0-5 真打
※サリナ視点です
この子はなんなのだろう。
ろくな装備も身につけていないのに、ブラッドウルフの依頼を受けてすぐに出発しようとする。
問いただしてみれば、仲間はおらず、装備も無いと言う。
本当に彼女はなんなのだろう。
ブラッドウルフによって出ている被害を知らないのだろうか。
ブラッドウルフとは、人を襲うことはあまり無いが、家畜を主に襲い、人の経済に打撃を与える。
しかし、だからといって人から攻撃されてやり返さない通りがない。
当初は楽勝だろうと楽観視していたパーティーが瀕死の状態で帰ってきたのは記憶に新しい。
私と同じ銀色の髪が肩まであり、その顔は非常に愛くるしい。
身長も私と同じほどで、世でいえば超絶美少女と言うのだろう。
ジェームズなんかは顔が緩むのを必死に耐えている。
カルラは……その赤に負けず劣らず嫉妬に……これ以上言うのは彼女のために控えよう。
考え事をしていると、自己紹介が始まってしまった。
ジェームズを皮切り始まったが、なんと姓まで言うのだ。
ハンター同士の名乗りでは、基本名前だけで十分なのだ。
姓まで言うと、どこの生まれなのかある程度分かってしまう。
その人が特殊な事情持ちだと、都合が悪い。
ハンター協会も、その手についてはしっかりと分かっているようで、個人情報は決して明かさない。
では、なぜ明かすのか。
この子は、先程、洗いざらい吐いてしまった。
ついさっきハンター登録を済ませたこと、仲間はいないこと、武器もないこと、そして、お金の単位すらもよく把握していないこと。
ジェームズはきっと、この子はどこかの貧困な家庭から出てきたのだと考えたんだろう。
だから、自身の姓を明かし、いざとなればそこを頼るようにと。
それぞれが自己紹介を済ませ、次は私の番に。
うまく喋れるだろうか。
「サリナ・リナ。……中衛。」
私がそう言うと、彼女はじっ、と私を見つめてきた。
そんなに見られると何も言えなくなる……。
今度は彼女の自己紹介だが、どうしたのか、突然汗を垂らし始めた。
「ん?どうしたんだい?」
ジェームズがそう言うが、彼女は笑顔であやふやにし、身分証明書を取り出した。
2人より目がいい私は、つい見てしまったのだ。
全てが、規格外の能力だということを。
動揺を悟られないように、感情を奥に仕舞い込む。
こういうことには長けている。
決して口数が少ないのとは関係ない。と、思いたい。
「僕の名前はアイラです」
としか彼女は言わなかった、
こちらが姓を名乗っているのだ、お互いに出さなければ失礼に値するものだが、まさかこの子は、姓が無いのだろうか。
姓が無い、というのは、一般的には捨てられた子供を意味する。
これ以外にも姓が無くなる理由はあるのだが、圧倒的にこちらの数の方が多いのだ。
とある貴族の男が、妻以外にも関係を持ち、そして子を授かる。
そういった場合に多いのだ、捨てられるというのは。
きっと、辛い体験をしてここまで来たのだろう。
ハンターのことも、お金のことすらも知らないのもそれが原因なのだろう。
2人もそう思ったのか、次々に慰め、というよりは励ましの言葉を送った。
私もなにか言わなければ、この子の助けになるような何かを……。
「……私を頼ってくれてもいい」
「ほう」
……私だけ反応が違うような……。
いや、気にすまい。
きっとこういうことを言われ慣れていないのだ。
疑心暗鬼になってしまっているに違いない。
この依頼が終わったあとは、頑張って買い物に誘ってみようかと思う。
森の中に入って3分弱、手本を見せると言って1匹だけ出てきたのを狩ることに。
そいつはブラッドウルフ。
黒い毛並みに赤い瞳。
鋭く伸びた爪は軽々と人の体を貫きそうだ。
大きさは人間大。
「よし、いくぞ」
ジェームズの声で戦いの火蓋は切って落とされた。
少し遠くではアイラが遠くから心配そうに見守っている。
それもそうだろう、恐らくだが初めて見る魔物だ、怯えてしまっているに違いない。
私たちが、払拭しなければ。
「はっ!」
いつものパターン。
ジェームズが先制で怯ませ、カルラが魔法でダメージを与え、私がトドメ。
相手が1匹ならこれで十分。
だと思っていた。
「なっ!?」
ブラッドウルフはジェームズの攻撃で怯むどころか剣を受け止め弾き、魔法を軽々とよけ、私に反撃を加えてきた。
いつもと違うブラッドウルフの行動に多少は驚いたものの、この程度でやられるほど伊達にハンターをやっているわけではない。
「ぐっ」
ブラッドウルフと1体1をしていると、隙を突かれ左肩を負傷してしまった。
利き腕で無いのは不幸中の幸いだろうか。
左腕はピクリとも動かない。
「大丈夫か!」
ジェームズがブラッドウルフを剣で弾き飛ばす。
しかし、ブラッドウルフは軽々と着地し、こちらの様子を伺っている。
……どう狩るか考えているのだろうか。
もしジェームズか私がやられてしまえば、パーティーの全滅は必至。
そして、新人の女の子もまた。
そんなことは絶対に許されない、許さない。
私のプライドが、そう訴えてくる。
だけど、気持ちではどうにもできないこともあるのも事実。
このままでは、たかがブラッドウルフ1匹に、私たちパーティーが全滅……。
いや、こいつはブラッドウルフなのだろうか?
見た目こそブラッドウルフだが、その能力はブラッドウルフを大きく上回っていると思うのだ。
「1度引くぞ!」
ジェームズがそれを察していたのか、叫んだ。
それに異を唱えることなどしない。
3人は大人しく引こうとしたが、ジェームズの剣が弾き飛ばされてしまった。
まずい、撤退準備に入っていたのもあるが、もう足が動かない。
ジェームズがやられた場合、全滅は必至。
それを覚悟した時だった。
「やっ」
「ウガァ!?」
左から高速で何かが飛んできて、ブラッドウルフを吹き飛ばす。
その何かとは。
「……大丈夫ですか?」
銀色の髪を揺らした、あの女の子だった。
次回はアイラに戻ります。