-特別編6- 魔力の霧 その2。
【リリエル】のメンバーの名を呼ぶリーネ。
目を一瞬だけ瞑り、すぐに開いてリーネは杖から魔法を放出させた。
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ルーケンス王国の休火山・ニファム。
この火山はこの国が誕生するよりも以前からそこに聳え立っており、火山でありながら国の象徴でもあった。
サマーの時期は黒。スプリング・オータムの時期は山頂のみが白。ウィンターの時期はほぼ全体が白。
時期によって白と黒・黒・白と色を変える美しい山。
人々は山を愛し、時には信仰の対象として拝んできた。
これから先もずっと、それは変わらないものだと誰しもが思っていた。
ところが信仰対象の山は突然変異。人々に牙を向けた。
自然というものはそういうものなのかもしれない。
だが、人々の心の中には思うこともあった。
近年、山を汚す輩がいたからだ。
登山して、ゴミをそのままにして下山してくる連中。
―――これは、山の神様の怒り―――
顔にゴミを投げつけられて、怒らない者などいる筈もない。
山も堪忍袋の尾が切れたのだ。
すでに多くの人々が亡くなった。
この国はもう、―――終わる。
人々は『まだ生きたい』と願って、山の神の怒りから逃げながらも諦めの境地にあった。
そんな折に誰かが気付く。
「ねぇ、あれって……」
何者かの声に反応して、幾人かの者が声を発した者が見ている方向へ視線を向ける。
そこに在ったのは、ニファム火山の山頂に向かって飛ぶ1人の魔女の姿。
彼女は火口付近に到着するや否や急上昇して、途端に落下を始める。
「死ぬ気なの?」
魔女を見ていた皆がそう思ったが、次の瞬間に人々は奇跡を目撃した。
黒き魔女。彼女が持つ杖から放たれたのは5体のドラゴン。
いや、ドラゴンを模した魔法。
魔法のドラゴン達はニファム火山の噴火を冷やし、硬め、押し戻し、留め、対話して山の神の怒りを鎮めることに成功した。
国は黒き魔女によって守られた。
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リーネは魔法を使った後、山の神が怒りを鎮めてくれたことに"ほっ"と胸を撫でおろした。
冷やすこと、硬めること、押し戻すこと、留めること。
全て必要なことだったが、一番大事だったのは山の神との[対話]だった。
これが上手くいかなかったらリーネは死んでいたし、この国が守られることは無かった。
山の岩肌に激突するまで後少し。
そこでリーネは再度杖を箒に変えて衝突を回避する。
「ふぅ。賭けに勝てて良かったです。ですが、もう2度とこんな[生命]がけの賭けはしたくありませんね」
空を飛ぶリーネ。向かうは自分のことを心配しているであろうフィンリーの元。
リーネの目に王城が映る。
そこにいるのは、こちらに大きく両手を振っているフィンリーと深々とお辞儀をしている彼女の幼馴染の姿。
「リーネさーん」
「ただいま帰りま……! フィンリーさん、避けてください!!」
彼女達の姿を見て、1度は安心して笑顔になったリーネだったが、彼女の顔は直ちに強張ったものに変化した。
見てはならない、あってはならない筈のものを見てしまったから。
フィンリーを目掛けて自身の横を猛スピードで通り過ぎて行った噴石。
山は鎮まったが、噴石などは幾らか残ってしまっていたらしい。
「くっ……。させません!」
箒から杖へ。
体内に残った魔力を使って魔法を放とうと試みるリーネ。
彼女の魔法の発動よりも早く噴石はフィンリーを貫こうとする。
噴石はそんなに大きなモノじゃない。というか、小石程度だ。
それでも[人]を殺すには充分。
大砲から発射された砲弾と同じくらいの速度のものに衝突されて、[人]が無事でいられよう筈がない。
「えっ……」
自分の方へ向けて飛んでくる噴石。
フィンリーは固まって動けずにいる。
リーネの魔法も間に合わない。
このままでは彼女は死神に誘われる。
「フィンリーさん!」
「フィンリー!!」
「っ! なっ……」
が、フィンリーの確実な[死]を阻止した者がいた。
フィンリーを突き飛ばし、代わりに自身を犠牲にした彼女の幼馴染。
噴石は容赦なくフィンリーの幼馴染の腹を貫き、地面に着地した。
宙と地に飛び散る赤。
リーネは全てを見届けた。見届けてしまった。
時の流れが急激に緩やかになった世界で。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ。ミオーネちゃん、ミオーネちゃん!!!!」
泣き叫ぶフィンリー。
呆然と佇むリーネ。
フィンリーの幼馴染ことルーケンス王国の女王ミオーネは口から大量の血を吐きながらフィンリーに手を差し出す。
「フィ……。フィン、リー……」
「ミオーネちゃん、死んじゃヤダ。ヤダよぉぉっ」
赤に染まった幼馴染の手を取るフィンリー。
リーネは漸く時が戻り、女王ミオーネの傍に駆け寄った。
「死なせません! 最上級治癒魔法」
