第二話「正助と愉快な仲間たち(2)」
相も変わらずぷよんぷよんと跳び続ける熱男を無視しながら、
(さて、今日もまた勇者たちがやって来る。この下僕をどう利用したもんか……)
と、正助は考え込んだ。
何せ、〝天の声〟の理不尽さは、常軌を逸しているのだ。
このダンジョンに、正助・熱男・楓子がモンスターとして同時に転送された直後、〝天の声〟は、
<では、手始めに、ここから>
と彼らの脳内で呟くと、その一瞬後――
「うわあああああああああ!?」
――正助たちは、燃え盛る灼熱の溶岩の上空へと転移されて、落ちて行った。
翼を持たない彼らは、為す術も無く落下し、死亡した。
黒いオーラに包まれて溶岩の上空に生き返った彼らに対して、〝天の声〟は、
<次は、ここ>
と言うと、今度は正助たちを、猛吹雪が襲い掛かる極寒の氷上へと空間転移させた。
「……うううううううううう……さ……さぶ……い………………」
間も無く彼らは、倒れ、雪に埋もれ、凍死した。
再び黒いオーラに包まれて、氷上にて生き返った彼らに対して、〝天の声〟は、吐き捨てるように言った。
<誰とも戦わず死ぬなど、そんな情けない姿をモンスターは見せない>
「溶岩に落ちて死なないモンスターなんていねぇよ!」
正助が天を仰ぎながら突っ込むが、〝天の声〟は何も聞こえなかったかのように、
<では、次は――>
と、正助たちをどこか別の場所へと空間転移しようとした。
正助は慌てて、
「ちょっと待て! 最初のダンジョンの中に俺たちを戻せ!」
と、叫んだ。
すると、一瞬の間の後――
<では、次は、猛毒の――>
「耳無いんか!? ダンジョンに戻せって言ってんだよ!」
――気にせず空間転移しようとした〝天の声〟に対して、正助が再び吼える。
正助が、
「お前だって、俺たちを戦わせたいんだろ?」
と言うと、暫し沈黙した後、〝天の声〟が、
<これ程我儘な転生者は初めてだ。仕方がない>
と言うと、正助たちを最初のダンジョンの中へと空間転移させたのだった。
正助はこの時、
(一番厄介なのは、勇者でもその仲間でもない。〝天の声〟のクソ野郎だ)
と、うんざりとした表情で思った。
〝天の声〟の理不尽は、それだけではない。
そもそも〝最高にモンスターらしく殺される〟の〝モンスターらしく〟とは、どのような状態を指すのかが全く分からない。しかも、直接〝天の声〟に聞いても、答えてくれなかったのだ。
とにかく、やってみるしかないと、正助は挑戦してみた。
だが、平和な現代日本から来た正助が、いきなり戦えと言われても、すんなりと出来る訳がない。
初陣から数日間は、ただただ武器を持った勇者たちに怯えて、逃げながら殺された。
すると、
<モンスターは、そんな風に怯えない>
と〝天の声〟に言われた。
それならばと、雄々しく雄叫びを上げながら勇者たちに立ち向かって行き、殺されると、
<吼え方がモンスターらしくない>
と冷たく却下され、それではと、モンスターらしさを追求した叫び声を上げ、断末魔の叫びなどは有名声優さえも舌を巻くであろうクオリティだったが、
<動きがモンスターっぽくない>
と素気無く突き放され、では、動きもモンスターらしくしようと、以前見たアニメの記憶を頼りにゴブリンの動きを再現してみせた所、昨日の、
<何か気持ち悪い>
である。
そのため、様々な試行錯誤をして、手探りでトライアンドエラーを繰り返すしかなかった。
ちなみに、実は、まだこれでも、マシになった方なのだ。
現在は遮断されている痛覚だが、最初の頃は、違った。
「ぎゃあああああああああ!」
剣で斬られ、魔法で焼かれ、氷で串刺しにされる度に、全身を激痛が襲った。
何とかしろと〝天の声〟に度々クレームをつけたが、相手にされなかった。
が、何日も続けて却下されたある日、
「それなら、もう、戦わない」
と言うと、やっと、〝天の声〟が重い腰を上げたのだ。
しかし、
<これを使う事>
と言われた直後に、正助たちの目の前に出現したのは――
「これ……ヤベー……! ……何か……頭と体がフワフワして……ウヘヘヘヘ……」
――麻薬だった。
しかも、〝痛みを快楽に変える〟タイプの麻薬で、勇者たちに攻撃されて傷を負う事が快感になって行った。
ある日。
「……ウヘヘヘヘ……はっ!」
と、奇跡的に短時間だけ我に返った正助は、
(このままじゃ廃人――もとい、廃モンスターになっちまう!)
と、危機感で寒気がした。
そして、
<モンスターは、攻撃されて気持ち良くなって悶えながら死んだりしない>
「お前のせいだろうが!」
と、直前の戦闘に対して批判する〝天の声〟に対して突っ込みつつ、
「薬じゃなくて、痛覚を遮断しろ!」
と、叫んだ。
少し間があって。
<えー>
「えーじゃねぇよ! 舐めてんのかお前!?」
怒り心頭の正助に対して、〝天の声〟が溜息をつく。
<はぁ。これだからゆとりは>
「ゆとり世代関係ねぇだろうが! っていうか、ゆとり世代じゃなくても、痛覚遮断せずに何度も殺されるとか、耐えられる人間なんていねぇよ!」
そんなやり取りをして、やっと〝天の声〟は、正助たちの痛覚を遮断した。
<まぁ、勇者たちも遮断しているしな>
「アイツらがそうなら、俺たちも最初からそうしとけよ! 何だこの待遇の差は!?」
……という、〝天の声〟との過去の押し問答を思い出して疲れた表情を浮かべた正助だったが、
「今日の俺は一味違うぜ」
と呟くと、邪悪な笑みを浮かべた。
そして、
「なんせコイツがあるからな」
と言うと、傍に置いておいた、巨大な亀の甲羅を拾い上げた。