6・明星
捕らえたディオを背に乗せ、ドラが砂漠を駆けてゆく。その後ろを二柱の精霊王、フォーチュナとフォンシャが付いて歩く。
精霊王を操るのは、無論、僕とルカだ。
歩幅の広い精霊王だけあり、歩く速度ですら砂竜の駆ける速さに匹敵するのだ。
精霊王の中にある持ち手を握り身体を支える。
歩くだけなら軽くつかまる程度で良いが、走ったりする場合は手足を突っ張り身体を突っ張り支える必要がある。
僕がフォンシャと戦った際は、精霊王の内壁に散々身体を打ち付けたっけ。
それを考えると、フォンシャを操ってたザパンは、よくあれだけ動けたな……慣れで何とかなるんだろうか?
そんな事を考えていると、ルカの操るフォンシャが唐突に後ろに向かって跳ねた。そして、軽快に砂の上を跳び回る。
『なるほど……動きに合わせ、どう衝撃が来るか教えてくれるから身構える事もできる。結構、軽快に動けるのね』
……僕の操るフォーチュナは、そんな事、教えてくれないぞ?
中継されるルカの呟きに、そんな事を思ってしまう。
『この辺は、身体で憶えなさい』
姉さんの言葉に、心を読むな……とか思ってしまう。
『読まれたくなければ、フォーチュナを完全に飼い慣らしなさい。フォーチュナを完全に支配下に置ければ、アタシもクーには逆らえなくなるわ』
……それは、少し困るなぁ。
姉さんが、僕の思い通りに動くってのは、過去の経験からも考えられないような事態だ。
遙か前方。僕たちの居た聖地のある場所から、フォンシャにも比肩する精霊王の気配……って、深緑の精霊王リーフが、聖地へ向かう精霊王を迎え撃つべく迎撃態勢を整えたって事だろう。
リーフの主たるイツキ様は、フォンシャが王都に与する精霊王だったと言う事を知っている。
だから、フォンシャとフォーチュナを見たら、王都が精霊王奪還のために本腰を入れたと誤解しかねない……いや誤解じゃないね。
でも、フォーチュナは元より、今のフォンシャも王都には与していない。それを知って貰わないと、リーフから先制攻撃を喰らうと思う。
リーフの主たるイツキ様は歴戦の勇士だろうが、フォンシャの前の主だったザパンも同様に歴戦の勇士だったのだ。
そして、いま僕が操る常闇の精霊王フォーチュナは、最強クラスの精霊王……らしいんだよな。精霊戦争を憶えている者達の話によればさ。
実際、内に秘めた精霊石の力はフォンシャの倍近い……弱いはず無いよね。
そして精霊戦争の終結直前に、フォーチュナは星から来た精霊使い……姉さんと共に姿を消した。そのフォーチュナが、黄砂の精霊王フォンシャと共に行動している。
フォーチュナが王都の手に落ちた……そう考えられてもおかしくはない。
フォーチュナとフォンシャの二体が相手となれば、リーフには正攻法での勝ち目はない。だから、不意打ち上等、先手必勝って考えで攻めてくるはずだ。
それを避けるには……この二柱の精霊王が敵じゃないって知って貰うしかないよなぁ?
僕の思いに反応し、フォーチュナの搭乗口が開く。そして、フォーチュナが胸元に掌を広げる。その上に僕は乗った。
……結構、揺れるな。
バランスを崩しかけた僕を守るかのように、フォーチュナは、もう片方の手を使い僕を支える。
とりあえずフォーチュナの片手が、僕の肩から下をを包み込むかのように覆ってくれているので落ちる心配はない。
……なら、遠見の技に注力して問題ないか。
そう判断し、僕は精霊と同調した。
フォーチュナの発する膨大な力が周囲の精霊を活性化させているため、僕の認識可能な範囲は極めて広くなっている。
予想通り、精霊王リーフは警戒態勢とってるようだ。
聖域の外まで出て、その手には棒状の武器らしき物を持ってる。
『この気配……イツキは、まだ健在みたいね。ルガーとシグは、もう生きてはいないみたいだけど』
この二人。王都の手に落ちた精霊王、ルドラとナーガの主である。恐らくフォンシャの主だったザパンと、それに従う王骸器によって殺されたのだ。
フォンシャが従えていた二体の王骸器。それがルドラとナーガの骸であった事から姉さんは察したのだろう。
『まだ二人の意識、その残滓が残ってる……全力を出す前にやられたけど、それは仕方ないってさ。あの二人も長く生きてたし、やっと終わりにできたって気持ちも強いみたい』
姉さんの言葉に、僕は少し考えてしまう。
精霊使いは、精霊の加護のおかげで老化を抑制し治癒能力も高められる。
その度合いは如何に多数の精霊を従えられるかで決まり、精霊王と契約した精霊使いなら即死レベルの重傷でもなければ、大抵の傷が完治させられる。
僕が死ななかったのも、精霊王フォーチュナと契約できたおかげだ。じゃなきゃ死んでただろう。
