ぶっちゃけ現実味はないかな
「――青海の名は高校野球界の最強の代名詞となっている。紅白戦が全国の決勝よりレベルが高い。もう本気で青海を倒せると思っているチームは全国のどこにもいないだろう。今年の夏の大会なんて平均得点10以上で平均失点1以下だもん。全試合圧勝だった。どうせ今度の選抜も似たような内容で勝っちゃうさ……。でぇ、勝負事っていうのはわかりやすくていいよな。『最強』に勝っちゃえば勝者は今度はその名声と実績をそのまま奪える」
素晴らしい。
「それが慎一の目的なんでしょ」
夙夜は微笑んだ。
「俺の打撃なら泡坂のボールを打ち崩せるかもしれない。俺こそが勝因。俺がいなければ物語は始まらない」
「物語?」
「最強無敵なチームが高校3年間を無敗で駆け抜ける……なんて平穏な起伏に欠けるストーリー誰も観たくなんてない。連中が一敗地に塗れるところを観たいはずなんだ。青海が大物喰いされるをね、まぁ出来れば俺・主演で上演したいところ……」
「大丈夫? 顔引きつってるけれど……」
自分ではわからないが顔が青ざめているようだ。
ピッチャーやれるならともかくね。
「うん、できれば、実現して欲しいけれどさ……ぶ、ぶっちゃけ現実味はないかな。だって俺以外1年生の創部1年目のチームでまず東京大会を勝ち上がらんといけないから……まずそこからしてキセキだよね」
「自信満々だったのに急にテンション下がらないでよ」
心配そうに夙夜は言う。
「なにが必要なの? 私が手に入るものならなんだって……」
頼むからただ見守るだけでいてくれ。ただの観察者であってくれ。
このプロジェクトに夙夜を巻きこむつもりはない。幼馴染にはただ結果だけを享受してもらいたいのだ。
夙夜に助けられるままの自分なんて許せない。
「夙夜は俺を見ているだけでいいよ。それだけで俺はなんでもできる……」
夙夜が近くにいるだけで俺は特別な人間になれる。少なくともそう思いこめる。
ふと気がついたらクサいセリフを口にしてしまっていた。彼女の耳にしっかり届いてしまっている。
音声によるコミュニケーションってキャンセルができなくて不便。
夙夜と俺は8秒間沈黙する。
「きゅ、急に変なこと言わないで! それで?」
「俺が最善を尽くしても個人競技じゃないからダメなんだよねぇ……」
つうか俺からしてチームプレーできるかどうかわからないし不安しかないし。
「じゃあさっきグラウンドであんな自信満々だったの?」
「そりゃ、今年はウチにくる指導者がすごい名将らしくてさ、そいつなら一年だけのチームでも速攻で強くしてくれるんじゃないかという他力本願だよ」
俺のその言葉に明るくなる夙夜。
「そんなにスゴい人なの?」
「まぁね。会ったことはないけれど甲子園優勝何回かしている七〇いくつのじいちゃんで超名将らしい。名字は龍岡だったかな」
うちの学校もーー私立松濤も本気で野球部を強化するつもりらしい。どこにそんなコネがあったんだか……。
「んん? 慎一その龍岡さんって人とまだ会ってないの?! 仮にも野球部員なのに」
確かにおかしい。俺が俺なので学校の教職員たちからひどく嫌われていて(それは納得する)、なんなら野球部創設のために邪魔者あつかいされていることくらいわかっているが、それにしても最近は妙な空気を肌に感じるようになっていて。
「一度学校に電話してみたら?」
学校関係者に連絡をとれたのは翌日のことだった。
来年度から私立松濤高校の監督に就任するはずだった高校野球屈指の名将、龍岡烈堂氏はおよそ半年前に亡くなっていた。享年77歳。死因は心不全だった。