双子の弟と五つ子姉妹の四女の話
どこにでもある平凡な高校。平凡な高校なのだが、うちのクラスはちょっと変わってる。何せ双子と四つ子・・・いや五つ子だったな。五つ子の姉妹がいる。
そんで俺は双子の弟だ。出来の悪い方の弟だ。
兄貴は明るく勉強もスポーツも出来るイケメンだが、俺は同じ顔なのに何処か陰気で目立つことが嫌い、勉強もスポーツも大嫌い。俺は気ままに絵を描くのが好きなのさ。だから今日も一人でせこせこ筆を動かす。
「田辺君。」
不意に誰かに声をかけられた気がしたが、いつも田辺君と呼ばれるのは兄貴の方だ。よっていつものクセで無視してしまう。
「ちょっと田辺君ったら。無視しないでよ。」
突然女がキャンバスと俺の間に入ってきて、俺はビクッと体を震わした。
「うぉ!?お、お前は雨宮・・・えーっと、雨宮・・・ごめん誰だっけ?」
「あっははは♪判んないよねぇ♪」
ケラケラと笑う雨宮姉妹の誰か。長女の月子?次女の火依?三女の水樹?四女は・・・なんて名前だっけか?五女が美鈴なのは知ってるんだが。
「私は四女の木伊。五つ子の中でも最も目立たない最弱の存在よ♪」
確かに目立ってない。他の四人はどれも可愛いが、この木伊って女は目の下にクマがあって不健康そう、一応ツインテールの髪型だが髪にツヤは無い、漆黒って感じだ。
ちなみに他の姉妹は兄貴の方にゾッコンで、四人で兄貴の取り合いラブコメを展開させている。
「その四女様が何の用だ?他の四人と一緒に透の取り合いしなくていいのかよ?」
あぁ、ちなみに透っていうのは俺の兄貴のことだ。俺の名前は隆。
「透君?あーパス。私はあーいう正統派イケメン苦手なんだ。それよりアンタ、なんでこんな薄暗いところで絵なんか描いてるの?」
「美術部だから美術室で絵を描いてるんだよ。邪魔だから退いてくれ。」
「あはは♪了解♪」
変な女だ。自由気ままな猫に似てる。絶対黒猫だろう。
それからというもの、木伊は美術室に度々現れるようになった。来ると決まって、僕が絵を描いているところをニタニタしながらずーっと見ているのである。
最初は邪魔で仕方なかったが、慣れれば別に気にならなくなってきた。むしろ来ないと調子が狂ったりするのだから不思議だ。
「ねぇ、なんで絵を描いてるの?」
ある日、そんなことを聞かれ、非常に困った。好きだからと言えれば良かったのだけど、そんな風には言えなかった。
「絵は兄貴が描いてなかったから、だから始めて、今も描いてる。まぁ、描き始めたら俺より兄貴は上手く描くだろう。」
結局は兄に対するコンプレックス。何でも出来る双子の兄、何をやっても人並みにすら出来ない俺。周りはよく俺らを比べて、俺の方に頑張れと言うのだ。それが嫌で堪らなかった。
だけど俺が絵だけは人並み以上に描けた。だから描くことはやめない、けど怖い、兄貴が絵を描き始めたらと思うと、怖くて仕方ない。そうしたらどうせ俺より上手く描くのだ。そして俺が筆を折らないといけなくなる。取り柄なんて一切無くなってしまうのだ。
「へぇ、そうなんだ。」
このあと、彼女はなんと言うだろうか?「でもさ、お兄さんが絵を描き始めても、アナタより上手くならないんじゃない?」とか軽々しく言うようなら俺はキレる。そしてコイツを出禁にしてやる。
だが木伊は笑顔で予想外の事を言った。
「お兄さん、絵を描き始めないと良いね。」
なんだろ?この頃から俺は木伊に惚れてたんだろうな。綺麗事なんて言わずに、俺と同じ目線で話してくれる。それがとても心地良い。似てるんだ俺達は、木伊は自分のことは話したがらなかったけど、多分俺と同じように何かしらのコンプレックスを抱いているのだろう。少し知りたい気もするが、それを聞くほど俺も野暮じゃない。
「アンタさ、暗いキャラのくせに描く絵は明るいよね。この間入選した向日葵の絵とか眩しすぎて直視出来なかったわ。」
ある日こんな失礼なことを言ってきた木伊。確かに暗いキャラだが面と向かって言わなくても・・・というかコイツにだけは言われたくない。
「気分転換も兼ねて描いてるのに、暗い絵描いても仕方ないだろ。それと暗いところで明るく描こうとしてるから、何割増しか明るく描けてるかもな。」
「へぇ、そうなんだ。じゃあアタシも描いてもらったら少しは明るくなるかな?・・・な、なーんてね。あはは♪が、柄にも無いこと言っちゃった。」
何だコイツ?俺に描いて欲しかったのか?