つまり、精霊王を従えた精霊使いは、ほぼ不老不死なのだ。
あの二人は、自分の歳も忘れるほど長く生きていた。そして、どこかで終わりを望んでいるような気配があった。
砂だらけの惑星で、代わり映えのしない毎日……長い長い停滞。そんな環境で、自分の歳を忘れるほどの年月を生きていたのだ。
……以前、僕が二人に会った時、二人とも楽しそうに精霊戦争の事を語ってくれたっけね。
その時、僕は感じたんだ。この二人、どこかで精霊戦争の再開を望んでいると。今になって思うと、自分の死に場所を探していたんだろう。
そう思うと、精霊王の主になる事って、決して良い事ばかりじゃ無いと思う。
僕やルカも、精霊王と契約した事で事実上の不老不死を手に入れたわけだ。だから、これから、この惑星で終わりのない停滞を過ごす事になるんだろう。
『精霊王には、停滞を終わらせる力がある。停滞を終わらせる為に、アタシの考えに賛同した精霊王の主達は砂漠へと散らばった』
いや、僕の心を読むなよ姉さん……
『精霊王って、テラ・フォーミングの為の装置ですよね?』
ルカが口を挟んでくる。
精霊王同士の交信……いわば無線通信である。
精霊王は、精霊のエネルギー供給装置と制御装置を兼ねた人型の大型ロボットである……これは前々から解ってたけどね。
そして精霊が、この惑星の大気を調整し大地から水を汲み上げ人間が住める環境を造り出している。
王都には、その精霊王が集中していたが、精霊戦争で砂漠へと散らばった。
コレ……姉さんの差し金だったんだね。
その狙いは、この惑星のテラ・フォーミングを進め、カイロスの移民を引き受けられるリソースを造り出す事だろう。
でも、一つ引っかかる事がある。
『この惑星のテラ・フォーミング推進には、以前みたいに王都に精霊王が一極集中してる状態じゃ駄目なのよ。できるだけ広範囲に精霊王を分散させないと、テラ・フォーミングは遅々として進まない』
「王都でカイロスの移民を引き受けて貰うわけにはいかなかったの?」
王都で移民を引き受けて貰えたなら、精霊戦争は起こらなかっただろう。
僕たちは余所者である事は自覚していて侵略者ではない。多少の衝突はあるだろうが、大規模な戦争が起こるよりはマシだと思うんだ。
『最古の精霊使いは、カイロスにいる多数の移民を疎んじたのよ。自分たちとは異なる文化や思想を持った者達が大挙して押し寄せたら、王都はどうなると思う?』
この惑星の特殊すぎる事情を考えて、衝突は避けられないだろう。当時は王都しか人の住める土地がないのだ。
その限られた土地に、多数の移民が押し寄せたら王都の環境は色んな意味で激変する。
……だからって、戦争まで引き起こさなくても良かったんじゃないかな?
僕の心の中での呟きを読んだのだろう。姉さんは更に言葉を紡ぐ。
『カイロスの移民達は、この惑星の現状に気づけるだけの知識があった。精霊とはナノ・マシンであり、そのエネルギー供給装置と制御装置が精霊王である事にもね。それを有効活用せず、王都のみに閉じ籠もる……最古の精霊使いたる国王にとって、不都合な存在でしかない』
ナノ・マシン……分子レベルの微細機械であり、物質を分子レベルで操作可能らしい。
僕たちが乗ってきた移民船カイロスも一部、このナノマシン技術が使われてたそうだ。
でも、僕が持つナノ・マシンに対する知識など、その程度だ。
唐突に、数十柱もの精霊王が隊列を組む様子が僕の頭の中に浮かぶ。
見た事のない精霊王ばかりである……って、この惑星に存在する精霊王は百柱を超えるが、僕が知ってる精霊王なんて十数柱ぐらいだっけ。
大半が知らない精霊王って事になるか……でも、フォンシャやリーフ、ルドラやナーガの姿もあった。
……コレ、姉さんが見た光景か?
『最古の精霊使いが、カイロスの移民達を敵と見なした?』
『そう。その為に精霊王を用いて、迎え撃つための訓練まで始めた……ちゃんとアタシの話を聞いてくれたから話が通じたと思ったんだけど、アタシ達の手の内を知りたかっただけみたい』
ルカの問いに姉さんは答える。その口調は、どこか自虐的だ。
だから、姉さんは精霊戦争を起こした……って、どうやってさ?
と言うか、どうやってフォーチュナを手に入れって、明星で手に入れたって言ってたね。
『カイロスには、航海を続ける余力は無かった。だから藁にも縋るつもりで、ここに降りる前に見つけた人工天体……明星に行ってみたの』
明星はカイロスより大きな人工天体だ。
とりあえずの避難場所に使えないかって事だろう。
『その明星で、ナユタさんは精霊使いになりフォーチュナを与えられた?』
ルカの問いに、僕はようやく気付く。
あの明星には、何者かが居るって事にね。