表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/4

聖女追放

十話程度で完結します。

誤字報告、助かります。

*** プロローグ ***



 大陸の南西部にある三国、グランデ、ミーシス、ペキーナは、複合国家である。

 国ごとに自治権を持つが、宗主国は中央にあるグランデ国であり、グランデの国王が三国を統治している。

 通関税はないものの、人間の足で越えるには、高い山々が国境に存在する。


 今から十数年前の冬のこと。


 グランデからミーシスへと国境を越えていく、一組の母子がいた。

 母親は流浪の民。

 グランデ国に拘束されていた。


 乳飲み子は娘。母と同じの黒い髪。

 母の胸に抱かれていた。


 山を越えたところで行き倒れとなった母子は、ミーシスの、とある貴族に保護された。



***



「聖女ジェシーヌ! 貴様との婚約を破棄することを宣言する!」


 それがミーシス国公爵子息、ラクーヌ・リーブの言葉だった。

 この日はジェシーヌも通っている、公立学園の卒業式だ。

 式典後のパーティ会場での挨拶がそれだった。


 ラクーヌの隣で薄く微笑む義姉(あね)の顔。

 その表情でジェシーヌは諦める。

 婚約破棄は、今更どうでも良い。


 しかしラクーヌの次の言葉で、ジェシーヌは絶望した。



「偽りの聖女よ。我が国を謀った罪、軽くはない。ミーシス国、議会筆頭公爵家は、貴様に即刻、国外追放を命じる!」



 その日の夕刻、ミーシス国首都の第三外壁西側に、ジェシーヌは放りだされた。

 右足を引きずっているのは、腱を切られているからだ。

 それだけではない。

 咽喉を薬で焼かれ、両手は魔力封じの縄で縛られ、左目を深く切られていた。


 破邪の呪文詠唱も、神への祈願奏上も叶わない。


 ――なんで、なんで私がこんな目に……


 ミーシス国の西側には、深い森が続いている。

 森の遥か向こうは、宗主国グランデの領地だが、徒歩で辿り着くには二十日でも足りない。

 しかも夜ともなれば、人を喰らう獣が跋扈(ばっこ)する。


 上手く歩けないジェシーヌは転び、そのまま路上に横たわる。

 猫の爪ほどの月が浮かんでいる空は、間もなく真っ暗になるだろう。

 闇が、落ちる。


 起き上がることすら出来ないジェシーヌの意識も、徐々に飲まれていく。


 そうか。

 あれは、陰謀(はめられた)のか。



 漆黒の闇の中、外壁を越える高さに浮かぶ、二つの光。

 ジェシーヌは近づいてくる光を見上げる。

 獣の双眸、だろうか。

 しかも、大きさからいって、ありきたりな獣ではない。


 魔物?

 それとも……


 生温い風がジェシーヌの全身を包む。

 ぬるりとした何かが、ジェシーヌに残っていた僅かな感覚を遮断した。



『あらあら、可哀そうに。まだ十五か十六でしょうに』

『聖女だろ? この()

『治癒の法術かけた相手が死んだとさ。それで放逐。しかも傷だらけ』


 闇の中、炎が揺れている。

 話し声が聞こえる。

 二人、いや、三人か。


 可哀そう? それは自分のことかとジェシーヌは思う。

 確かに少し前まで、彼女は三国一の聖女と言われていた。

 それゆえに、宗主国王族の血を引く、ラクーヌと婚約にいたったのだ。


 だが、長らく療養していたジェシーヌの義母へ、快癒祈願をした翌日、義母は亡くなった。

 祈願した日、顔色が良くなった義母は涙を流し、ジェシーヌに頭を下げた。


『あなたには、言わなければならないことがあるの』


 

 義母の葬式後、ジェシーヌがなさぬ仲の義母へ、呪術をかけたのだと噂されるようになる。


 噂を流したのは、きっと義姉のマルリーだ。

 いや。マルリーだけではない。

 しばらく前からマルリーとの仲を深めていた、ラクーヌが騒いだのだろう。


 しかし、ならば婚約破棄だけで、いいではないか。

 国外追放など、本来宗主国への周知と許可が必要だ。

 そこまでの準備を、していたというのだろうか。


 ジェシーヌの意識は遠くなる。

 不思議と痛みは少なくなっていた。


 もう。

 このまま死んでしまうのかな。

 そうしたら、本当の母に、会えるだろうか…………



 眠りに落ちたジェシーヌを、三体の者たちが見つめていた。

 意外にも、慈愛を感じる眼差しである。

 

