二人と一匹の道程
追放された聖女ジェシーヌは、「森の管理者」という男、ライキスに助けられた。
***終わりの始まり***
ミーシスの貴族に保護された母子だったが、母親はその後すぐに亡くなった。
保護した子爵家には、跡を継ぐ子がいなかった。
子爵夫妻は遺児を引き取り、養女として育てた。
養女は、輝く黒髪に満月の様な瞳を持つ、たいそう美しい娘に育つ。
夫妻も惜しみなく愛情を注ぎ、三人家族は幸せな日々を送っていた。
傍目には。
しかしながら、幸せと不幸せは、いつも隣同士に存る。
養女が五歳になった頃、子爵の邸は火災に見舞われ全焼した。
一家はこれにより全員亡くなったと、貴族籍には記載されている。
***森を往く***
森の管理者だと言ったライキスは、面倒見の良い男性だった。
裸足で歩いてきたジェシーヌのために、木の皮と布で靴を作った。
薄衣しか纏っていない彼女のために、上着を貸してもくれた。
年齢は、ジェシーヌの元婚約者、ラクーヌと同じくらいだろうか。
肩までかかる橙色の髪は、獅子のたてがみのようにも見える。
聖女の肩書により、ジェシーヌは婚約者以外の異性と話すことは少なく、実父に面倒を見てもらった記憶など、ここ数年は皆無だ。
男性への苦手意識が沈殿しているジェシーヌだが、なぜかライキスに対しては、最初から構えずに話が出来た。
何よりも。
ジェシーヌが、一人で森に迷い込んだ理由や事情も、ジェシーヌの正体すら、彼は訊かなかった。
「このまま森を突っ切れば、二、三日でグランデに着くよ」
グランデの神殿に用があると、ジェシーヌはライキスに伝えた。
ライキスは自分もグランデに帰るから、一緒に行こうと言った。
ミーシス国の西北部に広がるこの森は、グランデ国まで続いており、両国を繋ぐ最短ルートである。
しかしながら、この森は「魔の森」でもある。
不逞の輩の隠れ家があったり、肉食の野生獣はもちろん、魔物も生息している処なのだ。
「この森の資源は、グランデ国とミーシス国の共有なんだけど、管理はグランデ国の森林管理局に任されているのさ」
ゆっくりとグランデ方面への道を辿りながら、ライキスは語る。
管理局の者は、剣の使用が認められている。人間に対しても、だ。
二人の足元には、白い毛玉のような生き物が、八の字を描くようにチョロチョロと走っている。
ただの子犬かと思ったら、おそらくは狼との交雑種らしい。
ライキスが森に入ったら、何処からともなく現れて、ずっとついて来ているそうだ。
「名前……」
「えっ?」
「この白い犬の名前、なんですか?」
ジェシーヌがようやく口を開く。
体の傷は何故か癒えていた。
ただ、咽喉にはまだ違和感があるため、いささか喋り難い。
もっとも。
聖女としてのお勤め以外、ジェシーヌの言葉数は元々多くない。
「ああ、名前かあ。シロとか、チビとか、適当に呼んでるけど……名前、付けてやってよ」
「わ、私が、ですか?」
ジェシーヌは足元の子犬を抱き上げる。
子犬はピンクの舌を出して、ハッハッと息を吐く。
瞳は青紫色。
「私があなたに、名前を授けます」
ふんわりと、暖かい波動がジェシーヌの手に伝わる。
白い毛並みから、細かい光の粒が生まれている。
まるで、聖なる獣みたいだ。
ジェシーヌはクスっと微笑んだ。
その瞬間。
ジェシーヌの頭の中に、一つの言葉が浮かぶ。
『フォス』
「あなたの名は、フォス!」
アオーーーーン!
名付けられた子犬は吼えた。
その名に喜んでいるように見えた。
フォスはジェシーヌの手から、ぴょこんと飛び降り、グランデまでの小径を駆け出した。
***森の管理者***
ライキスはシャギー男爵家の次男である。
グランデ王国騎士団から、王宮直属の森林管理局にスカウトされた。
森林管理局所属の職員は、他国への入国する際、審査を受ける必要がない。
三国の自治権を尊重しつつ、グランデ以外の国民に対しても逮捕権を有する。
いわば、超法規的な存在である。
何故か。
それは、グランデ、ミーシス、ペキーナという三国の歴史と信仰に、森と言うものが大いに関わっているからである。
三国は初め一つの大地であった。
人々は神に畏敬の念を捧げ、神は人間に加護を与えた。
だが、文明の進化に伴い、徐々に身分制度と貧富の差が生まれる。
生じた差は、戦いを招く。
諸侯の小競り合いや戦があとを絶たず、人が人を傷つけていく。
それは大地の神の、願うところではない。
『もう、人間を見切る』
神は天空に還る。
その途端。
森林や田畑は焼失し、大地はひび割れ、水も食料も枯渇した。
そこに至って人間は改心し、僅かに残った種と苗を大地に捧げたのである。
何年も何年も、親は子に、子はまたその子に、人間の過ちと神の怒りを語り続けた。
大地に緑が戻ってくると、神は三体の眷属を地上に遣わした。
蛇と、狼と、亀である。
三体の眷属がそれぞれ大地を区分して、新たな国造りを行った。
それが今の三国の元である。
三体の眷属が住まうのは、茂った木々の森の中。
よって森を荒らすべからず。
森を犯すべからず。
森を、枯らすべからず……
三国は独立し、豊かな大地を取り戻す。
それを天空から眺めた神は、神の加護を神の代理人によって、人間に与えることを許した。
それが「聖女」。
聖女とは、神の代理人に他ならない。
ゆえに聖女もまた、超法規的な存在なのだ。
たかだか一国の公爵程度が、断罪など出来るわけがない。
ライキスは、倒れ伏したジェシーヌを、一目で聖女と見抜いた。
ボロボロの風体であったが、清冽な気を放っていた彼女。
なにゆえに、こんな場所で倒れているのか。
ライキスはグランデまで流れてくる、ミーシス国の聖女軽視を苦々しく思ってもいた。
単なる噂ではなかったのか。
愚かな国だ。
まずは聖女をグランデの神殿に、速やかにお届けしよう。
それまでは、何があってもお守りするんだ!
フォスと名付けた子犬を追いかける、ジェシーヌの笑顔を見て、ライキスは心中深く決意していた。
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