第四話「正助と愉快な仲間たち(4)」
湿度が高くじめじめとしており、饐えた匂いが漂い、更にそこに、どこかで嗅いだことのあるような、しかし思い出せない何らかの悪臭が仄かに混じっている、ダンジョンの広場に――
「さぁ、キモいモンスターたち! 覚悟しなさい! 今日という今日は、あんたたちを、ギッタギタの、メッタメタの、けちょんけちょんにしてやるんだから!」
――勇者パーティーが現れた。
腰に手を当ててビシッと正助たちに茶色い魔法の杖を突き付けている青髪ロングヘアの魔法使いの少女が、マリアだ。
真っ黒なローブを身に纏い、黒い尖がり帽子を被っている美少女だ。
(来やがったな!)
先程素早く魔亀の甲羅を背後の地面に置いて隠した正助は、彼女たちを睨み付けた。
もう何度も剣を交えているため、彼らが仲間同士で呼び合っている声を聞いて、正助は、覚えたくもない名前を覚えてしまった。
「ハッ! マリア、俺様の分も残しておけよ!」
銀色の鎧を着ている、ツンツンと逆立った赤髪をした、不敵な笑みを浮かべながら銀色の剣を抜剣した少年が、ウォレス――勇者だ。
「おいら、戦う。ぐへへ」
格好悪いからと兜は装着しない勇者と違い、頭の天辺から足の爪先まで赤い鎧に身を包んだ、筋骨隆々でスキンヘッドの中年男が、戦士のハロルドだ。
手に大斧を持った彼は、楓子程ではないが、人間としては十分に巨漢であり、身の丈は百九十センチ程ある。
不気味な笑みを湛えつつぽつりと低い声で呟いたハロルドは、何故か涎を垂らしていた。
病気なのだろうか。
「マリア殿、勇者殿、ハロルド殿。油断大敵ですぞ」
真っ白なローブに身を包み四角い白帽子を被っている中年男が、僧侶のキャルドンだ。
茶髪の癖っ毛で、髭を蓄えているキャルドンは、真剣な表情で、最上部に青い宝石が嵌め込まれている銀色の聖杖を握る手に力を込めた。
正助は、少し離れた位置で立ち止まった四人の顔を順番に見た後、まずは直ぐ傍の地面に佇んでいる熱男に、
「今日は絶対に邪魔すんなよ」
と、呟いた。
熱男は、正助を守ろうとするだけでなく、敵である勇者たちさえも守ろうとして、正助が勇者たちに斬り掛かる度に、「人を傷付けちゃ駄目だ! 正助!」などと叫びながら勇者たちを庇おうとし、その意図が分からない勇者たちから、炎魔法で焼かれ、雷魔法で黒焦げにされ……という具合に、正助ともども何度も殺されて来たのだ。
そのため、正助は熱男に釘を刺したのだ。
熱男は、
「分かった!」
と、いつものように、元気良く返事をした。
(本当に分かってんのか、この下僕は?)
と、正助は内心訝しがりながらも、勇者たちの方を再び向いた。
と同時に、熱男がいるのとは反対側――右側の少し離れた場所を一瞥すると、楓子はいつも通り、巨大な岩の陰に隠れており、戦闘に参加する様子は無い。
(使えない下僕め)
と思いつつ、小さく溜息をついた後、正助は、
(だが、やるしかないな)
と、マリアを睨み付けた。
直後、正助は――
「おい、そこのクソ女! お前の魔法は何でそんなにショボいんだ? そんなんじゃ蠅も殺せないぜ? ププー、虫すら殺せない最弱の魔法使いが、よくもまぁ大見得を切れたもんだな、おい? っていうか、『ギッタギタの、メッタメタの、けちょんけちょん』て何だよ? 頭悪いのバレバレだぞ、この低学歴が!」
――邪な笑みを浮かべると、全力でマリアを煽り、嘲り、罵った。
無論、人間の言葉が分かる正助たちと違って、マリアたちは正助の言葉は理解出来ない。
「ギギ」や「ギギギャッギャギー」などの意味不明な叫び声にしか聞こえない。
しかし、どうやら馬鹿にされているようだ、という事は、十分に伝わったらしく、顔を真っ赤にしたマリアは――
「許さないわ! キモいゴブリンの分際で! 今すぐ死になさい! 『炎』!」
――仲間たちよりも数歩前に出て魔法の杖を翳すと、正助に向かって炎魔法を放った。
人間の胴体程の大きさの火炎が、勢い良く飛んで来る。
(掛かったな!)
口角を上げた正助は、後ろの地面に伏せて隠しておいた魔亀の甲羅を、屈んで素早く拾い上げると、襲い来る炎に向かって、掲げた。
「え? 何あれ?」
どうやら、魔亀と戦った経験が無いらしいマリアが、戸惑ったような声を上げた。
――一瞬後――
「なっ!?」
――魔亀の甲羅が、火炎を跳ね返した。
まさか、一切魔法を使えない、たかがゴブリンが自分の魔法を跳ね返すなどとは、夢にも思っていなかったマリアは、意表を突かれて、迫り来る火炎に反応出来ない。
そして――
「きゃあああああああ!」
――マリアの首から上が、自分が放った炎によって包まれた。
正助は、表面に罅が入った甲羅を投げ捨てると、
(狙い通りだ!)
とほくそ笑みながら、腰の剣を抜き、マリアに向かって走り始めた。
――が、それよりも一瞬早く――
「火事だ! 助けないと!」
――熱男がぷよんぷよんと跳びはねながら、マリアの方へと走って行く。
「ちょっ!? 待ちやがれ! っていうか、火事じゃねぇよ!」
慌てて正助は、その後ろを追い掛けて行った。