-序章- 全ての始まり。
◇ = 主人公・リーネ視点
◆ = ヒロイン・アンリ視点
∴ = 上記どちらでもない者の視点
となります。お暇な時の暇潰しにお楽しみください。
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尚、[モノ]と[物]を使い分けてるのはわざとです。
ルージェン王国の王都フィエリア。
私が元々暮らしていた世界・地球で言うとイタリアのフィレンツェと似た街並みの場所。
その都市から少し外れた森の中。そこに私が日本からエルフとして転移してきてから早くもひと月が経過した。
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◇
-初日-
最初は混乱した。ちなみに転移してきたことにではない。
私が地球から異世界へ転移しようとしていることは、その最中から分かっていたからだ。
何しろ学校からの帰宅途中に突然足元に現れた謎の光。
それは魔法陣を描き、その中に私を逃がさないように包み込んだ。
学校や家では隠しているけれど、そういったものが好物なヲタクな私は、その先に起こることが予測できていた。
そしたら案の定だった。
だから私が驚いたのは転移してきたことじゃない。
森の中を少し進んだ先、そこにあった湖に自分の姿を映したときに唖然としてしまったのだ。
まさかのエルフだった。しかもかなりの美少女に私はなっていた。
左右水平で透き通った翠玉色の美しい瞳。ぱっちりとした二重瞼。細めの眉毛、長い睫毛。
鼻は小鼻ですっと鼻筋が通っていて、ちょっと濃いめのピンク色の小さな唇は驚きで軽く開いていた。
そしてやはりエルフと言えば、その特徴は長い耳。私の耳も例に漏れずそうなっていた。
髪はベージュ色。胸の辺り迄伸びたさらさらとしたストレートヘア。
日本人の可愛い女の子と北欧の可愛い女の子を足して割ったような顔立ち。
あまりの自分の変わりように私は暫くその湖から動くことができなかった。
そこから漸く動けるようになったのは、背後から何者かの気配を感じたからだ。
振り向くとそこにいたのは1人の女性。なのだけど人間とは明らかに異なる点がある。
それは今の私と同じように尖った長い耳が生えていること。
つまり彼女もエルフ。私と違うのは瞳の色が私は翡翠色であることに対して彼女は日本の秋の稲穂を思わせる黄金色。そして私のベージュ色の髪に対して彼女の髪は陽の光を浴びて美しく輝く銀とも白とも言える色。その髪はポニーテールにされていて、髪を結んでいる紐を解けば多分私と同じくらいの髪の長さになるものと思われる。身体つきから彼女は間違いなく女性であるとは分かるが、顔立ちは中性的で美しくもあり、格好よくもある。
そんな彼女が私を見て"にこり"と笑う。
その笑顔に心が吸い込まれそうになる。
何かに縛られたかのように動けなくなる。
動揺する私を余所にこちらに近づいてくる彼女。
そのすぐ後に私が見たのは、彼女が腰に下げていたダガーを鞘から抜き、その刃の切っ先を私の眼前に向けてくるところだった。
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それから数分後。
さっき迄の殺気はすっかりと成りを潜めて逆に私に土下座せんばかりな勢いで謝り倒している彼女が目の前にいる。
「本当にごめんなさい。貴女のことをこの辺りで見掛けたことなんてなかったから、てっきり余所の里のエルフがこちらの里に侵入させた間諜だと思って」
「いえ、そんな。もういいですから。とりあえず頭を上げてください」
私はあれから、ダガーの刃を私の眼前に向けたままにして彼女が私に聞いてくる質問に1つ1つ丁寧に応えていった。
地球という世界から転移してきたこと。
元は人間だったのに、この世界に着くと同時に何故かエルフになっていたこと。
敵意なんて当然ないこと。
包み隠さずに全部本当のことを話した。
そしたら彼女はダガーを鞘に納めて今のように急に謝ってきた。
地球からの転移者。近頃はこの世界でよく見かけるようになっていて、彼女も見かけたことがあったらしい。どうもその為に私の明らかに荒唐無稽な話もすんなり受け入れられたようだ。
で、彼女にとって決定的だったのは私が身に着けている制服。
私は日本のとある女子学園に通っていて、その学園からの帰宅途中に転移して来たからその制服を身に着けていた。この世界には私が身に着けているような、この世界にとっては上等と言える質の服はないようで、なのでそれが私の話を裏付ける証拠として思ってもみない形で役に立つことになってくれた。
「でもおかしいわね」
彼女が頭を傾げながら言う。
たったそれだけの動作なのに、彼女がすると妙に様になって見えるのはどうしてだろうか。
私がそんなことを考えながら黙っていると、彼女は話を続けだした。
「わたしが知っている限りだと。……あ! これはわたしのちょっとした友達から聞いた話なんだけどね、地球という世界からの転移者は貴女を含めてこれで30人になるのよ。でも貴女以外全員地球っていう世界にいた頃のままの姿・種族でこちらに転移してくるのよね。だけど貴女は違う。地球にはエルフっていないんでしょう? なのに貴女はエルフ。どうしてかしら?」
