バカな男
全然知らない道、いつもは脇道に反れず、まっすぐバイト先に向かうんだけど···あの二人──隼人と戸田さん──を、抱きしめられてる隼人を見て『戸田さんの恋を邪魔したらいけない』と思い、普段は通らない脇道に入ってしまった。
恋愛漫画とかで定番の『私、なんかあの二人を見たらイライラしてる』なんて事はなく、ただただ戸田さんの恋を邪魔したらいけないって気持ちが強かったし、隼人の気持ちに応えられない私のせいで、せっかく隼人が、新しく恋をするチャンスをダメにしたくない。
しかし、偶然とはいえ、朝あんな事が戸田さんとあった後に、あの光景を見るなんて本当に私は、引きが良いんだか、悪いんだか···。
でも、戸田さんも隼人も自分の気持ちを素直に出せるのは、羨ましいとは思わなくても、人を好きになる幸せってどんなんだろう? とか考えなくもない。
息づかい荒く、後ろから迫ってくる気配に気づいたら──
「まどか!!」
「隼人!?」
「さっきの···千裕とのあれは、誤解なんだ。 」
「で、戸田さんはどうしたの? まさか、置いてきたの!? 」
「置いてきたというか、突然抱きつかれて、ひっぺはがしてきただ···」
「ばか!! 」
急いで、戸田さんがいた場所に向かう為に来た道を戻り、全速力で国道を目指す。
え? ちょっと待って。
なんで私を追ってきてるの?
私の気持ちを考えもせずに、この男は、何をしているんだろう? 追ってくれば私が喜ぶとでも?
そもそも、女の子から好きな男の子に抱きつくなんて、かなりの勇気を必要とするのは、私でもわかる。
そう考えていたら、だんだんと自分の事しか考えない隼人にイライラしてきて、私に何か言おうとしたのを遮り怒鳴りつけた。
「まど···」
「黙れ! このばか男! 女の子の···戸田さんの気持ち少しは考えなさいよ! 」
国道まで戻り辺りを見回すと、戸田さんがとぼとぼと肩を落として歩いていた。
って! ちょっと待って!?
なんで学校に向かう方角に······。
はぁはぁ。と、遅れてきた隼人をまた、怒鳴りつけた。
「なんで戸田さんは、あんたと来た道を戻って行ってんの!? まさか、戸田さんの家って逆方角!?」
「え、そうだけど······」
「本当にこのばか男!!」
こうしている場合じゃない、急いで戸田さんに追いつかなきゃ。私あんまり運動得意じゃないのに、なんでこの男の尻拭いを私しなきゃなんだろう。
「戸田さん待って!」
走りながら大声を出すなんて初めてだけど、めっちゃ辛い···ヤバい、お腹が痛くなってきた。残された体力の限りもう一度大声を出す。
「戸田···さん···ってばー!!」
──!?
!!!!
私の声に気づいてくれたみたいで、戸田さんが、私達の方に顔を向けてくれた。良かった。追いついた。
はぁはぁ。と、肩を大きく動かし呼吸が荒くなる。追いついたけど、言葉が全然出てこない。隼人も追いついてきたけど、同じく息を切らしてて、こいつも喋れなさそうだな。
「ちょ、ちょっと···ぜぇぜぇ···待っ···て。」
「菊川さんどうしたの? 隼人まで。 私の事を笑いに来たの!?」
「ち、違うから···本当にちょっと待って。」
「何が違うの!? まさか、私を慰めに来たの? "私は、隼人の事を恋愛対象として見ていないから気にしないで" って情けをかけにきたの!?」
図星だ。どうしよう······いや、今は色々考えるのは、やめて思った事をちゃんと言わなきゃ。
それにしても、戸田さんの顔が、激昂して真っ赤になり、目も涙ぐんでいて痛々しい。
ようやく呼吸が落ちついてきた。喋れる。お腹はまだ痛いけど。
「実際私は、隼人の事を何とも思ってないし、友達であって、それ以上でもそれ以下でもないの!」
「だから何? あなたを好きな隼人を安心して振り向かせてくれって? あなた本当に恋愛感情を抱いた事ないのね! 17歳にもなって!」
なんで私が、一度も恋愛感情を抱いた事ないって、知ってるの?
まさか、と思い隼人を見やるとバツが悪そうに視線を下に外す。
本当にこの男は、ペラペラペラペラといらない事を喋って。腸が煮えくり返るという表現が、今日ほどしっくりきた日はない。
それにしても······17歳で恋愛感情を抱いた事がないなんて、そんなに珍しくないでしょ? なんでここまで言われなきゃなんないの? だんだんイライラしてきた。戸田さんにも。
「確かに私は、恋愛感情を知らない。 だけど、それが何!? 恋愛感情を知らないだけで、なんで人間性まで否定されなきゃなの!?」
「はぁっ!? 人を好きになった事がないから、本当に相手の立場になって考えた事がない! 違う? 今だって、そう! あなたに慰められたら惨めになるってわからないの!?」
「ちょっと待てよ二人とも!!」
隼人が、ヒートアップしてきた私達二人の間に割って入ってきたが、元々隼人が、戸田さんの気持ちを考えない言動するのがいけないんじゃない?
「何よ? 隼人は、やっぱり菊川さんを庇うの? 菊川さんは、隼人の好意を利用しているって気づかないの? そして肝心な時になったら"私は、恋愛感情を知らないから~"とか言って逃げるよ!? その人は、ずっと逃げて良いように使うよ!? それで良いの!?」
「あぁ、いいよ。 僕は、まどかと一緒にいるって決めたんだ。」
「本当にバカだね、隼人は。 私は、それでも諦めない。」
戸田さんは、そういうと一度私を睨みつけて、走って行ってしまった。
「千裕の奴、本当に迷惑すぎる。」
「隼人は、私の事を好きって······例え私が、気持ちに応えられなくても、ずっと一緒にいてくれるんだよね?」
「そうだよ。 僕は。」
「だったら、少しは、戸田さんの気持ちわかるんじゃないの? 隼人のそういう人の気持ちを考えられない所本当に嫌い。」
「あ······。」
「とりあえずバイト行こ? 遅れちゃう。あと、今度の日曜日にシフトどうなってたっけ? ランチタイムで終わりなら、ちょっと話したい事ある。」
隼人の返事を待たずに、バイト先に向かった。