赤い薔薇は、強欲の炎を灯す
大理石の床、豪奢なシャンデリア──ここは王宮の大広間。貴族らが集い、顔に笑顔をはりつけ談笑に花を咲かせる。
───カッ!
騒然とするその大広間は、壇上から響いたヒールの音1つで静まった。
「ご機嫌麗しゅう、皆様」
舞台の上でにこりと微笑む、傾国の美女。指先……いや、その艶やかな銀の髪の1本で美しいと思わせる彼女は、この国の次期女王。オリヴィア・ノルウェラ。
「この度は私如きのご招待に応えて頂き、感謝しますわ」
この場にいるほとんどの貴族は、彼女の第一声だけでゴクリと喉を鳴らす。──それが生唾を飲み込んだものか、恐怖や緊張故に飲み込んだものかは捨て置き。彼ら彼女らは、談笑であろうと大事な話であろうと話を中断させ、次期女王に意識を集中させた。
そこに存在するだけで圧倒させる力。彼女の、次期女王としての片鱗だ。
「さて……皆様、何故《隠世の女王》たる私が表舞台に立ったか……。ご存じな方も何名かいるでしょう」
チラリ、と殿方と一緒にいる妹へと視線を向ける。それだけで何人かの聡い貴族は気づいた事に、オリヴィアの口元は三日月のような笑みを浮かべる。
「本来、人と関わらず、国を動かす為の道具たる《隠世の女王》。この国の貴族ならば知らない者はいない前提で進めさせて頂きますわ」
まさか知らない者はいない、と。冷たい瞳がそれを赦さない。無知は罪と、よく言ったものだ。
「……しかし、知っていても尚、お馬鹿な方々は何人かいるようですので。今回私は特別に現世へ舞い降りた訳です」
仕方なく、と言うニュアンスをのせ、オリヴィアは言った。
「まるで、自分が神か何かかの様に言うのは治らないんだな、オリヴィア」
「そういう設定なのです。いい加減覚えて頂けるかしら、セルグリット」
会場から上がった不機嫌な声に、冷ややかな視線を向けて答える。
噛みついたのは、お馬鹿な大型犬。もとい、セルグリット・ソラティナ。ソラティナ侯爵の令息であり、オリヴィアの婚約者だ。
容姿こそ、貴族の血のおかげで整ってはいるが、所詮はそれだけの男。だからこそ、オリヴィアの婚約者として選ばれたともあるが。
次期女王の相手なのだから次期王、とはなるが、王は名前と顔だけで、政は総て女王の仕事なのだ。王は、傀儡となる存在。ある程度の理解と、表へ出る為の優れた容姿がありながら、政治に口を出せない無能が望まれる。
「何度も言わせるな!俺は次期王だぞ!お前は、黙って俺の後ろで微笑んでいれば良かったものをっ…!その不遜な態度が今回の結果を生んだんだ!!」
しかし、彼はどこまでも愚かだった。
「お前とは婚約破棄をさせて貰う!そして、次期女王にはセナ──セナ・ノルウェラを置く!」
隣にいる可憐な少女の肩を抱き寄せ、宣言するお馬鹿。頬を染め、セルグリットに身を寄せる少女は、傾国の美女でこそないが、オリヴィアと似ている。
セナ・ノルウェラ。この国の女王の娘であり、オリヴィアの本当の妹。
「そう。それが、貴方が出した答えなのね?」
「そうだ!……セナ、俺の妻になってくれるかい?」
「セルグリット様……勿論、私も同じ気持ちです!」
抱きつき、幸せそうに答えるセナ。
オリヴィアはそれを見て──決意した。
「──ならば、貴方との婚約は解消致しましょう」
まぶたを伏せ、震える声音で。
オリヴィアが昔から考えていたことだ。もし、妹がセルグリットに惚れたならば、こうすると前々から決めていた。今までその決心がつかなかっただけで、こうなる事は予想がついていた。
オリヴィアも、口では辛く当たっていても、このお馬鹿なセルグリットが嫌いではなかったのだ。
「お、お前にしては偉く従順ではないか。だが!今更大人しい態度を見せようと、俺の気は変わらん!──何せ、セナを妻に出来るのだからな」
「セルグリット様……」
お馬鹿であれど、多少動揺を見せたセルグリットだったが、妹をみた途端にそんなものは忘れ去り、愛を囁く。その光景を、オリヴィアは辛くて泣きそうな表情で見つめていた。
「私、貴方のことを想って今まできつく当たってしまいました。……けれど、ここが潮時なのかもしれませんね」
