第七話「トロールの泥太とドラゴンの魔衣(2)」
それから、正助は、熱男の触手に関して色々と確認をしつつ、戦闘に向けた準備を進めた。
全ての準備が完了して、少しした頃。
「ジャスト五分前。フッ。計算通りです」
左手に嵌めた腕時計を確認し、クイッと、瓶底眼鏡の位置を直しながら正助たちのいる広場に現れたのは、トロールの泥太だった。
ゴブリンを巨大化させて、尚且つ思い切り太らせたような容姿をしており、ドスンドスンという足音と共にやって来た彼は、緑色の身体に毛皮を纏っている。
(来たな。見掛け倒し下僕が)
と、泥太を内心で見下す正助。
泥太の背は二メートルほどでオーガの楓子と同じくらいだが、かなり太っており、体重は楓子の二倍近くある。
彼の武器は巨大な棍棒であり、その巨躯でただ力任せに振り回すだけで、十分に脅威になるはずだ。
が、泥太は決してそうしない。
彼は、「データを基に緻密な戦略を練って、〝計算〟によってスマートに勝つ事」を心掛けており、折角の膂力を有効活用しようとしない。
その結果、今まで、一度も棍棒を振る事なく、勇者たちに殺されまくっている。
ちなみに、ここ数日の間に、泥太が割れた瓶底眼鏡を持って、何とかならないだろうかと楓子に相談に来た事があった。
その際に、楓子が新たな瓶底眼鏡を魔法で作って泥太に渡したのを目撃して、正助は初めて、楓子が物体創造魔法を使える事を知った。
恐らく、泥太が嵌めている腕時計も、楓子が作った物だろう。
正助が、
(腐ー子と違って何か魔法が使える訳でも無いし、使えない事この上ないな)
と、泥太を冷たい目で見ていると――
「でいたん、待ってなの」
泥太の後ろから、魔衣が羽搏いて飛んで来た。
何と、魔衣は、最上級モンスターであるドラゴンだ。
但し――
パタパタパタパタ。
「………………」
――子犬サイズの、だが。
正助の眼前に舞い降りた魔衣は、熱男よりも小さい。
そんなチビドラゴンである魔衣に対して、正助は、
(この下僕も、戦力にならんな)
と、何も期待していなかった。
「しょうしょう、あつあつ、ふうふう、こんにちはなの」
虹色の身体をした魔衣が、どこか抜けた感じの、おっとりとした声で挨拶しつつ、ペコリと頭を下げる。
基本的に名前の前半を二回続ける、という渾名で仲間を呼ぶ魔衣だが、何故か泥太の事だけは、〝でいたん〟と呼んでいた。
泥太と魔衣は、正助たちと同じく、二匹とも転生者だ。
今日は、初めて彼らと共闘する予定になっていた。
普段は、泥太と魔衣の二匹は、別行動をしている。
正助たちがいつも屯しているこの広場から、ダンジョンの入り口側の通路を進んで少し行った所に、横穴があり、そこを進んでいくと、また別の横穴があって、その先の少し広くなったスペースを、二匹の寝床としているらしい。
今までも何度か顔を合わせて、話をした事はあった。
だが、共に戦うのは、今日が初めてだった。
泥太と魔衣の二匹に対しては何も期待していない正助は、
(まぁ、俺の作戦の邪魔をしなければ、それで良い)
と思っていた。
ふと、泥太を見た正助は、ある事に気付いて、聞いた。
「そういやお前、棍棒はどうしたんだ?」
すると泥太は、答えた。
「フッ。寝床に置いて来ました」
「忘れたんだな」
半眼で正助が突っ込むが、泥太は、意に介さない。
「フッ。想定内です」
と呟きながら眼鏡の位置を直した泥太は、
「少々お待ちを」
と言うと、ダンジョンの入り口側の通路の方へと向かって、ドスンドスンと音を立てつつ悠然と歩いて行った。
泥太から滲み出るポンコツ具合に、
「はぁ」
と、正助が溜息をついた。
次の瞬間――
「ぎゃあああああああああ!」
――入り口側の通路の奥から、泥太の悲鳴が聞こえた。
そして、泥太の――
「計算通りですうううううううううう!」
「嘘つけ!」
――断末魔の叫びに対して、思わず正助は突っ込んだ。
「勇者たちにやられたようだな……」
どうやら、勇者パーティーと遭遇して、為す術もなく殺されたらしい。
少しすると、勇者たちが広場に現れた。
迎え撃つべく佇む正助の右隣には、後ろ足二本で立っている魔衣、左隣には熱男がおり、楓子はいつも通り、少し離れた巨岩に隠れていた。
魔法使いのマリアは、目聡く魔衣を視認すると、
「気を付けて! ドラゴンがいるわ!」
と言って、距離を保ったまま立ち止まった。
魔衣は、とてとてと数歩ほど前に進むと、
「魔衣が、でいたんの仇を討つの」
と、いつになくやる気だった。
その矮躯から、戦力にならないと思っていた正助は、
「まさか、お前……ドラゴン息吐けるのか?」
と、聞いた。
魔衣は、
「できるの」
と、コクリと頷いた。
(おお! 意外とやるじゃないか、この下僕!)
と、正助のテンションが上がる。
「よっしゃ! アイツらを丸焼きにしてやれ!」
と正助が叫ぶと、魔衣は、
「炎なの。がおー」
と、炎のドラゴン息を吐いた。
「よし、これでアイツら全員黒焦げに――」
――が、魔衣の口から出て来たのは、ライターの火程度の炎だった。
「「「「「………………」」」」」
その場に沈黙が流れる。
次に、魔衣は、
「氷なの。がおー」
と、氷のドラゴン息を吐いた。
「よし、今度こそ! これでアイツら全員氷の彫像に――」
――が、魔衣の口から出て来て地面に落ちたのは、グラスに入れるのに丁度良いサイズの四角い氷一個だけだった。
「「「「「………………」」」」」
再び、沈黙が流れる。
少しして、マリアが口を開いた。
「油断しちゃダメよ! 相手は最上級モンスター、ドラゴンなんだから!」
「お前のドラゴンへの信頼スゲーな!」
と思わず突っ込む正助。
マリアは、
「近付くのは危険だわ! まずは遠距離から攻撃よ!」
と言うと、
「『炎』!」
と、魔法の杖を向けて、炎魔法を放った。
火炎が、勢い良く魔衣に飛んで行く。
――しかし。
「なっ!?」
――魔衣にぶつかる直前に、炎は掻き消された。