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-特別編7- 暴動と鎮圧 その1。

 イングリト王国。

 近年ルージェン王国の同盟国として仲間入りした国。

 元々はかつてのルージェン王国を彷彿とさせる人間至上主義で男尊女卑傾向な国であったが、たまたまこの国に観光に訪れていた1人の魔女により1度は人間という種族は全員が滅ぼされて他種族だけが暮らす国となった。

 その頃、世界はこの国を正式な国とは認めてはいなかった。

 何故なら人間を滅ぼした魔女が実効支配している状態だったから。

 しかし、世界から孤立したこの国に手を差し伸べた国があった。

 それがルージェン王国。女王フレデリークの時代の話。

 実効支配されている国に手を差し伸べること。

 リスクはかなり高いが、今は元女王となったフレデリークはそれでもこの国と懇意になろうとした。

 何故ならこの国は資源の宝庫だから。この世界に存在する鉱石のうちのアダマンタイト・オリハルコン・ミスリルが採掘される国。

 採掘される鉱石の中でルージェン王国が欲しかったのはミスリル。

 魔法国家の道を着々と歩んでいたルージェン王国にとっては、魔法と相性の良い鉱石・ミスリルは幾らあっても良い物で足りない物。

 要は単純に救いの手を差し伸べたというわけではなく、裏があったのだ。


 最初は貿易をし合うだけの関係だった。

 同盟関係となったのは、この国にとって都合の良い偶然が重なったが為。

 それとこの国を実効支配していた魔女がルージェン王国の同盟国たるに相応しい政策・課題を見事に成し遂げてみせたから。

 

 こうしてルージェン王国の同盟国となったイングリト王国。

 同盟国となった恩恵で一部の国を除く国から正式に国として認められて魔女は真の国家元首となった。

 これだけ聞くと、この国の歩みは順風満帆で何も問題など無いように思えるが、実は火種を抱えていたりする。

 ルージェン王国の同盟国となったことで、この国で暮らしていた多くの男性達は他の古参の同盟国同様に国に見切りをつけて金のドラゴンが元首をしている国へと移住していった。

 だが残った男性達の中に国の転覆を狙っている者がいる。

 転覆させて、元の男尊女卑な国にしようと企んでいる。

 この国の元首・女王ユーリはそういった者達がいるのはすでに周知の上なのだが、今のところは彼らに不穏な動きが見られないので様子見の最中。

 とは言え、勿論[事]が起きた場合に備えて迎撃する準備は整えている。

 ルージェン王国から輸入した自動人形(オートマタ)達による国の見回りの強化。

 他にも騎士団や衛兵達にもそれとなく怪しい動きがあることを伝えて、[時]が来ればいつでも行動を起こせるようにしている。

 

 そんな中、イングリト王国はルージェン王国からの使者を迎えることになった。

 これはルージェン王国の女王ルミナからの申し出によるもの。

 使者にイングリト王国の視察をさせて欲しいとのこと。

 女王ユーリとしては申し出を断る理由なんてないので使者の受け入れを快諾した。

 ただ、女王ルミナからは何故かどのような者達が使者としてこの国へ訪れるのか詳しくは教えられなかった。

 教えられたのは、自身が信頼している者達である。ということだけ。

 なんだか含みがあるような感じもするが、何にしてもイングリト王国がやることは変わらない。

 ルージェン王国からの使者を精一杯にもてなすことだけ。

 女王ユーリはルージェン王国の使者を幻滅させないように万端の用意をした。

 

