伯爵夫婦、新婚旅行をする 1
結婚式の翌週末。
憧れの王都へ新婚旅行です!
従者として執事のフォンと妻ヴィクトリア、それから侍女のアンナと共にです。護衛と馬車操作として、フィラント様の部下4名も帯同してくれます。
王都までは馬車で4日。休憩を挟みながら、日没前に近くの街に泊まる。王都に4日間滞在して、帰宅となります。計2週間近い旅行です。
フィラント様と晩餐会や舞踏会での打ち合わせ、注意事項の確認、景色について雑談、散策などをしていたら、あっと言う間に王都へ到着しました。楽しい時間というのは、過ぎるのが早いです。
私が気に入ったのは、夜寝る前にフィラント様と星を眺めること。
フィラント様、夜空が好きみたい。私は星座探しや星座にまつわる神話が好きなので似た者同士。ということにして、胸を高鳴らせています。機会があれば、腕を組んで2人で夜空を見ることを夫婦の約束にしました。
私、始終ニヤニヤしています。アンナやヴィクトリアに定期的に揶揄われます。あと、フィラント様の部下の方々と仲良くなれました。今度、屋敷へ遊びに来てくれるそうです。フィラント様に屋敷や妻は鼻高々、そう言ってもらえるようにしようと気合が入っています。
王都での宿泊先はなんと、城でした。これは、田舎領地の貧乏子爵令嬢だった私にとっては衝撃的事件です。王都までの道のりも、高い宿やとても美味しい店での食事など贅沢三昧だったのに驚愕。
王都を囲う砦の大門に迎えが現れて「城に宿泊する部屋を用意してあります」と告げられた時、フィラント様も驚いていました。
迎えの馬車内、フィラント様は困惑気味で無言。ため息混じりで、窓の外を眺めています。
フィラント様は私との婚姻、シュテルン子爵家への婿入りで、お父様の爵位を悪く言えば強奪しました。私と政略結婚して出世したのは、フィラント様の意思ではありません。国王陛下からの勅命です。お父様がそう言っていました。
子爵に留まらず、フィラント様には伯爵位が与えられます。初対面の際に教えられたので、これは既定路線のようです。騎士爵から伯爵位までの大、大、大出世。
後ろ盾は国王陛下の宰相カンタベリ公爵の弟ヘンリ様に息子レグルス様。
異例の大出世なのに、フィラント様は全く嬉しくなさそう。何故なのでしょう? 出世の話、政治の話、仕事の内容などは夫が口にするまでは聞いてはいけません。
フィラント様って何者? こんな待遇の騎士など聞いたことが無いと、侍女アンナが言っていました。サシャがフィラント様は大変な野心家にして、人付き合いが上手いと評しています。街でも色々な噂を耳にしました。
でも私が知る限りですと、フィラント様は方々に振り回されているような印象です。会話や人付き合いも、どちらかというと苦手そう。自分でもそう言っていました。
「あんな狭くて汚い部屋にエトワールを泊まらせるのか? 宿の手配を頼んだはずだが……。別行動にされたが、従者はどうなるんだ?」
フィラント様、ポソリと独り言。あんな狭くて汚い部屋? 私がフィラント様を見ると、困り笑いをされました。
「手違いがあったみたいですみません。エトワールの宿泊先くらいは準備しますので心配しないで下さい」
「いえ、あの。狭くて汚い部屋とは……王都で暮らしていたと聞いていますが、その事などは聞いてもよろしいでしょうか?」
突然、馬車が止まりました。いきなり扉が開いたので、私は驚きと恐怖で身を縮めました。フィラント様が私を庇うように腕を伸ばしてくれています。私は思わずその腕を掴んでいました。
「フィラント! いやあ、遅いから迎えに来ちゃった」
この声……フィラント様の兄上であるフェンリスお兄様です。やはり、そうでした。フェンリスお兄様がサッと馬車に乗り込んできました。こんな事をして、大丈夫……フェンリスお兄様、白地に青と銀刺繍の見たこともない程絢爛な服を着ています。
大粒のエメラルドとサファイアがあしらわれた装飾ベルトには、国紋である大鷲蛇のバックル。
えっ……。
「エトワールちゃん! いやあ、地味。質素だねえ。ケチなフィラントは服も買ってくれないのか。それ以上にフィラントが酷い。予想通りだ。フィラントは私のお古で、エトワールちゃんには店を手配してある」
フェンリス様、私の横に座りました。腕を肩に回されて、体が勝手に竦みます。腕を撫でられて、余計に怖くなりました。しかし、フェンリス様はフィラント様のお兄様。慣れないと……このフェンリス様がお兄様? 国紋を使用出来るのは王族しか……。
「ユース王子に対してそんなに震えていると不敬罪で絞首刑にするぞ! エトワールちゃん。王都ではお兄様と呼ばないように。ユース様でよろしく。アストライアではフェンリスお兄様って呼んでくれ。お兄様。君の声であの呼び方は大変気分が良い」
ユース王子。第3王子ユース様⁈
「ふーん。男が怖いって本当なのか。この間も随分と私に萎縮していたもんな。せっかく、フィラントに贈ってやったのに役立たず? どうなのフィラント?」
私の体、ガチガチに固まりました。震えていると絞首刑……。でも自分で制御出来ません……。役立たず。私、役立たずらしいです。フィラント様の反応を知りたくありません。ありがとうエトワールと言われるたびに、調子に乗っていたようです。確かに、あれをして欲しいこれをして欲しいと我儘三昧でした……。
何が不敬罪になるのか分かりませんし、私は膝の上で組んでいる手を握りしめ、背筋を伸ばして微笑みました。目線はあげられません。震えも止まりません。
「怒るなフィラント。そんなに激怒するな。揶揄いに対してそんな顔をするな。まあ、そのくらい感情的になれる程親しいと思ってくれているのは嬉しい。あはははは。いやあ、やっと伯爵。長かった。ようやくこうして君と公の場で堂々と向き合える」
ユース王子様が私の肩から手を離しました。激怒? そろそろと顔を上げると、フィラント様は軽く微笑んでいました。しかし、目の光がとても冷たくて怖いです。
「エトワールちゃんをちょっと預かるね。君の為にあれこれ教育しておく」
「エトワール令嬢は大変良く尽くしてくれています。レグルスや彼の妻、フォンやヴィクトリアからも聞いて下さい。ユース王子が直接何かを教える必要なんてありません」
こんな寒々しい声のフィラント様は初めてです。これがフィラント様が怒った時の姿や声。
「そっ。教育前にエトワールちゃんから聞いておくよ。君はだんまりか、嘘つきだしね。フィラント、馬で城に行ってくれ。フォン卿が待っている。生真面目で律儀な君は私に逆らわない。私も君の信頼には応える」
渋々という様子で、フィラント様は首を縦に振って馬車から降りました。一瞬、私に申し訳なさそうな表情を向けました。
この状況、それに2人の関係を誰か説明して下さい。私、とんでもない方と結婚したみたいです。