そんなことを聞かれても、困る。私自身がその理由を知りたい。
ただ、私は今の学園に入学した当初から数名の女子生徒によって酷い虐めを受けていた。
物を隠されたり、壊されたりするのは日常茶飯事。暴力も振るわれていて、見えないところだけじゃなく彼女達は堂々と顔など見えるところも傷つけてきて、一度は沸騰したお湯を顔に浴びせられたせいで私の顔はケロイド状態になってしまい、その為に私はこの世界に来る迄はとてもではないが他人様には見せられたものじゃない顔になっていた。
ちなみに学校側は、明らかに学園内でそういうことが起きているのは分かっている筈なのに、見て見ぬフリを延々と続けた。
流石に私の顔に沸騰したお湯を彼女達が浴びせた時は学園側も動いた。
動いたけど、私を虐めていた生徒に対して[注意処分]という甘々な対応だけで何もかもを終わらせた。
彼女達の親が所謂上級国民ばかりだったからだろう。
それに対してこちらは庶民。そんな私の親も私のことなんてどうでもいいっていうネグレクト傾向のある親で、家で私と両親の間にあるのは最低限の会話のみ。
なので両親は私がどうなっていようがお構いなし。
その為に私は……。言い方は悪いと思うけど、3次元はクソだと思って、2次元の趣味に逃げた。
そこでは私は幸せだった。だって誰からも虐められたりしないし、放置されたりされない。
私のことを構ってくれる人達がそこには沢山いたのだから。
「あ!」
過去に思いを馳せていたら、思い出した。
このエルフの姿。私がやっていたRPGゲームのキャラクターの姿だ。
そのRPGゲームはキャラメイクが売りで、何万通りもの姿のキャラクターを作り出すことができた。
まぁそのお陰で、ストーリー含めて肝心なモノの方はユーザーの殆どから「最悪」と言わしめる程のモノだったわけだけど……。
実は私も、そのゲームを「最悪」と思っていた側だった。
気に入っていたのは自分で設定したキャラクターだけ。
と言いつつも、そこそこやり込んでいたりしたのだけど。
さっき言ったように自分が設定したキャラクターが気にいっていたからね。
で、そのゲームのキャラクターの姿は今の私の姿。
「……リーネ」
"ぼそっ"と呟く。
それに反応して私が言ったことを聞き返してくるエルフの彼女。
「リーネ? それって貴女の名前?」
自分の世界に入っている間、すっかり彼女のことを忘れてしまっていた。
それを図らずも思い出させられる結果になって慌てる私。
「あ! そう。そうなんです。私の名前です。ちなみに姓はありません。いえ、地球ではあったんですけど……。なんて言いますか、あんまり好きではなくて」
うん。好きじゃなかった。
っというかリーネも本当の私の名前じゃない。
私が設定したキャラクターの名前だ。
でももうこの際、いいだろう。
本名よりも[リーネ]という名前の方がずっと好き。
私はこの世界では「リーネ」と名乗ろうとそう思う。
「へぇ、リーネね。今迄わたしが聞いてきた転移者の名前は……。なんていうか、わたし達にとっては珍しい名前? が多かったけど、貴女はなんだか馴染み深い名前ね。気に入ったわ。ああ、そうそう。わたしの名前も名乗らないとよね。わたしはアンリーヌ。アンリーヌ・エル・ベルナンドよ。よろしくね」
「アンリーヌ……さん」
「アンリでいいわ。わたしの愛称なの。ところで貴女、転移者ってことは行く所っていうか、住む所も決まってないんでしょう? なんならうちに来ない?」
そう言ってアンリーヌさん……。アンリさんは私に手を差し出してくる。
少しの間逡巡してみたけど、アンリさんの言う通りに今の私には行く所も住む所も何もない。
それなら、ここはどう考えてもその手を取っておいた方が得策。
私も手を差し出し、アンリさんのその手を握った。
「わたしの手を取ったってことは決まりってことよね? わぁ、嬉しい。これからよろしくね。リーネちゃん」
「リーネでいいですよ。こちらこそよろしくお願いします。アンリさん」
「そう? じゃあわたしのこともアンリって呼んで。友達ができて嬉しいわ」
「じゃあお言葉に甘えさせていただいてアンリって呼ばせて貰いますね」
「その堅っ苦しい言葉もやめてもらっていいのだけれど」
「すみません。これは癖なので。直すの難しくて」
「そう。まぁ、それならいいわ。とにかくわたしの家に行きましょう」
私の手を握りながらなんだか上機嫌で歩き出すアンリ。
道中、割と色んな人から私のことを警戒されてアンリに声が掛けられたけど、その全てをアンリは「わたしの友達だけど? なんか文句あるわけ?」と凄みを聞かせた啖呵を切って、その相手を黙らせていた。
それを見るに、アンリはエルフの中でも結構な権力の持ち主なのかもしれないって思った。
名前と性の間に[エル]っていう[前置詞]でいいのかな? もあったし、恐らくは間違いないだろう。
「もう少しでわたしの家だよ」
見るものが珍しくて"きょろきょろ"しながら歩いていた私にアンリから声が掛けられる。
と同時にそんな私達2人の前に突如として1人の男性エルフが、恐らくは私達の傍に生えている木の上からだろうか? 飛び降りて来て、ある種怒号にも似た声を掛けてきた。