伯爵家の闇
妖精からの話をグランデ国の神殿に伝えるため、聖女ジェシーヌと森の管理人ライキスはグランデ国に急ぐ。
一方、ジェシーヌの父、エフィア伯は査問室に呼び出される。
***謀・序***
月の綺麗な晩であった。
ミーシスの屋敷跡に、一人の女が立ち寄った。
だいぶ以前に、子爵夫婦に世話になった女である。
昔の幸せな子爵邸を想い出し、女はほろり、涙を零した。
旦那様と奥様がいたお屋敷。
そして、美しく育っていた、お嬢様……
月が雲に隠れた時である。
女の前に、少女が現れた。
長い髪をなびかせて、少女は女の手を取った。
『ごきげんよう。お母様』
女は驚く。その姿はかつてのお嬢様と瓜二つ。
だが、お母様と。
お母様と、少女は言った。
そうか。
私はこの娘の母親だったのだ!
女はうっとりとして、少女の手を握りしめる。
『お母様。一緒に行きましょう』
雲が途切れ、月の光が再び地を照らした時に、女と少女の姿は、何処にも見当たらなかった。
***贈り物***
「しかし、聖女ってすげえな。妖精さんと会話も出来るんだから」
小径を歩きながら、ライキスは感心した声を出す。
「いいえ。妖精と直接会ったのは、私は初めてです」
控えめにジェシーヌは答える。
「へえ。そうなんだ」
妖精が現れた水たまりには、キラリと光る石が落ちていた。
薄紅のクリスタルだった。
妖精からの、贈り物のようだ。
「多分……」
ジェシーヌは言った。
「私が意識を失くしている時に、夢を見ていた気がします。大きな蛇と白い獣、そして亀の夢でした」
それはまるで、三国に遣わされた眷属たちではないかと、ライキスは思う。
「三体は、なにやら喋りながら、最後に私に告げたのです。『そなたにギフトを授けよう』と」
なるほど。
ライキスが見つけた時、ジェシーヌの傷口の血は止まっていた。
あとからよく見たら、結構深い傷だったのだが。
もしも聖女を守るために、眷属たちが現れたのなら、彼女の致命傷を救ったのかもしれない。
「では、君が妖精と会話出来たのも……」
「はい。おそらくは、 三体から授かった、ギフトのお陰ではないかと」
ジェシーヌの足元で、フォスは何故か顎を突き出し、目を細めていた。
「さて急ごう。夕暮れまでに森を抜ければ、我がグランデ国だ」
ジェシーヌは妖精からの贈り物、薄紅色のクリスタルを握って頷いた。
妖精がジェシーヌに言ったことを、グランデの神官に早く伝えなければならない。
***ジェシーヌの父***
ジェシーヌと婚約していたラクーヌの父リーブ公爵は、息子にしばらくの間、謹慎を申し付けた。
その次に、ジェシーヌの父、エフィア伯爵を呼び出した。
公爵邸ではなく、ミーシア国議会の査問室に、だ。
「まずはお詫びが一点。愚息からの聖女ジェシーヌへの蛮行、誠に申し訳ない」
リーブ公はエフィア伯に頭を下げた。
エフィア伯は無言のまま、目を伏せた。
「その上で貴殿に問いたい。なにゆえ、ジェシーヌの国外追放を貴殿は止めなかったのだ!」
リーブ公の声には怒気が含まれている。
息子とはいえ、ラクーヌの愚かさは重々承知している。
しかし、エフィア家の養女、マルリーがラクーヌを煽り立てたことが大きな要因である。
なぜ、エフィア伯は マルリーを押さえつけなかったのだ。
彼が聖女として認定されたジェシーヌよりも、養女マルリーを優遇していることは、リーブ公のみならず、高位貴族は皆知っていた。
「筆頭公爵家嫡男のご指示であれば、私は従います」
抑揚のない声で、エフィア伯は答える。
「それに、ジェシーヌは我が妻に呪詛をかけた。聖女にあるまじき行為なれば、追放止む無しと言えましょう」
だめだ。
リーブ公は思う。
愚かなのは、息子だけではなかった。
聖女の実父も……。
ふと、リーブ公は尋ねる。
「私は以前より、不思議だったのだ、伯よ。そなたはエフィア家に婿として迎えられ、ジェシーヌが聖女認定を受ける前までは、本当にジェシーヌを可愛がっていた。
だが。
先妻のユリーヌが亡くなって……いやそれより後だ。後妻を迎えてからだ。ジェシーヌに対して、あまりにも冷ややかになった。そうは思わんか?」
エフィア伯は、青い瞳をグルリと回す。
かつて何人もの貴族令嬢を、虜にした瞳だ。
視線を向けられたリーブ公は、ゾクリとする。
青みが増した眼は、何やら人間離れしているのだ。
「それは、誤解です、公よ。聖女に求められる資質を鑑みて、家庭においても厳しくしていただけのこと」
リーブ公の咽喉が動く。
ここで、言わねばならないからだ。
「では、伯の養女、マルリーはどうなのだ。妹の婚約者を奪い、聖女を引きずり下ろした張本人だ。伯はマルリーにばかり、金も時間もかけていたではないか!」
マルリーの名を聞いたエフィア伯の目が一瞬、トロンとなる。
目を細くし、わずかに口が緩んでいる。
「マルリー……。マルリーは良いのです。美しく気高く、優しいのです。堅苦しいジェシーヌなどと、比べることすら烏滸がましい」
リーブ公の全身が総毛立つ。
誰だ、この男は!
何を言っているのだ!
養女に対する発言ではない。まるで、伯の愛妾であるかのような……
養女との婚姻は、三国いずれでも禁止されている。
それなのに……!
貴族の矜持は、どこに置いてきた?
これでは責務を果たすことは無理である。
リーブ公は査問室に控える騎士に命じた。
遠くを見つめ「ああ、マルリー」と何度も呟くエフィア伯を拘束し、貴族牢に隔離せよ、と。
感想、いつもありがとうございます!!
返信が遅れ気味で、申し訳ないです。
誤字報告、いつも助かっています。