白い薔薇は、花弁を散らす ( 鬱展開 注意!)
今回は鬱展開です。かなり鬱です。ご注意下さい
|ω・`)
大量の可愛らしい人形に囲まれ、天蓋付きベッドで寝ている少女の名前は、セナ・ノルウェラ。この国、ノルウェラ国のお姫様。すよすよと寝息を立て、あどけない顔は庇護欲をそそられる。
が、突如。セナは目を見開き、飛び起きた。
「はっはっ……はっ……!!」
乱れた呼吸と、額に浮かぶ冷や汗。先程まで寝ていた少女の表情とはまるで変わっていた。そう、まるで──
──人格が変わったかのように。
「私は、セナ・ノルウェラ。ノルウェラ国の姫……いいえ、いいえ違うわ。違う!私は、佐倉 朋美!」
手で顔を触れ確認する。しかし、自分が触りなれている顔形ではない事に、顔は焦りと恐怖で歪んでいく。爪を掻き立て、理解出来ない自分の顔に傷をつけようとする。爪が長くなかったからこそ良かったものの、酷ければ顔中を血だらけにしていただろう。
「あっ、あっ……誰か、誰か!誰か助けて!私が、私じゃないの!誰かぁ!!」
泣き叫ぶ声は悲痛だった。たまたま近くを通ったメイドが来ても、「違う!」だとか、「私じゃない!私よ!」などと叫び、セナが怪異の類いに憑かれた、と隔離されているオリヴィアの下にまで届くほどだった。
この時のセナの気持ちを知る者は、本人含めて誰もいない。
──知らない誰かと、唐突に意識が混ざる恐怖など。誰も。
*
それから1ヶ月が立ち。ようやくセナの気持ちも落ち着き、暴れることが少なくなっていた。その事に城の皆が安堵の息を漏らし、ゆっくりと今までの日常へと戻っていった。
セナは自室で休養しながら、鏡と対面し、何度も顔を確認する。
「……やっぱり、あの乙女ゲーム『ノルウェラ王国物語』のヒロイン、よね」
大きな瞳に、小さな鼻と口。オリヴィアの様な美人ではないが、可愛らしい顔をした少女。
「私は、佐倉朋美じゃない……でも、もうセナ・ノルウェラでもない」
ノルウェラ王国物語のセナ・ノルウェラは、もう少しあどけない顔で、可愛らしい笑顔を浮かべる少女だった。それこそ、その場にいるだけで場が明るくなる、向日葵のような存在。
だが、今のセナ・ノルウェラはどうだろうか?──少しだけ厳しそうになった眉と、常にへの字を描く口元。可愛らしい顔なのは変わりないのに、雰囲気は向日葵とは程遠い存在となった。
「なら、私は私として生きるわ。佐倉朋美としてでもなく、セナ・ノルウェラとしてでもなく。新しい私よ」
それこそ、ノルウェラ王国物語という乙女ゲームのように。別の誰かがセナ・ノルウェラという体を使って、セナとしてこの国で生きる。
「ここには、誰もいないもの。佐倉朋美の知り合いも、セナ・ノルウェラ、も……あは」
暗い表情が一転。セナは、目を見開き、口元を綻ばす。
「はは、は、あはははは、アハハハハハハハハ!!」
狂った様に笑いながら、踊り出した。無邪気な子供の様に、愉しそうに。
「あはっはっ、はぁ。……はぁ。なら、私の全てを使って新しい人生を切り開こう。そうね……まずは、私を知っている全てを排除しなきゃ、私の人生は始まらないわね」
踊り終えれば、その瞳には、強欲の炎が浮かび上がっていた。
「私はセナ。何者でもない、セナよ」
ぐちゃぐちゃに混ざった意識は、もう戻らない。それはセナ・ノルウェラでもなく、佐倉朋美でもなく。新しい意識の在り方として今、産声をあげた。
それから、計画を練りに練って、まずは侍女を殺した。追い出すだけじゃ、私を知っている人がいなくならない。確実に消す。それが、セナのやり方だった。
「あ、ドレスが赤くなっちゃった……。これからは白じゃなくて、赤か黒にしてもらいましょう。ドレスも勿体ないし、今までと変わるという意味なら、一石二鳥ね」
1人消えたことに、セナは鼻唄を唄いながらその場を離れていく。赤や黒のドレスに夢を馳せ、楽しみにする姿は年相応の少女の様だった。
それを境にして、セナの暗殺は幾度にも渡って繰り返された。
流れは順調だった。何度か危ないシーンもあったが、セナ・ノルウェラに近い人物はほとんど消えた。──それもこれも、朋美の時の乙女ゲームの知識が生きた結果だった。男を陥落させ、証拠が明るみに出ないよう協力させたのだ。
「後は、セルグリットだけね。……確か、朋美の記憶だと一番私と合いそうな男よね。家族を騙し、最終的にはオリヴィアをも騙してヒロインとくっつく、がハッピーエンドだった」
バットエンドは知らないけど、乙女ゲームのハッピーエンドでは、正妻にはなれなかった。その正妻は次期女王オリヴィア。
「でも、それじゃいけないのよ。セナ・ノルウェラに関わる全てを排除しなきゃ……っ!」
綺麗な爪が醜く削れようが、構わず親指の爪をかじり、眉をひそめる。
「あっ……」
