プロローグ
ルディ視点のオマケのお話。
放課後の生徒会室は、今日もじめじめカビ臭い。
「はぁぁぁぁ。今日もまっっっっ、たく! 相手にして貰えなかったぜ……」
盛大にため息をつきながら円卓の上に突っ伏すライアンに、俺は冷ややかな目を向けた。
――――今日もまた、始まった。
「この前だってそうだ。このオレがデートに誘ってやってんのに、あいつ蔑みの目で見てきやがるし……。なんだよ。オレのなにが気に入らねーんだよ」
ライアンは、赤い髪に金の瞳をした精悍な顔立ちの美形である。めちゃくちゃ女にモテるのだが、肝心の本命にはいつも邪険にされている。
毎日いろんな令嬢を侍らせているのにな。まあ、そういうとこだと思うけど。
がっくりと落ち込んだライアンの逞しい肩を、隣に座るエリオット王弟殿下が慰めるようにポンポンと叩いた。
「異性と認識されているだけ、ライアンはまだマシな方だよ。僕なんて、いつまで経っても可愛い弟としか思われていないからね」
殿下が窓の外を見つめながら、ふぅっと切なげな吐息を漏らす。
サラサラの金髪に澄んだ青の瞳。やや童顔で、いつも微笑みを絶やさない美形の殿下は、年上のお姉さま方から非常に人気が高い。殿下の想い人も年上で、丁度いいかと思いきや、年が離れすぎているせいか完全に弟扱いされているようだ。
「僕はもう16だ。デビュタントだって済ませている。背丈だってとっくに追い越したのに、未だにあの人は僕を子ども扱いするんだよねぇ……」
ちなみにお相手は25歳の未亡人。
……そりゃ可愛い弟にしか見えないよな。
まあ、今の関係を崩すのが怖くて、言い訳並べて弟ポジに甘んじている殿下も殿下だと思うけど。
嫌われたくないのも、避けられたくないのも分かるけど。怯えさせたくないなんて言ってたら、永遠に意識してもらえないと思う。いい子の仮面をかぶったままじゃ、いつまで経っても弟ポジから抜け出せないだろう。
慰めを装いつつ愚痴を言う殿下に、ライアンが不貞腐れた顔を向ける。
「そりゃ男とは認識されてるさ。浮ついた男とか、お気楽な男とか、どうしようもない男とか、散々な言われようだがな。くそ、ちっとも嬉しくねぇよ!」
「ははっ、全部当たってるじゃないか」
揶揄うように笑われて、ライアンが声の主であるブレッドをじろりと睨んだ。それを受けて、ブレッドが円卓の向こうから自嘲の笑みを浮かべる。
「2人とも可能性があるだけまだマシじゃないか。俺なんて、仮に想いが通じ合ったとしても結ばれないと決まっているからな」
黒髪黒目のブレッドは、艷やかな色気を放つ美形である。甘いセリフが口からすらすら出る彼は、あちこちで口説き文句をばら撒いている。
それも、本命の目の前で。
「別に決まってないだろ。妹ちゃんに後を継いでもらえばいいだけじゃね?」
「妹に期待は出来ないな。あいつには想い合っている相手がいるし、そいつも一人息子なんだ。どうにもならないさ」
ブレッドの想い人は伯爵家の長女である。この家には他に子がいない。つまり、現段階で彼女は女伯爵として跡を継ぐことが決まっている。ブレッドも子爵家の嫡男で、妹が1人いるのみだ。確かにこのままだと、付き合うことは出来たとしても、その先は望めないだろう。
――――でも、世の中何が起きるか分からないんだし。決めつけるのはまだ早いと思うけど。
悲観したくなる気持ちも分かるが、なにも退路を断つような真似をしなくても。ブレッドの思わせぶりな言葉にうっかり騙されて、本気にしてしまった女の子たちだって可哀想だろ。……いつか刺されるぞ。
ちなみに以上の見解は、各自に伝えたことがあるのだが、「ルディはいいよな」となぜか羨まれただけで終わってしまった。以降、アドバイスは口にするだけ無駄だと思い、静観に徹している。
――――あんなにモテるくせに、みんな臆病で不器用なんだよなぁ。
まあ、俺も人のことは言えないけど……
ふっと、可愛い幼馴染の姿が脳裏をよぎる。当たり前のように、俺の隣に居た彼女。薄桃色のツインテールをゆらゆらと元気よく揺らしながら、俺を見つけては笑顔で駆け寄って来てくれていた、水色の瞳の女の子。
あの眩しい日々は。俺に向けられていた温かな好意は……
――――全部、3年前に消えてなくなった。
◆ ◇
