中編
「嘘の告白とか、冗談じゃないわっ!!」
家に帰って落ち着いたアリスは、さっきの様子を思い返して今度はムカムカと腹が立ってきた。あの場にいた誰もが、告白された時のアリスの反応を楽しみにしていたからだ。
自分がお相手に選ばれた理由がなんとなく読めてきて、それが一層アリスを苛立たせた。偽の告白をして、断られるより喜ばれる方が愉快だとでも思っているのだろう。そう、アリスはチョロそうだと思われているのだ。
確かに、何も知らずに告白されていたら、アリスは大喜びで頷いていたことだろう。でもそれは相手がルディだからだ。誰でも簡単に頷くと思われるのは心外だ。
ルディもルディだ。彼の告白を受ければ、間違いなくアリスはみんなの笑いものになる。それなのにアリスへの告白を了承するなんて。自分はルディに、大事な幼馴染だとすら思われていなかったのか。
――――思われていなかったのね。
「はあぁぁぁぁぁ、さいってい」
盛大にため息をつきながら、アリスはがっくりと肩を落とした。
同い年のルディとは親同士が親しい事もあり、子供の頃はよく一緒に遊んでいたのに……。まあ正確に言えば一緒に遊んでいたのではなく、ルディの側にアリスがべったりまとわりついていただけなのだが。
ルディは幼い頃からクールで落ち着いていて、感情的になりやすいアリスとは真逆の、どこか淡々としたところのある子供だった。アリスは自分とまるで違う性質を持つ彼に興味を持ち、近づこうとしたのだが、ルディの態度は始終素っ気ないものだった。一緒に遊んで欲しいのに、全く相手にしてくれない。
仕方がないので、アリスはルディの側で好きに過ごすことにした。本を読んでるルディの隣で、一緒になって本を読んでみたりとか。一人チェスを楽しむルディの隣で、真剣な表情で盤面を見つめる彼の横顔をじっと眺めてみたりとか。
一緒に遊んでもらえるわけじゃない。けれど、そうして彼の隣で過ごす静かな時間がアリスは好きだった。ルディの周りには落ち着いた空気が流れているようで、側に居ると心地よいのだ。
幸いというべきか、ルディはそれに関しては好きにしろというだけで、アリスが側に居るのを咎めることはしなかった。
木の上にいるルディの後を追いかけて、果敢にもワンピース姿で木登りに挑戦してみたこともある。初めてにも関わらず意外と上手く登れたアリスだったが、あと少しというところで毛虫と遭遇し、驚いて足を滑らせてしまった。
幸い、落ちた先には落ち葉が溜まっていたので、アリスは膝を擦りむくだけで済んだのだが。
『なにやってんだ、馬鹿っ!』
あの時のことは今でもよく覚えている。たいした被害もなくすぐに起き上がれたのだが、それでもルディは驚いたようで、いつも冷静な彼が血相を変えて木から下り、アリスの元まで駆けつけてくれたのだ。
そして平気だと言い張るアリスを背に負って、屋敷に戻り手当てをしてくれた。その時貼ってくれたばんそうこうは今でもアリスの大事な宝物だ。
普段は素っ気ないけれど、実は優しい人なのだ。
そんなルディのことが、アリスは小さな頃から好きだった。
そんな二人の関係が変わったのは、学園に入学した3年くらい前のこと。クラスメイトの女の子たちに、ルディが迷惑しているから近寄るのを止めた方がいいと忠告されたのだ。
「幼馴染だからって、べったりするのは止めなさいよ。ルディ君が迷惑しているわ」
「ルディに、迷惑なんて言われたことないわ」
「彼は優しいから何も言わないだけよ。あなたみたいな騒がしい人にまとわりつかれて、邪魔だと思われているのが分からないの?」
もちろん最初は反発した。だが、よくよく考えてみると心当たりがありまくる。側に居ることは許してくれるものの、積極的に相手をしてくれたことはない。それでも一緒に過ごせるだけでアリスは満足していたけれど、ルディの方は迷惑だと思っていたのかも……
確かにアリスは騒がしい。ルディを見かけたら嬉しくて、いつも喜びの声をあげながらバタバタと彼に駆け寄っている。落ち着きのない自覚は十二分にある。
親同士が仲が良いから、はっきりと断れなかっただけで。本当はうっとおしいと思われていたのかもしれない。