「潮時?何を……」
「次期女王の座、セナ・ノルウェラにお譲り致しましょう」
震える声でありながら、オリヴィアは全体に聞こえる様に宣言する。
「ハッ。馬鹿かお前は。それを決めるのはお前じゃない、次期王たる俺だ。──皆、ここに新たな次期女王が誕生した。祝え!!」
答えは沈黙。余りの急展開に、誰もがついていけてなかった。
「喝采しろぉお!!」
セルグリットが叫んで、ようやく絞り出したような拍手が生まれる。が、それに不機嫌そうなセルグリット──次期王を見て、ようやく拍手喝采される。
「やだセルグリット様。私、恥ずかしいですわ」
「ハハ、このくらいどうってことないさ。存分に喜べ」
誕生だ。──暴君、セルグリット王の。この国を滅ぼした愚王の誕生日だ。
◇◇◇
「国を滅ぼしたですって。どういう気分かしら、愚王セルグリット?」
「事実そうだが……。愚王ならもっと前に生まれてたけどな。──墜ちた女王、オリヴィア・ノルウェラがな」
男女二人が身を寄せ合い、言い合う。片や妖艶な笑みを浮かべ、片や苦笑を浮かべてこの国の惨状を見る。
真っ赤に燃えた王都の上級街──貴族だけが住む街を。
「だって、一掃するにはこれが一番だったのよ。おかげで腐った貴族と、伝統が一気に片付いたわ」
口元を三日月にして笑う彼女は、銀の髪を持つ傾国の美女。悪女と呼ばれるに相応しい笑みを浮かべる彼女は、今までで一番生き生きとしていた。
「女王だけに全てを任せ、ただ税を貪り食らい肥える貴族が何人いたことか。あの婚約破棄の日、会場に来ていた中でまともそうなのが予想より多かった位で笑ってしまうほどよ?といっても、いたのは12人位の、しかも身分の低い貴族ばかり。貴方の実家の侯爵家も愚鈍な貴族だったわ」
「身内の評価が低いのは些か傷つくなぁ」
「そんな事思ってもいない癖に。私に近付く為に無能なフリして気付かない様な家族よ?」
「君には直ぐにバレたけどね」
「あら。私、これでも次期女王だったのよ?気付かれないと思うなんて……お馬鹿さんね」
愛しい人を見る様に瞳を細め、オリヴィアはセルグリットの唇に重ねる。セルグリットも、それに応えて深く入り込み、愛をねじ込む。
後ろに、多少聡いおかげで助かった貴族がいないかの様に。2人の世界を堪能する。
「愛してるよ、オリヴィア」
「はぁっ……。本当に、罪な人。貴方と出会わなければ国に従順な道具、女王として生きるつもりだったのに。妹も、別に嫌いではなかったのよ?好きでもなかったけれど」
「辛辣だな。実の妹だろうに」
「仕方ないじゃない。それ以上に、貴方を愛してしまったのよ」
「誰とも関われず、子を成した後は脳だけの存在となる。──非業な出生として憐れまられる女王としての命運を、妹に押し付けてしまう位には、ね」
そう、セルグリットの耳元で囁く。
「妹は、それを知らなかったわ。私が知らせない様に育てたとも言うけれど。……本当は。本当に、一生知らせないつもりだったのよ?実の妹が非業な運命の代わりを言い出さないように、ね。いい子だったから」
でも、と。彼女は続ける。
「あの子は、あの日──昏睡状態から目覚めた日、唐突に変わってしまった。可憐な白い花は染まってしまったのよ。強欲色に」
だから、ずっと凍らせていた心に、私は火を灯した。皮肉にも、妹と同じ強欲という名の火を。
「貴方との出会いも勿論きっかけだったけど……それだけじゃ、絶対に譲らなかったわ」
燃え上がる城を見て、今はもう生き絶えたであろう妹を少しだけ思い浮かべたが、それも直ぐに忘れる。心を凍らせるのは慣れていた。
「さて、宣言致しましょう。──私、オリヴィアを王女として、ここに国を建てます」
建っていた国を押し潰して、新しい国を建てる。私色に染まった国を。
「エレモフィラ国を」
ここまでお付き合い下さり、有難うございます。
本編には書かれていませんが、妹は転生者で、高熱で倒れた後記憶が戻ってます。
妹は乙女ゲームのヒロインです。……が、今回は姉に見捨てられ死んでます。ゲーム的バットエンドです。
余裕があれば、妹視点でも書いてみようかな~なんて思ってます。