俺には幼馴染がいる。名前はアリス・レーベル。喜怒哀楽がよく顔に出る、元気で可愛い女の子。
彼女は、父の事業で付き合いのある家の子だった。母親同士も仲が良く、アリスとは幼い頃から頻繁に顔を合わせていた。
アリスは我が家にやって来るたびに、俺の側にまとわりついてきた。なにが楽しいのか、いつも人懐こそうな笑顔を俺に向けてくる。1人で遊びたがる俺に、一緒に遊ぼうと声を掛けてくる。
面倒なやつだな、と最初は思った。
親には相手をしてやれと言われたものの、全く気乗りはしなかった。人形遊びなんて誘われて、俺が応じるとでも思っているのだろうか。何が楽しくて人形の服を着せ替えなきゃいけないんだ。あいにく俺は可愛いドレスにも、人形にもまったく興味はない。
俺が好きなのは、本を読むこと。一度読み始めると読破するまで邪魔されたくないので、読書中にしつこく声を掛けられると、問答無用で部屋から追い出してやりたくなる。
次に好きなのは、チェスをすること。なら一緒にチェスをしようとアリスは誘ってくるのだが、試しに対戦した彼女はとんでもなく弱かった。俺は強い相手と対戦するのは好きだが、弱い相手を蹂躙することに興味はない。あれは勝ちを掴むために思考を巡らせるのが楽しいのであって、余裕で勝てても満足感は得られないのだ。
木登りも好きだ。登る過程はどうでもいいのだが、高いところから街の景色を眺めるのは好きだった。そんな俺にアリスは誘ってくれと言うのだが、スカートをはいている女の子を木登りに誘えるわけがない。そもそも女の靴は踵が高く、靴底もつるつるしていて木登りには不向きだ。
一度しびれを切らした彼女がワンピース姿で登ってきたのだが、案の定、足を滑らせて落っこちてしまった。あの時は本当に焦った。本人は平気だと言っていたが、大きな水色の目の縁に、涙が溜まっていたのを俺は知っている。
今思えば申し訳なくなるほど、俺はアリスに対してまともに相手をしてこなかった。そのうち俺では遊び相手にならないと悟って、近寄らなくなるだろう。そう思っていたのに、アリスは変わらず俺の側にやってきた。一人で過ごす俺の隣で、変わらず笑顔を向けてくる。
お日様のように笑う彼女。曇りのない笑顔が眩しくて、可愛くて……
胸の奥に、妙なむず痒さを感じながら。
――――まあ、邪魔しないのなら。このまま側にいさせてやっても良いかな。
人形遊びは付き合わない。チェスは一人で楽しむものだ。本を読んでいる時は騒ぐんじゃない。俺は俺で好きなように過ごすから、それでもいいならアリスの好きにすればいい。俺の側にいてもいい。
なんて、思い上がったことを考えていた罰が当たったのだろう。12歳になり、学園に入学してしばらくするとアリスは俺の側から離れていった。同じクラスの友達と楽しそうに笑っている。
――――そりゃそうだ。まったく反応してくれない俺よりも、一緒に遊んでくれる友人の方がいいに決まっている。
そのまま1ヶ月が経ち。3ヶ月が経ち。1年が過ぎても、アリスは俺のところに戻ってこなかった。廊下ですれ違えば挨拶はしてくれるものの、昔みたいに、嬉しそうに笑って俺のところへ駆け寄ることはしてくれない。
面倒なやつだと思っていたのに。一人でも、俺は変わらないと思っていたのに。アリスが来なくなって、すっきりするどころかぽっかりと心に穴が空いてしまった。
一人で食べるお弁当はひたすら虚しかった。話しかけてくれる子もいたけれど、どうしてもアリスと比べてしまって駄目だった。誰と過ごしても、彼女と一緒にいる時のような満たされた心地にはなれなくて……
あぁ、そうか。
俺はいつの間にか、アリスが隣にいることに心地よさを感じていたのだ。側にいさせてやってもよい、じゃない。いて欲しいと願っていたのだ。
アリスの笑顔に惹かれていた。お日様のように笑う彼女を見て、可愛いと思っていた。あの頃もう既に、俺はアリスのことが好きだったのか……
全てが終わった後に、自分の気持ちに気が付くなんて。
「いまさら後悔しても、遅いよな……」
アリスには、とっくに愛想を尽かされている。
ここからどう巻き返せばいいのだろうか。答えが出ないまま、ずるずると3年も経ってしまってる。
◆ ◇
