妖精の涙
森を往くジェシーヌとライキス。
一方、ジェシーヌを追い出した、公爵子息の瞳は妖しく光る。
***焼け跡から生まれる***
全焼したミーシスの子爵邸と、その僅かな領土は、子爵夫人の親戚に託された。
とはいえ、親戚も十分な管理が出来るほど、余裕があるわけではない。
廃材が積まれた元子爵邸周辺に、いつの頃からか、噂が流れ始める。
子爵邸の跡地には、此の世ならざるものたちが、棲みついている、と。
曰く。
炎を纏って、踊り続けるモノがいる。
月夜には、黒い翼が降り続ける。
深夜になると、亡くなったはずの子爵夫妻が、跡地に立ち尽くしている。
それらはあくまで噂である。
だが、噂の中の真実を掬い取るには、熟練の法が必要なのだ。
***妖精の涙***
ジェシーヌは、白い獣に「フォス」と名付けてから、表情が柔らかくなった。
ライキスに対しての言葉数も増え、自ら「聖女」であったことを告げた。
「グランデの神殿に行ったら、君はそれからどうするの?」
「それは……わかりません。まずは、三国の安寧と國民の幸せを、祈りたいのです」
風が吹き、ジェシーヌの髪がふわりと舞う。
彼女のうなじの白さに、ライキスの胸は小さく鳴る。
公爵子息と、婚約をしていた少女であるという。
しかし、たかだかミーシスの公爵子息ごときが、グランデの神殿で認可を受けた聖女を、追放出来るものなのだろうか。
ミーシスの公爵はグランデの爵位に換算したら、よくて伯爵程度だろう。
公爵は息子の愚行を止めなかったのか。
ジェシーヌは、走るフォスを追いかける。
フォスはちらちら、振り返る。
まるで、傷ついた聖女を見守るかのような顔つきで。
そのフォスが急に立ち止まる。
ジェシーヌとライキスが追いつくと、白い獣は姿勢を低くして、小さく唸った。
フォスの視線の先には、地面からぽこぽこと湧き上がる、小さな水溜まりがあった。
「よ、妖精の、涙……」
ジェシーヌが呟く。
「えっ何? ようせい? 涙?」
「ええ、地面から急に湧き出た水は、妖精が流した涙と聞いています」
ジェシーヌが跪き、湧き出た水に手を合わせると、フォスはシッポを丸めて地面に伏した。
音が。
消えた。
水は霧のように立ち昇る。
その中浮かぶ、小さな白い影。羽を背負っている。
ライキスにもはっきりと見えた。
あれが、妖精……
ジェシーヌは、小声で、妖精と話をしていた。
フォスは地面に伏したまま、眠った。
ひとしきり、霧に向かって祈りを捧げたジェシーヌは立ち上がる。
傷ついた弱々しい表情は、祓われていた。
「グランデへ、急いだ方が良いですね、ライキス様」
「そ、そうか。俺は構わないが、君の足は……」
ジェシーヌは微笑む。
「大丈夫です。ね、フォス」
フォスは二人を見上げて、一声吼えた。
***ミーシスの公爵家***
ジェシーヌがライキスに助けられ、森を歩き始めた頃。
ジェシーヌと婚約していたラクーヌ・リーブは、父であるリーブ公爵からグチグチと説教を受けていた。
リーブ家はミーシス国内筆頭公爵家であり、何代か遡るとグランデの王族の血筋と繋がる。
ゆえにミーシス国内では、最も権力を持つ名門貴族である。
息子ラクーヌが聖女に婚約破棄と追放を言い渡した日、リーブ公爵はグランデ国において三国協議会に出席しており、蛮行とも言える息子の言行を諫めることが出来なかった。
「グランデ公認の聖女を追放しただと! 愚かしいにも程がある!」
怒りで真っ赤な顔をしている父を見て、ラクーヌはぼそぼそと答える。
「いや、だって、マルリーが……ジェシーヌはマルリーの母上を、呪い殺したって……」
リーブ公爵は眩暈を覚える。
呪術による犯罪を裁く法律を、ミーシスは持っていない。
宗主国グランデには、神殿による審神が認められているが。
よって、三国内では、呪術によると推定される事例が発生したら、グランデの神殿に沙汰を任せることになっている。
それを知らない嫡男に、公爵は諦観がわく。
ラクーヌでは、筆頭公爵家を継ぐのは無理だ。
以前より、分かっていたことである。
だから、聖女と婚約させたのだ。
聖女の御力で、公爵家を護っていただく。
「ち、父上。大丈夫です。マルリーも、聖なる力を持ってます」
訝しそうな目付きの公爵に、おどおどしながらもラクーヌは言う。
「そう言ってました。エフィア伯爵が」
公爵はため息をつく。
確かにジェシーヌの生家であるエフィア家は、元々グランデの神官を祖に持つ。
何代かおきに、聖女や神職が生まれている家系である。
ただし、それは、ジェシーヌの母方の血筋である。
「もういい、ラクーヌ。お前のやったことは、グランデ国に伝わっておる。わたしのところに、何通も、聖女追放に関する詳細を、求める手紙が届いているのだ」
ラクーヌの唇が渇く。
「まずは聖女ジェシーヌの確保が急務だ。そしてエフィア伯爵にも、聞き取りしなければならん」
ジェシーヌを確保する?
もう、どこかで屍を晒しているかもしれないジェシーヌを?
ラクーヌの瞳の奥に、赤黒い炎がチラリ揺れる。
ジェシーヌの足の腱を切り、目を潰したのはラクーヌだ。
抵抗できない聖女をいたぶると、ラクーヌの血がぐわりと騒いだ。
『聖女の血を浴びれば、不老不死になれるのよ』
そう言ったのは、誰だ。
横に広がる唇は、血のように紅い色をしていた。
麝香の匂いがむせ返った。
あれは。
そうだ。
あれは
我が最愛の……
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