 そして、使者訪問の日がやって来た。


 そんな折のことだった。

 これ迄ナリを潜めていた者達が動き出したのは……。


**********


 ナリを潜めていた者達。主格の魔公テセウルズは女王ユーリの政策に不支持の意を持つ者を集めて暴動を起こした。滅した現場にて顔を醜く歪めていた。

 この国が変わることになった元凶。ルージェン王国から今日この日に使者が訪問してくることを彼は女王の忠実なる家臣を演じていた人物から聞いていた。

 今頃は間違いなく女王ユーリは悔し気な顔をしていることだろう。

 彼女が自分達の暴動鎮圧の為に揃えた自動人形(オートマタ)や騎士や衛兵達もこの暴動により、多くが最早単なるゴミクズと化している。

 折角の抑止力が全部台無し。愉快で仕方がない。

 裏切者は王城内だけじゃない。騎士団や衛兵の中にも混ざっていた。

 情報は全部こちら側に筒抜け。であれば、陣形を崩すのは易いことだった。

 それに何よりもこちら側には秘密兵器がいる。

 幾人かの仲間を犠牲にして異世界から召喚した勇者。

 ()()は実に素晴らしい働きをしてくれている。

 この国の翼は彼女により捥がれた。

 何しろ彼女に魔法は通用しない。

 魔剣ハルペー。一振りするだけで魔力を奪う剣。

 自動人形(オートマタ)は魔力により稼働している。

 原動力が奪われたらただのガラクタだ。


 魔公テセウルズは雄叫びを上げる。

 目指すは王城。国の象徴の建物迄距離僅か。

 到着したら王城内にいる者達を蹂躙して、最後に女王ユーリの[生命(いのち)]をできるだけ惨たらしく奪えば終わり。

 ついでにルージェン王国の使者の生命を奪うのも良いかもしれない。

 そうすれば、世界は混沌と化して面白いことになる。

 今の世界は退屈すぎる。平和など糞くらえだ。


「ガハハハハッ。世界は荒れているくらいで丁度良い。行くぞ、お前等」


 暴徒を率いて調子に乗る魔公テセウルズ。

 王城へと歩む彼らの前にルージェン王国からの使者が立ちはだかった。


**********


 ルージェン王国からの使者・【リリエル】。

 女王ルミナから勅命を受けた時はいまいち意味が分からなかった。

 突然、「イングリト王国に使者という()()で訪問をお願いしたいんです」などと言われて【リリエル】は全員首を傾げた。

 何故自分達なのか? 名目というのはどういう意味なのか。

 女王ルミナに尋ねたいことは山程あったが、彼女が何かしらの確信めいたものがあるのだという顔をしているのを見て、【リリエル】は敢えて何も聞かずに今日を迎えた。

 転移してきたらイングリト王国は暴動の真っ最中。

 こうなることは女王ルミナの勘だったのか、それとも何者かから情報を得ていたのか。どちらかは分からない。

 分からないが、女王ルミナには感服する。

 彼女はまさしく母体国の女王だ。


「お前等、【リリエル】……か?」


 魔公テセウルズが彼女達に問い掛けてくる。

 彼の問いに答えるのはリーネ。


「ええ。そうですが、それがどうかしましたか?」


 リーネの冷ややかな声。

 魔公テセウルズは何が面白いのか? 高笑いを始めて【リリエル】を不愉快な気分にさせる。

 空中から杖を取り出すリーネ。

 魔公テセウルズの眼前に杖を突きだすと、彼女の眼前に1人の女性が立った。


「あんた、魔女?」

「……そういう貴女は何者ですか?」


 リーネが覚える嫌悪感。

 確信はないが、彼女はもう1人のリーネ。

 ティロットから地球へ行った人物。

 ティロットと同じように地球も長い年月が経っているので、容姿などは変わっている。

 変わっているが、性格は変わりが無いように感じる。

 ティロットから地球へ行った者は粗暴な者達ばかり。

 この世界と地球は鏡合わせな世界の関係にあるのかもしれない。


「私は勇者よ。この世界の悪を始末する為に地球から召喚されたの」

「悪……。ですか」


