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-特別編6- 人化 その2。

 リーネの悲しそうな顔を見て、エアルはアリシアとミーアに誤解を与えてしまったことを後悔して、彼女に代わって彼女の妻達の元に誤解を解きに走り出した。


**********


 【リリエル】の自宅の廊下。

 エアルはアリシア達に追いついた。

 2人揃ってアリシアの部屋に入ろうとしている所で彼女達を呼び止めるエアル。


「待ってください」


 エアルにとってはアリシアとミーアは主人が[生命(いのち)]を賭けてでも愛を貫こうとする程に大切な女性(ひと)達という認識だが、2人から見たエアルは裏切り者の浮気相手。

 そんな者から待てと言われても待つわけがない。

 無視を決め込んで扉を閉めようとするアリシア。

 エアルはそうはさせじと自分の足を閉まろうとする扉の隙間にねじ込んだ。


「ちょっと何なの!」


 そうされて、アリシアは怒りに任せ太腿に隠してあるダガーを引き抜こうとする。

 それと時を同じくして私室から出てくるリーネ。


「アリシア、ミーア。話を聞いてください!」

「あんた誰だっけー?」

「アリシア様、ミーア様、誤解を与えるようなことをしてしまったのごめんなさい。でも、本当にご主人様は浮気なんかしていないんです」

「ご主人様? そういう趣味あったのね」

「うわぁ。ドン引きー」


 リーネの価値。ますます下落。

 アリシアとミーアにとってはリーネなんてもう黒歴史的な存在だ。

 好きだったことが忌々しい。


「最悪だわ」


 吐き捨てるアリシア。

 苛立ちに任せたアリシアの腕をエアルが少しだけ強い力で握り締めた。


「痛っ」

「ご主人様の話も聞かずにそういうこと言うのやめてください」

「貴女には関係な……」

「あります! エアはご主人様の杖ですから」

「「え?」」


 アリシアと、彼女の隣で物事を見聞きしていたミーアの時が止まる。

 リーネの杖? こいつ一体何を言っているんだろうか?

 

『『関わったらダメな子なのかもしれない』』


 アリシアとミーアの気持ちが一致。

 見計らったようにエアルは2人に話し、行動を始める。


「見ててください」


 エアルを取り巻く空気の渦。

 渦の中で彼女の姿が少しずつ消えていく。


「「何?」」


 頭から肩、胸、腰、太腿、足。

 全部が消えてなくなった後、空気の渦も収まって床に1本の杖が転がる。

 転がった杖を拾うリーネ。


「人化できるようになったらしいんです。それで私に甘えてきまして……」


 リーネが嘘を言っているようには見えない。

 彼女が手に取った杖を眺めるアリシアとミーア。

 確かにそれはリーネ愛用の杖だ。


「ご主人様ってそういうことだったのー?」

「はい」

「この杖は貴女に甘えてただけかしら? 例えばキスとかは……」

「してませんね。されたのはハグと頬ずりと匂い嗅ぎだけです」

「犬?」

「私もそう思いました」

「リーネ」

「はい」

「ごめんなさいー」

「わたしもごめんなさい。ちゃんと貴女の話を聞きもせずに酷い言動をしてしまったわ」


 アリシアとミーアからの謝罪を受けて"ほっ"とするリーネ。

 2人の目を見ると[ゴミ]では無くなっていることが伺い知れる。

 もう大丈夫だろうか? 妻は自分をまた妻として見てくれるだろうか。

 不安気なリーネの様子。アリシアが彼女の具合に気付いて手を取る。

 笑顔で安心させて、リーネを部屋に招き入れるアリシア。


 リーネはアリシアに招かれるまま彼女の部屋の中へ。

 ベッドに腰掛けるように言われて従うとリーネを挟んで座る彼女の2人の妻。

 尋問が始まる。


「とりあえずあの子がリーネの杖だってことは分かったー。それで好きだったりはしないんだよね?」

「愛情……。愛着? はありますが好きは無いですね」

「本当に抱き締められたりしただけかしら?」

「はい。エアルは私を抱き締めることが好きみたいです」

「エアルって名前は何処からきたのかしら?」

「空気の精霊からですね。真名はエアリアルです。私は風の魔法を好んでよく使いますし、それにこの世界ではシルフが風と空気の精霊の役目を担ってるので、名前も役割も被ることがありません。ですからそう名付けました」

