7話 イニツィオ村
修正中
最初に目に留まったのは立ち並ぶ建物だ。
壁は薄い黄色やペールオレンジなどの明るい色が多く、これに関しては中世ヨーロッパ風のラノベあるあるみたいな感じ。
しかし、どの建物も三、四階建のようになっていて、壁の形状はなんとなく元の世界のビルに近い。
文明が発展していないイメージの異世界にしては綺麗な造りで、とても頑丈そうな立派なものだ。
――まぁ昨日のあの家の印象が強すぎるのかもしれないけど。
村の外壁もそうだが、ここは高層建造物の多い村なのかもしれない。
ただ....。
それは果たして”村”と呼べるのか....?
そんな建物に挟まれたやや広い道の上空には、互いにかけて張られている紐があり、布や衣服などが干されている。
真ん中のやつらはどうやって干しているのか....なんとなく想像できてしまう。
そしてもう一つ驚いたのは、村の中の道だ。
ここに来るまでの道のりは土を軽く平らにした程度のなんらありふれた感じだったが、どうやら村の中の道はコンクリートとも少し違う、薄い灰色のものでできていた。
ブロックなどを敷き詰めたわけでもなさそうで、切れ目もなく綺麗に真っ平らになっている。
これはもう”道”というよりも、”道路”と言った方が適切かもしれない。
よく見ると、その灰色のものは道路だけではなく、外の巨大な壁や建物にも使われているようだ。
そんな未知の物質をしゃがんで触って確かめていると、彼女の声が飛んできた。
「何してるの? 早く行くよ」
「あ、うん......」
そう返事をして立ち上がった俺はもう一度道路を一瞥してから、既に歩き出していた彼女の元へと駆け寄った。
彼女と共に村を歩き始め、最初は周りの建物や道などに興味がいっていたが、次に気になったのはこの村の”人たち”だ。
まず服装は俺が今着ているような元の世界の普通の服と、歴史などでよく見られる古い時代のローマの服装を合わせたような感じだ。
俺の持っている異世界のイメージとは違い、靴などもしかっりとしているし、服装も物によってはかなり凝ったデザインをしている。
服にそこまで詳しくはないが、おしゃれな人が多い印象かな。
しかし、そんなことよりも問題なのが......。
(この世界の人みんな、顔立ち良すぎないか!?)
この世界というか、この村の人だけかもしれないけど。
すれ違う人は皆、かなり整った顔つきをしていて、男性なら格好いいし、女性ならば綺麗で可愛い。
髪や瞳の色も日本人とは違い明るい人がほとんどで、暗い色の人は誰もいない。
(まじかよ....。ルナも相当可愛いと思うんだけど、この世界の人達からすれば普通なのかな......?)
やや前を歩く彼女に視線を向けつつ、そんなことを思いながら辺りを見回していると、次第に村人からの奇異の眼差しを感じ始めた。
(まぁ....。これだけ汚れてたら.....ね)
ここまで全身泥で汚れ切った人物は、俺以外には誰もいない。
そりゃそうだと思いながらそのまま歩いていると、不意に妙な言葉が聞こえてきた。
「なんで村の中に....」
「あの子、例の.....」
「そうそう。青....の魔女」
道の端でこちらを横目で見ながらこそこそとそう話す、主婦らしき女性二人組。
そんな彼女らが口にした言葉。
――青の魔女?
(というかもしかして....。さっきから変に見られてるのって、俺じゃなくて......)
先ほどから感じていた視線を、主婦たちの会話が聞こえてからよくよく観察してみると。
それは俺にではなく、前を歩く彼女に向けられているものだと気付いた。
そして、斜め横から見える彼女の顔は少し――悲しそうだった。
ようやく見えてきた最初の目的地――青果店。
裏の方からではあるが、先ほどのビル擬き群とは違い、それは元の世界でもありそうな簡素な店だった。
俺は少しほっとしながら、彼女と共に近寄っていく。
角を曲がり正面に面する道に出ると、店先には多くの人だかりが見える。
俺の思っていた八百屋のイメージだと、午前中とかは大抵暇で物静かな印象なんだ......けど。
「これはあたしが先にめぇつけてたんだよ!!」
「はっ知るか! 先に取ったのは私なんだから諦めな!!」
「ちょっと!! 押さないでよ!!」
「先に押してきたのはあんたでしょ!!」
――完全にバーゲンセール状態だ。
他人の服を、髪を。そして....脚を? 掴み、多くの主婦らしき女性たちがもみくちゃになっている。
そんな女の醜....熾烈な戦いを統括しているのは。
「はいはい! みんな慌てなさんさ! いい食材は今日もたっぷりあるからよ! ほら、奥様達の綺麗な顔が台無しだぜい?」
店の中で手を叩き、逞しい腕で次々と女性をなだめていく大男。
村の入り口の所にいたボルという男性よりも太く隆々たる腕は、二の腕まである袖をはち切れんばかりに膨らませている。
肌は日本人のような色付きで、髭は僅かにある程度だ。
ただ、そのどれよりも印象的なのは顔中にある”無数の傷”。
歴戦の猛者感が凄い。
(まさか....野菜売っててあーわならないよな......)