「描いてやるよ。」
「えっ?い、いや、いいって、恥ずかしいし。コンクールも近いでしょ。」
「いや、そう言われると、逆に描きたくなってきた。コンクールの絵は大体完成してるし、描くよ。俺の前に座ってくれ。」
「マ、マジかよ・・・仕方ないわねぇ。」
照れちゃって、可愛いじゃねぇか。筆が進みそうだ。
それから何日か木伊のことだけ描いた。人を描くなんて久しぶりだったが、好きな女を描けるなんて画家冥利につきる。
だが好事魔多し、とある事件が起きたのである。
「ちーっす、今日も来たよ♪」
「あぁ・・・ん?」
「今日も私のことしっかり描いてよね♪」
いつもの様に俺の目の前の椅子に座る・・・木伊?
筆を手に取ってみたが、一向に筆が進まない。スランプだろうか?いやいやそんなわけあるか。
俺は筆を置いて、木伊を名乗る女を睨んだ。
「お前、誰だ?その目のクマはメイクだろ?ツインテールの位置もいつもより少し高い。悪ふざけもたいがいにしろ。」
久しぶりに頭にきた。何が腹が立つって、俺がこの程度のことで木伊を見間違えると思われたことだ。
「き、木伊だよ。何言ってるの?」
「おい、たいがいにしろよ。俺は兄貴と違って人間が出来てないんだ。次女か?三女か?それとも末っ子か?長女は違うだろうな、何せ兄貴は今、長女と付き合ってるらしいからな。兄貴が選んだ女がこんなことするわけねぇ。」
そう、兄貴はとうとう四人の中から一人決めて、長女の月子と付き合い始めたのだ。まぁ兄貴が誰と付き合おうが知ったことでは無いが。
俺の言葉は謎の女には禁句だったらしく、顔を真っ赤にしてギロリと睨みつけてきた。女って怖いな。
「クソが、弟をからかって憂さ晴らししようと思ったのに・・・最悪。こんなダッサいツインテールまでしたのに。」
「お前誰だよ?」
「は~い、五つ子の末っ子の鈴子で〜す。文句ありますかぁ?双子の駄目な方の人。」
ムカつく喋り方だ。煽り耐性はある方なので、この程度では俺はキレないが。
「アタシ五つ子の中で一番可愛いの。読者モデルだってやってるし、アイドルデビューの話だってあるんだから。」
だからどうした?話が見えない。自慢しに来たのか?
「な、なのに・・・透君は私を選ばなかった。あんなババ臭い月子姉さんなんか選んでさ・・・私が一番可愛いのに。」
ギリリとこっちに聞こえてくるぐらいの歯ぎしりをする鈴子。目には涙を貯めているし、余程兄貴に選ばれなかったのが悔しいんだろう。だから俺で憂さ晴らしとか迷惑極まりない。性格悪いなコイツ。だから選ばれなかったんだろ。
「ケッ、あんたらは良いよね。底辺同士で仲良くやっててさ。木伊姉ちゃんの秘密教えてあげようか?」
「別に聞きたくない。聞きたくなったら自分で・・・」
「はーい発表しまーす♪」
人の話を聞かないとか、マジで最悪だなコイツ。
「木伊お姉ちゃんの目の下になんでクマがあるか知ってる?あれってね、私達他の四人へ対しての劣等感からなのよ。私達はそれぞれ得意なことがある。でも木伊姉ちゃんには何も無い。何をやらせても人並み以下の駄目な人。それを自分で分かってて、毎日劣等感まみれで不安で眠れないのよ。顔だけは私達と同じなのに、あんなクマ出来てたら台無しよね♪」
そこまで聞いて、俺は椅子をぶん投げた。理性が働いて手元が狂ったから良かったが、普通に投げていれば鈴子に直撃しただろうな。
"ガッシャーン!!"