「ねーねー、リーネ。その、エアルとはそういう関係じゃないって信じてもいいんだよねー?」

「はい。エアル本人が言っていましたが、クオーレと同じ使い魔だと思って欲しいとのことです」

「……クオーレよりは大分マシね。でも嫉妬はしちゃうわ」

「分かるー」

「だからね、リーネ」

「はい」

「後は言わなくても分かるよねー?」


 右にアリシア、左にミーア。

 2人の妻の笑顔に背筋に薄ら寒さを感じる。

 でも妻の座に戻れたという証でもある。

 

「アリシア、ミーア」


 2人の妻の名前を親愛をたっぷりと込めて呼ぶリーネ。

 アリシアとミーアは返事の代わりにリーネに順番にキス。

 キスの後でアリシアがリーネをベッドに押し倒し、彼女の腕を掴んで自由を奪う。

 アリシアの振る舞いを見てリーネの服に手を掛けるミーア。

 リーネはそれから何時間にも渡って2人の妻からの寵愛を……。


**********


 数日後。

 最初こそリーネが魔法を使う時以外は人の姿でいると言っていたエアル。

 だったが、結局人の姿でいることは殆ど無い状態に落ち着いた。

 リーネ達が以前のことを気にしているの? と聞いてみたがそうではなく、杖として杖の世界にいる方が落ち着いていられるから、人の姿はあまり取らないでいるとのことだった。