「ほら行くよ。入っていいってさ」
「......は?」
今の青果店の喧騒な状態に、店主の顔の傷が”商売をしてきた証”なのかと冗談めいたことを思っていると、彼女がそう言ってきた。
一体あの状況でいつ了承を得たのか。謎でしかない。
そうして案内されるまま裏口から店の裏庭に入ると、向かったのは井戸らしき場所だ。
「もしかしてここで洗うってこと? 俺着替えとかないんだけど....」
「大丈夫。脱がなくてもすぐ済むから」
そう言って彼女は井戸の中に向けて手を伸ばした。
「ま、待って....。まさか――!!」
その段階でなんとなく察しが付いた俺は彼女を制止しよとしたが、時すでに遅し。
「ちょ、ちょっとまてー。がばぼがあぁ....――――」
井戸から飛び出してきた水は俺を目掛けて集まり、俺を中央に閉ざしたまま猛烈な勢いで回転しだした。
既に水の中にいる俺の声は虚しくも届かず、ただなすがまま......。
「よし! これで完璧だね!」
「は、はい。ありがとうっぷ....ございま、うっぷ....」
青果店の裏手にある椅子に腰かけ蹲っている俺は、服や体の洗浄で回転し、乾燥するときも回転し。
気持ち悪さが半端じゃなかった。
「じゃあここで休んでてよ。すぐに買い物終わらせてくるから」
「あ。いってらっしゃ....うっぷ」
俺の状態を考慮してか、彼女は一人買い物に出かけて行った。
そうして見送った後。
しばらくすると酔いも覚めてきた俺は、彼女のことを考えていた。
「さっきの....。青....の魔女? って。なんなんだろう」
彼女の瞳が青いから?
それだと”魔女”という言葉が気になる。
確かに彼女の魔法は凄い。
しかし、この世界の人々からすれば魔法とはありふれたもののはずだ。
それはここに来る途中、散々目にしてきてわかった。
窓の下にかけてある鉢植えの花たちへの水やりや、肉屋の主人のライブクッキング、予想通りの洗濯物の干し方など。
この村の人々もまた、様々な魔法を駆使して生活していることは明らかだ。
(ならなんで”魔女”なんて......)
「おい」
考え込んでいたところに後ろから突然来た声に、俺は思考が止まった。
驚いた反動ですぐに振り向いた先にいたのは、先ほど確認したこの青果店の店主だ。
「お前今。”魔女”って言ったか?」
その顔は恐ろしい程に凶悪な――鬼の形相をしていた。
「え? あ、いや俺じゃなく――ってぇ!?」
「お前見ない顔だな。それに......」
大男の質問に対して答えた言葉は、胸ぐらを掴まれ遮られてしまった。
青果店の店主は俺を軽々と持ち上げて呟いた後、じっと凝視してくるが、その目が怖い。怖すぎる。
昨日この世界に来てからで一番の量の汗を流している俺は、顔を背けて彼の視線から逃れていた。
「....ふん」
(!? な、なんだ....? 放してくれた?)
「ところで....ルナちゃんは?」
「か、彼女ならさっき....買い物に行くって出ていきましたけど......」
店主は数秒間俺の顔を見回して満足したのか、軽く息を吐きながら俺を開放してくれた。
昨日の熊を思わせるこの大男の質問を無視することもできず、びくりと体を震わせた俺は素直に答えることしかできない。
そうすると「そうか」と一言だけ吐き捨てた彼は、次に俺のことを聞き始めた。
「それで。お前はルナちゃんとどういう関係だ? どこまで知っている?」
「?? き、昨日この近くの森で道に迷っているところを彼女に助けてもらって......」
(”どこまで知っている?”......って。なんだ....?)