リーネの魔法で女王ミオーネの傷が塞がっていく。
しかし、何もかもが手遅れだった。
傷を治した程度では、女王ミオーネは助からなかったのだ。
[人]が失ってはいけない赤の量を遥かに超えていたりしたせいで。
「げほっ、わたくしは……、こうなる運命だったみたいです。でも、フィンリーを守れた。悔いはありません」
「ミオーネちゃん。ヤダ。置いていかないで」
「フィンリー……。ごめんなさい。それと、この国をお願い……」
願いの言葉を最後に事切れる女王ミオーネ。
リーネは無力感に苛まれ、地に膝を着きながら自分を責める。
「守れなかった……。何が悠遠の魔女ですか!! 私は未熟な……」
地面を殴るリーネ。拳の皮が破れ、赤に染まっても彼女は地面を殴ることを止めない。
「私はただの愚か者です。いつもいつもいつも、油断して過ちを犯す。それなのに自分の力を過信して、傲慢な振る舞いをする。私は、魔女失格です」
リーネの瞳から溢れて流れる涙。
地面に吸収されては消えていく。
「1人の[人]も守れないくせにっ!!」
リーネが拳を大きく振り上げ、地面に叩き落そうとする。
寸前に止めるはフィンリー。
「リーネさん、もうやめて。自分を責めないで。リーネさんは愚かな者なんかじゃない。立派な魔女だよ」
「立派ではありませんよ……。だって、私は……」
「この国を守ってくれた。そんな人が愚か者な訳ないじゃない」
「でも、私は貴女の幼馴染を守れませんでした……」
「ミオーネちゃんはリーネさんのことを責めてないよ。感謝してると思う。国を守ってくれた魔女。この国が大好きなミオーネちゃんがリーネさん……。悠遠の魔女を責めるなんて絶対に無い。だから……、もう自分を責めるのは止めて」
「貴女は、フィンリーさんはこれからどうするんですか?」
「私は……」
フィンリーは涙を服の袖で拭いながら自分の右横に横たえているミオーネの遺体を見つめる。
暫くそうして、リーネの方に振り返った時にフィンリーが見せるのは強い意志の籠った瞳。
リーネが知っている、あの瞳。
「私は、ミオーネちゃんの遺志を継ぐ!」
「っ」
フィンリーが纏う雰囲気。
そこにはもう、出会った頃のフィンリーはいない。
彼女は、早くも女王の貫録を見せている。
フィンリーの迫力に息を呑むリーネ。
と同時に出現する霧。
「ありがとう、リーネさん」
「フィンリーさ……」
リーネが不思議な空間で最後に見たのは、フィンリーの心からの笑顔だった。
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「……ネ。……ネ?」
「……ネ、……のー?」
「……んだ? ……ネ」
「……ネ?」
遠く。じゃない。自身の傍から声が聞こえる。
自分を呼ぶ声。大切な妻達と仲間達の声。
あの空間のできごとは夢だったんだろうか?
違う。そうじゃない。あれは実際に過去に起こったこと。
霧が晴れ、現実に戻ってきたリーネはさっき迄のできごとを振り返っていた。
自分を呼ぶ仲間達に返事をして、遠くに見えるニファム火山に視線を移す。
この国で起きていた怪事件。あれは昨今、又しても[山]を汚しつつある[人]への警告だろう。
そして怪事件の被害者は自分以外はもう……。
リーネは静かにその場で犠牲者達に黙祷を捧げる。
山の神に祈りも。
どれくらいそうしていただろうか?
【リリエル】に顔を向けるリーネ。
「報告に行きましょうか」
突然そんなことを言い出したリーネに困惑する【リリエル】。
当たり前だ。だって、リーネ以外は何もしていないのだから。
霧内の一連のできごとはリーネだけに起こった。
彼女は連れて行かれたが、【リリエル】はこの場にいた。
時間も流れてない。なので、【リリエル】はリーネが変わらず自分達の傍にいたと認識している。
それなのに報告? 意味が分からない。
「待って、リーネ。まだわたし達は何も……」
アリシアが先を行くリーネを止めようとするが、彼女は止まることなく王城へと歩を進める。
顔を見合わせあう【リリエル】。リーネはおかしくなってしまったんだろうか? それとも何か考えがあってのことなのだろうか? 分からない。分からないが、立ち止まっていてもリーネに置いてけぼりを食らうだけだ。
【リリエル】は意を決してリーネに続く。
王城への道すがら、彼女の手から零れ落ちるモノに気が付くアリシアとミーア。
「リーネ、その傷何処で?」
「ねぇ、何か変だよー。リーネ」
リーネを心配する妻2人。
アリシアが傷を治し、ミーアはリーネの顔を覗き込む。
ミーアが見たリーネは至って普通の顔だった。
「ああ、忘れていました。治癒してくれてありがとうございます。アリシア。それと心配させてしまってごめんなさい。ミーア」
あっけらかんとした返事。
やっぱり何かが変だ。
アリシアとミーアはますますリーネのことが気に掛かるようになるが、そうこうしている間に王城へと辿り着く。
門番の人と話すリーネ。
彼女はリーネの話を聞き、すぐさま王城内へと消えていった。