「あ、危ない!!アンタ頭おかしいんじゃないの!!」
「うるせぇ、これ以上、木伊の悪口言うなら許さねぇ。」
「な、何よ!!物好きの陰気野郎!!そんなにアイツのことが好きなの!?」
そう聞かれたので、俺は正直に答えてやった。
「好きだよ。好きで好きで堪らねぇ。今すぐ抱き締めてやりてぇよ。俺にはアイツしか居ねぇんだよ。」
こんな恥ずかしいことは普通なら絶対に言えないが、今はアドレナリンが出まくってて正常な判断が出来ない。だから素直な気持ちを言えた。
「・・・気持ち悪い。もう勝手にすれば!!」
ヒステリー女はそう言うと、出入り口の扉に向かってツカツカと歩いて行って、ガラガラと乱暴に扉を開けて出て行こうとした。しかし、その際何か見つけたのか立ち止まり「盗み聞きとか趣味悪い!!勝手に宜しくやってろ!!」と吐き捨てるように言い放って走っていった。
その直後だ。顔を真っ赤にした木伊がゆっくりと現れたのは。俺はハッとした。
「お、お前いつからそこに?」
「『おい、たいがいにしろよ』ぐらいから。」
おいおい、待て待て、それってバッチリ好きだよ宣言聞かれてる。体が熱くなって変な汗出てきたんだけど。
「い、いやさ、最初はクラスの子から、今日は隆が帰ったって聞いて、それで帰ろうと思ったんだけど、流石に何の連絡無いのはおかしいと思って、来てみたらアンタが鈴子と話してるのが聞こえてきて・・・それでその・・・あぁ!!」
顔から火が出そうな鈴子は両手で顔を隠した。俺だって穴があったら入りたい。恥ずかしいじゃねぇか。もうどうすればいいのやら。
「・・・あ、あのさ。」
「・・・な、なんだよ。」
お互い辿々しい。今までサバサバ系でやってきたのに、今更こんな初心な感じはノーサンキューだ。
「私のこと・・・抱きしめたいの?」
「なっ!?」
なんてこと言い出すんだ!?この女!!
「だ、だって、さっき言ってたじゃん。抱きしめたいの?」
「そ、それはその。」
冗談だよ・・・って誤魔化したら駄目な気がする。そんなことしたら一生コイツに愛の言葉なんて言えない。なら覚悟を決めて・・・首を縦に一回振っておこう。
「な、何よ!!口で言いなさいよ!!」
言えねぇよ、これが精一杯だ。
「も、もう・・・し、仕方ないわね。それじゃあ、良いよ。」
そう言って目を閉じて、両手を広げて何かを待ってる木伊。何かを待ってるなんて言い方が野暮だな。そうだよ、俺が抱きしめるのを待ってるらしい。
こうなったらやるしかねぇ。俺は自分の心臓がバクバク言っているのを聞きながら、一歩一歩ゆっくり木伊に近づいて行き、深呼吸を一回してから、そこからガバっと木伊を抱き締めた。
あれだな。好きな人の温かさを感じるのは良いもんだな。
そこから木伊と付き合いだしたワケだが、別段、普段と何ら変わらない。まぁ、そんなもんだろ。
ただ面倒なことが一つ。もうすぐ出来上がる直前だった木伊の絵に大幅な修正を加えることになった。
だってよ、モデルの目の下のクマが消えちまったんだ。