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甲子園4連覇チームを倒す話  作者: @tokizane
令和■年のベースボール
5/102

おまえらぶっ倒そうかなって

 泡坂は笑って近づいてくる。

 キャッチャーはまだボールの飛んだ方向を凝視していた。見守っていた部員たちも同様だ。

「どうやったんや?」

「そりゃカットボールがインコースに甘く入ってきたから、弾道にあわせて速く振って、ボールの芯の少し下を叩いて角度をつけたんだ。ホームランは狙って打つもんだろ?」

 身体に近いインコースは特にバットコントロールしやすい。

 打者の手元で小さく変化するカットボールだが、あの程度のスピードなら俺は苦にしない。

「いや、それは俺の知らん世界やな。凡才な俺と違ってあんた天才みたいやし」

「このグラウンド甲子園と同じサイズだから95メートルだっけ? ……ボールが適度に速くて甘かったし。つまり運が良かった」

 これは本心だ。


 俺は強打者スラッガーじゃない。


「本気を出せば違うボールになるよ」

 泡坂まで会話に加わってきた。

「そうかい?」

「全力なら空振りを奪えた」

 わざわざ申告する泡坂。

「余計なことは言わんでええ! んで? 満足したか屋敷君。もう帰ってくれる?」

「ああ帰るさ。俺の評価は?」

「『上の上』やね。うちでも上位任せるかもしれへん」

 最初このグラウンドにきたときとは真逆の反応だ。敵をリスペクトできる器量がこのキャッチャーにはある。

「10秒くらい前にさ、俺の目的が決まったんだ。夏の甲子園だっけ? 全国の野球部員共のほぼ全員が目標にする大会」

 春のセンバツよりも優先順位プライオリティがある夏の選手権。3年にとっては負けたら引退が決まる大会だ。

「俺らが2連覇してることくらい知っとるよね?」

 うなずく俺。

「その東東京予選で青海おまえらぶっ倒そうかなって」

「それは……笑えんな」

 会話をしているキャッチャーを無視し俺は泡坂の顔を盗み見た。

 少しだけ笑った。

 俺の宣言をこいつがどう捉えているかはわからない。

「屋敷君さっき言うとったよね、君んとこの野球部君一人なんやろ」

「そだよ。でもこれから部員が増えないとは言ってない」

「?」

「今年度から特待生? だっけ。中学生の有望株集めて強いチームつくってるっていうから」

「つまり1年生と君だけで強いチームつくるつもりなん? 創部1年目のチームが俺たちの相手になると?」

「予選で青海とぶつかったらどうなるかなって」

 キャッチャーは笑う。

「仮に君が最強だとしても、他の八人に一線級をそろえなきゃ勝ち上がれへん」

「んなこたぁ知ってる」

「勝ち上がってきてね屋敷」

 急に口を挟むなよ泡坂。

 友情イベントっぽいシーンなのに眠たそうな眼をするなよ。この男には感情を出力しようとしない。ロボットみたいな奴だ。

「そりゃ勝つつもりだよ」

 そのタイミングで俺はグラウンドに倒れかける。

 フリーバッティングが終わって油断してしまっていたのだろう。彼女の冷たい体温が制服越しにも伝わってくる。背後に立った夙夜が俺に膝かっくんをしかけてきた。

 いくらなんでも奇行がすぎるぞ! 小学生かおまえは。

 執事がそばにいるんだからみずから手を汚しにいくな。

「なにすんだよ!」

 夙夜は腕組みしたまま俺を見下す。両腕を組み不機嫌そうだ。

「なに男同士で楽しそうに喋ってるの! 邪魔になってますから帰りますよ……」

 確かにそうかもしれん。

 数日後にはこいつら全国大会なのに元部員という薄いつながりがあるだけの俺がいる意味がわからない。

「女連れて他校に殴りこみとか余裕やな屋敷君」

 夙夜一人にグラウンド中の視線が集まる。我が幼馴染ながらこの少女には《《華》》があるのだ。どんな場所にいても注目の的になる。初めて彼女に会った人はモデルか女優だと勘違いするだろう(その指摘は半分は当たっている)。

「かわいい子自慢しにきたんか?」

「しょせん人間クラスのかわいさでしょ。《《シマエナガとかニホンヤマネのほうがかわいいよ》》」

「おまえ……けっこうクズやな」

 キャッチャーは俺にあきれる。

 夙夜は俺の言葉をスルーした。俺の軽口には慣れっこなのだ。

「どうしてここ相手にうちの高校が勝たないといけないの?」

「俺のわがまま」

「今年じゃないといけないの?」

「そりゃ今年じゃないと今の最強な世代が引退しちゃうからね」泡坂もこのキャッチャーも1ヶ月後には高3だ。「こいつら半年後くらいには高校野球引退してるでしょ?」

「そうですね。夏の選手権……いえ、国体もあるんですね。通常3年生が主体のチームで参加する……」

「詳しいな君。国体なんて露出ほとんどない大会なんやけど……」

 感心するキャッチャー。


 夙夜は小学生のころ俺に野球マンガのシリーズを数シリーズ(100冊前後)読ませたあとに「これだけ高校野球あつかったマンガがあるのに国体(毎年秋に全国持ち回りで行われる国民体育大会)の野球競技の描写がないと指摘したことがある。

 野球やってる俺よりずっと野球に詳しい……というか俺が彼女より知識量で上回る事柄なんてないと思う。彼女はあらゆるジャンルのコンテンツに精通するオタクだ。

 休みの日も一日中家にひきこもり本を読むかゲームをするか特撮とか映画、アニメの映像を観てすごしている。

 外見は社交的で誰とでも明るく話せるキャラなのに趣味はとことんマニアックな夙夜であった。

 俺が子供のころ野球のやたらに難解なルールを理解することができたのは、彼女があたえてくれた野球マンガのおかげなのである。


 今はそんないにしえの記憶に浸っている場合ではない。

「ともかく帰ってくれないお嬢さん……。コーチに見つかったら俺たちもドヤされてまうから」

 夙夜はキャッチャーにも泡坂にも物怖じしない。

「どうですか? あなたたちから見て慎一は。才能ある?」

「「「あるよ」」」

 同じ答えが三重に重なった。泡坂とキャッチャー、それに俺本人が即答する。自画自賛するなよ。

「な、ならどうして慎一は野球部がある高校に入学しなかったの? 青海の高等部に内部進学するとか、強いチームとか」

 確かに夙夜はそう思うだろう。ごもっともな問いかけだ。

 不自然なタイミングで俺は横をむく。

「だって中学で離ればなれになって楽しくなかったから。高校では……一緒にいたかったから」

 小声でごにょごにょとなにか言う夙夜。

「それって……私のこと?」

 なぜかキャッチャーが続きを急かす。

「なんやて?」

「中学では同じ学校じゃなくて寂しかったから、夙夜と同じ私立にがんばって勉強して合格したの! 進学校だったんだから大変だったんだよ。俺って変?」

「うわぁ……」これはキャッチャー。

「恋愛ってやつなの?」これは泡坂。

「野球なんて趣味だし、人生賭けるようなもんじゃない」

「もったいないわよ。合理的じゃない」

「俺ンなかでは整合性を保ってるの。こうやっておまえのまえで野球できたし、泡坂のボール打つことできたし」

「俺全力じゃないよ」

 ラスボスが馴れ馴れしく話しかけてくるこの距離感よ。


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