怒り狂った表情は一転。なにか名案を思い付いたと、笑顔を浮かべる。
「オリヴィアも消すには、婚約者も、次期女王の座も奪い取って、それを怨んできた所を反逆罪として処刑させればいいんだ。……ふふ」
今まで数多の人を殺してきたナイフをしまった胸ポケットに手を当て、嗤う。
「これが私の描く本当のハッピーエンド。誰もが憧れる、お姫様の物語よ」
◇◇◇
華やかな場所とは一転。城の地下──冷たくて暗い場所。その奥へ奥へと、セナは男共に手を、足を拘束され、連行されてゆく。
「どうしてっ……!!」
顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れ、元の可愛らしい顔は見られなかった。
「イヤよ!離しなさいよ!!私は……女王よ!!!」
「女王陛下だからこそ、離す事は出来ません」
「何でよ!聞いてない!聞いてないわよ!!いやぁ、イヤァァアアアア!!」
どうしてこうなったのか。泣き叫ぶ身体とは反対に、頭は不気味な程冷静に、こうなった経緯を思い出していた。
女王になって、まず始めに貴族が何人か離反した。最初は、余りにも急で警戒したけれど、全員男爵以下だったから、問題ないと気にしない事にした。
けれど、それから変な事が立て続けに起こった。
高位の貴族らが、次第に剣呑な雰囲気を醸し出し始めた。最初は、些細な諍いだった。けれど、それは徐々に発展していき、殺し合いにまで発展したのだ。やがて内乱が起き、貴族らは税を納めるのもやめ、城にまで物資が届かない状況になっていった。
更に不思議な事に、王宮には届かない食料や物資は、下級街──庶民達が暮らす場所には問題はなく、庶民達は変わらず、滞りない生活をしていた。
何かが可笑しい。
そう察した私は、真っ先にセルグリットに相談しようとしたが、気がついたら彼の部屋はもぬけの殻。──どこかへと姿を消していた。
セルグリットに裏切られた。セナ・ノルウェラの知識にも、佐倉朋美の知識にも、政治や貴族関係の知識なんて何もなかった。精々知っているのは、曖昧なルールだけ。最早、セナにはどうすることも出来なかった。
邪魔な人は全員消した。それが、いけなかったのだ。
今のセナに、本当の意味で親しい間柄の人なんて誰もいなかった。全て、セナ自身が消してしまったのだから。
セナが頼れる陥落させた男共は、セナに発情するばかりの馬鹿に成り下がった犬だけだ。そうなるようにした、とも言うが。乙女ゲームの知識だけじゃカバー出来ないセナ・ノルウェラ本来の純粋さを、薬でカバーした結果だった。
そうして何も出来ないまま、内乱は激しくなり、ようやく焦り始めた貴族らは新しい女王を求めた。
『現女王はお隠れになってしまったのだ。だから、こんなにも国が混乱しているんだ』
と。違う、それはお前達が勝手に巻き起こした事態だと何度叫んだことか。しかし、セナの声は届かず、現女王を完全停止させ、新しい女王の準備を進めたのだ。
セナを女王にする。
女王は、脳だけの存在。人間としての機能を完全に止め、国を動かす為だけの存在となる。──子を成さないまま、というのは通例とは違うが、それは代理を立てればいいと無能な貴族らは結論を出した。
そして今、これである。セナは、女王にされるのだ。
「イヤだ!イヤだイヤよ!私、脳だけになるなんて聞いてない!そんなのっ……そんなの人間じゃないわ!!」
泣き叫んでも、誰も拘束をとらない。そればかりか、拘束している太った男が、冷徹な瞳でセナを見る。
「だから《隠世の女王》なのですよ。死んでいるようで死んでいない。──他国には決してこのシステムを知られず、暗殺の心配もなく、国を動かす為の道具。貴族ならば誰でも把握しています。王族である貴方が知らないとは……ねぇ?」
凍え死にそうになる程冷たい声音で言う太った男に、セナは恐ろしい化け物を見たように体が固まった。
「さぁ、女王様。仕事は沢山ありますから。……頑張ってくださいね」
その男の瞳には、強欲の炎が灯っていた。セナと同じ、炎だ。
「いやっ……いや、いや、イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ、イヤァァアアアッ───!!!」
彼女の悲鳴を残して──女王室は、閉ざされた。
ここまでお付き合い下さり、有難うございます!
一応、もう1話投稿するつもりです。お次はセルグリット視点からお送りします。
ブックマークが55件に、評価もたくさん……嬉しさでぷるぷるしてます…:(´◦ω◦`):
読者様には感謝感激です!m(_ _)m
実は一番の被害者は、この子だったりする。
物語上書かれていませんが、佐倉朋美も別に狂った人格だった訳ではありません。少し乙女ゲームが好きな、普通のOLでした。
が、魂が混ざったショックから狂いました。……こわっ。