 いずれもヒトでは、ない。


『当代一の聖女殿か……エフィア家所縁(ゆかり)の』

『資質は十分だ』

『狙い撃ちされたのさ。三国一の呪術者に、な』


 三体は、それぞれが、ジェシーヌへギフトを贈る。

 ジェシーヌの傷は、みるみる塞がった。

 体の傷だけは。


 遠くから見ると、三体の姿は、大きな蛇と白い狼と、海亀のようであった。



***



 ジェシーヌは、エフィア伯爵家の一人娘である。

 十年前、ジェシーヌの母は亡くなった。

 母の遺品を受け継いだ時に、ジェシーヌは光に包まれた。


 光の中、母に似た女神を見たように感じた。

 暖かい、柔らかい波動だった。


 そのまま宗主国の神殿で、「聖女」の認定を受けた。同時にラクーヌと婚約した。

 自国へ戻り、基礎的な学業と平行して、聖女としての修行を続けた。

 父は寂しがったが、なかなか自宅へは戻れなかった。


 ジェシーヌが十歳になった頃。


 一定の修行を終えたジェシーヌが、ようやく家に戻れた時、いつの間にか父は後妻を迎えており、後妻には連れ子がいた。


 それがマルリーである。


 最初は良かった。

 ジェシーヌも義理とはいえ、姉ができたことを喜んだ。

 艶やかな黒髪と、柘榴石のような瞳のマルリーは、宗主国でもなかなかお目にかかれないほどの、美少女であった。


 だが。


「あなたは聖女様なんだから、こんなドレスは不用でしょ!」


 マルリーのその一言を皮切りに、次々と物品を奪われた。

 母の形見の宝飾も、当然の如く取り上げられたのだ。


「あなたは聖女なんだから」


 義母からは、侍女と同じかそれ以上の、家事労働を言いつけられた。


「お前は聖女なんだから」


 父の執務を押し付けられた。

  

 エフィア家の邸には父と義母とマルリーだけが住み、家事やら執務やらを終えたジェシーヌは、別邸で寝起きした。食事も自分で用意するしかなかった。

 聖女の認定を受けるまで、父はジェシーヌを大層可愛がっていたのだが、今では目を合わすこともない。

 

 週に一度、神殿でのご祈祷と、治癒の施術を行う時だけが、唯一ジェシーヌのほっとする時間であったのだ。

 それなのに…………




***



 鳥の声が聞こえた。

 光が射している。


 朝を迎えたのだろうか。

 それともこれも夢なのか。


 ゆっくりとジェシーヌが体を起こすと、どこかの小屋の中だった。


 ふらふらと、此処まで一人で辿り着いた?



 ワンワン!


 犬の鳴き声と共に、小屋の戸が開いた。

 真っ白な塊が、ジェシーヌに飛んできた。

 塊は、ペロペロとジェシーヌの顔を舐める。


 白い、ふわふわした毛皮の犬だった。

 


「よお! 目が覚めたか!」


 ビックとしてジェシーヌが声の方を見ると、見知らぬ男性が立っていた。

 皮の装備と腰に剣を差している。

 冒険者か、下級兵士のいでたちだ。


 この人が、ジェシーヌを運んでくれたのだろうか。

 

 ふと手を見ると、縄は解かれ、足の痛みもない。

 左目には布が当てられているが、瞼は動く。


「あの……」


 恐る恐る、ジェシーヌは男性に声をかける。


「ああ、済まない。ビックリさせたかな。俺はライキス。森の管理者だ」


 森の……

 やはり、ジェシーヌは森に迷い込んでいたようだ。


「私は、どうして此処に?」


 ライキスは指で鼻を擦って言う。


「夕べは俺、夜の担当でさ、森の中を歩いていたら、真っ白い蛇がチョロチョロ這っていて、珍しい蛇だから追っかけて行ったら、あんたが倒れていたんだ」


 ジェシーヌは座り直して、深く頭を下げた。


「助けて下さったのですね。ありがとうございました」


 ライキスは、ジェシーヌの所作に、しばし見とれていた。

応援ありがとうございます!

感想、評価、よろしくお願い申し上げます!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ひどいーーー!! 思わずキーワードに「ざまぁ」を探してしまったーーー!! [気になる点] >ライキスは、ジェシーヌの所作に、しばし見とれていた。 あら?! あらあらあらあら? 恋の予感…
[良い点] 久々に「ひどい! やり返してやれ!」という気持ちになりました。
[一言] これは続きが楽しみです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