少々彼の質問に疑問を抱きながらも、俺は知っていることを話した。
「い、一応昨日は、そのまま彼女の家に泊めてもらったので....家の場所はわかります、けど......」
しかしそれが完全に失敗だということは――すぐにわかる。
「な、なんだとぉ~!?!? 家に泊まったぁ~!?」
「ひぃ!? え、あ、いや....」
「お前ちょっと――」
「こ、これ! 彼女からの物なんで! お、俺はこ、これで失礼しまーす!!!!」
再び鬼のような形相になり、背後には幻か現実か、炎が燃えていた。
そんな姿に完全にビビってしまった俺は、彼女が渡そうと置いていった荷物を伝え、一目散にその場から逃げ出した。
「はぁはぁ....はぁはぁ......はぁあー。な、なんだよあの人ぉ。めちゃくちゃ怖いじゃんか........って、あれ? ここ、どこ?」
咄嗟に掴んだリュックを背負ってどれくらい走ったのか、ついでに自分の居場所もわからない......。
息を切らして立ち止まったそこは、村の入り口から青果店までに通ってきた道とは明らかに違う裏路地。
周りの建物自体はほとんど変わらないが、随分と狭く暗い。
空気も少しばかり重い気がする。
村に入って最初に思った華々しい印象とは真逆にさえ感じる場所だ。
そんなことを思いながら、見知らぬ道を眺めていると――。
「わああああ!!」
突然子供の悲鳴が聞こえてきた。
すぐさま声のした方へと振り返った俺は反射的に駆け出していた。
薄暗い裏路地をひたすら走っていると、次第に話し声が聞こえてくる。
声のする路地の角で立ち止まった俺は壁に背をつけて、そっと視線を向けてみた。
「わあああん!」
「こいつ、また泣いてやんの」
「やんのー」
「うわ、だせー」
そこにいたのは、声を上げて泣いている小さな男の子と、その子よりはいくらか歳上そうな三人の少年たちだ。
その様子はどう見ても、三人で一人の少年を泣かせているようにしか思えない。
(まぁ、どこの世界にもイジメはあるもんだよな......)
そう思いつつ状況を窺っていると、すぐに反対側の道から一人の女の子が走ってきた。
「こらー!! またカイを泣かせたわね!!」
「おー、ユリお姉ちゃんの登場だぁ」
「とーじょーだー」
「うわ、うぜー」
どうやら彼らの会話から察するに、走ってきた女の子は泣いている少年の姉らしい。
駆けつけた少女は泣きじゃくる弟の元へと近より軽くなだめた後、少年たちの前へと立ち塞がった。
両手を左右に目一杯広げて弟を庇う少女の年齢は、見た感じ三人の少年たちと同じくらいか。
いくら歳が近そうとはいえ、明らかに今のこの状況は三人の少年たちに分がある。
(さすがに子供の喧嘩でも、そろそろ止めないとまずいかな......)
俺はそう思い、足を動かそうとした時だ。
「今日こそは”青ガミの魔女”の居場所を吐いてもらうぞ」
「もらうぞー」
(――――!?)
そう言うと三人の少年たちは腰に着けてある”変な筒状のもの”から、それぞれ火や水の塊を取り出して掌の上に留めた。
それらは今朝、ルナがパンを焼いてくれた時に似ていて、まるで息づいているかのように浮遊している。
俺は少し前のめりになっていた上半身をすぐさま戻し、先ほどよりも体を引いた体勢で視線だけを向けるしかなかった。
(まじかよ!? あんな子供でも魔法使えるのか....!?)
いくら相手が子供だとは言え、威力もろくにわからない魔法を前にして、俺は身を隠すことしかできない。
(というか今のってもしかして......。――!?)
彼らの発した気になる言葉に思考を巡らせていると、少年たちはそれぞれの魔法らしきものを少女に向け放っていた。
その光景に俺の脳裏に過ったのは――”大怪我をする少女の姿”だ。
しかし焦る俺の予想とは裏腹に、少女に向けられた火や水の魔法は急に彼女の目の前で停止した。
まるで少女の前方に何か障壁でもあるかのようにせめぎ合った後、みるみる力を失っていく少年たちの魔法は――消失した。
「っく! あなたたち! 人に向けて魔法を使っちゃいけないのよ!?」
「はっ! そんなのバレなきゃいーんだよぉ」
「いーんだよー」
少年たちは会話をしつつ、再び筒の中から次の魔法を取り出している。
今さっきのことを考えればそれはまた無意味に終わりそうなものだけど......。
心なしか少女の顔色があまり良くない。
もしもさっきの”せめぎ合い”もまた何かの魔法なのであれば、今の状態の彼女では防ぎきれない可能性がある。
こ、これは....まずいんじゃないか!? と焦りが高まっていると、突然――。
(――――!!)
「「「!!!!」」」
空から黒い影が落ちてきた。
裏路地とはいえ、丁寧に整備されたこの村の道路では土煙一つ起こらず、その代わりに落下で生じた風圧がその場を埋め尽くした。
狭い路地で荒れる風を誰もが手や腕で防ぎつつ、突然の出来事に驚く中。
ゆらりと動いた影の正体は――。
「ルナお姉ちゃん!!」
そう叫んだのは今まで泣いていた男の子だ。
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