第六話「トロールの泥太とドラゴンの魔衣(1)」
それから数日間掛けて、正助は、時折近くを通り過ぎていく他の(雄の)モンスターたちの会話を楓子に通訳して貰う事で、情報収集していた。
何か戦闘の役に立つものは無いかと思っての事だ。
その間、ふと、「そもそも、何で〝最高にモンスターらしく殺され〟なきゃいけないんだ?」と、今更ながら、疑問を持つ事もあった。
が、〝天の声〟に聞いても、一向に答えてくれなかったため、諦めた。
尚、楓子に他のモンスターたちの会話の通訳をして欲しいと頼んだ際は、
「嫌よ。何で私がそんな事しなきゃいけないの?」
と、そっぽを向かれた。
そこで、正助は、
(背に腹はかえられないか)
と思いながら、奥の手を使った。
それは――
「通訳してくれないか?」
「はうっ!」
――正助が熱男を抱き上げて、頬をくっつける、というものだった。
未だ嘗てした事も無いようなイケメンな表情で、ほんのりとウンコの香りが漂う熱男のぷにぷにした頬に自らの頬を押し付けて爽やかな笑みを浮かべる正助。
(多少ウンコ臭いが、仕方がない。こうやって仲睦まじい振りをすれば、このBL狂い下僕は勝手にアレコレと妄想して、満足するはずだ)
正助の狙い通り、楓子は、
「尊い!」
と叫ぶと、眼鏡を鈍く光らせながら、鼻血を噴き出した。
そして、
「もう、仕方ないわね。今回だけ特別よ?」
と言いながら、協力してくれる事になった。
そのようにして雄モンスターたちの会話を通訳して貰う事で情報収集を始めたものの、殆どは役に立たないものばかりだった。
例えば、ある時耳にした、キマイラ――ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つモンスター――と、オーク――豚の頭部と人間のような胴体を持つモンスター――の会話は、以下のようなものだった。
キマイラが口を開いて、こう言った。
「そう言えば、ちょっと前に、魔王さまは整形したみたいだべ」
「そうなん~? よく知ってるん~。さすが情報通なん~」
そう反応するオークに対して、キマイラが話を続ける。
「一重だったのを二重にしたらしいべ」
(モンスターでも、そういうの気にするんだな。世知辛いな)
と、心の中で感想を述べる正助。
「そうなん~?」
「あと、鼻を少し高くしたらしいべ」
「そうなん~?」
「あと、腕を一本減らして、三本にしたらしいべ」
(気持ち悪っ! 奇数て! 普通は二本とか四本とか、偶数だろうが! っていうか、何故減らした!? 本数変えるなら、増やすのが基本だろ!)
という具合だった。
だが、辛抱強く情報収集を続ける内に、ある有益な情報を得る事が出来た。
そして、昨日。
ダンジョン内を探し回って、とある〝物〟を手に入れた正助は、
「これで、戦闘を派手にしてやる!」
と、口角を上げた。
実は、以前〝天の声〟が、いつものように勇者たちに殺された正助に対して、
<何か、地味>
と言っていたのを、正助は覚えていたからだ。
そして、今日。
楓子に頼んで、物体創造魔法で、入手した〝物〟を有効利用するために、ある〝物体〟を作って貰った。
そう。
楓子は、物体創造魔法を使えるのだ。
BL漫画を描くための紙や鉛筆、消しゴムなどを何故持っているのか、ずっと疑問だったが、それは全て物体創造魔法によるものだった。
「これで良し」
派手にするための準備を全て終えた正助が、
(さて、こっちの下僕はどうやって使ってやろうか)
と、熱男の方を向くと――
「触手生えてるー!」
――熱男の頭部から大量の触手が生えていた。
人参くらいの太さで長さ五十センチくらいの蠢く触手の中、頭頂部に、一本だけ、大根程の太さのものがあった。
「何で!? ていうか、生えるとしたら、普通下だろうが! 何で上に生えてんだよ!?」
激しく突っ込む正助と違い、特に動じた様子も無い熱男は、御辞儀するようにして頭頂部を正助に見せると、他の触手を動かして真ん中の触手を指差し、こう言った。
「正助。この触手を見てくれ。こいつをどう思う?」
「すごく……大きいです……って、何言わせんだコラッ!」
思わずノリ突っ込みしてしまった正助だったが、ネタを振った当の本人は、
「え?」
と、ぽかんとしている。
どうやら、元ネタを分かっていないらしい。
(天然で言ったのか……まぁ、あっちのBL狂い下僕じゃあるまいし、コイツがあの漫画の事を知ってる訳ないか……)
と、正助が考えていると――
「触手! 良いわね!」
と、背後から気色悪い声が聞こえた。
眉を顰めながら正助が振り向くと、楓子が眼鏡をキラキラと輝かせていた。
「『正助! 今日は僕が君を攻める番だ!』と、魔法を封じる極太触手を伸ばして正助君を縛ろうとする熱男君! だけど、正助君は触手をガッと手で掴むと、『触手で縛られるのは、お前の方がお似合いだ』と、主導権は決して譲らない! そして、そのまま正助君は熱男君の触手を使って、熱男君の身体を縛り上げて! はうっ!」
鼻血を噴き出す楓子。
カンストした気持ち悪さに顔を引き攣らせていた正助だったが、
(いや、待てよ)
と、何かに気付くと、
「腐ー子、今お前、〝魔法を封じる〟って言ったか?」
と聞いた。
すると楓子は、答えた。
「言ったわよ。勿論正助君は魔法を使えないし、熱男君も使えない。でもそれは問題じゃなくて、大事なのは、相手を触手で縛ろうという――」
「いや、そこはどうでも良い。何でこの一番太い触手には魔法を封じる能力があるって分かったんだ?」
正助の問いに対して、楓子は、指差しながら、何でも無い事のように言った。
「え? だって、その子、雄だから」
「雄? 熱男の事か?」
楓子が指し示す先にあるのは、熱男――ではなく、熱男の上にあるもので――
「……もしかして、この一番太い触手の事じゃないだろうな?」
と正助が訝し気に質問すると、楓子は、
「そうよ」
と、頷いた。
どうやら、触手にも性別があるらしい。
「他のは全部雌だけど、この極太触手だけは、雄だわ」
「触手に性別て……」
と、正助は、何が何だか分からず戸惑った。
雄である以上、楓子はその声を聞けば、何を言っているのかが理解出来るのだ。
(触手が喋る!?)
(俺には何も聞こえなかったぞ? 〝人間が聞き取れる音の限界は何Hz〟とかいう、あれか? まぁ、今の俺は人間じゃなくてモンスターだが)
もやもやと思考していた正助だが、
「いや、今はそんな事よりも!」
と、気持ちを切り替えた。
そして、極太触手を見ながら、
「コイツは使える!」
と、邪悪な笑みを浮かべた。