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12 過去(中編)

続きでーす!


青い空が広がっていた。

澄み切った空は何所までも高くて、広くて、見上げていたら落ちそうな感覚になる。

あの青の中になんと抵抗も叶わずすっと落ちていきそう。

吸い込まれていきそう。

そう思うとなんだか少し怖かった。

「弟君。」

頭の上から声がする。 弟君、そう呼ぶのはただ一人。

優しい顔の兄の許嫁だ。

「***さん。」

「嫌だ、かしこまらないで。呼び捨てでいいって。」

「……。姉さん。」

「気が早いな~。まあ、いいか。いずれは君の義理の姉になるわけだし。****さんとても格好いいもの。」

「そうかなぁ。」

「そうよ!」

いつもは大人しい彼女が珍しく饒舌に語る。

やれ、何所が格好いいだの。あそこがいいだの。

同じ家に住み、ともに育ってきたのにそんな見方は知らないというものが多い。

「で……あっ、ごめんね。急に惚れ気なんて聞かせちゃって…。」

「うんうん。全然気にしてない。」

「そう。ありがとう。」

ふぅ、と可愛らしいため息をつく。

いや、喋りすぎて疲れたのか。

ふわっと一陣風が舞うと、彼女の柔らかい髪の香が鼻をくすぐった。

髪の毛ふさふさだな~。

幼い自分にはその程度にしか思えなかった。

今でもそう思うだろうか。

「それで、どうしたのこんなところで。」

「ボク?……いや、ちょっとね。ボクって農作業も出来ないし、兄さんみたいにかっこ良くもないし、何にも出来ないんだなぁと思って。」

「そう……。そういうことね。」

空を見上げたまま仰向けに寝転がるボクの隣に彼女も腰を下ろした。

ふぅ、吐息を吐くと透き通る声で一言。

「今日は、いい天気ね。」

「……はい。」

話をはぐらかされたのか、答えを出してはもらえないのかと思った。

そのまま少しの間空白の時間が流れる。


「そんなこと、無いと思うよ。」

「……そうですか。」

「ええ、貴方には貴方にしか出来ないことがある。貴方にしか持ち得ない才能がある。貴方しか掴めない未来がある。………なーんて、名言いってみた!」

照れくさそうに頭をさする。

能天気で自信家で優しくて、穏やかで……

そんな彼女だから……

だから……

そんなことは絶対に起こるはず無いって…

そう思ってた。



暗い森の中で灯りが動く。

野太い大人の男の声が叫んでいる。

「いたか!!」

「いや、こちらにはいない。そっちはどうだ。」

「…駄目だ。何の痕跡も残っちゃいない。」

「ほんとに、何処に行っちまったんだよ。」

悔しそうに唇をかむ男達。

その後ろを若い青年が風のように走り抜けた。

「おじさん。俺、やっぱりもう一回探してくる。」

「**!!やめろ、そっちは危ねぇ!」

「それでも……***さんが泣いてるかもしれないんだ!!」

走り出した青年は夜中中山をかけ続けた。

愛しの彼女のことを思うと肺の痛みや足の感覚なんて無くなった。

いくらでも走れた。

いつまでも叫べた。

彼女の名前を呼び続けた。


「……なんで…。ついさっき別れたばかりだったのに………。」

「何でもいい、彼女と別れる前のことを教えてくれ。」

幼い少年は大きな大人達に囲まれて縮こまっていた。

たしかに、日の沈む頃別れた彼女は自身の家の方に向かっていった。

いつもの笑顔で。

それ以外に変わったことなんて無かった。

日がどっぷりと落ちきり、いつもは既に寝ている時間。それでも微塵の眠気も感じなかった。

ボクのせいだ……ボクの……

そう思わずにはいられなかった。

あの時ボクがなにかしていたら今のこの状況は起こらなかったかもしれない。

でも、あの時何をすればよかったかなんて、今でも分からない。

自分の頭では考えられない。

それはボクが馬鹿だからか、それとも興奮状態で落ち着きを失っているからか。

「あの時……ぼくはなにをすればよかった…の……?」

「……なにもだ。今となってはな。」

落ち着いた父の声が耳に心地好い。

それでも、なお、責められているように聞こえた。

『お前のせいだ……お前のせいだ』と耳元で十分に嬲られている気分だ。

家の扉が開く。

兄が入ってきた。

靴がなくなり、服も所々破けて、最早ただの布きれが体のあちこちにぶら下がっているだけのように見えた。

疲れたように足を引きずりながら入ってきた。

「だめ…だった……」

「………うか……」

父も兄も消え入りそうな声で呟くように言う。

会話じゃなくて、呟きに双方向からベクトルがついたようなものだった。

大きな兄の体を下から支えるように父が持つ。

それで、栓がきれたように兄は小さく声を漏らして泣き始めた。

「まだ……まだ、好きだって云えてなかった……のに……」

「そうか……」

寡黙な父らしい同情も感じさせない返答、しかし、いつもよりほんの少しの愛情を感じた。

何故、ボクだったのだろう。

彼女の最後の姿を見たのが

もしくは、彼女が最後の姿を見せたのは

もっとずっと大切な人が彼女には居たはずなのに


こんなの重たすぎるよ。


ボクは不器用なんだ。


君だって知っていたくせに


さようならの言葉が唇から漏れる。

すぐに空虚に解けて消えた言葉は万感の思いを届けるには儚すぎた。




過去編もあと1話です。

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