 もう1人の自分を置いて視線を周りに這わせるリーネ。

 明らかに一般人としか思えない者達が犠牲になっている。

 建物なども半壊状態。「本当の悪はどちらでしょうね?」と問いたくなる。

 問うたところで、こういう者達に話が通じるとは思えないので無駄なことだろうけれど。


「もう少し早く転移して来るべきでした」


 杖をダガーに変化させてリーネは勇者とやらに特攻。

 彼女の攻撃に即座に反応して、勇者は攻撃を魔剣で受け止める。

 刃と刃を1度交えた後、後ろに飛んで勇者から距離を取って、リーネはダガーで猛攻を始める。

 何度も何度もぶつかり合う刃と刃。


「あははっ。無駄無駄。あんたの刃は私には届かないわよ」


 無視。リーネは変わらずにダガーで勇者に攻撃を続ける。

 全部防がれているが、リーネの攻撃のせいで勇者は防戦一方。

 5分。10分。勇者が段々と苛々としてきているのがリーネに分かる。

 それでもリーネが手を休めることはない。


「あんた。うっざいのよ」


 ついに焦れたのか。強引に攻撃に移ろうとする勇者。

 リーネの腹部目掛けて勇者が繰り出すは膝蹴り。

 リーネは勇者の攻撃を受けて身体を少し[く]の字に近い感じで折れ曲げさせた。

 敵対者に生まれた隙。魔剣を敵対者の頭上に勇者が振り上げる。


「これで終わりね」


 勇者が顔に浮かべるは勝者の笑み。

 リーネが勇者に隠れて冷笑を浮かべているとは思いもせずに。

 大き過ぎる隙。リーネが巨大な隙を逃すことはない。


「愚かですね」


 勇者の腹部に深々と刺さるリーネのダガー。

 口から赤を吐き出して勇者は崩れ落ちる。


「痛い。痛い。痛いよぉっ。勇者なのに! 私は勇者なのに! どうしてこんな痛い目に遭わないといけないのよ。どうして、どうしてよぉ。ゲームだったら勇者は悪者に負けたりなんてしない筈じゃない! なのに、なのにどうしてよぉぉぉぉぉっ」


 喚き声が煩いし、情けない。この世界はゲームやアニメや漫画の世界じゃない。

 勇者であれ、なんであれ思い通りに行くことばかりじゃないのは当然のことだ。

 ダガーを杖に戻してリーネは勇者を憐れみの瞳で見つめる。


「何よ! その目。痛っ。ムカつく。絶対に殺してやる」


 地面に崩れ落ちた姿勢のままで魔剣ハルペーを振り下ろす勇者。


「ふっふふ。これで、これで私の勝ちよ! 魔法の使えない魔女なんて赤子も同然」

「いつからそう錯覚していたんですか?」


 リーネの杖から使えない筈の魔法が放たれる。

 勇者の頬を浅く切り裂き、彼女の魔法は勇者を通り過ぎた所で霧散する。

 青褪める勇者。


「な、なんで? どうして魔法が?」


 勇者は本気で混乱しているよう。

 リーネはため息を吐いて彼女に説明を始める。


「はぁ……っ。貴女の持つ剣は魔力を奪うと言われていますが実際には違います。魔力を奪われたという幻覚を見せるのがその剣の本当の能力です。つまりは魔力欠乏症に陥ったと勘違いさせてしまうわけですね。ですが、剣が何所迄能力を発揮できるかは持ち主次第です。貴女は自動人形(オートマタ)さえも錯覚させる程に剣の能力を引き出してはいましたが、私には届かなかったようですね」

「そんな……」


 リーネの説明を聞き終えた勇者。

 彼女の説明を要約すると、この剣は彼女にとっては魔剣ではなくただの剣。

 心が折れ、勇者は生きる屍のようになった。


「……。本当にゲーム感覚だったんですね」


 生きる屍と化した勇者に杖を振るうリーネ。

 身体を治癒して、ついでに彼女の身体をアダマンタイトの鎖で縛りあげる。

 殺しはしない。そこ迄する意味を見いだせなかったから。

 捕まった小物は[法]で裁かれるだろう。それでいい。

 リーネはひと仕事終えて"ぐぐ~っ"と手を上にして背中を伸ばした。

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