後編
ルディの蒼い瞳がこの上もなく見開かれ、アリスを真っ直ぐに見据えている。
嘘の告白をする相手から先に告白されるとは、彼としても想定外の出来事だったのだろう。動揺を隠しきれないルディの反応に、アリスは胸がすく思いがした。
更に言葉を重ねる。
「好き。昔からルディが好きだったの」
「アリス……」
ルディの口元がわなわなと震えている。その反応を見てアリスは笑みを深めた。これでアリスが笑われることはないだろう。このままルディにフラれても、向こうに倣って偽の告白をしたと言ってやればいいだけだ。
――――偽の告白には、偽の告白で対抗よ!
アリスの告白は本音であるから、実は偽の告白などではないのだが。そんなことは胸の内にそっと秘めておけばいいだけだ。今一番大切なのは、ささやかな乙女心を皆の嘲笑から守り抜くことだ。
「ルディの落ち着いた雰囲気が好き。素っ気ないところも、実は優しいところも、ぜーんぶ、好き」
「……っ」
「クールな見た目に似合わず甘党なところも、こだわりがないように見えて好きなおやつだけは絶対に譲らないところも、むにゃむにゃと寝言を呟きながら幸せそうに寝落ちする姿も、ぜんぶ、ぜーんぶ、好き!」
本音を言えばいいだけだから、べらべらといくらでも言葉が出てしまう。調子に乗って告白を続けるアリスに、可哀想にルディは真っ赤になって言葉を詰まらせている。
少し言い過ぎたかもしれない。反省して口をつぐんだアリスに、ポツリとルディが呟いた。
「俺も好きだ」
――――んっ?
アリスの脳内に疑問符が浮かぶ。ここはルディに断られ、「罰ゲームの告白よ!」とアリスが言い返してやる場面のはずなのに。なぜにルディまで好きだと言うのだろうか。
「ル……ルディ?」
「俺も好きだよ、アリス」
――――まさか、この期に及んで嘘の告白を遂行しようとしてるわけ!?
アリスは焦った。よもやルディからこんな返しがくるとは思ってもみなかった。先に告白さえしておけば、ルディに告白されることはないと思っていたのに。明らかな誤算に、アリスは狼狽えてしまう。
「な、なに言ってんのよ。嘘つきっ!」
「嘘じゃない! 俺も、アリスのことが昔から好きなんだ」
あからさまな嘘に、アリスの胸がチクリと痛んだ。昔からアリスのことが好きだなんて、とうてい信じられるものではない。だってルディはあんなにも、アリスに素っ気なかったではないか。
「そんなの絶対に嘘よ。だってルディ、わたしと一緒に遊んでくれたことなんて一度もなかったじゃない」
「それは……仕方ないだろ。アリスが誘ってくる遊びに、これっぽっちも興味が持てなかったんだから」
アリスのお気に入りだった遊びといえば、人形遊びにおままごと。
中でも一番好きだったのが、人形に可愛いお洋服を着せ替えて、ファッションショーを楽しむこと。
……確かに、ルディが喜んで付き合うとは思えない。
「でっ、でも! チェスだって私がいるのに、一人でしてたし!」
「アリスは弱いから、対戦してもつまらないだろ?」
「それは、そうだけど……」
こうして理由を聞いていると、どれもルディらしい言い分だ。アリスの語気がだんだんと弱くなってしまう。
「悪かったよ。アリスが何も言わずに側にいてくれるのが心地よくて、それに甘えてた。ごめん」
ついにはルディが優しい手つきでアリスの頭を撫でだすものだから、怒っていたはずのアリスの方がたじろいでしまう。
「わ、わたしに付きまとわれて、迷惑してたんじゃなかったの?」
「迷惑なわけないだろ! 迷惑どころか、アリスが俺のとこに来てくれなくなって……ついに呆れられたのかとガックリしていたよ」
「嘘……」
ルディは、アリスに付きまとわれて迷惑していたのではなかったのか。
アリスが近寄らなくなって、ホッとしていたのではなかったのか。
今の発言は本当なのか。
混乱するアリスの視界が暗転した。
ルディに抱きしめられている。
「でも良かった。アリスも俺のことが好きだったんだな」
「え、それはその」
「俺たち、すれ違っていただけで両想いだったんだな」
「そ、そうなるのかしらね?」
「こんなことなら悩んでないで、もっと早く告白しておけばよかったよ」
