そろそろ狩るか…
*
彼は私を慰めるために野球をすることをやめ、自分のために自分の才能を発揮するようになった。
それが正しい。
それが本来の競技者だ。
「俺の動機は登山家が言うところの『そこに山があるからだ』に類似する。そこに強敵がいるから戦いたい」
「そのためにこの1年準備してきたの?」
うなずく彼。
「元チームメイトの泡坂もいいが、置鮎とも戦えたら満願だねぇ」
「ずっと……あの人たちと戦いたかったの」
「泡坂はアポイントメントとってるし対戦確定。あとはどうにかして置鮎を引きずり出せれば今日一日で全国ナンバー1、ナンバー2を狩れる。そろそろ狩るか…」
「慎一はどうして……そんなに自信があるの?」
「俺の打撃は神だから」
「多神教ならではの安易な比喩ね」
キリスト教圏ならある個人がどんな偉業を成し遂げても『神』に喩えることはない。まずありえない。
「日本人が用いる神は外国のそれとは違うみたいな蘊蓄?」
私の指摘に感心してくれない彼。
「――その人たちとは一度も対戦してない……私でも知っているような有名な学校の選手のボールを打てるの?」
「勝算がなきゃ夙夜を連れていかないよ。夙夜に恥はかかせない」
「あなたがなにをしても私の恥にはならない」
「そうだった」
私はともかくとして車を運転して連れていってくれている執事の天王寺のことも考えて欲しい。さきほど天王寺にメガネを手渡していたことも気になるが……。
「道場破りに行くんだから気合いいれないとね。泡坂個人にせよ青海ってチームにせよこの2年ほど調子に乗ってるみたいだからぶっ倒してやることにした」
「テロ行為?」
「最強の称号を剥奪させてもらうことにした。野球から一度離れた俺があいつら倒したらドリームすぎる」
薄笑いを浮かべる彼。
「青海についてはバッターも動画で研究してきたのよ。風祭先輩も泡坂も、それから佐山って奴も俺ほどじゃない。チーム内において投打の戦力は均衡するっつうのが俺の持論だから俺のバッティングは確実に通用する」
そのとき私は、彼が虚言を口にしていると思いこんでいた。
自分の実力を過大評価しているのか、青海野球部の実力を過小評価しているのかはわからないが、恋人である私の前で自分を大きくみせたかった……いや、彼という人物はそんなわかりやすい単純な性格をしていない。
彼は誰も重んじない。彼ほどのエゴイストを私は知らなかった。
天上天下唯我独尊。
恐れるものなどなにもない。
日本一有名な高校生だという泡坂さんにこれから会うというのに緊張の色がまったく見られない。
彼にとって私は……子供のころからずっと身につけているお気に入りのアクセサリーにすぎないのだろう。代替可能な存在。
彼にとって私は特別ではない。
彼は無言で一歩先を進んでいて、私はその背中に話しかけることしかできない。
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