アリスはルディが好きだが、ルディの方はそうではない。一方的に好意を押し付けるのは、良くないのではないか。反省したアリスはそれ以降、必要以上にルディに近寄らないようにしていた。
そんな彼が、アリスに、偽の告白をする。
「やっぱり、嫌われていたのかな……」
チクリと胸が痛む。
何かの間違いであって欲しいと願うアリスだったが、翌朝学園に到着し、その願いはあっけなく砕かれた。
「おはよう、アリス」
門のところで待ち構えていたルディから、声を掛けられてぎょっとする。アリスから挨拶を交わすことはあっても、ルディからわざわざ声を掛けてくるなんて、これが初めての出来事だ。これは明らかな異常事態と言えるだろう。警戒しながら周囲を見回すと、遠巻きに3名の男子生徒が自分たちの様子を窺っているのが見えた。
間違いない。彼らこそが、昨日の放課後の教室でルディと会話をしていた人物だ。
穏やかな人柄で先生からの信頼も厚い、我が学園の生徒会長であるエリオット王弟殿下。学年トップの成績を誇る、同じクラスの秀才ブレッド・ハーソン子爵令息。剣術大会で毎年優勝を飾っている、騎士課のライアン・ワイアット伯爵令息。
どの人物も非常に見目がよく、それぞれ異なる魅力を持ち合わせていて、女子生徒たちからの人気が高いことで有名だ。
「ちょっと話があるんだ。……いいかな?」
どくん、と心臓が跳ねる。
話がある。その単語にアリスの身がぎゅっと固くなる。やはり昨日の出来事は本当だったのだ。ルディのいう話とは、間違いなく偽の告白のことだろう。その証拠に、後方に見える3名の男子生徒は皆にやにやと笑っているではないか。
「時間がないから無理よ。昨日、課題のプリントを持って帰るの忘れちゃって、これから急いで仕上げないと間に合わないの」
これは嘘じゃない。教室までわざわざ取りに戻ったにも関わらず、目の前にいる誰かさんたちのせいで、結局アリスは忘れものを持って帰れなかったのだ。
「そうか。それじゃ、次の休憩時間でいい。アリスの教室まで迎えに行くから、待っていてくれないか?」
「それも、無理かも……」
「あまり時間は取らせないから、頼むよ」
ルディらしからぬ必死さに、雷で撃たれたかのような衝撃を覚える。
そこまでして今日中に、アリスに告白がしたいのか。罰ゲームを遂行したいのか。皆の前でアリスを笑いものにしたいのか。
アリスの口元がふるふると震えた。
「悪いけど約束は出来ないわ。じゃあね!」
アリスは逃げた。全力で逃げた。ご丁寧に、ルディは休み時間の度にアリスの教室までやってきた。その度にするりするりと逃げ続け、このまま一日を無事終えようとしていたのだが、にっくき腹時計のせいで、あっさりとルディに見つかってしまった。
「すごい格好してるな、アリス」
しかも呆れられている。最悪だ。
実際、茂みに隠れたアリスの姿は酷いものだった。細かな小枝や葉っぱが、髪や制服にくっついている。
好きな人にこんな醜態を晒してしまうなんて、あんまりだ。
「リ、リズぅ……」
泣きたい気持ちでリズに縋るような目を向ける。しかし、頼りになるはずの親友は、ランチボックスをひょいと手に取り、あっさりベンチから去ってしまった。意味深な笑みと、「お幸せに」という謎の言葉を添えて。
――――ひどいわ、裏切り者っ!
憤慨するアリスに、ルディが手を伸ばした。頭に乗った小枝を摘まんでフッと笑みを浮かべる。その柔らかい彼の笑顔に、こんな状況下にも関わらずアリスの胸がキュンと切なく疼いてしまう。
――――ああ、好きだわ。
偽の告白だと分かっていても、彼に愛の言葉をささやかれたら自分はフラフラと頷いてしまうだろう。抗える自信がこれっぽっちもないのが悲しい。
告白をされたら、その時点でアリスの負けだ。
ならば、アリスが取る選択肢はただ一つ。
やられる前にやるしかない。
「話があるんだ。聞いてくれるか?」
観念して茂みの中から現れたアリスに、ルディが真面目な顔で問いかける。明確な返事の代わりに、アリスはにっこりと彼に笑いかけた。
「奇遇ね。話ならわたしもあるのよ」
「アリスも?」
「ええ。知っていると思うけど、わたしね――――ルディのことが好きなのっ!」




