったから見分けられる。
……………。
無言でダガーを構え直すアリシア。
少しの静寂。それを破って先に動いたのは馭者。
"ぎりりりりっ"
馭者の剣。アリシアのダガー。
刃と刃が。金属が擦れあう音が私の耳に届く。
他の盗賊団が持つ得物のように簡単に折れたり、欠けたりしないところを見るに、やはり馭者の剣は盗賊団の物とは一味違うよう。
「へぇ、今のを止めるたぁな。なかなかやるじゃねぇか」
馭者がアリシアを褒めるが、アリシアは無視。
馭者が持つ剣にダガーを滑らせるようにして、馭者の剣を持つ腕を狙う。
「っと、危ねぇ危ねぇ」
後一歩。そこで馭者は素早くその場から飛び退き、アリシアから距離を取った。
「実は俺はな~。魔法も使えるんだよ」
「へぇ……っ。それ、見せてくれるかしら」
「言われずとも」
馭者の身体の周りに[炎]が浮かぶ。
それを見てもまるで動じないアリシア。
「いけ! 炎の球弾」
馭者はまぁまぁな手練れのようだ。
剣に加えて魔法も行使できる相手。
が、しかしアリシアの方がそれよりも余程手練れだった。
「はぁ……っ。想像通りね。やっぱりリーネの魔法とは比べ物にならないわ。天と地の差がある」
素早く動き、アリシアは逆手に持ったダガーで炎の球体を斬り裂いていく。
無茶苦茶だ。ダガーで魔法を斬り裂く存在なんて見たことも聞いたこともない。
あのクソゲーでもそんなことができるキャラクターはいなかった。
だけど、顔色一つ変えずにアリシアはそれをやってのけている。
当然、ダガーも無傷。あのダガーの素材は金色金剛石。
アダマンタイトに次ぐ硬さを持つ金属で作られた至高の業物って前にアリシアに聞いた。
とは言え、あれだけ複数の魔法を斬って無傷とは……。
決してダガーの[質]だけじゃない。
アリシアが持ってこそ、あのダガーはその持てる力の全てを発揮するのだろう。
「なっ………。噓だろ」
アリシアのダガーで自分の魔法を全て斬られた馭者は唖然としている。
「これで終わりかしら?」
アリシアを取り巻くのは斬られた後の炎の残骸。白い煙。
その中に悠然と立つアリシアは率直に言って悍ましくもあり、同時に神々しくも感じられる。
「アリシアすごーいー」
「ミーア。戦闘中に余所見しないの」
「平気平気。こいつら雑魚だからー」
ミーアもミーアで凄い。
ただカイザーナックルとなったガントレットで相手を引っ搔いたり、叩きつけたり、突き刺したりするだけじゃない。
「ふっ!!」
その場から動かずに拳を前に突き出すだけ。
拳の風圧だけで敵を制圧している。
「まっ、あれなら確かに平気そうね」
ミーアの様子を見てアリシアは安心したようだ。
私の方は2人が私が知る2人よりも強すぎて何度か"見間違いじゃないかな?"って目を"ごしごしっ"と擦っては見ている。
その度に全部現実なことに驚いて唖然としている。
「こっ。これで終わりだと思うなぁぁぁぁぁぁぁ」
馭者がまた[炎]の魔法を放つ。
それはさっきと同じモノ。
馬鹿の1つ覚えとはこのことかもしれない。
もしかしてそれしか使えないんだろうか。
「くだらないわ」
アリシアは今度はそれを斬ることさえしない。
軽く身体を動かして全部紙一重で躱して見せる。
「くそっ、くそっ、くそくそくそくそっ」
必死の馭者。必死すぎて忘れていることがある。
それが分かる私は「終わりましたね」と言葉を紡ぐ。
「くっそ……。ぐっ……。しまっ……」
そう。魔力切れ。魔力は無尽蔵じゃない。
空気中から、例えば酸素と共に魔素を身体に取り入れて魔力に変換。
その魔力を魔法に変えて敵に解き放つわけだけど、身体に蓄積できる魔力量は人によって異なる。
馭者はなかなか多くの魔素を身体に蓄積できるタイプだったようだけど、さっきも言ったように無尽蔵じゃないんだから、やがて終わりが訪れる。
その先に待っているのは魔力欠乏症。
いつかの人間の卑劣な[罠]によってエルフ達が陥れられたモノ。それだ。
馭者が地面に膝をつく。
"ぜえぜえ"と肩で息を吐いている。
それをある種、憐みの目で見るアリシア。
「ダガーでトドメを刺すか、それともたまには魔法でトドメで刺すか。少し迷っていたけれど、わたしもたまには魔法を使ってみようかしら」
そう告げたアリシアのダガーに[水]の魔法が収束される。
あのダガーどうなってるんだろう? 杖の代わりもできるらしい。
ううん、どうなってるんだろう? って思うべきはダガーじゃない。
アリシアかな。
「千の氷柱」
氷の魔法の中でも上級に当たる魔法。
文字通り千の氷柱が馭者の身体を貫き、破壊していく。
「んっ……。上級魔法を使ったのに、まだ身体にかなりの魔力溜まりを感じるわね。わたしは中級魔法迄が精々だった筈なんだけど。これってリーネと一緒にいるからかしら」
そんなことあり得るの? なんなの、この世界。
〖ふふふっ。普通はあり得ないことなんだがな。実に面白い。地球の神々と取引をして正解だったな〗
………!!!?
今の何? もしかして今のが例のスライムがたまに聞くっていう世界の声!?
呆然としているとアリシアとミーアの声が私の耳に聴こえてくる。
「残り10人ってとこかしら」
「1.2.3……。そうだねー」
彼女達は全身を赤に染めつつ笑っている。
その様はまるで狂戦士のようだ。
「リーネ」
「はい!」
「何? "びくっ"とした声出してるのー」
「いえ、そのような声は出していませんよ。気のせいです」
「そうかなー」
「ソウデスヨーーー……」
「まぁいいじゃない。それより」
「はい?」
「そろそろリーネもいけるかしら?」
「ああ、そうですね。充分に休ませて貰いましたし、いけますよ」
うん。完全回復には程遠いけど、私の身体の中の魔力はシルフを喚び出した直後に比べたら少しは回復している。無くなっていた水が3デシリットルくらい戻ってきた感じかな。
「そう。じゃあ……。壊滅させるわよ」
"くすっ"
笑ってしまう。
私も【リリエル】だ。
さて、【リリエル】vs【フレンジー盗賊団】の最終決戦。
その火蓋が今、切って落とされた。