なんと返事をすればいいものか。困惑するアリスを、更にぎゅうっとルディが抱きしめる。ルディとは思えないような甘い態度に、アリスの脳は混乱を極めた
もしかして、ルディは本当にアリスのことが好きなのだろうか。そう思い始めたアリスだったが、その甘い妄想は一瞬で現実に引き戻されてしまった。
あいつらが、いる。
ルディの身体越しにアリスは見た。校舎の陰から、3人の男子生徒がこちらを食い入るように見つめているのを。アリスの頭がすっと冷えていく。やっぱり、これは罰ゲームの告白で、本気の告白じゃなかったのだ。
分かっていたのに、騙されかけた。
アリスはきつくルディを睨んで、両手でドンと彼を押しのけた。ルディの瞳が戸惑いの色に染まる。アリスの瞳にはじわりと涙がにじんでいた。
「――――アリス?」
「なによ。嘘の告白なのにこんなことまでするの? どれだけ乙女心を弄べば気が済むのよっ!」
「は?」
「知ってるわ。ルディの好きは偽物なのでしょ? わたし、昨日偶然聞いちゃったの。ルディが、あそこにいる人たちと賭けをしてたってこと!」
校舎の陰にいた3人組をじろっと睨み、彼らに向けてぴしりと人差し指を突きつける。アリスの気迫に押されたのか、3人は気まずそうな顔をして校舎の陰に素早く姿を引っ込めた。
ルディも気まずそうに視線をずらす。
「聞いていたのか……」
「ええ、しっかりバッチリ聞いてたわ。あれはいくら何でも酷いんじゃない? 罰ゲームで嘘の告白なんて、わたしに悪いと思わなかったの?」
「いや、違う! あれは罰ゲームじゃない」
「いいえ、わたし確かに聞いたのよ。負けたやつが告白する、そういうゲームの約束だって!」
「負けたやつが告白する、じゃない。負けたやつから告白する、だ」
「――――え?」
ルディの話によると、どうやら昨日のメンツは皆同じ悩みを抱える同士らしい。
全員が片恋を拗らせていて、たまに放課後の誰もいない教室で似た者同士愚痴り合っていたという。そうこうしているうちに、ここは一つ思い切ってストレートに告白し、当たって砕けてスッキリさせようという話になったとか。
「俺は最下位だったから、一番最初に告白することになったんだ。ああして皆が見ていたのは、面白がっているというのも勿論あるだろうが、それ以上に俺の勇姿を見て自分を奮い立たせたいと思っているんだよ」
なんだ、それは。
「告白自体に嘘はないんだ。あのゲームは……好きな子に告白する勇気が欲しくて、やったことだから」
つまりアリスの今日の頑張りは、すべて無駄な努力だったということか。
へなへなと力なく崩れ落ちそうになるアリスを、ルディが慌てて抱きとめる。
「で、でも。あの方たちってみんな、女子生徒に人気があるでしょ? なにもこんなことをしなくても、普通に告白すれば大体の子は簡単に落とせると思うけど……」
弱い声をあげるアリスに、ルディが肩を竦める。
「分かってないなぁ。どうでもいい子を100人落とせたところで、肝心な1人に振られたら意味がないんだよ」
「それは分かるけれど、確率はかなり高いでしょ?」
「確率はしょせん確率でしかないよ。本命相手だと自信なんてなくなるさ。俺だって、昨日からずっとアリスにふられる悪夢ばかり想像していたよ」
「そういうものなのね……」
「そうそう。それよりもアリス、さっきのアリスの告白だけど……」
ルディに視線を向けられて、アリスはドキリとした。
そうだ。偽の告白を避けようと必死になるあまり、アリスはルディに好きだと言ったのだ。
それも、何度も。
真っ赤になったアリスの頬を、ルディの大きな手のひらが掬い上げた。真上から見つめられ、ドキドキとアリスの胸が鳴り響く。
「キスをしてもいいってことで、合ってる?」
いつも素っ気なかった彼。アリスが側に居ても淡々とした姿勢を崩さなかったルディが。クールを通り越して、ともすれば冷ややかにすら感じられたルディの瞳が、今は熱く潤んでいる。
幼い頃から側にいたアリスには、分かる。
この瞳の熱は嘘じゃない。
「合ってる……」
目を閉じて、キュッとルディの服にしがみつく。
それを合図に、ゆっくりとルディがアリスに影を落とした。
本編完結です。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。