 杖の世界。昔から杖だけは空中に消えるが内心何処に行っているのか気になっていた。

 これはチャンスとばかりにエアルに杖の世界のことを聞き始めるリーネ。

 彼女が言うには本当に杖ばかりが集まっている世界があるらしい。

 そこでは杖同士で思念のようなモノで意思疎通を図っているのだとか。

 杖の世界からこちらの世界に()ばれた時も実はエアルは他の者が持つ杖と会話を繰り広げていたとのこと。

 リーネにも話し掛けていたが、[杖]の言葉は[人]には届かずいつも独り言。

 人化ができるようになる迄はそうだった。

 それでもエアルは幸せだった。

 リーネは自分のことを大切に使ってくれるから。

 中には使い捨てのように扱われる杖もいて、ぞんざいに扱われる杖はいつも主人の愚痴を言ってはエアル達に慰められていた。


「でも、もういなくなっちゃった」


 今は人の姿。悲しげに呟くエアル。

 彼女の姿に胸が痛くなるリーネ。

 どんな言葉を掛けたら良いのか分からない。

 無言でいるとエアルはリーネを見ながら話を続ける。

 ルージェン王国と同盟国。

 殆どの女性が魔法を使えるようになったことで杖の世界も沢山の杖が増えた。

 新人ならぬ新杖が世界に来る度に、昔から杖の世界にいる杖達は新杖を歓迎して話し掛ける。


「でもね、エアみたいにずっと杖の世界に留まっていられる杖って少ないんだよ。エア達のこと、消耗品だと思ってる人が多いから」


 心の底から寂しいと訴えているかのようなエアルの言葉。

 リーネはどうしようかと迷いつつも、エアルに問い掛けることを選択する。


「杖が杖の世界に行けなくなるのはどういう時なんです?」

「例えば折られちゃったり、ゴミ捨て場なんかに捨てられたり、燃やされたりとかした時だよ。んと、要するに人の手から離れた時がエア達の終わりの時なんだよ」

「なるほど。では別の質問になりますが、杖は作られた時点で喋られるものなのですか?」

「うん。でも最初はカタコトの杖が多いよ。職人さんがエア達に魂を込めて作ってくれた場合は最初からしっかりした言葉を話せるけどね」

「貴女は……。[白]のドラゴンに作られた杖で合っていますか?」

「うん、合ってる。そう言えばご主人様の嬢子(でし)が使ってる杖。エアの妹も幸せそうだよ。<すっごく大切にされてるの>って喜んでる。その理由って、ご主人様の嬢子(でし)がご主人様のことを誇りに思ってて、だからエアの妹にご主人様を重ねて見てるからこそじゃないかなってエアは思ってる」


 エアルの言葉を聞いて嬉しく思うリーネ。

 でも、嬢子(でし)にそんなに想われているのは少し照れてしまう。


「フィーナが……。そうですか」

「ご主人様も嬢子(でし)のこと大切に思ってるもんね」

「ええ。あの子は世界で唯一の私の愛嬢子(まなでし)ですからね。今迄もこれから先もずっとそうです」


 言葉を濁すリーネ。

 エアルはご主人様は素直じゃないなぁ。

 と心の中でそう思ったが、口に出すことは敢えて止めた。

 アリシアとミーアの2人が部屋に訪れてきたから。


「あら、今日は人の姿でいるのね。エアル」

「久しぶりー」

「アリシア様、ミーア様。抱き締めてもいいですか?」

「いいけど、貴女の抱擁って長いのがちょっと困りものね」

「まずはアリシアをどうぞー」

「ミーア!?」

「じゃあそうします」


 エアルはアリシアを捕獲。

 腕諸共抱き締められるので彼女にそうされると身動きが取れなくなる。

 しかもこの子の抱擁はかなり長い。少なくとも1時間は束縛される。

 リーネだけじゃなく、妻と嬢子(でし)達にエアルが手を出すのはそんなに時間が掛からなかった。

 リーネが大切に思う人はエアルも大切な人。

 エアルは純粋にそう思っている。

 彼女の中に(よこしま)な気持ちは無い。

 なのでリーネは妻達と嬢子(でし)達にエアルが近付くことを許したし、妻と嬢子(でし)達は彼女に近付かれることを許した。

 【リリエル】も【ガザニア】も自分達が心を許した者には弱い。

 アリシアを抱き締めながら屈託の無い笑みを見せるエアル。


「エアは幸せ者です」


 リーネの杖に生まれて良かった。

 人化の魔法を使えるようになって良かった。

 【リリエル】と【ガザニア】がリーネの傍にいてくれる人達で良かった。

 優しくて、リーネを大切にしてくれる人で良かった。

 リーネが杖を大切にしてくれる人で良かった。

 【リリエル】と【ガザニア】が杖が人化することを気持ち悪がることなく、普通に受け入れてくれる人達で良かった。

 こちらからの愛情を朗らかに受け止めてくれる人達で良かった。


 エアルは本気で自分の境遇に多幸感を覚えつつ、【リリエル】と【ガザニア】のメンバーを順番に抱き締めてから杖の世界へと帰っていった。

 夜。

 リーネはアリシアとミーアの抱き枕になりながら天井を眺めていた。

 妻に話し掛けられても上の空。

 心配になった2人の妻がリーネに身体を強く寄せる。


「リーネ、わたし達のこと嫌いになったのかしら?」

「疑ったこと、まだ根に持ってたりするー?」


 悲痛な声。

 声色で我に返るリーネ。


「そんなことはありませんよ!」


 と答えを返してから妻にある思いを問い掛ける。

 エアルから聞いた[事]の想いを乗せて。


「ルージェン王国と同盟国は溶液の変貌によって、精神が若返ったことで斬新な物が作られるようになって豊かになりました。ですが、一方で過去よりも物を大切にしなくなっている人が増えているような気がします。時代の変化と言えばそうなのかもしれませんが、私達はそれで何か大切なモノを失っているような気がしませんか?」


