第五話「正助と愉快な仲間たち(5)」
マリアに向かって跳びはねて行く熱男を正助が追い掛け始めた直後。
「早く何とかしなさいよねええええええええええ!」
と、首から上が火炎に包まれているマリアが、仲間たちに向かって叫ぶ。
それに対して、マリアの背後にいる僧侶のキャルドンが逸早く反応して、叫んだ。
「マリア殿! 御自身の氷魔法で炎を掻き消すのですぞ!」
「その手があったわね! あたしが使える唯一の氷魔法である『氷槍』を使って氷の槍で顔面を串刺しに……って、コラ! そんな事したら、死ぬわよ!」
と、ノリ突っ込みをするマリア。どうやら、水魔法は使えないらしい。
(顔と頭焼かれてるのに、意外と余裕あるな、クソ女……)
と、その様子を半眼で見ながら、正助は走って行く。
ちなみに、魔法に耐性があるのか、マリアの帽子は炎に包まれながらもその形を保っている。
キャルドンは、
「待っていて下され、マリア殿! 今助けますぞ!」
と言うと、
「刃を生じないように上手く調整して……! 『風』!」
と、銀色の杖をマリアに向けた。
すると、殺傷能力を皆無にした、強風がマリアに吹き付けられて――
「そうそう、火事が起きた時は、そうやって空気をたっぷり送り込めば……って、逆に炎が大きくなってんじゃないの! 何やってくれてんのよ!? そろそろあたしの顔溶けそうなんだけど!」
――炎が更に勢いを増した。
(ポンコツだな)
と、頭の中で感想を述べつつ、正助――とその眼前の熱男――が、マリアに迫る。
(あと少し!)
だが――
「おいら、斬る」
「!」
戦士のハロルドが、立ち塞がった。
「ぐへへ」
鼻息が荒く、涎を垂らしながら仄暗い笑みを浮かべるハロルドを見て、正助は、
(モンスターを斬る事に快感を覚えるタイプの、ド変態なSだな)
と、今までまじまじと見る事も無かった中年男の顔を改めて見て気付き、げんなりとする。
ただ、変態であろうがなかろうが、ハロルドはそこそこ強いため、正助が勝てる相手ではなく、ましてや熱男など相手にもならない。
ハロルドが手に持った大斧を振り上げる。
丁度跳躍後で空中にいる熱男とその背後の正助の両方を、一撃で同時に殺すつもりだ。
(やられる!)
と、正助が思った直後――
「ハッ! 俺様が助けてやるぜ、マリア! 『雷』! って、ああ! そういや、俺様が使えるのは、雷魔法だけだった!」
マリアの右斜め後ろにいた勇者のウォレスが、剣を持っていない左手を翳して呪文を唱えた直後、慌てて声を上げた。
そして、
「ハッ! 軌道を変えてやるぜ! よし、これでマリアには当たらな――」
と、左手を動かして雷魔法の軌道を変化させたウォレスは、その先にいる人物を見て、叫んだ。
「ハロルドよけろ――っ!!!」
「ほげぇ」
――が、間に合わず、背後から雷魔法をもろに食らったハロルドは、全身を黒焦げにされた。
(コイツらがポンコツなお陰で助かったぜ!)
と思った正助だったが――
「なっ!?」
――全身を雷撃で焼かれて白目を剥きながらも、ハロルドは大斧を振り下ろした。
「がはっ!」
僅かに軌道がずれて熱男は助かったが、正助は、左肩から右斜め下へと袈裟斬りされた。
大量に出血し、吐血する。致命傷だ。
(くそっ! せめて、死ぬ前にクソ女を道連れにしてやる!)
斬撃を繰り出した直後、バランスを崩して倒れるハロルドの横を擦り抜けながら、正助がマリアへと必死に近付いて行く。
「……死ね……! ……クソ……女……!」
最後の力を振り絞って、正助が、剣をマリアの胴体に突き刺した。
口角を上げる正助。
――しかし――
ぶにょん。
「!?」
剣の先から伝わって来る、人間の肉体とは思えない感触に、正助は違和感を覚える。
(まさか……!?)
そう。
実は、ハロルドの攻撃を何とか逃れた熱男は、先にマリアの至近距離まで辿り着いた後、
早く火を止めないと!
と思い、焦って、無我夢中で上を見ずに跳躍してしまった。
その結果、マリアの足元から彼女のローブの中へと勢い良く飛び込んでしまい、丁度胴体の辺りに到達した時に、正助が、剣を突き刺したのだ。
(何やってんだ、この役立たず下僕が!)
と、運悪く熱男を突き刺してしまった正助が思った直後――
パーン。
「!?」
巨大な破裂音と共に、熱男の身体が弾け飛び、マリアのローブ――どころか、身に付けているもの全ても一緒に吹き飛び――
「ああ! やっと火が消えたわ! ……って、何であたし裸!? って、臭っ! これって、まさか……うぷっ……」
――茶色い何かが噴き出して来て、マリアの首から上を燃やしていた炎を消した。
と同時に、熱男の体内に信じられない程の密度で凝縮されていたらしき、半液体且つ半固形のソレは、一気に濁流となり、その場にいた全員を飲み込んだ。
(……何で……ウンコが……!?)
茶色い濁流に飲まれながら、瀕死の正助が、脳内でポツリと呟く。
それは、紛うことなきウンコだった。
今まで熱男は炎や雷撃といった、魔法で殺されていたために、正助が気付く事は無かったが、熱男は剣で突き刺されると、中に詰まっている糞便が一気に噴き出してしまうのだ。
尚、何故糞便が体内に詰まっているのかは、謎である。
ウンコの波に飲まれ、あっと言う間に鼻腔と口内に浸入して存分にその悪臭と苦味を主張する茶色いソレを感じながら――
(……どうしてこうなった……!?)
――正助は、薄れゆく意識の中、そう呟くと――
――何回目になるか分からぬ〝死〟を迎えた。
そして――
<モンスターは、ウンコ塗れで死んだりしない>
「うるせぇ! こちとら、したくてウンコ塗れで死んだ訳じゃねぇよ!」
黒いオーラに包まれて復活した正助は、冷たくダメ出しをする〝天の声〟に向かって、叫んだ。
熱男も生き返っており、正助の直ぐ傍にいる。
まるで夢であったかのように、あの大量の糞便はダンジョン内から綺麗に消えていた。
生き返ると同時に、その直前まで出ていた出血や糞便は、元あった場所にきちんと戻るのだ。
勇者たちはいなくなっている。
糞便の濁流に飲まれて、溺れて死んだのかもしれない。今頃は、教会がある最寄りの街にて、復活している頃だろう。
彼らを笑いたい所だが、同じく糞便で死んだ正助は、笑えなかった。
「ああもう! くそっ!」
と、髪の無い頭を掻き毟っている正助を見上げた熱男は、
「守れなくてすまなかった! 正助!」
と、頭を下げた。
そして、
「次からは、勇者たちの事は、もう助けない! 正助を守る!」
と、相変わらず意思の強そうな目で見詰め、叫んだ。
正助は、
「おう、そうしろ」
と言った後、
(本当かよ、この下僕は)
と、疑念を抱いた。
だが、この時を境に、熱男は実際に、勇者たちの事を助けようとはしなくなるのだった。
そんな彼らを、背後から笑みを浮かべつつ見詰める楓子の眼鏡は――
「フフ……ウフフフ……」
――怪しく光っていた。