「自分で言うのもなんだけど、オレっていい男だと思うんだけどなぁ~。これでも伯爵家の嫡男だし。見た目だっていい男だし。剣の腕前もピカ一だってのに、なんであいつはあんなに塩なんだっ」
ライアンの声で、鬱々とした感情からふっと意識を取り戻す。
なんだ、まだ終わってなかったのか。
「本気で口説いても落とせないとか、辛いな」
「うるせ! 本気なんか出してね~よ。まだまだ様子見してんだよっ!」
「勇気が出ないんだよね、ライアン。分かるよ。僕も様子見から抜け出せないでいるんだよね」
「ライアンって威勢がいいわりに臆病だよな」
「ブレッド! 様子見すら出来てねぇお前に言われたかねーっての!」
3人の言い合いはちっとも収まる気配がない。
この光景を他の生徒達が見たら驚くだろうな。カーストのトップに君臨するこのキラキラしい3人が、恋に悩んでいるとは誰も思うまい。
ふっと時計を見ると、30分も無駄な時間が過ぎていた。はぁ、と心の中でひっそりとため息をつく。まったくもって不毛な時間だ。強引に引きずり込まれた生徒会の仕事で残るのはまだいいとして、議題終了後に愚痴を言い合うのを習慣にしないでほしい。
こっちまで気が滅入りそうになる。
「もう終わったんだろ? 俺、帰るよ」
いい加減付き合うのにうんざりした俺は、ガタリと椅子から立ち上がる。荷物を取りに教室に向おうとしたら、後ろからぞろぞろと3人まとめて俺の後についてきた。
……お前ら、なんでついてくるんだよ。
「ルディ、お前は余裕でいいよな~」
そう言って、ライアンが俺の肩を遠慮なく抱いてくる。
おい、体重かけてくるなよ。お前上背ある上に筋肉あるから重いんだよ。非難の意を込めて、じろっと横目で見たけれど、ライアンにはまったく通じていない。
「僕たちと違って、ルディは確実にアリス嬢から好かれているからね。はぁ、羨ましいよ」
ライアンから逃れようと身体を逸らしたら、反対側から殿下まで俺の肩を抱いてきた。冗談じゃない。どこが羨ましいんだか。好かれていたのは3年前までの自分であって、今の俺じゃない。
余裕なんてあるものか。
「なんの障害もないしな。俺もお前が羨ましいよ」
今の俺をみて、どうしてそんな言葉が言えるのか。
アリスは、俺に近寄ってもくれないんだぞ。
「……俺だって皆と変わらないよ」
「んなわけあるかよ。ルディなら、動けばすぐに上手く行くだろ。……オレと違ってな」
「簡単に言うなよ。ライアンこそ、もう少し真面目に動けば上手く行くんじゃないか?」
少なくとも愛想を尽かされた俺よりは、ぐんと勝率は高いはずだ。
「羨ましいとか言うけどさ、殿下だって全然動いてないだろ。ブレッドなんて逆方向に走ってるし。それで上手くいかないとか、そりゃ当然だ」
皆から一斉に羨まれて、次第にむかむかと腹が立ってきた。俺だって羨ましい。3年前までの自分が、羨ましくてたまらない。
このままじゃ駄目なことも分かってる。それなのに動けない自分が情けない。
愚痴を言い合うだけで、ちっとも動こうとしない皆を見ていると、まるで臆病な自分を見ているような気分になってくる。
「条件はみんな同じだ。俺も、ライアンも。殿下もブレッドも。行動に移さない現状でいくら嘆いても、どうしようもないのは同じなんだよ」
「…………」
珍しく声を荒げた俺に、3人が目を逸らしながら沈黙した。重い足取りで廊下を歩く。窓から差し込む夕日が眩しい。淀んだ屋内とは違い、外は爽やかなオレンジ色に染まっている。
「……っ!?」
教室に辿り着く寸前で、背後にいたブレッドにぐいと背中を押されてしまった。そのまま、隣の教室に連れられてしまう。
「――――じゃあ、みんなで動いてみるか?」
俺の左右にいた2人も、驚いた様子でブレッドを見つめている。俺たちの迷いを振り切るように、ブレッドは真っ直ぐ自分の席へと向った。
やけに真面目な顔をしたブレッドが、机の中からカードを取り出した。
ごくりと喉が鳴る。
誰もいない放課後。人気のない教室で、これから始まる内緒の遊戯。
4人で顔を見合わせて――――みんなでゆっくりと、頷いた。
ライアン編、連載始めました
「罰ゲームで告白された、と思っていたのですが」
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