 リーネの問いを聞いて少し時間を費やすアリシアとミーア。

 考えを巡らせてから2人の妻は自分達の妻に問いの答えを返す。


「そうね。でも、それは難しい問題ね。物を大切にすることは大事なことだけど、それだけだと[人]も[国]も進化・発展が滞ってしまうもの。正しい解答は無い問題だと思うわ」

「だねー。けどさ、物への感謝の気持ちは忘れたくないよねー」


 確かにそうだ。

 1つの物に固執しすぎると次が生まれない。

 この問題に正解はきっと無い。


「そうですね。ふわぁ……。2人の温もりに包まれてると眠くなってきました」


 納得したリーネ。

 途端に眠気に襲われて、欠伸が口から溢れ出る。 


「ふふっ。じゃあ寝ましょうか」

「はい」

「「おやすみなさい、リーネ」」


 眠気眼な顔の可愛いリーネにアリシアとミーアから不意打ちに左右の頬へのキス。

 彼女が思わず呟くのはエアルが言っていたことと同じこと。


「私も幸せ者です」


 リーネは2人の妻の[愛]を感じながら瞳を閉じた。


**********


 翌日、朝食の時間。

 机に並ぶは白パンとオムレツと温野菜と紅茶。

 デザートに玉響の魔女トレイシーからお裾分けされたぶどう。

 トレイシーができが良いと言っていただけに確かに色艶が良く、粒も大きい。

 ぶどうを見て感心する【リリエル】。

 趣味で作っている品物とは思えない。

 これなら十二分に店でも通用するレベルのものだ。

 良い品物を貰ったことに感謝しつつ始まる食事。


「「「「「いただきます」」」」」


 食前の礼をしてからそれぞれの朝食に手を伸ばす【リリエル】一行。

 リーネが紅茶を口に含んだ時にタイミング悪く、アリシアがトレイシーの元で聞いてきたことについて話を始める。


「そう言えば、近頃この国であの黒くて"カサカサ"動く虫のこととか、嫌なことがあった時に、昨日最悪な魔公なできごとがあったのよ。なんて魔公っていう言葉が嫌味として使われてるらしいの。本当は魔法を極めた男性を称える為の言葉な筈なのだけど、一部の魔公が暴走したせいですっかりこの国では魔公は嫌われ者の総称と化したみたい。皮肉なものね」


 "しみじみ"と話すアリシア。

 リーネはアリシアの言葉を聞いて紅茶を吹き出しそうになってしまった。

 [魔公なできごと]って言葉に並外れた[力]がありすぎる。

 

 なんとか口から紅茶を吹き出す事態は免れたものの、本来の器官とは別の器官に紅茶が入って咽てしまうリーネ。

 カミラとケーレは声を上げて笑い始める。


「ぷっ、あははははははっ。なんだそりゃ」

「魔公なできごと。あはははははっ」


 そこに追い打ちを掛けるミーア。


「嫌な奴に対して、あいつって魔公だよね。とかも言われてるみたいだよー。男女関係なくね」

「あははっ、戦犯はアポロクスとゼーデスですね」

「ふふふっ。そうね。でも、こんなになるとはわね。やらかしてくれたものね」


 色んな意味で!!

 名誉ある称号がこんなことになって笑いごとではないのだけど、ついつい笑ってしまう【リリエル】一行。

 セーデスはともかく、アポロクスは完全に人々の記憶から消え去っていたものが、復活したのである意味では良かったのだろうか?

 その後も【リリエル】一行は暫く笑いが止まらず、朝食が少しだけ冷めることとなった。



 尚、この言葉は1年足らずで人々の間から消え去った。

 流行なんてそんなもの。

 これによりアポロクスとゼーデスは徐々に人々からの関心が失せていき、やがて完全に無関心となっていくのだった。

最後のエピソードは読者様の感想を元に追加しました。

作者的に面白かったので。読者様、ありがとうございます。

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